勘違いなさらないでっ! 【73話】
つ、ついに……!!
「お待ちくださいませっ!」
わたくしを背後から抱きしめて止めたのは、階段下から駆け上がってきたと思われるエシャル様。
「ここはイズーリの貴族の屋敷です。国の王子が打たれたとあらば、その貴族の汚名となりあなたを処罰せねばなりません!」
「……」
自分はともかく、エシャル様の家名に泥を塗る気はない。
渋々振り上げた手をおろすと、エシャル様がホッとしたように笑顔になる。
「シャナリーゼ様の気持ちもわかりますわ。『今さらノコノコ出てきて、どの面下げて顔を出してんだよ、バーカ!』な場面ですわね。わかりますわ。そんな展開は本では当たり前ですもの!」
ぐいぐいわたくしをサイラスから引きはがし、
「本ならば『それは……! 寂しい思いをさせて悪かった、すまない』となるところですが、シャナリーゼ様は『はあ? あなたバカ? 今さら恋人の振りするなんて、自己中心的な性格も愛想がつきたわ』ですわよね?」
わたくしの深層心理(?)を勝手に想像して、本のセリフでサイラスを攻撃する。
「だ、そうですよ。サイラス様」
小声でそう言いながら、駆けつけたエージュがサイラスを立たせていた。
お腹を片手で押さえて立ち上がったサイラスは「この蹴り……」と、小さくつぶやいてパッと顔を上げる。
「やはりお前、本物のシャーリーか!」
「あなたどういう基準でわたくしを判断していますの!?」
「膝蹴りをかましてくる女など、お前しかいない!」
「あなたも熊もっ! イズーリの男はアホですの!?」
「エージュ、やっとシャーリーを見つけたぞ!」
「人の話をお聞きっ! サイラスッ!!」
きぃーっ! となりそうなのを、寸前まで堪えたわたくしは偉いわ。
そんなわたくしを無視して、エージュに向くサイラスの目が急に細くなる。
「……そういえば、お前。シャーリーをどこかへ連れて行こうとしていなかったか?」
「気のせいでしょう」
しれっとなかったことにするエージュ。腹黒さは健在。
「そうか?」
納得していない様子のサイラスに、エージュはさっさと話題を切り上げる。
「それより、もうご用はお済みでしょう? 行方不明だったシャナリーゼ様も見つかりましたし、明日は腹黒タヌキと姫に訓練場を視察させるのでしょう?」
帰りますよ、と言わんばかりに諭すエージュに、サイラスは眉間の皺を濃くする。
「不快な予定を今言うな。それに、シャーリーをこのままにしておくわけにはいかん」
「そうだわ、プッチィ!」
「は?」
すっかり毒気を抜かれた顔のサイラスに、わたくしはさっきまでの怒りを封印して真面目にお願いする。
「サイラス。わたくしの手紙を門前払いした理由も罪も流してあげるから、プッチィとクロヨンを連れて帰ってちょうだい。プッチィは今精神的に疲れていて、親と会えればきっとすぐ良くなると思うの!」
「お前、ウィコットも連れて来たのか!?」
なぜか驚くサイラス。
ああ、そういえば許可証がなかったわね。
「え、ええ。急いでいたので、あなたの許可証を持ち出すことはできなかったのだけど。だけど、アンバーも助けてくれたからどうにかなったわ」
「アンバー?」
ふと訝しげに言えば、ナリアネスが小声(と、いっても十分聞こえる)で教える。
「某の部下です。あ、いえ、シャナリーゼ様のお屋敷で辞表を出した不敬者です」
「ああ、あいつか。たしか、もともと除隊を申し入れていたが、ライルラド滞在中に希望日が過ぎたんだったな」
「さようです」
そしてまたわたくしへ厳しい目を向ける。
「で、お前はアンと一緒にアンバーと来たわけか。だいぶ腹黒ダヌキに邪魔されていたが、お前に付けていた密偵が血相を変えて戻ってきた」
「み、密偵!? 監視していたの? 気持ち悪いっ!!」
サッとエシャル様と一緒にわが身を抱きしめて後ずさると、サイラスが慌てて両手を振る。
「ご、誤解だ! お前を守るためだけの密偵だ!!」
「……ものはいいようですわ、シャナリーゼ様」
「ですわね、エシャル様」
「私物回収されているかもしれませんわ」
「まあ、怖い」
ひそひそと胡散臭い目をサイラスに向けたまま、わたくし達は囁き合う。
「違うっ!! そんな悪趣味があってたまるかっ!
って、いうかエシャル! お前そんな性格だったか!?」
「うふふ」
「急に取り繕うな」
「うふふ。女にはいろんな顔がありましてよ、サイラス様」
「お前はあり過ぎだ。あの趣味だけでも恐ろしいと言うのに」
「うふふ。立派な分野ですわ」
春の風のように、穏やかに微笑み続ける。
サイラスもそれ以上言えず、眉間に手を当ててとりあえず気を取り直す。
「シャーリー」
「なあに? 腹黒真っ黒悪趣味王子」
「妙な仇名をつけるなっ!」
「はいはい。なにかしら、サイラス」
「帰る。ついて来い」
「嫌」
間髪入れずに断ると、サイらうもムッとして声を荒げる。
「ついて来いって言ったら、ついて来い! このままここに置いておけるかっ!」
「嫌ったら嫌です。 あ、旅費さえもらえたら、明日にでもライルラドに帰ります」
「なんで帰るんだ!?」
「そこにわたくしの家があるからです」
「会ったばかりだろう!?」
「会う予定はありませんでした。それに、先程別れの挨拶もすませましてよ?」
ほら、さっきあなたのお腹に膝を入れたあとに、ね?
フフンと高慢に口角を上げて見上げていると、さらに口をへの字に曲げたサイラスがつぶやく。
「強情女」
「んまぁああ! 自分のこと棚に上げて何を言いますの!? 好き勝手に最後までわたくしの周りを乱しておいて、音信不通のクセに!!」
「面倒事に巻き込まれるのはまっぴらだ、と言ったのはお前だぞ!? そのため、お前と距離を置くことになっても、害がないようにと密偵をつけていたんだ!」
「全然役にたっていないわ」
「ウィコットの売買の件は消したんだぞ」
「あら、そう。でもうちの公爵家が出て来たんだからしょうがないじゃない」
「そっちもライアンに連絡を取って、手を回して打つようにしている。腹黒タヌキの放ったバカもいたからな、いろいろ始末しているうちにお前を見失ったと聞いた」
はあっと、わたくしは大げさにため息をつく。
「あのね、サイラス。わたくしは確かにあなたの面倒事に巻き込まれるのは嫌だと言ったけど、今のわたくしはそれ以上の面倒事に巻き込まれてしまったのよ? あなたが音信不通になったり、急に距離を置くようになったり、最大の原因はメデルデアのお姫様に対して煮え切れない態度をとっているからでしょう?
女は怖いわよ。あんまり気を持たせると、後から痛い目にあうんだから」
「……理由があり、それなりに覚悟はしていたが、十分わかった。ライアンにも叱られた」
急に勢いのなくなったサイラスに、わたくしも「あら?」と首を傾げそうになる。
どうやら相当なことを言われたらしい。
後悔の念に駆られるサイラスの表情を見て、やや複雑な気持ちになる。
ええ、だって、そうでしょう?
女心をあのライアン様に言われたのよ。叱られたのよ?
そんなの他人に説教できる立場かしら!? リシャーヌ様が寛大なお心の持ち主だから、あのライアン様も上手くいっているのよ。
「シャーリー」
「はい」
「……償いたい」
「いえ、結構」
「なんだと!?」
「あ、戻った」
クスッと笑みがこぼれる。
「気弱そうな顔は本当に似合わないのね」
「……大きなお世話だ」
ムスッとしながらも照れているのか、それを隠すように前髪を無造作に片手でかくと「シャーリー」と固い声で呼ぶ。
「ベルクマド公爵家を抑えるにはお前の求婚者として俺の名を出せばいいが、今は少々込み合った事情があって名乗りを上げられない。だが、これだけは言える」
意を決したような硬い表情のサイラスに、わたくしもおもわず緊張する。
「俺はお前のことを愛している」
「!」
――。
静まり返る周囲。
言われたわたくしですら茫然としている。
いえ、むしろなぜ『今』なの?
うまく思考がまわらないけど、わたくしはどうしたらいいのだろう?
べつにわたくしの返事を問われたわけではないし、これはサイラスが一方的に告げてきた言葉……、でいいのよね?
ええっと、とりあえず「あっそう」ですませようかしら。
「あ……」
「お待ちくださいませ、サイラス様!」
ナリアネスが大股で歩いて来て、わたくしとサイラスの間にその巨体で割り込む。
「なんだ、ナリアネス。まさか、噂が本当だった、なんてオチはないだろうな」
機嫌の悪い低い声のサイラスに、ナリアネスはたじろぎもせず厳しい目を向ける。
「お尋ねしたいことがございます。サイラス様は今の状況でシャナリーゼ様をお守りすることができますでしょうか?」
「無論だ。お前よりマシだ」
「某よりマシ、ということは、サイラス様よりもっと上の方がもっとふさわしいかと思いますが?」
「……何が言いたい」
完全に、先程わたくしに追いついた頃のサイラスの声に戻っている。
ピリッとした緊張感の中、ナリアネスはその場で静かに片膝をついた。
「サイラス様。何をどうとは伺いません。ただ、シャナリーゼ様の安全を第一にお守りいただけるとお約束ください。例え誰が来ようとも」
そう言ってさらに頭を下げるナリアネスを見て、サイラスの目じりが下がり、キュッと結ばれた口が開く。
「約束しよう」
そして、妙な安堵感が辺りを包んだ。
――って、なにを勝手に二人で納得しているの!?
熊! あなたはエシャル様の兄で会ってわたくしの兄ではないのよ!?
と、いうかここにわたくしの意志はあるの!? ないでしょっ!!
さらに、熊!! あなた、タイミングの悪さに駆けては天下一品ね!
だが、ここから逃げようにも、もう味方はいなさそう。
「だ、そうです。某、安心いたしました」
大仕事を終えたあとのように、清々しい笑みを浮かべて立ち上がるナリアネス。
「……あなたのお見合い連敗の原因の一旦が分かった気がするわ」
「おお、それはまた次の機会にお教えいただくとして。まずは――ご免」
あっさりと熊が身を引くと同時にわたくしの背を押してサイラスのほうへと、軽く突き飛ばす。
「え!?」
「よっと」
転びそうになったところを、あっという間に膝をすくわれる形でサイラスが抱きかかえる――つまり、いわゆる『お姫様抱っこ』なるものだ。
き……きゃああああああああ!!
声にならないわたくしの絶叫が頭の中だけで響く。
顔が熱くなるのを抑え、まずはサイラスの肩ごしに見える熊へと怒鳴る。
「裏切ったわね、熊っ!」
サイラスの腕の中で怒鳴るわたくしに、ナリアネスはどころから白いハンカチを取り出して目頭を押さえる。
「某は、心底、主君お二人の幸せを願っております!!」
さよーなら、と言わんばかりにハンカチを振る。
「~~! 大バカナリアネスっぅううううう!!」
「今はお怒りを甘んじて受けましょうぞ!」
「お黙り! ボケナスアンポンタン!!」
「……お前、それをどこで覚えた」
「市井生活の賜物ですわ!」
フンッと精一杯胸を張って顔を背けた。
サイラスに抱えられたまま階段を下りると、玄関ホール付近でこれだけ大騒動していたので、やはり少ない家人とはいえ集まって来ていた。
「なんと『秘密の奥様』は殿下の!?」
「なるほど! これは確かに『秘密』ですな!」
ひそひそひそ……。
――また新たなる勘違いが発生した。
「ちょっと、勘違いなさらないでっ! わたくしは誰の『奥様』でもありませんわぁあああ!!」
「ちょうどいい。遠くない未来の話だ。勘違いさせておけ」
「お黙り、サイラス!!」
こうしてわたくしはサイラスによって連れ出された。
読んでいただきありがとうございます。
やっと。
ええ、やっとこさサイラス登場。
なぜかお待ちでないお方も多いサイラス(笑)
大丈夫。お前は当て馬じゃない(笑)
さて、サイラスのお屋敷に連行(保護)なシャナリーゼ。
で、次話。
勘違いなさらないでっ!史上最強の勘違いが勃発!! の、予定。
親子対面モフモフ毛だらけ祭りが先かな~??
うーん……。
では、また来週。




