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勘違いなさらないでっ! 【57話】

 ご無沙汰しております。

 

 わたくしはサイラスへ手紙を書いた。

 内容はもちろん、ワガママ小娘の願いを親バカ学者公爵がもっともらしい意見でプッチィ達を取り上げようとしている、ということ。やや大げさになったかもしれないけど、わたくしが受けた印象は『強奪計画』そのものだったわ。

 そんな人達に、わたくしの大事な『家族』を奪われてたまるものですか!

 奪われるくらいならお返しするわ――サイラスの元へ。

 数か月だけど本当にわたくしを、そしてこの家を癒してくれた大事な家族ですもの。手厚い環境と、本当の親がいる場所へ戻してあげる。それが全ての問題を解決できる最前の策。

 前に直接自分へ届くから、と専用の便箋をもらっていたのだが、あの『婚約破棄事件』を機に全て届かなくなっている。

 でも今回は届かない、じゃすまないわ。

 だから、午前、午後と同じ手紙を何通も出し続けた。

 追いすがるみっともない女、と見られてもかまわない。プッチィ達のこれからがかかっているのだもの。それくらいなんともないわ。

 そうやって手紙を書くついでに、ライアン様にもどうにか連絡をつけようとしたが、半月ほどだが外交にでる予定らしく、会うことは叶わなかった。


 本っ当にタイミングの悪い男ね! 


 口では言えないけど、深いため息をつきつつ心の中で何度も「使えないわ」と連発しておいた。


☆☆☆



お嬢様の不快な訪問から五日。

 無理やりレインに時間をとってもらい、ハートミル侯爵家へも行った。 

 レインとセイド様経由でどうにかサイラスへの道を作ろうとしたが、なかなかうまくいかない。

 事情をレインに話し、セイド様も「知らぬ仲ではないし、レインの頼みだから仕方ない」とため息をつきながらも、ベルクマド公爵家の動向に注意してくれこまめに報告をくれる。

 いつもならライアン様にくっついているはずのセイド様だったが、今回は裏からセイド様を支える役になるため居残り組になったらしい。

 半月もレインのそばを離れたくなかっただけじゃないの? と疑いの目を向けたくなるのはしかたないと思うが、セイド様も王城に泊まり込むことが多くて、ちゃんと仕事はしているらしい。

「セイド様もまだしばらくお忙しいそうだから、また気軽に遊びに来てね」

「ええ。ありがとう、レイン。あなたがお友達で本当に良かったわ」

「まあ、なあに? 今さらそんなこと言うなんて変だわ」

「そうかしら? では、もう行くわね」

 わたくしは次なるマニエ様のお屋敷へ行くため、ハートミル侯爵家を急いで出た。

 遠ざかる馬車を見送っていたレインは、執事が促すまでずっと何かを考えるようにその場に立っていたらしい。


 ――女のカンって怖いものね。


☆☆☆


 マニエ様のお屋敷の玄関には落葉樹が立ち並んでいる。

 普通、冬に葉が落ちる木は玄関には見栄えが悪いと好まれないが、マニエ様は「季節を感じることが感性を育てる」と言って門から玄関まで両脇に植えている。

 その木々の葉がひらひら舞う中、わたくしは玄関で執事に迎えられた。

 案内されたのは、すっかり冬の装いへと模様替えされた部屋。暖炉には、小さな火がいれられており、ときおりパチパチと音をさせている。

出された紅茶もやや独特の香りがする。体を温める配合に変えたのだ、とマニエ様は自らそそいでくれた。

ゆっくりと一口飲んでから、マニエ様は困ったように微笑む。

「手配できたわ。場所はサムパール。第二市場の東三番で、黄色いバンダナを首に巻いた男がいるわ」

 詳細はこちらね、とマニエ様はテーブルの上に一枚の折りたたまれた紙を滑らせる。

 それを受け取りながら深く頭を下げる。

「ありがとうございます」

「こちらの目印は合言葉。黄色いバンダナの男に『時間通りかしら』と伝えてね。何もなければ『間に合うさ』と返ってくるけど、万が一にもなんらかの問題が発生しているなら『少し遅かった』と言われるわ」

「問題、ですか」

「公爵家があなたから目を離すとは思えないわ」

 すぅっとマニエ様の目が細められる。

「遅かった場合は別の場所を手配しているわ。手紙に書いておいたから。でも――本当にいいのね?」

「はい。失敗した場合の責任の取り方は考えております。――今日、昔いろいろありました方のお名前をお借りして、貴族除籍書を手に入れました。わたくしの名を使って手に入れれば、公爵家の監視の目がつくかもしれませんし。」

「ちなみにどなたのお名前なの?」

「マドリアーナ・アスペン子爵令嬢様、ですわ。あの方も金髪ですし」

「まあ、まだあの方子爵令嬢でしたのねぇ。とっくにどこかに嫁いで貴族籍から抜かれていると思ったのに」

「ふふふ。わたくしもそう思ったのですが、娘に相当甘い子爵が匿っておいでなのですわ。ご長男様はどうにか家督を継いで、家名を汚した妹をどうにかしたいようですけど」

「後継ぎの方も大変ね。下手に父と妹を隠せば、きっと言われるものね。『ああ、またお薬で?』と」

 くすり、と笑みを漏らしたマニエ様に、わたくしも昔を思い出してうなずく。


 その事件は公にはされなかったが、社交界では有名な話。

 当時、ライアン様の婚約者として内定していたリシャーヌ様の実家に、薬剤商として事業をしていたアスペン家が出入りしていた。

 早い話が、顔見知りのマドリアーナ嬢が、リシャーヌ様に血行を良くする薬をお香として渡していたのだ。

 その薬は少量を呑めば良薬だが、気化したものを多量に吸うと頭痛を起こすものだった。そうして頭痛を頻繁に起こさせ、眠れないリシャーヌ様に睡眠薬を渡したが、こちらは体をだるくする作用のある成分が混ざっていたらしく、リシャーヌ様は体調不良の日々が続いていた。

 当時博学だったマニエ様を連れてリシャーヌ様を訪問したことで、あっという間に原因が発覚。

 もちろん、すぐにマドリアーナ嬢の足はついた。

 ようやく内定した婚約者の元へ足しげく通うライアン様に恋焦がれていたマドリアーナ嬢は、嫌がらせ程度で始めたものの、いつしか婚約内定を取り消しにさせようと結果を焦り、現行犯でライアン様の私兵に取り押さえられた。

 当時、マドリアーナ嬢は十四才。

 社交界デビュー前ということと、大げさにしたくないとリシャーヌ様が許され、そして渡されたものが命に別条がない一般的な薬であるから、と公式の厳罰はくだらなかった。ただ、かなりの慰謝料がリシャーヌ様へと支払われたらしい。

 アスペン子爵は薬剤商の権利をリシャーヌ様のご実家へ慰謝料の一部として納め、それはリシャーヌ様の持参金となった。

さらにその権利をマニエ様の実家であるアルシャイ子爵家がお借りし、売り上げの一部はリシャーヌ様の個人の資産となっている。


そんなアスペン家の名前で書類をもらっても、なんら不思議ではないだろうし、今更話題となるようなことでもない。

社交界ではマドリアーナ嬢はすでに貴族ではない、という認識なのだ。

だから、彼女が嫁げるのは限られる。大商人も皇太子妃を害した令嬢など迎えようがないだろうし、そうなると一般的な市井の中でしか暮らせない。あとは孝行爺のような人の後妻か愛人。二十歳前の娘にそれはきつい。

「今思いますと、わたくしもあの変態侯爵を体調不良で寝込ませれば良かったかもしれませんわ。そう考えると、マドリアーナ嬢は本当によくやりましたわね」

「あら、そんなことをしていれば、わたくしはあなたに会えなかったわ。リシャーヌ様だって皇太子妃にはなっていなかったかもしれないし、レインはセイドリック様と出会えなかったでしょうね」

「わたくしは中途半端に失敗して、サイラスの問題に巻き込まれて心身ともに苦労していますけど。結果的には皆様の役にたった、ということでしょうか」

「ええ。その通り。あなたの失敗のおかげで、わたくし達の幸せがあるんだわ」

 にっこりと悪意のない笑みを浮かべたマニエ様を見て、わたくしはがっくりと肩を落としてため息をつく。

「……わたくしの幸せはどこにあるんでしょう」

「そぉねぇ。シャーリーはどこに行っても目立ちそうね。平穏は難しいと思うわ。でも、きっとあなたは、わたくし達の誰より生きるってことを満喫しているでしょうね。今のように」

「……満喫などしておりませんけど」

「そぉかしら、ふふふ。――そう言うことにしておくわ」

 意味ありげに微笑んで紅茶を一口飲むと、すぐに話題を切り替える。

「これは、ちょっとした世間話だけど。イズーリでは第二王子様が帰国を延期したらしいわ。何やら途中で問題があったみたいよ。第二王子様がその探究心ゆえに帰国を延期されることは良くあることらしいけど、今回は足止めされた、という見方があるようね。第三王子様(・・・・・)は体調を崩しているらしい、という噂だけど、見舞いに訪れたどこぞ(・・・)の姫と外相も門前払いだったとか。王妃様に出入り禁止を言い渡された、といかいろいろ噂があるわね。まあ、この話はイズーリを回ってきたうちの商人の噂話だけど」

「……」

「ああ、そうそう。第三王子のそっくりさんがいるのですって。あまり身なりの良くない集団にいるようですけど」

「まあ、そちらのほうがよほどサイラスっぽいですわ。あの人が病気で寝込むなど想像がつきません。盗賊でもしているほうがよほど似合っていますもの」

 目つきは鋭いけど顔がいいなんて、まるで物語に登場する義賊ね。

「ふふふ」

 同意するようにマニエ様がも笑う。

「わたくし、自分が男だったらとこんなに強く思ったことはないわ」

「え?」

「父がわたくしに知られないように、こっそり陰でそう言っていたのは知っているけど、別にわたくしは何とも思わなかったわ。でも、今は強くそう思うの」

「なぜですの?」

 マニエ様はわざとらしく「まあ!」と目を丸くして口を尖らせる。

「決まっているじゃない。どこかの誰かさんに『こんなイイ女を手放したのか、ザマーミロ!』と言うためよ。短い花盛りの数か月間を振り回した罰に、わたくしがあなたに代わってお仕置きしたい気分よ」

「花盛りも何も、もとから結婚の意志はありませんし、弄ばれた気もしませんけど――、ちなみにお仕置きとは?」

 少しだけワクワクして声を潜めて聞けば、マニエ様はニンマリとイイ笑顔で口の端をつり上げて笑う。

「うちのかわいい()達に襲わせるの。――全身舐めてじゃれて毛だらけベトベトだらけにして、 『動物に好かれるのですね!』の上から目線の笑みで蔑んでさしあげたいわ」

「それはいい考えですわ、マニエ様。わたくしも毛だらけにされた恨みがありますもの。でも、それはわたくしが一発鉄扇で殴ってからでお願いいたしますわ」

「……シャーリー、意外に怒っているの?」

「……よくわかりませんが、どうしても次あの顔を見た時は右が左か、と殴ることしか考えられませんの」

 サイラスについては、もう本当によくわからない。

 手助けをしてくれない、というだけでなく、怒りも悲しみもわいてこない。顔を思い浮かべれば、あの頬のどちらを腫らせば醜聞になるかということばかり。

「まあ、そういうことですから、とにかくわたくしは会いたくありません。エージュに連絡をつけ、無事にプッチィ達を引き渡したいのですけど」

「うまくいくといいわね」


 それから少しだけたわいない話をしていると、時計が五時を知らせる鐘を鳴らす。


 ゆっくりとお互いお茶をソーサーに戻し、いつものように微笑む。

「では、そろそろお暇いたしますわ」

「そう。――気をつけて」

 困ったように微笑み立ち上がるマニエ様。

 きっとマニエ様は気がついている――わたくしが家を出る日が近い日を。


 いつものようにマニエ様と執事に見送られ、わたくしは馬車に乗り込んだ。


 


読んでいただきありがとうございます。

【追放令嬢~】より二ヶ月。

熊本地震より1か月半。

復帰するのに時間がかかりました。


数々の励ましやご心配メッセージをいただき、本当に感謝しております。

大変失礼かと思いますが、この場にてお礼申し上げます。


わたしは本震の地より近い距離に住んでおりまして……震度6に遭いました。

飛び跳ねましたね。

でも、地震がくる数分前にふっと目が覚めており、ボーっとしていたら大きな地鳴りが「ゴゴゴゴ……」と響いて来たので、子どもを庇うことができました。

わたしは根に持つタイプですが、意外にポジティブで、子ども達に「ちょっと傾いたけど住めるから!」と言ったら「そうだね!」と(笑)。


――半壊判定凹んでいられるかってーの!!


PCは前震の時に無事だったので、机にバンドで縛りつけていたので無事でした。

もう、これが死んだら泣くよ、わたし。

バックアップとっていたフラッシュメモリも――ようやく見つけたのですが、またも文字を打てない。


避難所に行かず自宅で寝泊まりする、少数派の我が家(笑)車中泊もしない。

なんせ玄関歪んで……鍵かけるのにコツがいるし、猫他がいますしね~。

ま、我が家は半壊でも住めましたからね。

そんな中、東京の出版社の担当様方から物資が!!

千葉のお友達の方からもお水が!!


うちのご近所さんの団結力半端ないですからね。野菜は畑から提供。水は若いもんが取りに行くか、熊本の被害のなかった地域に買いに行く(熊本縦長だから、被害のないとこもあるんですよ~)!


技術のある人は片っ端から近所の家の応急処置(電気工事士、大工、瓦屋などがいる)。

DIY得意な人もいて、工具はある(笑)。


子どもは朝から夕方までずっと外で遊んでました。

地鳴りがして余震が来る!とわかれば「集合!」と私達は叫び、子ども達は急いで大人のもとに走り寄り、お互いを抱きしめて身を寄せる。これが特に仲のいい数家族の「鉄則」でした。

そんなことを近所で堂々と繰り返していると、違う子まで走ってくるようになりました。

いーんです、それで。

余震が収まれば「終わったぁ~」とお互いの顔を見て笑う。

おかげさまで、子ども達はあまり地震にトラウマがないようです。確かに一時期は「地震ごっこ」をしていました。

うまく口から恐怖を吐き出せたようです。

とにかく家の中が危ないんです。余震が本震から10日は断続的にあっていて、しまいにゃ慣れて「震度当てクイズ」してました。

今の熊本人は地鳴りを敏感に察知できる「歩く地震警報機」みたいになっているという記事もありました。うん、その通り。

震度3でも揺れが少ないと寝てるし、突き上げ型なら起きるけど、前みたいに車中泊する人は少ない。


慣れって怖いですね!!


でも熊本の人は今、どの人も人生最高に備蓄していると思います。我が家もそうです。

備蓄大事。まだまだ警戒の余震。余震1,500回突破は、もはやニュースにすらならない……。

でも、初体験もありました。自衛隊のお風呂にも入れた!

海上自衛隊、航空自衛隊、陸上自衛隊全部会えました。

下の子は震災中に誕生日を迎えましたが、お店が開いていないのでプレゼントは後日になりました。でも、ケーキ屋さんが開いてたので嬉しかったです!

 飲食店はすごかったです。

 方々駆けずり回って水を集め、食料配布してくれるんです。

 お店も店内入れないけど、店頭で在庫全部出して売ってくれました。

 コンビニの復旧は早かった!! すごいぞ、セブンとローソン!! パンはやっぱりヤマザキ!


 いろいろありましたが、熊本は元気です。

 阿蘇応援チャリティーTシャツ(私が選んだのは「だご汁・阿蘇・ラピュタの道」と書いてありました)もあります。ステッカー(九州支援部隊!バックに熊本城)も!

 わたしもそれ着て頑張ります!!!


 上田リサ


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