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勘違いなさらないでっ! 【64話】

梅雨あけたー! あちー。

 何も決まらないまま時間だけが過ぎていき、とうとうため息とともにわたくしは立ち上がる。

「アンバー、あなたに渡した手紙は?」

「あ、あれならナリアネス隊長当てにと、知り合いに託してきました」

「そう」

 寝台の下からトランクを出し、内蓋の袋から一通の手紙を取り出す。

 すこし皺が寄っているが、紋章などに特に影響はない。

「……最後の一通よ」

 くるりと反転して、二人に見せる。

「サイラスへ直接渡るはずの紋章入りの手紙。短くウィコットの保護、とだけ書いてあるわ。これをできるだけサイラスの近くに投げ入れようと思うの」

「「え!?」」

 驚く二人に、わたくしは口を曲げる。

「アレもダメ、これもダメというのなら直接自分で投げ入れるわ。そうね、サイラスの近くにはそれなりの兵士か騎士がいるでしょう?」

「た、確かにサイラス様方の警備には騎士がつきます。それでも兵士は祭りに来ている人々の中に紛れ込んでいますから、不審な動きをすると目をつけられる可能性が……」

「そう。でも、騎士ならこの紋章がどんな意味を持つのかくらいわかるでしょう」

「そ、そうですね! 祭りですから、花びらなどまかれるでしょうし!」

 アンも孤児院慰問の際に見た村祭りを思い出しうなずくが、アンバーが「ちょ、ちょっと違いますよ!」と待ったをかける。

「花なんてまきませんよ!」

「え。まかないのですか?」

「あ、いや、まくのが花じゃないっていう意味です」

「なにをまくのですか?」

 首を傾げるアンに、アンバーは人差し指をピンとのばして面々の笑みで言った。


「芋の切れ端っすよ!」


「「……」」

「芋づるも投げますよ。芋は捨てるとこないっすからね!」

「さ、サイラスが通る時はさすがに投げないわよね?」

「いや、多分投げますよ。一番のメインですし!」


 切れ端と芋づるが!?


 王族に切れ端と芋づるを投げる祭り、を想像して少しだけ気が引けるわたくしとアンの前で、アンバーがポンと手を打つ。

「そうだ。どうせ投げるなら芋づる巻き付けて、ある程度重さをつけたほうが投げやすいですよ。すぐに用意してきますね」

 そう言ってアンバーは部屋を出て行った。


 そして、数分後。


 切り落としたばかりの青々とした芋づるを巻きつけた、第三王子の紋章入り手紙がわたくしの手の中にあった。

 少し青臭いその手紙を見て、先程までの気合が少しそがれてしまった……。


☆☆☆


 下町の大通りの一角にある広間。噴水はないが丸い形で水が張られた小さな池のようなものがあり、四隅から水が流れて広間の中を通っている。

 その広間を中心に芋料理の出店、赤紫や黄色の逆三角をした旗を繋げてズラリと下げており、頭にいろいろな物をつけた人々がわいわいと賑わっている。


 ――ええ、本当にいろいろなものをつけているのよ。


 芋づるは当たり前。編み棒、毛糸、花、何かで作った農耕具や剣や盾。

 平凡な麦わら帽子をかぶっているわたくしに、アンバーが笑って答える。

「ああ、あれは今自分が上達したいものや欲しい物をつけているんですよ。願掛けです」

「い、芋祭りでしょ?」

「そうですよ。でも、芋は土壌が痩せていても育ちますし、育ってからの利も大きい。そんな意味で、自分も努力して必ず利にしてみせるって意気込みですよ」

「そ、そう」


 ずいぶん無理やりなこじつけだと思うのはわたくしだけかしら? まあ、いいけど。


 アンはプッチィ達のそばにいる、と残った。

「あ、ほら、あの木を削ってできた剣を頭にさしている奴は兵士です。その隣もです」

 そっと耳打ちしてきたアンバーの視線の先を見れば、普通の若い男性と思える格好の二人が歩いていた。

「目線が祭りの客じゃないんですよ。それにルートもありますし、裏道からの小道は特に要注意しています。ちなみに芋パン売ってる親父さんも元兵士です。客商売しながら目を光らせていますから、ご用心ですよ」

「この間酒屋の旦那さんも元兵士って言ってなかった!?」

「はい。結構多いんですよ。退役兵士」

 あははーと笑っているが、どこそこから見張られているようでうんざりするわ。

 まあ、わたくしにやましいことがなければどうでもいいことなんでしょうけど、サイラスに芋づる手紙を投げつけてやろうとしているので、どうにも落ち着かない。


 芋パン、揚げたスティック芋(砂糖・塩味)、蒸かしイモ、潰した芋をたっぷり練り込んだスイーツ……。

 どこに行っても芋のいい匂いがする。


 ――いいかげん胃もたれしそうだけど。

 そういえば、シェナックス孤児院の子ども達と植えた芋はどうなったかしら? 収穫はちょうどわたくしがゴタゴタしている頃で、余裕がなくて聞くのを忘れていたわ。たくさん取れているといいのだけど。


 つい懐かしさから、小さくため息が漏れる。

 そんなわたくしの様子をどう勘違いしたのか、アンバーはさもばつが悪そうに目をそらす。

「あー……。何と言いますか、やっぱ機密事項でして。そのぉ、正確な時間は聞けなかったんですがね。どうも夕方からお偉いさんが会談の予定があるらしくて、多分それまでには城に戻るって思うんですよ」

「そう。なら、そろそろじゃないかしら」

 それにしても、たかが祭りの視察に大臣まで付いてくるなんて……。

 あの大臣の印象としては、正直好きじゃない。高慢で、自国の姫だというのに従わせるようなあの態度は、見ていてかなり不快だった。

 あの横暴な態度を思い出し、また不機嫌になったわたくしを見てアンバーが焦る。

「あ、ほら! あそこで人を制限していますから、あの辺りは確実に通りますよ!」

「人が多いわ。他に近づける場所はないの?」

 アンバーが辺りを見渡して考えている間にも、時間が近いのか兵士達が集まり出して人の壁を作っていく。

 ふとアンバーが兵士たちの後ろを指差す。

「あそこ、見えます? 池の周りはダンスを踊る場所で見物人もいません。最初のダンスはそろそろ始まります」

 人垣の隙間から見ていると、子ども達が男女ペア、もしくは女の子同士で手を繋いで池の周りに集まってきた。

「最初は子ども達が踊ります。あとは親しい者が踊り、夜は若い男女の出会いという意味でのダンスがあります」

「……つまり、あなたと踊れば一番近い位置に行けるのね」

「ええ!?」

 自分で言ったくせに、大げさなまでに驚いて距離を置くアンバー。

 

どこまで離れているのよ、失礼な!


 ジトッと睨むと、アンバーは首と両手を横に振る。

「いやいやいやいや、無理ですよ! ダメですよ! 万が一にあの方に見られたら、俺マジで殺されますから!!」

「だったら芋づるで顔を覆って来れば?」

「青臭くって吐きますってば! あっ」

「あ!」

 わたくしとアンバーの間にどっと人が押し寄せ、あっという間にアンバーを見失ってしまった。

「……もう!」

 小さく地面を蹴って人混みを睨むが、その間にも人がぶつかってくる。

 なんとか人混みをかき分けようとするが、子ども達のダンスを手を叩いて楽しそうに見ている人々に強く出ることもできず、わたくしはだいぶ外側の位置で立ち往生していた。


「あれー?」


 一瞬ギクリ、とした声とともに肩が叩かれる。

 ハッとして振り返ると――でたわね、キース。

 つばのあるこげ茶の帽子を深く被ったキースが、面白そうな笑みを浮かべていた。

「迷子?」

「いいえ」

「人混みを睨んで困った顔をしていたから、迷子かなって思ったんだけど」

「……」

 一体どこから見ていたのかしら、と一睨みしてから目をそらす。

「こんなところで何をしているのよ」

「ん? そりゃあ、見回りだよ。お偉いさんがもうすぐ通るって言うから兵士が多くてやりにくいし面倒だぁ」

 やってられねぇ、とだるそうに肩をすくめる。

「さっきもそこで兵士に尋問されてさぁ~、もう嫌になるぜ」

 ずっと尋問されているといいのに、と心の中で呟いてから踵を返す。

「おっと、こっち」

 グッと右腕を掴まれ、わたくしは人混みの中から抜ける。

「ちょっと!」

「んー、本当は夜誘いたかったんだが、まあ、看板娘は夜までに返せって女将さんから言われちまったし」

「はっ!?」

「兵士達がいなくなるまで自由時間だ。お偉いさんの馬車が通り過ぎれば、兵士もいなくなるだろうからよ」

 ぐいぐいと強引に引っ張るキースに力一杯抵抗しようかと思ったが、彼の行き先がダンスを踊っているところだと気がついてやめる。

 

 こいつと踊るのは不本意だけど――時間がないわ。


「ちょっと!」

 子ども達がダンスを踊っている近くまで来ると、わたくしは一度キースの腕を振りほどく。

 わたくしは腕を組んで顎をそらす。

「ダンスくらいきちんと誘えないの?」

 キースはキョトンとしていたが、すぐに口元を引き締めわざとらしい大きな動きで片膝をつく。

「踊っていただけますか? お嬢様」

 捧げられた右手を見て、フンと笑う。

「及第点にはほど遠いわ。――イタズラなしで、いつもの何倍も食堂の売り上げに貢献してくれるんだったらよくってよ?」

「もちろん」

 うっすら笑ったキースの顔がサイラスとかぶり、わたくしは目をそらせて手を置く。

「足を踏んだら容赦しないわ」

「そんなヘマしねぇよ」

 嬉しそうにわたくしの手をとって、今さっき子供のダンスが終わったばかりの場所へと向かう。

 見物人からはやし立てる口笛や声が飛ぶ中、先程より速いテンポで曲が流れだす。

 ただ、宮廷音楽と違い、限られた楽器の演奏なのでイメージがつかみにくい。

 もたつくわたくしに、キースが微笑む。

「大丈夫。ゆっくりでいいから、同じパターンで何度も踊るだけだ」

「……」

 口を曲げて閉ざし、黙ってわたくしは踊り出す。

 キースは何も言わず、ただ周りとぶつからないように気をつけてリードを続ける。


 と、人混みから歓声が上がり、視線が別の方向へと向かう。

「!」

 気がついたわたくしが見たのは、白い大きな二頭立ての馬車がゆっくりと近づいてくる様子だった。

 

 ――あの中にサイラスがいる!


 ドクンッと妙に高鳴る心音。

 わたくしはすばやく自分の位置を確認する。

 もう一周回るタイミングで反対方向に間に合えば、馬車に一番近くなる。しかも人々の視線のほとんどは馬車にあり、わたくしがダンスを止めても気にしないだろう。


 チャンスは一回よ!!


 ダンス中でも一番外を回っていたペアは足を止め、馬車に向かって手を振っていた。

 わたくしはわりと中心にいたので、わざとキースを引っ張るように外側へと外れる。

「え、おい?」

「……」

 戸惑うキースを見ず、わたくしはただ一度のチャンスに備えた。

 馬車はゆっくり、騎士に囲まれながら止まらず進んで行く。

 先頭に四騎、馬車にぴったりと寄り添って並走している二騎。広場側を守る大柄の騎士は、いかつい顔のナリアネスだった。


 叩かれる太鼓、笛の音、金属のドラムの音。

 それすらどこか遠くに聞こえるように、わたくしの耳には自分の息遣いしか聞こえない。

 目線は常に動き、馬車の速度とダンスの抜け道を探す。

 いつの間にか例の芋づるや葉っぱ、切れ端などが降っていた。


「!」

 

 わたくしはバッとキースから手を振りほどき、呆けた彼に背を向けて隠していた手紙を手に大きく腕を振りかぶる。


 狙うはナリアネス!!

 

 力が入り過ぎて形を変えた手紙を放つと、視界の端で急いでこちらにかけよる人影がいた。

「何をした!」

「きゃあ!」

 両腕を拘束される。

「離せ!」

「誰だ、貴様!」

 キースがわたくしを拘束する相手と押し問答を始める。

 そんなことはどうでもいい、とわたくしはすぐナリアネスに届いたか確認しようと顔を上げたが、すでに馬車の後列しか見えなかった。


 気づいたかしら……。


 この人混みの中に取り残されている可能性も高い手紙を探そうと目線を動かすが、とても見つかりそうにない。

 

 やはり芋づるの他に、石でもくくりつけておくべきだったわ。


 ナリアネス相手なら、多少尖っていても問題ないだろう。

 思ったより軽い手ごたえだったことに今さら後悔していて気がつかなかったが、いつの間にかキースも兵士に取り押さえられており、彼を助けようと仲間も集まってちょっとした騒ぎになっていた。

 わたくしを拘束する兵士が舌打ちしながら叫ぶ。

「とりあえず詰所にこいつらを連れて行くっ!」


 は? 詰所、ですって!?

 王族に芋づるや切れ端を投げて無罪で、手紙を投げたら有罪なんてありえないわ!!


「ちょ、ちょっと、勘違いなさらないでっ! わたくしが投げたのは武器でも危ない物でもないわ。紙よ! て・が・み!!」

「芋以外の一切の投げ入れは認められていない!!」

「それもどうかと思うわよっ!!」

「うるさい、祭りの邪魔だ! 行くぞ!!」

 

 こうしてわたくしは広場から連行されるように連れ出された。

 連行されている間に、何度かよろめく様にしてわたくしを拘束している兵士の足を踏みつけてやったわ。

 

 おほほ、ごめんなさいね。

 ――あなたの顔、しっかり覚えたから後で覚えてなさい!!



読んでいただきありがとうございます。


梅雨が明けましたね~。

熊本は学校の夏休みに変動が起こっております。

あちこち揺れてます。

対岸の火事、という見方ではなく、わが身と思って備蓄などできるだけのことをしておいてください。


さて次回は、シャナリーゼ詰所で暴れます(笑)


また来週お目にかかれるように、頑張ります!!


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