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勘違いなさらないでっ! 【72話】

「さすが兄の友、ですわね」

 ボソッと呆れた声を出すエシャル様に、わたくしはうなずく。

「ですが、ここまでウィコットが好きなら、きっと誘拐なんて妙な考えはしないはずです」

「そうですわね。一応安全ですわ」

 追跡はさせてもらいますけど、と小さくエシャル様が付け加えたことは聞かなかったことにした。

 じぃーん、と感動しているサザールに、わたくしは次の訪問予定を聞く。

 少し言い淀んで、サザールは答えた。

「あまり言ってはいけませんが、実は当分ないのです。定期の検査も最近でしたし、子どものウィコットも今日は元気そうでした」

「……」

「あら、シャナリーゼ様の顔が『役立たず』とおっしゃていますわ」

「ええ!?」

 怯えるサザールに、わたくしは眉間に寄った皺を延ばすように揉む。

「……どうにかならないかしら」

「えっと、そうですね。サイラス様の所の子どものウィコットの件でわりと急な呼び出しが多いので……その、少し寒くなりましたし、またあると思います。たぶん。本当はない方がいいですけど……」

「では、手紙を用意しておくわ。夜中だろうと早朝だろうと、とにかく行く前に必ず寄ってちょうだい」

「了解しました」

 それからすぐに時計を見て、とっても残念そうにため息をつく。

「そろそろ行かないと」

 最後に、とクロヨンを抱っこしようとするが、さらりとかわされて涙ぐむ。

 サザールが動き出そうにも、二匹はあいかわらずサザールのズボンの裾から離れずにいた。

「獣医様。今履いているズボンを下さらない?」

「ええ!?」

「代わりにナリアネスのズボンを……ダメかしら? エシャル様」

「そぉですわねぇ。少し大きいかもしれませんわ」

「いやいやいや、無理ですよ! デカいのは間違いないですが、その前にこのズボンは支給品ですから!」

 バンバンと両手で太ももを叩いてアピールすると、二匹が大きな耳をピンと広げてサザールを下からじぃっと見つめた。

 その哀願するような強烈な眼差しにサザールはやられ(・・・)そうになるが、なんとか首を横に振る。

「残念ね。プッチィ達がさみしがらないようにと思ったのだけど」

「す、すみません」

 

 こうしてサザールは「抱っこしたかったなぁ」と呟きながら、ナリアネスのお屋敷を後にした。

「抱っこなんて簡単ですのに」

 クロヨンをひとなでし、ひょいと膝に抱き抱えたエシャル様が首を傾げる。

「好き過ぎるのかもしれませんわね」

 エシャル様がクロヨンを抱っこしたので、ドレスについた毛を落とすために『ハンドローラーコロコロ』とブラシの入った籠を持って侍女が戻ってきた。

「明日は天気が崩れるそうですわ。面倒ですから、わたくしこのまま泊まって行こうと思いますの」

 すでに準備はしてきております、と言うエシャル様。

「侍女を一人お借りしても?」

「もとはエシャル様の侍女ですわ。わたくしは異論ありません」

 よかった、とエシャル様が戻ってきた侍女に目で合図をする。

「天気が悪いなら、明日はお散歩は無理ね。もう少し外で遊ぶかしら?」

 プッチィを抱きかかえて顔を覗き込むと、ぴくぴくと耳を動かして「みぅう」と鳴いて尻尾を振る。

 その時、籠を床に置いた侍女が立ち上がって一礼する。

「シャナリーゼ様、その件につきましてご報告したいことがございます」

「なにかしら?」

「先ほど、庭師から鷹のような大型の鳥を目撃した、と報告がありました。大型の鳥はウィコットの天敵です。今日はおやめになったほうが良いかと」

 サッと顔色を悪くしたのは、アンだ。

 それを見て、侍女が補足する。

「アンがお散歩をさせている時は、庭師もですが、手の空いた者も万が一に備えてそばにおりました。その時はいなかったと思われます」

 アンはギュッと両手を胸の前で合わせ、震える声で言う。

「こ、これからは空にも気をつけます」

「庭師も、執事様に報告済みでして、即刻対応策を練るとの事です」

「わかったわ。しばらく外はやめましょう。室内でも、十分遊ばせられたら喜んでくれるわ」

「ああ、そうですわ」

 いいことを思いついた、とエシャル様が満面の笑みを浮かべる。

「いっそのこと、最近改装したと言う『ワシツ』を遊び部屋にしてはいかがかしら? 確か、床は草でできていたはずですわ」


 草の床――『タタミ』ですね、エシャル様。

 その部屋をプッチィ達に与えたら、一日で穴を掘るかもしれません。きっと『タタミ』は無残なことになるでしょう。

『ワシツ』を心のよりどころとして自慢していたあなたの兄は、一瞬で今度こそ『白熊』となって燃え尽きるでしょう……。


「エシャル様、さすがに『ワシツ』はいけませんわ。本当に使い物にならなくなってしまいます(主にナリアネスが)」

「そうですか。 それは困りますわね(もともと(どっちも)使い物になりませんわよ?)」


 お互い含まれる意味は無視し「ふふふ」と、あいまいに微笑んで誤魔化しておいた。



☆☆☆



 夕食を済ませた頃、ナリアネスが急きょ戻ってきたと連絡があった。

 エシャル様は「ちょうどいいですわ。実は父から頼まれごとをしておりました」と言い、慌ただしく帰ってきたナリアネスを追いかけて食堂を出て行った。

 わたくしはのんびりとお茶を飲むと、静かな食堂に響く雨音に気がつく。

「雨が降ってきたのね」

「夜半過ぎには雷を伴うと聞いております」

 給仕はお茶のおかわりを進めてくれたが、大きな音が嫌いなプッチィが心配で席を立つ。

 

 一人で廊下に出ると、どこかで人の声が聞こえた気がした。

「? なにかしら」

 もう一度確かめようにも、廊下には大粒の雨音だけが響く。

 もともと少ない使用人しかおらず、見る限り人の姿は見つからない。

 声が大きいナリアネスの声だったかもしれないが、その場にはエシャル様がいるとなれば兄妹ゲンカの一旦だろう。

 そう思ってわたくしは自分の部屋へと歩き出した。

 廊下のカーテンはすでに閉まっていたが、気になって立ち止まり外を見る。

 暗闇の中を大粒の雨が降っているようだ。

「雷、か」

 ティナリアも苦手だったわね、とこの雷がライルラドの我が家の領地に行かないことを祈って部屋に戻った。


 部屋に戻ると、雨音を気にして耳を動かしているクロヨンと、すでに籠の中で丸くなって眠っているプッチィの姿があった。

「アン、少しでも恐怖を和らげてあげたいの。ランプの油を補充しておいて?」

「かしこまりました」

 夜用の小さなランプを手に取ると、アンは部屋を出て行った。

「いらっしゃい、クロヨン」

 怖がっているクロヨンを抱きしめ、プッチィと同じ籠に入れる。

「もうすぐあなた達の家族のもとへかえしてあげられるからね」

 こうやって雷に怯えるのもこれが最後になりますように、とクロヨンの頭をなでて寝かしつけた。


 しばらくして、カチャリ、とドアの開く音がした。

「アン?」

 ノックもないなんて珍しい、とドアを振り返ったわたくしはひゅっと言葉を飲み込んで目を見開く。


「やはりおられましたね、シャナリーゼ様」


 笑顔とは裏腹に、冷めた重い声が響く。

「え、エージュ」

 閉じたドアの前にエージュが固い雰囲気で立っており、そのすぐ横でアンの口を塞いだ全身黒服の男が片膝を付いて控えていた。

「アン!」

「お静かに、シャナリーゼ様」

「エージュ、あなた何をっ!」

 キッと睨むと、エージュは少し困ったように眉を寄せる。

「まさか本当にここにおられるとは」

「いて悪い? サイラスへ手紙を出したのだけど、ことごとく無視するから出向いただけよ。勘違いしないで欲しいけど、ここへはプッチィ達のために来たの。サイラスには未練なんてないから、さっさとメデルデアのお姫様と婚約すればいいわ」

 そうわたくしが言えば、エージュはますます困ったように眉を寄せる。

「……誤解です、シャナリーゼ様」

「どうでもいいわ。それよりせっかくだから、このままプッチィ達を親もとへ返して欲しいの。理由はうちの国の誰かさんがプッチィ達を欲しがっているから、ということで」

「省略し過ぎですよ、シャナリーゼ様」

 頭が痛い、とばかりに片手で頭を押さえて首を振る。

「とにかく、こちらを出る準備を」

「ええ。そのままライルラドに帰ります」

「今は無理です。しばらくわたしが責任を持って……」

「ならこのままでいいわ」

「これ以上妙な噂が流れたらどうするのです!」

 珍しくエージュが焦っている。

 そんなエージュを一瞥し、わたくしが「別に関係ないわ」と言えば、また深いため息をこれみよがしに吐く。

「シャナリーゼ様。だいたいのお噂はサイラス様の耳に入っています。今、あの方がどうなっているか想像できますか?」

「する気もないわ」

「世間の噂ではあなたの存在は謎ですが」

 そこで一度区切ると、エージュは息を潜めて言った。


「どうやらサイラス様にバレたようです」

「え?」

「つきましては、わたしがこの場にいる意味がお分かりでしょうか?」

「え……」

 大きく瞬きをするわたくしの耳に、かすかに怒声のような何かが割れるような音が聞こえた――気がした。


「ま、まさか……」

 ひきつるわたくしに、エージュは静かにうなずく。


「今、怒鳴り込みの真っ最中です」

「!」

「とりあえず、あなた様はすでに出て行ったことにいたしましょう。さすれば、今日の所は大人しくお帰りになるはずですから」

 茫然としていたわたくしの腕を「失礼いたします」と言って引き寄せると、そのまま急いで部屋を出る。

 もちろん、後ろからアンも口をふさがれたまま急ぎ足で連れてこられる。

「ちょ、ちょっと待って」

「いえ、待てません。ナリアネス様が時間を稼いでおられますので、今のうちに。サイラス様はどんなに頭に血が上っても女性に手出しはしないと思いますが、今夜は冷静な話し合いは無理でしょう。男の醜い嫉妬です。ご勘弁ください」

「嫉妬って、まさか!」

「そのまさかです」

 急かされるまま、玄関ホールの前にある階段の辺りまでやってきた。

「急いで!」

 玄関ホールに現れたエシャル様が焦った様子で、階下で手招きをしている。

 どうやら事情はわかっているらしい。


 と、にわかに後ろがざわつき出す。

 振り返れば、今にもかけ出しそうな歩幅でサイラスとナリアネスが言い争いつつこちらに向かって来ていた。


「もうバレてるわよね」

「……」

 

 エージュが苦虫をかみ殺したような顔をして、かすかにうなずいた。

「ですが、まだかもしれません」

 そう言って階段を下りようとしたのもつかの間、後方から鋭くエージュを呼ぶ替えが響く。


「~~」

 

 諦めたかのように、わたくしの腕を掴んだエージュの手が離れる。

 そして、すぐに追いついたサイラス達とわたくし達は向かい合った。

 困惑するナリアネスの前で、目をつり上げて怒っているサイラスがいた。

 気のせいからしら、少しやつれた気がするわ。

 今までにない尖った雰囲気に、わたくしも「こんな人だったかしら?」と一瞬不審に思ったくらいだ。


「……なぜここにいる、シャーリー」


 冷めた目と、地を這うような低くて重い声色が辺りを支配する。

 エージュもナリアネスも黙るほかなく、アンは小さく震えていた。

 当然わたくしもそうなる――はずだった。


『なぜ』ですって??



 ぷちっ。



 わたくしの脳内では、とっても勢いよく何かがキレた。


 はあ? それをあなたが言うの??


 冷めた頭の中で、ただ一つその言葉だけが浮かんでわたくしの体を動かす。


「それはこっちのセリフだわっ!!」


 いつの間にかサイラスに詰め寄っていたわたくしは、怒り任せに右腕を顔めがけて繰り出す。

 それはさすがに止められたが、体はすでに次の行動に出ていた。

 つかまれた右腕と右足に体重を移し、反動をつけて曲げた左膝をサイラスの腹部めがけて蹴り込む。


「!?」


 ゴフッと苦しげに息を吐くサイラス。 

 不意打ちを食らった、というサイラスの顔が見られて愉快でたまらない。

 知らないうちに口角が上がっていた。



 暴力? 未練? 嫉妬?


 いいえ、勘違いなさらないで。

 これは――女性特有の「なんだかわからないけど、どうにもならない気持ち」ですの。まあ、殿方には一生かかってもお分かりになりませんでしょうけどね。



「ごきげんよう、サイラス。そして、サヨウナラ?」


 わたくしはこれ以上ない笑顔でささやき――左手を振りかざした。





読んでいただきありがとうございます。


あ、再会しましたね。

ええ、恋愛というのは再開時には歓喜、するものでしょうが……

この二人にそれはない。

シャナリーゼは怒り心頭で乗り込んできておりますし、サイラスは誤解しておりますのでこんな感じ。


ええ、次話よりサイラス復帰。オメデトー(棒読み)。


本当にヒーローがでないな、この話……。

ではまた、週末にお会いできますようにがんばります。


上田リサ


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