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勘違いなさらないでっ! 【62話】

 更新が上手くできておらず……まさかの事態!


 すみませんでした!!

 朝はアンバーと、わたくしとアンが交代で……と決めていたのに、ほとんどアンが朝の掃除を担う。

 アンバーはわたくし達を連れて来た責任、とやらを女将さんに求められたらしく、見張り番よろしく右側の物置を整理して寝泊まりすることになった。

 初日にアンが買って来てくれた(かつら)は、腰まである栗毛色のものだった。


『お嬢様の髪を半分まとめ上げて鬘の中に納めましょう。残りはこの鬘の髪と混ぜて編み込んでおけばそう目立ちません』


 わたくしの長い髪を全部鬘の中に入れると不自然だから、とアンと考えたまだらのような髪は意外に好評。

 地毛を知っている女将さんには残念がられたけど、わたくしが目立ち過ぎても意味がないから、と言ったら納得してくれた。


「今朝は雨ね」

 プッチィとクロヨンに人参を与えながら、部屋に一つだけある小さな窓のカーテンをのぞくと、薄暗いどんよりとした雲が広がっていた。

 雨の朝は客が少ない。

 わたくし達は夜だけでなく、混んでいる時は朝も食堂を手伝うようにしているが、今日は裏方だけでいいだろう。

 アンが出てすぐに、わたくしは勝手口から外へ出て調理場の裏へ回る。

「ダンさん、おはよう」

「やあ、シリーさん」

 そうそう。ここでのわたくしの名は『シリー』で、アンはそのまま。

 中肉中背の宿の旦那さんの幼馴染というダンさんは、ずっとこの宿の料理人として働いている気さくな人。

「手伝えることはある?」

「じゃあ、またいつもの芋の皮むきを頼むよ」

 麻袋に半分はいった芋を渡され、わたくしはどうにか部屋に戻る。そして水を汲んできて、空の桶二つにそそぐ。

 小型のナイフで空の桶に皮を捨てながら芋を剥いていると、掃除が終わったアンが朝食をのせたトレイを持って戻ってきた。

「お帰り、アン」

「ただいま戻りました」

 そしてそのまま神妙な顔つきで固まってしまう。

「どうしたの?」

「芋の皮むきをするお嬢様のお姿に胸が痛みます」

 肩を落とすアンを見て、わたくしはクスクス笑う。

「そうね。でも、わたくしも知らなかった特技になりそうよ」

「特技だなんて!」

「だって、わたくしナイフの扱いを褒められたんですもの」

 そこでアンは「うっ」と声を詰まらせた。

 じつは二日目の朝、アンバーが裏で芋の皮むきをしていたのだが、これもやれば朝の仕事とみなされパンとミルク、そして余り物がもらえると言われたのだ。

 アンバーはこの宿の息子だが、あの厳しい両親に「タダ飯は出さん!」と言われ、相応の働きをすることになったらしい。

 試しにとアンむいてみたが、侍女の仕事をしてきたアンには難しく、皮というより実を削ってしまって使い物にならなかった。

 次に興味本位でわたくしが向いてみると、刃の当て方さえ間違わねば簡単にできる仕事だった。

 水を持って、部屋でしたらどうですか? とアンバーが言ってくれたので(アンがものすごい目つきで睨んでいたけど)、部屋でできる仕事ならばとすぐに引き受けた。

 アンは泣いてわたくしに謝罪していたけど、適材適所。やれる人間がやればいいのだし、部屋でできるから助かると言えば渋々うなずいてくれた。

 それからわたくしの仕事は、ほとんど毎日が皮むきから始まる。

 さて、終わり、と最後の芋を麻袋に入れる

「ではダンさんへ渡してくるわ」

「はい。いってらっしゃいませ」

 わたくしが届けに出ると、アンは使った水を捨て、芋の皮を宿の端にある堆肥をつくる場所へと捨てに行き片付けてくれる。


 イズーリ王都アマスティへたどり着いて一週間。

 成果は――ない。

 

あるとすれば、わたくしの刃物の扱いと客のあしらいがうまいこと、かしら。

 部屋に戻って、昨夜の食堂の残りである鶏肉の煮込みとパンとミルクという朝食を食べ、

アンにプッチィ達を任せて部屋を出る。

 宿の近くに八百屋があり、人参だけ買いに行こうかとしていたら、女将さんに呼び止められた。

「シリーさん、お出かけかい?」

「ええ、何かありまして?」

「いやね、常備している腰痛の薬がなくなってしまったんで、代わりに買いに行ってくれないかね?」

「ええ、わかりました」

「助かるよ! じゃあ、これを。あと、地図をかくね」

 女将さんが言う薬屋は、下町の大通りにある有名店で、こっそり貴族も買いに来るほどらしい。

「手紙も入れといたから、すぐに渡してくれるよ」

「大通り。ちょうど行きたいと思っていましたの」

「美人一人じゃ心配だね。アンバーをつけようか」

「彼は薪を割っていますよ。それに、わたくし一人のほうが楽ですもの」

「そおかい? 何かあったら大声を出すんだよ。強盗とかはそう聞かないけど、軟派な男はいるからね。自警団もいるから、すぐに追っ払ってくれるよ」

「ええ、わかりましたわ」

 では、とわたくしはアンバーの実家『アシドナの宿』を出た。

 ちなみに『アシドナ』とは、かなり昔に存在した王家に仕えた旅人の名前。

 王家の依頼で各地を旅人として回っていろんな報告を上げていた平民で、毎回無傷で旅を終えて戻ることから、今では旅人の守り神扱いされているらしい。

 実際にその頃から小さな宿をしていたアシドナの宿には、彼も拠点の一つとして通っていたそうで、形見分けでもらった杖があるんだよ、と女将さんが持ち手が凸凹としたヒビの入った木の杖を見せてくれた。

 この杖の凸凹はアシドナの握りしめた跡、らしい。

 形見分けの時に名前の許可もちゃっかりもらったらしく、今では下町で一、二を争う大宿になったのだから『アシドナ様』というべきかもしれないわね。

 

 大通り――正確には下町南大通り、というらしく、レンガ造りの店が一定間隔でズラリと立ち並ぶ賑やかな場所。朝から夜まで人の往来は絶えない。

 目的の薬屋はひときわ大きな店で、カランと鈴のついたドアを開けると、店の中は棚と棚の間に並ぶ人でにぎわっていた。

「いらっしゃいませ。症状をお聞き致します」

 ドアのすぐ内側に微笑む女性が立っていた。

「初めてでいらっしゃいますか?」

「ええ。でも、これを渡すように言われているの」

「拝見いたします」

 女将さんから預かった髪を女性に渡すと、うなずいて左から二列目の列へ案内される。

どうやら求める薬に応じて個別対応しており、並ぶ列もあるのだという。

 結局わたくしが薬屋を出たのは、日がだいぶ高くなってからだった。

 

 ずいぶん時間がかかったわ……。

 

 薬屋の中には使用人のような人もいたが、待ち時間に誰かがため息交じりに『お貴族様なら家にきてもらえるのだけどなぁ』とぼやいていた。

 つまり、収穫ゼロ。薬屋に来ても伝手はない。

アンが心配しているわね、と半ばため息をついて歩き出す。

 と、すぐに声がかかる。

「お、シリー。なにしているんだ?」


 ――収穫がマイナスになったわ。


 うんざりした顔のまま、わたくしはそのまま無視して早歩きで立ち去ろうとした。

 だが、奴はわたくしの前に入り込む。

「よぉ、シリー。昨晩ぶり!」

 笑顔の彼は、わたくしが今この世で二番目に見たくない顔――キース。

 昨晩アシドナの宿にキースが食事に来て驚いた。

 ここが南地区ってこと、すっかり忘れていたわ。

 キースは仲間と来ていて、近くを通るたびにうるさかったがずっと無視していた。

「……こんにちは。そしてさようなら」

 ダンスのステップの応用で右に行くように見せかけて、キースがまた邪魔をしようと動いた瞬間に左にかわす。

 キースは慌ててわたくしの腕を掴もうとしたけど、容赦なくわき腹に肘鉄をお見舞いして怯ませる。

「うぐっ!」

「ごきげんよう」

 振り向きもせず、崩れ落ちたキースへつぶやいてわたくしは立ち去った。


 そんなわたくしの姿に、キースの仲間がどんな感想を持ったかなんて知りもせず……。



☆☆☆



 夜。アシドナの宿の食堂は賑わっていた。


「はい、エール五、ね」

 ドンッとテーブルに置けば、後ろの席から不埒な手が伸びる。

「……」

 バシッと固く絞った布巾でその手を叩き、次の注文を受けるべくその場を離れる。


「ワハハ! また失敗してやんの!」

「次はお前行け」

「次は踏まれるぞ」

「踏まれてぇ!」

「「「「あはははは」」」」

「さすがシリー! 今夜もクールだなぁ」


 後ろでは叩かれた男への笑いが起きているが、これもここ数日で見慣れた光景。

 アンは今調理場の中を手伝っている。

 客の不埒なゲームを避けることができなかったアンを、わたくしは旦那さんに言って調理場担当へと変更させた。


『そんな、お嬢様を危険な目にあわせられません!』

『わたくしあんなの夜会で慣れているわ。むしろ夜会より撃退しやすいわね。しっかりやり返していいのだもの』

『……』


 そしてわたくしは鉄扇の代わりに、固く絞った長めの布巾を武器に撃退。足を踏むのも、ダンスの踏込で爪先を狙う。


「あんた達! いい加減にしないと割増料金とるよ!!」


 女将さんが注意するが、止まったためしがない。

 で、ダンさんが割増用に作った料理を、かってに注文に付けくわえてテーブルに運ぶ。

 今夜も繁盛ね、と何個目かの割増料理を運んだ頃、ポンと軽く腰を叩かれる。

「よっ! エール三つ」

「……」

 気配のない玄人相手では、さすがによけきれない。

 とりあえず座っているキースを、冷たく見下ろしてフンッと顔を背けて立ち去る。

「ううっ、今夜も無視された!」

 泣きまねするキースに、自警団の同僚らしき男達が笑い出す。

 調理場のカウンターに来ると、ダンさんがエールを置きながら笑う。

「あいつが来たから、今日の遊びは終了だな」

「営業妨害かしら」

「何言ってんだよ、シリー。わかってんだろ? あいつが来れば、おおかたの客は手を出してこないだろうが」

「撃退できる客のほうがマシだわ。次触ってきたら、水をわざとこぼしてやるわ」

「じゃあ、ここに置いとくよ、水」

 苦笑しながらダンさんは、カウンターの良く見える位置に水の入ったコップを置く。

 この水の出番があることは、昨日の夜で実証済み。

 悔しいけど今夜もありそう。


 そして30分もしないうちに、キースは頭から水を被ることになった。



☆☆☆



 連日行うキースとのやりとりはすっかり定例化。

 たまに外で見かけても、若い娘に囲まれていたり、ごくたまーに人助けをしているところを見る。

 よぉく見ると、パッと見はサイラスに似ているのだけど、すぐに柔和になる表情といい、態度といい全然似ていない。

 人付き合いの良いキースは、今日も誰かと一緒で、いろんな人に声をかけつつ、まるで当たり前のようにアシドナの宿へとやってくる。

「よぉ、シリー!」

「……」

 出たわね、裏庭で人参を洗っていたわたくしは手を止め、立ち上がってから振り返る。

「珍しいわね、こんな時間に」

 今はまだ朝の食堂もまばらな時間。

 キースがやってくるのは夜だけだと思っていた。

「いやいや、俺も巡回って仕事してるんだよ」

「旦那さんか女将さんなら表にいらっしゃるでしょう。裏まで来るなんて無断侵入じゃなくて?」

「いやいや、今日はシリーに用事があって」

「わたくし忙しいのよ」

 腕を組むわたくしに、キースは持っていた一輪の黄色い花を差し出す。

「……なに?」

 いぶかしむわたくしに、キースは笑顔で答える。

「ダンスの誘い」

「は?」

 眉間に皺を寄せるわたくしに、キースは一気に距離を詰めて花を突きつける。

「今週末に下町の祭りがあるんだ。昔は収穫祭としてやってたらしいが、今じゃ寒くなる前の風物詩みたいなもんだ。お嬢様にゃ物足りないかもしれないが、ここで下町生活している以上、これ以上の楽しみはないぜ」

 そう言ってもう一歩近づくと、ポカンとしているわたくしの髪に花を挿す。

「じゃな!」

「ちょっと!」

 返事も待たずに、逃げるようにキースは去って行った。

「……祭り」

 花を手に取り、わたくしはじっと自分の手を見つめる。

 アンがしつこく言うから保湿だけはしておいたけど、やはり手に入る化粧品もそこそこのものだし、何より保湿が間に合わないくらい手を酷使している。

 あまり見ないようにしていたけど、ずいぶんと小さな傷ができて――荒れている手だ。

 

 この手で踊る? ――ありえないわ。


 ふと、誰かの手が重なった記憶がよみがえる。

 笑い声と、楽しげな雰囲気。

 楽団の曲が全てを包んで、みんな微笑んでいて楽しそうにしていた。

「……」 

 楽しかった、と正直に思える。

 花を両手で包み込み、ゆっくりと空を見上げる。


 ここはライルラドより南の国。

 帰国を考えたら、冬が訪れる前にすべてを終わらせなくてはならない。


「急がなくては、ね」


 ダンスを受けたつもりはないけど、貰った花を部屋に持って帰ると、あっという間にプッチィが食べてしまった……。






―― 【おまけ】――


 シャナが嬉しそうじゃない顔で花を見てた。

 そんな顔するなんて、きっと悪い花だ!!

 だから――パクッと食べてみた。


「んみぃいい~(これでヨシ!)!」


「まあ、プッチィったら」


 ようやくシャナに笑顔が戻った!


 ――でも、この花おいしくないぃいいい!!


「みぅ、みぅ、んみぃい(せめて葉っぱがあるとよかったね)」

「……」

 

 クロヨンが水をがぶ飲みするボクに言った。


読んでいただきありがとうございます。


更新が上手くできなかったので、おわびであわてて「おまけ」の数行を追加しました。


さて、下町ライフその②を次回お届けします。

ええ、感想いただきましたが、シャナリーゼは「遠慮」とかまるでしません。

撃退上等。 ムチや鉄扇がわりにタオルで対抗。

ええ、怪我もなく安心ですね。


また今週よろしくお願いいたします。


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