勘違いなさらないでっ! 【63話】
こんにちは。まだまだ梅雨明けしませんね。
下町祭り――通称『芋祭り』。
煮てよし、焼いてよし、揚げてよし。
もともと先祖が狩猟民族だったことから、保存食となりツルから実まで食べられる芋は冬の間の貴重な食べ物だった。ときに物々交換の際も使用された万能の品。
今も芋をつかったたくさんの料理があり、実はイズーリは芋料理の多さでも有名。
祭りの当日、ようやく兵舎から連絡が来て荷物と退職手続きができるんだとかで、アンバーは急いで朝の掃除を終えた。
ずいぶん時間がかかったわね、と思ったのはわたくしだけでなくアンバーもだ。
「ナリアネスに会えそう?」
「普通なら最後のあいさつとしてお会いできるはずですので。コレ、ちゃんと渡しますから!」
自信満々というか、晴れやかな笑顔で元気に出て行った。
――すべての問題がこれで解決したかのような会心の笑みだったけど、結果が出るまでは安心できないわよ、アンバー。
と、思いつつ、わたくしもようやく進みそうな展開にホッとしていた。
どこかで「これで大丈夫」と思っていたのか、いつもより念入りにアンと一緒にプッチィ達にブラシをかけてあげる。
「今年のライルラドは雪が多いと予想されておりましたが、この分だと積もる前に帰れそうですね、お嬢様」
そう言うアンの顔に笑みはない。
「まだ決まったわけじゃないわ。きちんとナリアネスが来てからよ」
「……はい」
惜しむように二匹を交互になでるアンを見て、わたくしも小さくため息をつく。
これでいい、とわかっていてもつらいものね……。
自分だけの正義を掲げた公爵令嬢様に渡すくらいなら、この別れの痛みなんて小さなものよ。この子達を思ってこれから先、毎日心配しなくていいんですもの。
――二度と会えなくても。
「!」
急にじわっと目が熱くなってきて、わたくしはあわてて右手で右目を覆う。
「お嬢様」
呼ばれて両目をぬぐって顔を上げると、アンも涙目になっていた。
「アン……」
「もうわけありません、お嬢様。ど、どうしても止まらず……。でも」
一度グッと言葉を飲み込んで、わしっとクロヨンを両手で掴んで目の高さへ抱き上げる。
「いいですか、クロヨン。あなたはこれから先サイラス様のお屋敷に戻っても、けっしてサイラス様に懐いてはいけませんよ。噛みつくなりひっかくなり、たくさん困らせるのです。サイラス様はあなた達が大好きですから、きっと罰など与えません。ですから、ギリギリの範囲で反抗してお嬢様の無念を晴らして来てください。こうして頼むのもプッチィだとご飯につられて、志半ばで断念しそうだからです。きっとあなたならプッチィを諭しつつやってくれると信じています!!」
ぎゅうっ、とアンに抱きしめられ、目をパチクリさせたまま固まるクロヨン。
「わたしはこれからずぅっとお嬢様について行きますから、あなた達もずっとサイラス様に懐かずにいてくださいね!!」
「んみ?」
「そうです。お嬢様の無念を晴らすのです」
「みぃい~……」
ペタンと耳を伏せて困惑しているクロヨンに、アンは何度も言い聞かせていた。
「ふふふ。アンったら、いくら頭いいクロヨンでも人の言葉はわからないわよ」
「ですが、わかるかもしれません!」
「それに、無念なんて感じてないわよ? サイラスなんて……」
サイラスなんて……??
少し遠くを見るようにして考えてから、わたくしはフッと暗い笑みを浮かべた。
その笑みにアンがびくっとなったのはわからなかったけど……。
「……そぉおおおねぇえ。サイラスなんて、政略結婚で愛のない結婚をした挙句に、妻を相手にしないせいでないがしろにされて、周りから『仮面夫婦』と白い目で見られた挙句に、毎朝枕につく髪の量に恐れおののきながらどんどんと薄くなるがいいわ」
ほほほほほ……、と笑ってハッと我に返る。
アンとプッチィとクロヨンの真ん丸な目が、なんとも居心地が悪くてサッと目をそらす。
勘違いしないでちょうだいね。
サイラスがどうなろうが、わたくしの知ったことではありませんわ!!
それから気を取り直して、祭りのため昼前から夕方まで宿を閉め、宿の外で砂糖たっぷりの芋のスイーツを販売するという女将さんとダンさんの手伝いをしに調理場へと向かった。
アンバーが帰ってきたのは、昼過ぎで調理場の仕事がひと段落ついた頃だった。
慌てた様子で調理場に駆け込んできて、わたくしとアンを呼んで部屋へと向かう。
「お、落ち着いてください」
「あなたがね」
イスに座ったわたくしの前で、アンバーは自分の胸に手を当てて息を整える。
アンはドアの前に立ち、そんなアンバーの背中を見ていた。
「ナリアネスには会えたの?」
「い、いなかったんです! なんでも今日の祭りに警備で出ているらしくて。それがそもそもおかしいんですよ。こんな小さな祭り、治安維持でも十人くらいか小隊ですむのに、ナリアネス隊長の部隊が半分出てるらしいんです!」
「つまり、だれか身分の高い人が参加でもするというの?」
「はい! サイラス様がメデルデアのお姫様と視察するそうです!!」
「「!!」」
――わたくしはわずかに目を見開いたが、そのまますぅっと目を細める。
アンバーは全部の情報を話そうと、わたくしにかまわず話し続ける。
「えーっと、なんでもメデルデアから来たお姫様が、どこからか下町の芋祭りの情報を仕入れたらしく、わがままで見たいとお付きの大臣のおっさんに強請ったそうです。メデルデアでは芋が珍しいらしくて。で、一応認められたそうなんですが、一国の王族の護衛として最適な人物ってことでサイラス様が付き添うようになったとか」
確かに軍の役職についている王族だから、姫の付添いにサイラスは適任。
だからナリアネスも下町にでている、ということね。
おかげで進展が ゼ・ロ だけど!!
ふつふつと間の悪さに怒りが込み上げてきたが、わたくしは一つ名案を思い付いた。
「……アンバー、弓矢を用意してくれない?」
「え? ……念のために聞きますが、何に使うんですか?」
嫌な予感がする、と小声で続けながらアンバーが身を縮ませる。
「直接手紙を送るのよ」
「え?」
「弓が得意でチャレンジ精神旺盛な人はいるかしら? 矢の先端は丸めるけど、確実に相手に届かないと手紙の意味がないでしょう?」
「いえいえいえいえ! 弓矢必要ないでしょう!!」
ぶんぶん顔の前で手を振りながら、アンバーが身を乗り出して叫ぶ。
「必要よ? こちらは平民。相手は王族。しかも護衛の壁の向こうよ。わたくし達だって最前列に並べる保証はないわ。ならば、最初から遠距離で狙っていきたいの」
「恋愛じゃないんだから、弓とか遠距離とかやめましょう!!」
「まあ、アンバーって意外にロマンチストなのね。でも、弓を止めたら、あとは砲丸くらいしかないわ」
「投げるの禁止! 絶対禁止ですってばっ!!」
自分の胸の前で両手を交えて、大きくバツを作る。
「お嬢様、鏡で光を当てるなどはどうでしょう?」
「ダメよ。それでは会わなくてはならなくなるわ。会いたくないの」
「いえ、弓でも砲丸でも会いましょう――っていうか、捕えられますってば!!」
「ではアンバー、あなたが考えなさい」
じっとわたくしが見ている前で、アンバーは首をひねりながらぶつぶつ呟いて、おそるおそると顔を上げる。
「……は、ハト、とか?」
「確実にフンと一緒に届けられるハトがいるなら採用するわ」
「いませんよ、そんなの!!」
「ならば却下」
「うぁああああ、もぉおおおお!」
体をひねりつつ頭を抱えて悶絶するアンバー。
とりあえず放っといて、わたくしは真剣に考えだす。
弓も砲丸も用意するにはお金がかかるし、技術も必要。
「あの、お嬢様」
そおっとアンが声をかけてくる。
「なあに?」
言いにくそうに口をつぐんだアンだったが、小さく口を開く。
「やはり、サイラス様の御前にお出になるべきかと」
「出られるわけないわ。あっちに護衛がどれだけいると思うの」
「ですが、お嬢様の鬘をお取りになって、お持ちになっているお出かけ用のドレスをお召しになれば、きっと!」
見つけてくれる、とアンはパッと表情を明るくしたが、わたくしは冷めたまま。
「どう思うかしら、アンバー」
床で頭を抱えていたアンバーが、ぶすっとしたまま顔を上げる。
「……そうっすね、無理だと思いますよ。人が多いし、仮装で普段より着飾っている人が多いんです。着飾るって言っても宝石じゃないんですが、とにかく人が多くて、護衛でもいないかぎり人をかき分けて前に出ることはできませんよ」
それに、とアンバーは前置きしてゆっくり立ち上がる。
「メデルデアの姫様が一緒の所にシャナリーゼ様が登場、となったらどんなことになるか……。俺は恐ろしくて直視できませんね」
「わたくしは何もしないわよ。とりあえず頬を一発鉄扇で叩かせてもらって、プッチィ達の保護を求めるだけだもの。あとのことなど知らないわ」
「……十分ですってば」
そして何も決まらないまま時間だけが過ぎていく……。
―― 【おまけ】 ――
この日を境に、クロヨンが変わる。
いままで多少の警戒心を出しつつも、とりあえず手は出さない子だったというのに、シャナリーゼとアン以外には最初に唸るようになった。
「みぅみぅうう?(どうしたの、クロヨン)」
「みぅうう!(ボクに与えられた使命だよ!)」
よんでいただきありがとうございます。
少し少ない文字数ですが、区切りがいいので更新しました。
次回、シャナリーゼは祭りにむかいます。




