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勘違いなさらないでっ! 【60話】

こんにちはー!

 サイラスに似た男はたしかにそっくりだったけど、髪がすごく濃いこげ茶色だということが最大の違いかしら。比べないとわからないかもしれない。

 目も、サイラスよりは少し濁った青だわ。

 それにサイラスより少し体型が薄いというか、頬が痩せているの。この男がやつれているとか言うのではなくて、食生活、というべきものかしら。肌質が違う。

 麻色のシャツに茶色のベスト、そして赤いロングスカーフを首に巻いている。下はズボンにブーツ。腰に剣帯ベルトをしており、傭兵かしらと疑ってしまう。

サイラス似の男の後ろには五人の男がいて、ロングスカーフはしていないだけで似た服装をしている。それに年齢も体型もさまざま。

 じぃっと見ていたら、ふいに男が顔を上げて目があった。

「なんだ、本当にいるじゃないかって、二人?」

「だぁかぁらぁああ! 嫁さんとそのお姉さん! び、病弱なっ!」

「姉妹!? 全っ然似てないぞ!」

「いや、そこは突っ込まなくていいってば!」

 アンバーは御者台に座ったまま、早くどっかに行け、と話すたびに、馬を下りて偉そうに詰問してくるサイラス似の男はますます興味を持っている。

 

悪循環ねぇ……。


 やいやいと言いあう二人を見て、わたくしは口を開く。

「ちょっとよろ……いいかしら?」

「あ?」

 おもしろげに目を細めた顔が、本当にサイラスに似ていて頭にくる。

「あなた達は誰? なぜ止められているのかしら?」

「んー、そうだな。とりあえず俺達は自警団のモンだ。止めた理由は――俺の感!」

 ドヤ顔で不敵に笑う男に、わたくしは目を細める。

「アンバー、とりあえず無視してよさそうじゃない。行きましょう」

「いえいえ、一応自警団って言ったら、王都の下町じゃ治安維持の大事な(かなめ)ですから!」

「感で動くような男に任せていいのかしら」

 うんざりした顔になるわたくしに、サイラス似の男は首を横振る。

「いーや、俺の感は正しい」

 きっぱりと自信ありげに言われ、正直その通りであるわたくしの心の中は、さっそく切り抜け方を考えていた――の、だが。


「こんな簡素な馬車に、こんな美人が乗っているなんて! 俺の感、やっぱすごくないか!?」


 なあ、と話を振った先は後ろに控える自分の仲間達。

「ああ、そうだな。キースの感はよくあたるからな」

「金色の髪、きれーだな! 流れの劇団よりきれいだな」

「いいとこのお嬢様そのものだ。服さえまともならなぁ!」

「「「「「あははははは」」」」」」

 好き勝手に口々に言い合い、仲間の男達は笑い合う。

 でも、それより大事なことがわかったわ。

 わたくしの髪は――目立つ。


 王都に入ったら、(かつら)でも用意しなくてはっ!


 それから、とキースと呼ばれたサイラス似の男を見る。

「バカバカしいわ。急いでいるの。失礼していいわね」

「ああ、ちょっと待てよ。あんた達相当疑わしいぜ」

「どこがよ」

「いや、全部だろ? そこの男が言っていることが本当なら、あんたかその荷台から顔を出している女が嫁だろ? で、あんた達を姉妹という。すでに姉妹って言うのが嘘っぽいし、あんたの顔と服装が違和感だらけだ。いいとこのお嬢さんかな、と思っていたが、ちょっとかわいい自称妹さんは下りてこない」

 含みを持たせた笑みでわたくし達をじろじろ不躾に見て、やがて確信を得たかのようににやりと笑う。

「そうか、わかったぜ」

「……なにがよ」

 ビシッと突きつけられたキースの指に、わたくしは眉を潜める。

 だが、キースは全く気にしない。


「お前、駆け落ちしたお嬢様の護衛だな!? しかも特技は色仕掛け潜入とみた!!」


「「「……」」」


 ――鉄扇でしばき倒していいわよね?


 すぅっと冷気をまとわせて見下すと、気がついたアンバーがあわててとめにかかる。

「おっ、抑えてくだっ、オネエサン!?」

「おい、どうして疑問形なんだよ。やっぱ当たりか!?」

「お前は黙っていろぉおおお!」

 わくわくした様子で割り込んできたキースを怒鳴り、アンバーが荷台に入るように腕を振る。

 わたくしは一度荷台に引っ込むと、ぐっすり眠っているプッチィとクロヨンを確認する。

「この子達をお願い」

「え!?」

 アンが止める間もなく、わたくしはひも付きの布に包まれた鉄扇を手に荷台を下りる。

「あのっ、騒ぎは本当にまずいですから」

 下り際にボソッとアンバーに忠告されるが、すでに門に並ぶ後ろの何人かはこの騒ぎに気がついて振り返っている。

「で、結局何がしたいのかしら? 門が閉まる前に列に並ばなくてはならないの」

 挑むように睨みつけると、キースは笑っていた口元を引き締めてじっとわたくしを見た。


「「……」」


 ――何もないなら、もういいかしらねぇ。


 そう思っていたら、キースがようやく口を開いた。

「……近くの町から見ていたが、なぜこの門を目指した? もっと近い門があったはずだ」

「ですってよ、アンバー」

「ああ、それなら、ここの門の守衛に元同僚がいるんだ。久しぶりだから挨拶でもしておこうかと思って遠回りしたんだ」

 これは本当のことらしいから、このまま門で確かめてもらってもいいだろう。

「同僚って、あんた国軍の兵士なのか?」

「元、だよ。つい最近退職したんだ」

「なるほど。駆け落ちか」

「「「!?」」」

 突拍子もないキースの推測に、わたくし達三人は思わず目が点になる。

 だが、キースは妙に納得していた。

「元兵士といいとこのお嬢さんが駆け落ち。って、ことはやっぱりあんたは――腕の立つ売れっ子の娼婦か!」

「お黙りっ!」

「げふっ!」

 スパーンと布に包んだまま鉄扇でキースをはり倒す。

 横倒しになったキースは打たれた左肩に手を添えて、痛そうに顔を上げる。

「何をするっ!」

「その顔でわたくしを娼婦などというからよ」

 別に娼婦、という職業を汚らわしいとは思っていない。

 いろいろな事情があって成り立っている職業でもあり、負もあり利もある。彼女達がいなければ、性犯罪が増加する懸念があることくらいわかっている。

「顔って、ああ、俺が誰かに似ているって?」

 にやりと笑う顔がさらに似ている。

「……」

 思いっきり冷めた目で見下ろせば、キースの顔はますます笑みが深くなる。

「よく言われるな。何度か間違えられたこともあるぜ」

「あらそう」

「最近めっきり姿を出さないからなぁ。王都でもちょっとした噂があるし、隣国の令嬢に熱を上げていると聞いていたら、別の国からお姫様が押しかけて来たとかで。あ、いや、隣国の令嬢に刺されたんだっけ? それで療養しているとかなんとか」

「「「!?」」」


 ちょ、ちょっと待ってちょうだい。

 さすがのわたくしも、サイラスを刺そうなんて思ったことはないわ(鉄扇で頬を叩いてやろうとは思っているけど)。

 なっ! ちょっとアンバー! なによその疑惑のまなざしはっ!!

 

 キースはその『隣国の令嬢』がわたくしだとは気がつかず、首をひねりつつ次々に他の噂を口にする。

「えーっと、あとは、そうそう」

「まだあるの!?」

「あ、いや、刺したのは令嬢じゃなくて一夜の相手だとか。恋に狂った女は怖いねぇ」

 生温いまなざしでわたくしを見るキース。

 

 ――ぷちっ。


 ヒュッと風を切る音をさせ、鉄扇を座り込んだままだったキースの目の前に突き付ける。

 そして冷えた目で威圧しながら、ゆっくりと言い聞かせる。

「恋に狂ったですって? 勘違いなさらないで。わたくしはあの男の頬をこの鉄扇で張り倒したいだけですの。――邪魔をしないでくださる?」

 後ろでアンバーがおたおたし出し、アンがおろおろしつつ荷台から身を乗り出そうとしている。

 そしてキースは、鉄扇が突きつけられた時はわずかに目をみはったものの、今は笑みを消してゆっくりと見定めるように目を細める。

「……へぇ。邪魔、ね」

「……」

 しばらく無言で見合っていると、先にキースが目を閉じて小さく両手を上げた。

「悪い。ちょっとからかい過ぎた」

 服についた土を払いのけながら立ち上がる。

「あんたの本気がどこまでかしらないけど、――興味がある」

 きらりと光った目に、わたくしは嫌そうに眉を寄せる。

「無関心、他人、不干渉、接触禁止」

「そんなこというなよ! ここで知り合ったのも何かの縁だぜ」

「今すぐ忘れて」

「いやいやいや! 下町南地区の自警団団長してっからさ、少しは役に立つぜ?」

「いらないわ」

「!」

「話は終りね。先を急がせてもらうわ」

 わたくしはさっさと馬車に戻り、アンバーに進むように言う。

 アンバーはぎこちなくうなずいて、ピキッと固まったままのキースを一度拝んで馬車を走らせた。

 ちなみにキースのお仲間達は、そろいもそろって爆笑中。



☆☆☆


 

 だいぶ時間を潰してしまったけど、どうにか列に並んで今日中に王都内に入れるめどがつく。

 門の前で簡単なチェックが行われようとして、一人の兵士がアンバーに気がついた。

「アンバーじゃないか。久しぶりだな!」

「よぉ、元気だったか」

「お前、ナリアネス様の部隊じゃなかったっけ?」

「ちょっといろいろあって出てたんだよ」

「そうか。まあ、ナリアネス様の部隊は特別任務が多いって聞くからな。頑張れよ」

「おう」

「で、荷台の中身なんだけど」

「あー……、ちょっとわけありで」

 と、ここで打ち合わせ通りに、アンがうつむき加減でそっと顔を出す。

 目が点になる兵士達に、アンバーはばつが悪そうに頭をかいて「ま、そういうことだから」と強引に話をまとめる。

 兵士達もアンバーが特別任務が多いナリアネスの部隊だと知っているからか、顔を見合わせてこれも何かの任務だと思ったらしい。

「うん。頑張れ」

そう言って見送られると、呆気ないほど簡単に門を通れた。

 

 ガタガタしばらく揺られていると、アンバーが話しかけてきた。

「俺の除隊もまだ伝わっていないみたいで、なんか変でしたね」

 首を傾げるアンバーに、わたくしは疑いの目を向ける。

「あなた、本当は間者なんじゃないでしょうね」

「「えぇっ!?」」

 それぞれに驚くアンとアンバー。

「違いますって! 言ったじゃないですか、あなたの傍にいるといろんなタイプの美女に会えて嬉しいんですって」

「どうかしらね」

「疑っているんですか?」

「当り前よ。そんな理由で仕事を辞めるなんて、大バカだわ」

 呆れてため息をつけば、アンバーは後頭部をかきながらヘラヘラと笑う。

「なぁんだ、そんなことですか。言ったでしょ? 俺は出世意欲もないし、たまたま剣が得意だったんで兵士になったんですが、所属がアレだし。まぁ、若いし、楽しいことがあれば

そっちがいいかなって」

「バカだわ」

「そうですか? でも、庶民の俺がこの短期間にあれだけの美女を見られたのは、結構幸せなことですよ。ありがとうございます」

 両手をこすり合わせ、わたくしとアンに向かって拝む。

「……やっぱりバカだわ」

「まぁ、でもシャーリーお嬢様の周りに美人が多いことは確かでございます」

 冷めた目でアンバーを見下ろしているアンに、わたくしはため息交じりに聞く。

「だからって仕事を辞めるかしら」

「大事な人材なら引き留められますが、あっさりサイラス様に捨てられたのでその程度かと」

「ま、そういうことですよ」

 怒るどころかあっさりと肯定する。

 あのね、そこは怒っていいと思うのだけど、どれだけ自己評価が低いのよ。

 ため息をつくわたくしは、ふとアンバーが迷いなくどこかへ向かっているのに気がつく。

「ねえ、どこへ行くの?」

「あ、いや、とりあえずここで寝泊まりするところが必要でしょう? まさかこのまま貴族街へ、なんて思ってませんよね!?」

「そんな無謀なこと思っていないわ。これで貴族街に入ったら、すぐに止められて終わりじゃない」

「じゃあ、ひとまず下町出の俺を信じてくださいね」

 そう言ってアンバーは人のいい笑みを浮かべて、人の通りの多い道を選んで進んで行った。

 途中、どうしても気になって、荷台のカーテンからそっと少しだけ顔を出してそれ(・・)を探した。

 それは――城はすぐに見つけた。

 サッと顔を引っ込めて、大きく深呼吸する。


 なんだか、ようやくイズーリに入れた気がする。だからか、今さらながらに緊張感が襲ってくる。


「お嬢様……」

「! 大丈夫よ、アン」

 わたくしはなんとか微笑む。

「サイラス様はお元気でいらっしゃいますよ!」

「かっ、勘違いしないで、アン! あんな男どこの誰とケンカしようが、刺されようが関係なくってよっ!!」


 本当よ! だから――その困った笑顔をやめてちょうだいっ!


読んでいただきありがとうございます。


さあ、ようやく王都に着きましたね。

これから庶民生活……できるのか!?

石化したキース、お前はまた来るのか!?


以上、次回下町生活スタートです(笑)


豪雨続きの梅雨です。皆様お気をつけてお過ごしください!!




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