勘違いなさらないでっ! 【59話】
アンのただならぬ様子に、わたくしは二人を部屋の中へ入れた。
鍵をかけ、アンバーがドアの前に立ち、数歩前にアンが進み出る。
「アン、何があったの?」
わたくしの問いかけに、アンが小さく唇を開きかけた時。
「みぅうう」
「みうみうみゅう~」
「!」
驚いて目を丸くするわたくしの前に、アンは布バックを広げて見せる。
中には見覚えのあるバスケットが入っていた。
「みうみうう!」
「んみぃいいい!」
早く開けろ、とばかりに不満そうな鳴き声を出し、ガタガタとバスケットの蓋を揺らす。
「な、なんで……!?」
困惑して見下ろすわたくしの前で、アンがバスケットの蓋を開ける。
やっと出られた! とばかりにプッチィとクロヨンがそろって顔を出し、匂いを嗅いで当たりを見渡してからわたくしに気がつくと、二匹そろって「みう!」と嬉しそうに鳴いて出てきた。
膝をつき、バスケットを蹴飛ばす勢いで出てきた二匹を抱きしめてから顔を上げる。
アンは神妙な顔つきで口を開いた。
「お嬢様、昨日ベルクマド公爵様とサリアナ様がおいでになりました」
わたくしはわずかに眉間を寄せる。
「旦那様も突然のことで驚かれたようですが、どうやらサリアナ様が二匹の様子を見たいとおっしゃったようです」
「……それをお許しになる公爵様も公爵様だわ」
それからアンの言葉を要約すると、強引にプッチィ達の様子見に訪れた公爵様達を追い返すわけにも行かず、とりあえず早々にお帰り頂くためにプッチィ達を見せたらしい。もちろんわたくしが留守だということは伝えたうえでのこと。
サリアナ様にとってわたくしがいないというのは、わがままをさらに通せると思われたのかもしれない。
『散歩が見たいわ。庭のどのあたりでさせているの?』
そうして庭に出してすぐのことだったらしい。
『そうそう。慣れておいてほしいわ』
言うや否や、前もって従者に連れてくるよう言っていたのだろう。
公爵様やお父様が止める暇もなく、その場に大型の犬が連れてこられたのだという。
そこから先は想像通り。
見知らぬ人間がいるだけでも警戒していたのに、犬までやってきて、プッチィ達はパニックに陥り全速力で逃げだした。
その様子におもわず犬が吠え、さらにパニックは加速。
あっという間に姿を見失い、公爵様の連れて来た従者も含めて家人全員でプッチィ達の捜索をすることになった。
『慣れて欲しかっただけ』と、サリアナ様は泣いたらしいが、いくら探しても見つからないことに公爵様も顔色を悪くして、ついには護衛まで捜索に動員。
そんな大騒ぎの中、アンはわたくしに知らせるべく執事に断り屋敷をで――ようとして、いつの間にか屋敷の中に逃げ込んでわたくしの部屋近くにいたプッチィ達を見つけ、とっさにそのままバスケットに入れて持ってきたというのだ。
当初、アンもベルクマド公爵父娘のおこないに頭に来ており、このままプッチィ達が見つからねば責任を感じておとなしくなるかもしれない、と思った上の突発的な行動だったらしい。
ところが、時間が経つにつれて黙って連れ出し、いまだ見つからずに心配して探し続けているお父様や同僚のことを考えて、死にそうな顔で歩いているところをアンバーにみつかったという。
「いーんじゃないですかぁ? 一日くらい。悪気があったわけでもないし、これで先方さんが黙ってくれれば結果オーライじゃないですか、て言ったんですがね~」
ダメでした、とアンバーは肩をすくめて今だ落ち込むアンを気の毒そうに見る。
「……結果オーライにならない可能性が高い、と思わないのね」
「え? だって、犬を見せたのがそもそも間違いじゃないですか」
「そうね。でも、アンが勝手にウィコットを持ち出したのも事実なのよ。問題点をすり替えるのはお手のものでしょうね」
「は!? それってアンさんを盗人にしようとしているってことですか? 自分達のことは棚にあげて!?」
それはないでしょう、とアンバーは一通り文句を言った後、アンが黙ったままなのを見て口を閉じる。
わたくしはそっとアンに近づき、ポンと左肩に手を置く。
「お嬢様、どうかわたしを解雇し……」
「ちょうどいいわ」
アンがとんでもないことを言う前に、わたくしは明るく言う。
「マニエ様手配の商人にも邪魔が入ったから、最終手段を使おうと思っていたの」
そしてわたくしは「なにを?」と、疑問を浮かべて顔を上げる二人に告げる。
「イズーリへ行くわ」
ぎょっと目を見開いたのはアン。
アンバーはポカンとして「え? え?」と何度も自分に言い聞かせる。
「他人を当てにするのは苦手ですもの。やはり大切なプッチィ達の件だから、自分で最大限の努力を尽くしたいのよ」
「で、ですが!」
「ああ、アン。もちろんお父様はご存じないわ。おそらくマニエ様は気がついているでしょうけど」
「そ、そんな!」
「わたくしがいない間に絶対何かあるわ、と心配はしていたけど先に騒動を起こしてくれて踏ん切りがついたわ。このままプッチィ達を連れてイズーリに行きます。アン、あなたは会えなかった、と帰りなさいな」
「む、無理ですっ!!」
両手と首を左右に大きく降って拒絶すると、ずいっとわたくしに詰め寄る。
「わたしもご一緒します!!」
「えーっ!」
声を上げたのはアンバー。
「無理だよ、ダメだよ、やめときなよぉおおお!」
ドアの前で、アンバーが身振り手振りでわたくし達を止めようとする。
それを無視して、わたくしとアンはお互いを見る。
「……アン、戻ってわたくしを待っていてくれないかしら」
「無理です!」
「手続きをせず、旅券なしに出国するのよ。これは貴族の処罰対象の行為なの。わたくしがそんなことをすれば、今度こそお父様も最終手段をとると思うの」
「解雇されてかまいません! お嬢様がどこに行かれても追いかけます!!」
「お父様が本気を出せば、わたくし嫁がされることだってありえるのよ。待っていてくれたら、その時は必ず連れて行くから」
「嫌です、今がいいのです! お嬢様がどこでどうなさっているかわからないまま過ごして待つなんて、絶っ対に嫌でございます!!」
必死に訴えるアンに、わたくしはしばらく黙ってから――折れる。
「……わかったわ」
パッと表情が明るくなるアンの後ろで、アンバーが頭を抱える。
「だぁああめぇえええ! ダメだよぉおおお」
「うるさいわよ、アンバー。男なら覚悟を決めなさい」
「ぎゃあ! やっぱり道案内は俺ですか!?」
「あなた以外に誰がいるのよ。あ、そういうことだから、渡していたお金も返して」
「えぇえええ!?」
「残っている分だけでいいわ。装飾品があるからそれを売るまで借りるだけよ。この町で売ったらすぐに足がつくわ」
「うっ、でも、その……」
「残った分だけでいいわ。それに、ちゃんとあとから払うわよ」
「あの、結構使っちゃったんですよ。ほら、馬車くれるっていうから」
そう言ってアンバーは懐から、真新しい革の財布を取り出す。
「装飾品はあなたが売ってきてちょうだい。それから、イズーリへの道は最短がいいのだけど、回り道のほうがいいかしら」
顎に手を当てて考えるわたくしに、アンにお金を渡し終えたアンバーがため息交じりに口を開く。
「……いえ、最短の道を今日のうちに夜通し移動しましょう。イズーリに入ったら、少し迂回して王都アマスティに向かいます」
そしてアンをチラッと見る。
「アンさん、ウィコットの飼育許可証、なんて持って来ていませんよね?」
「あっ!」
「ですよねぇ」
しまった、と開けた口を手で覆ったアンに、アンバーは苦笑する。
「飼育許可証なんてお父様の書斎だわ。とっさに持ってこられるはずもないわよ」
「そうなんですけど、それがないとウィコットの不法所持を疑われてもしかたないってことですから」
「あら。じゃあ、とりあえず国に報告が行くの?」
報告されたら、わたくし達は少しの間投獄されるかもしれないけど、サイラスまで連絡がつくかもしれない。
わたくしの考えを読んだのか、アンバーが首を横に振る。
「ウィコットには管理番号があります。普通ならそれで専門部署に報告がいくと思いますが、この子達には管理番号がわかるものがなにもありません。イズーリでも喉から手が出るほど欲しがる者は多くいます。とくに黒は希少種です。報告途中で横流しされる可能性もあります」
「……ずいぶん詳しいわね」
「去年ですが、王都のとある質屋が違法売買で摘発されたんです。生体を売った証文と毛皮が見つかりました。摘発に出向いたのがうちの班でしたので」
お荷物三班、ちゃんと仕事はしていたようね。
「そう。なら、一番いいのはナリアネスに連絡をとること、かしら」
「あ、そうですね! 隊長ならきっとどうにかしてくれます」
「じゃあ、わたくし達のことは伏せてどうにかナリアネスに連絡を取ってちょうだい」
「ええ!?」
「面倒なことはこれ以上嫌なのよ」
わかった? と目を光らせれば、アンバーは渋々というふうにうなずく。
「で、でもお嬢様。うまく関所を通れますでしょうか? 鳴き声もありますし」
不安そうなアンに、わたくしを微笑む。
「大丈夫。この子達が鳴かない方法を知っているもの」
こうして不安は残るものの、最後まで「あきらめませんか?」と繰り返すアンバーを急かせてサムパールの町を出た。
☆☆☆
途中、手紙を出して目立たない服を買い、装飾品を換金して二日がかりでイズーリ国内に入った。
田舎の関所はわりとおおらかで、アンバーがアンを「妻」として説明し、荷台には王都の病院へ急がねばならない「姉」がいるという説明が通った。
役割に関してはアンとアンバーがの意見が一致し、わたくしもプッチィ達を鳴かせないようにするためと病人の役を演じる。
二人曰く、わたくしは顔立ちが派手すぎるのでアンバーの妻には不向きです、とのこと。
それに、プッチィ達を鳴かせない方法というのが、素肌で抱きしめることなのだ。抱きしめず膝の上に乗せるだけでもいい。
プッチィ達のふわっふわの毛はものすごくサラサラしていて気持ちよく、爪さえたてられなければずっと服の中に入れておきたいくらい。
「わ、わたし、極度のくすぐったがりですので……」
残念です、とアンはがっかりしていた。
と、いうことでわたくしはただ荷台に寝転がり、咳をするふりをしているだけ。
そうしてまた一日かけて「軍の演習場があるんで観光客はそこそこ通りますし、小さい割には治安がいい道なんですよ~」と、アンバーが勧める迂回路を通って王都アマスティまでやってきた。
高い壁に囲まれた王都はあいかわらずの威圧感で、一般門では手続き待ちの列が並んでいるのが見える。
荷台から布越しにそれを見て、御者台のアンバーを呼ぶ。
「ねえ、アンバー。次は簡単にはいかないでしょう? どうするつもり?」
「あ、心配ありませんよ。わざわざ一番遠い一般門にしたのも、ここに知り合いが勤務しているんですよ。ちょっと融通きかせてもらいますから!」
「そう」
「任せてくださいよ。ここまできたら、もう何事もなく王都に入るしかありません。とにかくその子達を鳴かせないように、お願いいたしますね!」
覚悟を決めた、という感じはないアンバーの物言いに、わたくしの隣にいる座るアンは不安そうに眉を寄せる。
「任せるし……」
しかない、と言い切る前に、馬車がガタッと大きく前後にずれて止まり、アンバーの怒鳴り声が聞こえる。
「おいっ! いきなり何をするっ!!」
ピリッと緊張がはしり、アンは膝の上で寝ていたクロヨンを起こさないようにわたくしへ差し出す。
「何でございましょう」
「さあ。あまり良くないことのようね」
でも、王都の一般門はすぐ目の前。騒ぎを起こせばすぐにでも気がつくだろう。
「ええっ!? な、なんでここに!」
と、アンバーが驚きの声を上げると、数人の男性の声がして誰かが黙らせる。
驚き方に恐怖や緊張がなかったので、この馬車を止めたのはアンバーの知り合いなのだろうか。
「……見て参ります」
そっと両手を床に付け、這うように近づいて布を少し広げ――アンの目が驚きに見開かれる。
「さ、サイラス様!?」
必死に声をおさえるように、アンは口を両手で覆う。
まさか、とわたくしも思わず身を乗り出すようにアンの陰から外をのぞく。
「!」
どうしましょう、とオロオロするアンの肩にそっと手を置いて振り向かせる。
「お、お嬢様」
「……安心して、アン。彼はサイラスではないわ」
でも、とてもよく似ているのよね、とこぼした心の中に、ほんの少しだけ残念な気持ちがあったことに気がつく。
「……」
「どうかなさいましたか?」
「いえ。なんでもないわ」
勘違いなさらないでっ! 知り合いに会えなかった、程度の残念ですわよ!!
読んでいただきありがとうございます!
なるだけ毎週一回更新していこうと思っています。
できなかったら――ごめんなさい。
さて、サイラスに似た誰かがいるようですね。次回については活動報告にて。
ではまた来週お会いできるように頑張ります!




