表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/122

勘違いなさらないでっ! 【67話】

 ニンジンが欲しいと言ったらくれたの。

 

 それしか言いようがないのだけど、それではアンは納得できなかったようで、ムスッとしたままおいしそうにニンジンを食べる二匹に目を落とす。

 ええ、わかっているわ。わたくしが一番わからないんですもの。

 知り合いからもらったってキースは言っていたけど、こんなに都合よく知り合いがいるものかしら。

「……それで、お嬢様は明後日に『デート』をお受けになるのですね?」

「お茶するだけよ」

「顔だけじゃなく、強引さもサイラス様に似ているあの方に弱いのはわかりますが」

「弱くないわよ、失礼ね!」

「申し訳ありません。ですが、あの方は正直信用できないのです」

 謝りの言葉を口に出すが、アンの本音はキースが怪しいというもの。

「わたくしもキースには注意するわ。でも、今回は上質なニンジンのおかげでプッチィ達が喜んでくれているから」

「それはそうですが」

 さすがのアンもそれに関しては「良かったこと」と認識しているようで、ばつが悪そうに口をつぐむ。

「アンバーさんはナリアネス様に報告なさいますよ」

「いいわよ、別に。それに、ナリアネスが乗り込んで来たらお茶はすぐ解散。あ、お店には迷惑かかるかしら? でも、請求はナリアネスで、お詫びに商品を買って戻ってくるわ」

 おほほ、と簡単に考えて笑うと、アンも「それもアリですね」とうなずいた。



☆☆☆



 朝は元気だった。

 確かに食欲は減っていたけど、一昨日よりちゃんと食べていた。


「うくっ……うくくっ……」


 喉に何かを詰まらせたような、小さく体を震わせてプッチィが吐いたのは昼前。

「プッチィ!?」

 慌てて背中をさすり、アンは水で濡らしたタオルを持ってきてプッチィの口を拭く。

「口の中には残っていないわね」

「吐いた物は朝のニンジンのようです。消化しきれていませんね」

 吐いた物で窒息しないようプッチィを抱き上げて確認し、きれいなタオルに水を染み込ませて口に水を少し垂らす。

 こくり、と少しだけ飲んであとは目を閉じてぐったりとしてしまう。

「……病気かしら」

 だとしても、調べようにもここにサイラスからもらった飼育本はない。

 後片付けをしていたアンも、それに気がついて悲しそうに眉を下げる。

「あの時あの本を持ってきていれば……。申し訳ありません」

 消え入りそうな声を出すアンを見上げ、わたくしは首を振る。

「いいえ、アンのせいじゃないわ。あの時は時間がなかったのだもの。すべて、わたくしがイズーリへ行こうと決めたのが原因よ」

 わたくしはそっとプッチィを寝台の上に寝かせ、二、三度なでる。

 ぐっすりと、というわけにはいかないが、目を閉じてじっとしているから体を休めるために軽く寝入っているかもしれない。

「アンバーはいるかしら」

「すぐ探してまいります」

 汚れ物が入った桶を持ってアンが出て行くと、そっとクロヨンが足元に来て小さく鳴く。

 クロヨンを胸に抱きしめて、その目をじっと見る。

「あなたは無事かしら? どうか我慢しないでちょうだいね」

「みうっ!」

 頭を撫でてやれば、甲高く鳴いてふさふさの尻尾を振る。

「うつる病気でなければいいのだけど。もしうつる病気だったら、あなたを隔離しないとダメね。気はすすまないけど、アンバーの部屋かしら」

 信用していないわけじゃないけど、仲良しのこの二匹を離すのは忍びない。

 クロヨンを抱いたまま眠るプッチィを見て待っていると、アンがアンバーを連れて戻ってきた。

 アンバーはアンから話を聞いていたのか、すぐに寝台で横になっているプッチィを見て眉を潜めた。

「すぐにナリアネスに連絡をとって欲しいの」

「分かりました」

 真剣な顔でうなずくアンバーを見て、もう一つ聞いてみる。

「本屋はないかしら」

「本屋、ですか?」

 なにの、というところまで予想して、アンバーは少し考えてから口を開いた。

「下町にはお嬢様のお探しの本はないでしょう。あれは専門書に近いので、商業区のマーゼの本屋、ならあるかもしれません。隊長に連絡をとってから行ってみます」

「いいえ、少しでも早く知りたいの。わたくしが行くわ。アンはこの子達をお願い」

 アンは何か言いたそうだったが、口をつぐんで「かしこまりました」と軽く頭を下げる。

 アンバーと部屋を出ると、少し待つように言われた。

 自分の部屋に入ってすぐ出てくると、わたくしに銀貨を数枚差し出す。

「正直本の値段はわかりません。でも、おそらく専門書になると思います。足りるかどうかはわかりませんが……」

「ありがとう、アンバー。今のわたくしには大金だわ」

 ふふふ、と笑ってみせると、アンバーも苦笑して頭をかく。

「平民が貴族様に金を渡すなんて奇妙なもんですね」

「あら、わたくしもう貴族ではないかもしれないわよ」

 除籍届の書類を思い出し、家族の怒った顔と全て押しつけてしまったマニエ様を思い出す。

「それなんですけどねぇ。隊長からの話だと、イズーリからお嬢様の話は全然来ていないんですよ。もちろん、俺達に回ってくる情報なんてペーペーもいいとこですけどね。隊長もそこはちゃんと調べてみたようで、逆にサイラス様への手紙を送り返したバカを見つけた、と鬼のような形相で言ってました」

「そう。まあ、わたくしの件は国の要人でも高位貴族でもないのだから、そこまで大げさにならないと思うわ」

「いえいえ、サイラス様がからんでますし! それに王妃様のお気に入りって認識はありますよ?」

「お気に入りだなんて勘違いよ。王妃様にだけは見つかりたくないの。このまま静かにプッチィ達を引き渡して帰りたいだけよ」

「そぉですよねぇ。俺ももう、何ごともなくうまくいけばいいと思っています」

 そう言って宿屋の前で別れると、アンバーは走ってあっという間に見えなくなる。

 わたくしも急ぎ足で商業区へと向かった。



☆☆☆



 マーゼの本屋は古めかしいながらも大きな建物で、どっしりと商業区の一角に建っていた。

 いかにも学者風の人や学生、と重しく若者が出入りしており、一角ではティナリアくらいの若い少女が声を潜めながらも嬉しそうに黄色い声を上げていた。

 店員を捕まえると、とりあえず考えた設定で話しかける。

「隣国からの旅行で来ておりますが、仕える主がせっかくだから珍しいウィコットの専門書が見たいと。こちらにございます?」

「ええ、あります。イズーリの固有種ですからね。名は知れていますが専門書は少ないので、たまにお土産としてお求めになる方もいらっしゃいます。ご案内しますよ」

 そして二階に案内され、いくつもの本棚の先で「こちらです」とずらりと並んだ本を手で払うように紹介する。

「……多いのですね」

「ウィコット関連のものはすべてこちらに」

「び……。オススメはどれかしら?」

 病気の本、といきなり聞くのは怪しいから、とまずは尋ねてみる。

「そうですね。こちらはいかがでしょう」

 三冊の本を見せてくれる。

「こちらの一冊は専門書、というより飼育日記のようなものです。ですが、ウィコットの日々の生活や、かかりやすい病気などわかりやすく書かれております」

「まあ、初めて見るにはピッタリな本ね」

「さようでございます」

 それでも少し高めで、銀貨三枚から少しおつりがくる価格。

 すぐに買って、わたくしは急いで本屋を出る。


 スタスタと一心不乱に急いで歩いていたら――。

「……え?」

 少し足に力を入れて立ち止まると、本を左手に持ち替えて右手で顔を抑える。

「……な、に?」

 いきなり目の前がぐらりと歪み、激しい頭痛が襲う。

 ただ立つために足に力を入れようとするが、まるで自分の体ではないかのようにまるで感覚がない。

 肌寒くなってきたとはいえ、昼間は温かく今日はとくに天気がいい。

 いつもかぶっていた帽子を忘れてきたことに、今さら気がつく。


「……!」

 

 サアッと顔から引いて行く血の気に、思わず目をつぶって耐えようとするが、気がつかないうちにフラフラと動いていたらしい。

 ドンとぶつかったどこかの店の前の柱に寄りかかり、ジッとふらつきがおさまるのを待つ。

 ドクドクと脈打つ鼓動が大音量で聞こえる。おかげで周りの声など聞こえない。

 目を開けるのがつらくてつぶっているけど、気を抜けばそのままフッと意識が遠のきそうなのがわかる。

それがきっと楽でしょうけど、そうなると後が怖い。

 この場に座り込んでいることも良くないことだけど、でも今はまるで一人だけの世界にいて戦っているみたいだわ。


 早くよくなって!


 そんなことを考えて、どのくらい経ったのかしら。

 ひんやりとした感覚が顔を覆う手に伝わる。

「大丈夫ですか?」

「……」

 ゆっくりと手をずらして目を開けると、わたくしに冷たいタオルを押しつけている女性の後ろに、亜麻色の髪をした儚げな若い女性が立っていた。

「気がつきましたか」

 先ほどの声も彼女の声だったらしい。

 声が出せずにいると、タオルを持った女性が何かに気がついたかのように目を細める。

「失礼いたします」

 そう言ってタオルを当てたまま、わたくしの髪をすくように手を入れる。

「やはり。お嬢様、この方は(かつら)をお召しです。このままでは熱がこもったままになります」

 お嬢様、と呼んだ侍女(かしら?)の言葉に、お嬢様はわずかに驚く。

「まあ、すぐにとらないといけませんわ。あなたのためです。取らせていただきますよ?」

「……」

 それに返事をすることもできず、また、侍女も返事を待つこともしなかった。

 さっさと鬘に手をかけて外し始める。

 やがて汗が外気に触れて、一瞬の冷たさをもたらす。

 どこかホッとして気持ちがいいと思った。

「……あら?」

 お嬢様の声がして、わたくしはようやく少しだけ顔を持ち上げる。

 日傘を差したお嬢様は、わたくしと目が合うと何かに驚いたかのように目を丸くした。

 金髪が珍しいとはいえ、イズーリの貴族にはそこそこいるはず。そんなに驚くこともないだろうに。

 それに、鬘をしていたといっても、金髪交じりに見せかけていたのだ。

 お嬢様は荷物を持っていた別の侍女に何かを伝える。

 荷物を持った侍女がいなくなると、わたくしへ近づいてしゃがみ込む。

「我が家の馬車を呼びに行かせました。すぐにお連れしますので」

「……い、いえそれは」

「ご心配ならずに。お話はあとからゆっくりと」

 そう言ってタオルを持つ侍女に目配せする。

 我が家の馬車、という言葉と雰囲気から、彼女が貴族であることに気がつく。

「……いえ、このままで」

「いけませんわ。そんなことをしたら、わたくし兄から叱られてしまいます。いえ、兄だけでなく、我が家もお咎めになるかもしれません」

「え?」


 兄? お咎め?


 まだうまく働かない頭のまま、わたくしはお嬢様を見上げる。


 亜麻色の髪の儚い雰囲気。微笑み……。どこかでお会いしたかしら?


 ぼぉっとしたままでいるわたくしに、お嬢様は微笑む。

「お目にかかるのは二度目ですわ。いえ、正式にごあいさつはしたことありませんので、これが初対面といっても仕方ありませんわ」

 ガラガラと立派な紋章付きの馬車が近づいて来て止まる。

 先ほどの荷物持ちの侍女がやってきて、タオルを持った侍女と二人でわたくしを両脇からかかえて立たせようとする。

「失礼のないようにして。サイラス様の大事な方なのだから」

「!」

「「はい」」

 驚きで一瞬すべての不調が飛んだわたくしに、お嬢様は聖母のような微笑みを浮かべる。


「ご安心くださいませ、シャナリーゼ様。わたくしはエシャル・ビルビート。ナリアネス・ビルビートの妹で、サイラス様の寄せ集めの()婚約者候補ですわ」



読んでいただきありがとうございます。


えっと、書いてて気がついたんですが……エシャルってWebだと名乗っていないんですね!

ついでにサイラスの部屋で空気みたいにいただけ!!

そんな貴重なエシャルの登場話は19話。

書籍(2・3)ではガンガン出てましたので(ネタバレ??)ちょっと意外でした。




お盆ですね。

水場には近づくな、トンボは捕るなと言われて育ちました。

ええ、近づきません。


次回もエシャルが出ます!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ