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勘違いなさらないでっ! 【70話】

また来た地震5→4→3。

で、週末は台風。

「王妃様が外交へ?」


 しかも急な決定で、明日には出国するという。

「そうなのですわ。これは別に秘密、というわけではありませんが、かなり急な決定でお城は大騒ぎだそうです。本来は第二王子のアドニス様のお仕事なのですが、アドニス様が期限になっても帰国しないらしくて。

 まあ、アドニス様の気まぐれは暗黙の了解なのですが、お仕事をキャンセルされるのは初めてですわ」

「体調を崩されたのでは?」

「だといいのですが、外交の帰路の途中で急にメデルデア国へ寄り道をされているそうで、先に書記官など護衛以外のほとんどを先にイズーリに帰されているのです」

「メデルデアに」

 ぽつり、と呟くと、エシャル様がハッとして顔を上げる。

「アドニス様はサイラス様に政略結婚を強いるような方ではありませんわ! その点はご心配ありません」

「いえ、気にしておりませんが」

「いーえ! 誤解されるような芽は摘んでおかねばなりませんわ! アドニス様は、研究者肌の方で、ご自身のご婚約者様に求めた条件も『放浪癖をうけとめること』でしたの。結果、みごとに高学歴の研究肌の女性を見つけることができました。

 それに、国王陛下夫妻の意向で、婚約の成り立ちは本人の同意、という絶対的な命がありますから、アドニス様が裏でどうこうということはありませんわ」

「ふふふ。エシャル様ったら、そんなに庇われなくてもわたくし大丈夫ですわ。――関係ございませんので」

「……声が低くなりましてよ、シャナリーゼ様」

「ふふふ」

 そうかしら? と思いつつお茶を飲む。

 エシャル様もお茶を飲んでから「でも」と、微笑む。

「王妃様が不在になるということは、少しだけシャナリーゼ様のお気持ちも軽くなるのではありませんか?」

「ええ、嘘はありませんわ」

 ここにいるのがバレたら、拉致軟禁が目に見えている。

 きっと納得がいくまでお城に軟禁されて、サイラスに会わされ――るその前に、ミルクに食べられて、一度は無効になった婚約承諾書のようなものにサインさせられそう。

 

 そうなったら、またヤギ達が食べてくれないかしら。


「そういえば、アンの姿が見えませんが?」

「アシドナの宿へ行っております」

 お茶を持ってきたのが、エシャル様から派遣してもらっている侍女だったので疑問に思ったようだ。

 このお屋敷には、女性がキッチンメイドしかおらず、客人の前には姿を現すことはない。

 エシャル様はわたくしのために二人の侍女を貸してくれていて、アンも良くしてもらっていると言っていた。

「アンバーのご両親にはとてもお世話になりましたので、お礼の手紙を持たせていますの。いまのわたくしにできることは、それが精一杯でしたので。国に帰ってもお礼ができるかわかりませんので」

「考え過ぎですわ、シャナリーゼ様。聞いたお話からは、ご両親様があなた様をどうこうするなど考えられませんわ」

「そうは言いましても、公爵家に刃向うようなことをしているのですから」

 公爵家の押しつけがましい好意(というか強奪)に、父もあきれ顔だったのは言うまでもない。

 だが、我が家は中流伯爵家。

 たまたま運良く裏ではハートミル侯爵家やライアン様に伝手があるが、それは表立った家同士には関係ない。

 表だって我が家に接触していたのがサイラス。

 彼一人がついたことで、父や兄にあちこちから声がかかるようになったのは事実。

 すでに高位貴族に囲まれた家ならともかく、我が家の垣根は低くチャンスとばかりに人が集まるには十分だった。

 一方、我が国の高位貴族はまだ遠巻きにしつつ、だが少なからずこれまで以上に接触はしてきていた。

 そんな中、このゴタゴタの中で強硬手段にでたベルクマド公爵家。

 誰の目から見ても、我が家からサイラスが離れたからできた態度だと言わざるを得ない。

 でも、ベルクマド公爵家は王家の血筋。

 異国の王子が怖くて今までできなかった、とは思われたくないだろう。

 そうなると、わたくしが姿を消したことをあまり騒がれたくないはずだ。

 父が捜索を大がかりにしようとしても、きっと邪魔をするだろう。

 わたくしが国に帰り、ジロンド家に伯爵令嬢としている限り、きっと目をつけられる。

「公爵家に目をつけられて、家族が肩身の狭い思いをするくらいなら、わたくしは市井に出るなり、修道院に入るなりして姿を消そうと思います。そうすれば、公爵家も何も言わなくなるでしょうし」

 きゅっとエシャル様が眉を寄せる。

「……本の世界なら、攻め役の王子様が問題を解決してくれますのにっ!」

 いえ、攻め役でなくて結構です。

「ああっ! 現実の男性のふがいなさは兄を筆頭に散々ですわ!!」

 そうですね。わたくしの周りは(兄以外)ダメ男ばっかりですわ。

 さんざんエシャル様は頭を左右に不利ながら、現実の男性への愚痴を吐いて顔を上げる。

「サイラス様も本の中ではそれなりに(・・・・・)良かったのですが、所詮創作とイメージですわねぇ」

「え?」

「あら。わたくしったら、つい。今のは聞かなかったことに。おほほほほ」

「……」

 それからすぐに「では」と、お暇していったエシャル様。


 エシャル様は全然隠せていませんが、ティナリアから少し聞いたことがあるのを思い出す。

 各国の王族(男性)をイメージした、そのテの薄い本が根強い裏伝手で出回っていることを!!


 さすがエシャル様。すでに収集済みでしたか。

 エシャル様にリンディ様。そこにティナリアが加わると、もはや手の付けようのない世界が広がりそうで怖い。


 ……やはり、サインは手紙にしようかしら。



☆☆☆



 ウィコットの保護園に行く途中に寄りました、と若い男性の獣医がやってきたのはその翌日。

 今朝も熊に、肘鉄と目つぶしをお見舞いして目覚めた午前中のことだった。


 獣医と言えど、初対面の男性を部屋に入れるわけにはいかず、客室に待たせてアンと二人でプッチィ達を抱きかかえて向かった。

 ひょろりと細身にメガネをかけた白衣の若い男性は、アンが抱いたクロヨンを見てメガネの位置を直しながら覗き込んだ。

「うわ! 長毛の黒毛じゃないですか!」

 挨拶もなしにクロヨンに飛びつく獣医に、アンはサッと身を引いて睨みつける。

「失礼。あなたが獣医様?」

 ほぼ真横に来た獣医にわたくしが声をかけると、獣医はハッとしてあわてて姿勢を正した。

「すみません、つい! ええ、わたしが獣医のサザール・エトワールです。お初にお目にかかります」

「こちらこそ、お世話になります」

「……そちらのウィコットが患畜でしょうか」

 眼鏡の奥の目がスッと細められ、わたくしが抱くプッチィにそそがれる。

「ええ」

「お預かりしても?」

「どうぞ」

 わたくしはサザールにプッチィを渡す。

 少しだけプッチィは嫌がるそぶりを見せたが、手慣れた手つきでサザールが耳の後ろを優しくなでてやると大人しくなった。

 客室にはクッションのついた台が用意されており、その上にプッチィは静かになでられながら下ろされる。

 診察台の上でプッチィは大人しくしていたが、その目はじぃっとわたくしへ向けられていた。

「大丈夫よ」

 なでてあげたかったけど、診察の邪魔になるからと微笑むだけにする。

 聴診器で体の音を聞いたり、あちこち触ったり、口の中を見たりしてサザールの診察が終わる。

「外傷も病気もありませんね。おそらく精神的なものかと思われます」

 そう言いながら、サザールはわたくしへプッチィを返す。

「みぅ」

「お利口だったわ、プッチィ」

「みぅう」

 頬ずりをすると、プッチィも甘えて顔をすり寄せる。

 サザールは寝台の上の器具を片付けながら、

「ウィコットは行動的な動物なんですが、狭さを感じるとじっとして我慢してしまう習性があります。おそらく、追いつめられた危機感からくる防衛反応なのでしょう。

 短時間なら問題ありませんが、それが長期間だと精神的に弱ってくるのです。どんなに大事にしていても、十分な運動をさせなくてはいけません」

「!」

 サッと顔から血の気が引いた。

 ライルラドからの旅の途中も荷馬車の中で過ごし、アシドナの宿でも広くない部屋の中で過ごさせていた。

 顔色の悪いわたくしを見て、サザールが慌てたように言う。

「あ、いえ、でも大丈夫ですよ!? これは軽い方で、一過性のものです。大事になさっているのは見ればわかりますし、薬というよりビタミン剤で不足している栄養素を補えば大丈夫です! 食欲が戻れば、ビタミン剤も必要ありませんから」

「そう、なの? 本当に大丈夫なのね?」

「ええ。同じ環境にいたのに、そちらの黒毛のウィコットはあまり症状が出ていないようですし、この子は少し繊細なのでしょうね!」

「繊細?」

 おもわず笑みがこぼれる。

「獣医様、この子はどちらかというと甘えん坊の暴れん坊ですわ」

「そうですか? まあ、確かに茶毛のコは、人懐っこくて穏かで甘え上手な性格のコが多いですが」

「おまけに食いしん坊です」

「それはいいことです。腹下しだけには気をつけてください」

 にっこりと笑うサザールだったが、先程からチラチラとアンのほうを気にしている。

「獣医様。アンになにか?」

「え、いえ」

 ドキッとしたように肩をはねさせたサザールだったが、言いにくそうに頭をかく。

「あの……できましたら、そちらの黒毛のコも診察させていただきたい、と思いまして」

 わたくしとアンは一瞬キョトンとしたが、

「ダメですか?」

 と、いい大人の男性が目を潤ませて頼んできたので「どうぞ」とうなずく。

 まあ、クロヨンも見てもらった方がいいだろう。

「では、さっそく!」

 アンから受け取ったクロヨンをご機嫌で抱きしめ、診察台の上でプッチィ以上に触りながら診察する。

「……」

 クロヨンの遠くを見た嫌そうな目を見て、わたくしとアンは苦笑する。

 診察を終えて「問題ないです」というサザールだったが、まだまださわり足りないようで、クロヨンを抱いて放さない。

「黒毛がお好きなの?」

「ええ。でも、もともとウィコットはどんな毛色でも好きだったのですが、とあるお宅の黒毛のウィコットがあまりに高貴な雰囲気をしておりまして。あの時の驚きは忘れられません。幸運にもそのお宅の訪問獣医の一人になれまして、これから参る予定なのです」

「あら。ウィコットの保護園に行かれるついでに寄られたのでは?」

「そうだったんですが、急遽お声がかかりまして……あ! だから時間がなかったのをすっかり忘れておりました!!」

 名残惜しそうにアンにクロヨンを返すと、ビタミン剤を置いてサザールはあっという間に帰ってしまった。


「何も言わずに我慢してくれていたのね、プッチィ。クロヨンも本当にごめんなさい」

「「みぅうう♪」」

 ぎゅっと抱きしめた二匹が、喜びのあまり大きなフサフサのしっぽをブンブン振って喜ぶ。

 そこへ診察結果を聞きに執事がやってきて、アンから説明されて思わず目を丸くした。

「なんと! では少しでも元気になるように、お手伝いをさせて頂けないでしょうか?」

「なにか考えがあるの?」

「はい。ウィコットはニンジンが大好物と聞いております。そこで、当家の裏にあります温室のニンジン畑で自由に遊ばせてはいかがでしょうか!?」

 細い執事が生き生きとした目で訴える。

「そんなことをしては、野菜がダメになるわよ? このコ達は相当はしゃぐと思うの」

「かまいません。旦那様もさほど細かい方ではございません。それに、旦那様より『最優先はシャナリーゼ様を』と申しつかっております」

「……」

 わたくしは少し頭を抱える。

 申し出は嬉しいが、熊のその命令はいただけない。ますます知らない人には誤解を生むのではないだろうか……。

 その懸念が現実となる。

「それに未来の『奥方』様になられるのですから、ご遠慮なさることはありません」

「な、なにを勘違いしているのっ!?」

「ああ、そうでした! まだご婚約が調っておりませんでした。いえ、でも何の問題もありません。そう遠くない未来に、ようやく念願の奥方様をお迎えでき――爺はもう生きていて良かった! と今にも倒れそうです!!」

「……」


 本当に倒れられたら面倒なので言わないが、――できるだけ寿命を延ばしたほうがいいわよ。


 勘違いを続行する執事を放置して、わたくしとアンは別の使用人に案内されて、裏庭の畑で歓喜に沸くプッチィ達を遊ばせたのだった。



☆☆☆



 サザールは大急ぎで『とあるお宅』へと向かった。

 大きなお屋敷の堂々とした玄関で執事に迎えられ、いつもの部屋へと案内された。

 少し風邪を引いた小さな茶色のウィコットに、発熱の症状があったので薬を処方し世話係に渡す。

 それから診療書に丁寧に診察結果を書いていたら、何かに足をつつかれて邪魔をされる。

「?」

 サザールはそれが最初なんだかわからなかったが、二度、三度と続いたので机の下をのぞいて驚いた。

 今まで診察以外では触らせてくれなかった、気高い雰囲気を持った黒毛のウィコットが自ら自分の足をつついていたからだ。

「♪」

 サザールはそのまま抱き上げて頬ずりをしたかった。

 ここに来る前に診察した、友人宅の女性がそうしていたように。

 あの光景はうらやましかった。

 だが、ここは友人宅のような雰囲気はまるでない。

 ウィコットの世話係も、ピンと背筋ののびた執事もまさに『できる人』そのもので、とても「抱っこしていいですか?」なんて言えない。

 泣く泣くサザールは、ずっと足元をつつき続ける黒毛のウィコットをそのままに、診断書を書き続けた。

 途中、抱き上げたい誘惑を振り払うように、ふとあの熊のような厳つい友人の『妻』になる女性を思い出す。

 部屋に入ってきた時は、美しいが目つきの鋭い友人の『妻』にふさわしい目をした女性だと思って、本能的に下っ腹に力が入った。

 友人とはそれなりに打ち解けた仲だが、彼との初対面を久しぶりに思い出したのだ。

 だが、ご令嬢は抱いていた茶色と白のウィコットにそっと、これから診察するから心配ない、と言い聞かせていた。

 その表情はとても穏やかで、子を想う母のようにも見えた。

 診察中も患畜のウィコットはご令嬢を見ており、彼女も励ますように黙って優しい目を向けていた。

 そのまま調子にのって、気になっていたウィコットの診察が終わっても離さないまま話しても、ご令嬢は何も言わずにいてくれた。

 ……残念ながら、黒毛のウィコットには胡散臭がられていたようだが。


 暇を見つけて、友人宅へまた行こう。


 そう決めて診断書を書き終えるて立ち上がり、不備がないか確かめて執事へと渡すために立ち上がる。

 その間も黒毛のウィコットはサザールの足や、ズボンの裾の匂いを嗅ぎ続けており、彼が執事へ診断書を渡すために歩き出すと、今度は(つが)いの茶色の毛並みの美しいウィコットが走り寄って来て一緒になって匂いをかぐ。

 サザールが歩けば、二匹のウィコットがついてくる。

 先ほど発熱と診断した小さな茶色のウィコットも、世話係に入れられた寝床代わりのカゴの中で鼻をヒクヒクとさせている。


「……珍しいことですね」

 固い声の執事に、おもわずうなずく。

「はい。そう、ですね」

 ここは笑顔を出すか? それともあいまいに疑問ぶっておくか。

 とにかく友人宅へ行ったことは秘密だ。

 肩を掴まれ「男の友情だ」と、暑苦しい迫力で言われていてはうなずくしかない。

 その秘密が今にもバレそうに思えて、サザールはせっかく触れるチャンスだった黒毛のウィコットから逃げるように、そのお屋敷を大急ぎで後にした。



 ――ここから事態は急変する。



読んでいただきありがとうございます。


実は、書く気満々だったのに、余震5がきたら……書けなくなってました。

ストレスですかね。

ええ、でも前日に気力が蘇りました。

猫をモフりました。三匹が犠牲になりました。


さあああああ!!

来週も書くぞぉおおおお!


次話。癒しを求めて、サザール再び。


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