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勘違いなさらないでっ! 【56話】

大変ご無沙汰しております。

言い訳は最後に……。

ワーゴット公爵家でエディーナから妙な話をされてから、三日目。


「「……」」


 わたくしは我が家の執務室の来客用ソファで、父と向かい合って座りつつ、眉を寄せて険しい視線で一点を見つめていた。

 父も同じくテーブルに開かれた状態で置かれた手紙を、まるで苦虫を噛み潰したかのような渋顔で睨んでいる。

 もう二人とも一転集中で、最初に手紙を睨んでどれだけたつかわからないが、ようやくわたくしに飽きがきた。

「……面倒なことですわ」

 ぼそりと低くつぶやくと、

「……ああ、そうだな」

 と、珍しく父も同意して深いため息をつく。

 そして二人して同時に大きくため息をつき、疲れた顔を上げる。

「どうしますの、お父様」

「どうもこうも、お断りする理由がない。お前がワーゴット公爵家の夜会に出席しているのは、あちらの耳にも入っているのだろう」

「行かなきゃ良かったですわ」

「行かずとも、お前がこの家にいるのは変わらない」

「それはそうですけど……」

 父はもう一度深くため息をつき、諦めたように肩を落とす。

「ベルクマド公爵家サリアナ様の訪問伺い、か。……偶然と思いたいものだが、希望日時である週はわたしも登城して留守だ。シャナリーゼ、お前がお迎えしなさい」

「承知いたしました」

 スッと背筋を伸ばして母の采配を思い出す。

 女主人としてお客様を迎えるのは正直初めてだけど、これも一つの経験だわ。

 ジロンド家は公爵家よりはるか格下の中流伯爵家ですけど、サリアナ様のお目当てはきっとプッチィ達だから、的を絞って準備しておけばいいでしょう。


 ――ものすごく嫌な予感しかしないけれど、仮にも公爵家ご令嬢でライアン様の従妹。無理難題を吹っかけられようものなら、ライアン様経由で解決しましょう。ええ、それがいいわね。

 

 こうしてわたくしは、当日まで憂鬱な気分で過ごさなければならなくなった。



☆☆☆



 約束の日。時間より少し早く、門番より連絡がきた。

 ふぅっと深いため息をつき、憂鬱な気分を押し込めるように深呼吸してお出迎えへと向かう。

 しばらくすると、ベルクマド公爵家の紋章入りで、花や鳥の装飾が飾られたかわいらしい感じの馬車が到着する。どうやらサリアナ様専用の馬車らしい。

 付添いのマーテル夫人が降り、サリアナ様は馬車から下りると、琥珀の目を嬉しそうに輝かせて微笑む。

「急な申し出を受けてくれてありがとう」

「いいえ、とんでもないことでございます。当家にわざわざお越し下さりありがとうございます。本日は父に代わってご案内させていただきます」

「あら、もともとあなたにご用があったのだもの。あまり堅苦しいことはやめてちょうだい」

「かしこまりました」

 もう一度浅く頭を下げると、サリアナ様は満足そうにうなずいた。

 

まあ、確かに用事があるのは当家というか、わたくしでもなくプッチィ達だけ。


 やれやれ、とこれからの短い時間が思った以上に長く感じそうだわ、とそっと心の中でため息をつく。

 プッチィ達を見せる前に「今日は少し体調が悪そうで」なんて言って、早くお帰りいただこうかと思ったのだけど、さっきプッチィ達を見たらいつも通り走り回っていたので無理ね。

 人見知りをするクロヨンならそれらしく見えるかもしれないけど、好奇心旺盛で元気いっぱいのプッチィはごまかしがききそうにないわ。

 そして、案の定お部屋を開けると二匹は元気に走り回っていた。

 さあ、お待ちかねのウィコットですよ。元気いっぱいでかわいらしいでしょう? 少なくともわたくしはそう思っていたから、自然と微笑みが浮かぶ。


 だが、サリアナ様は違った。


「まあっ! こんな狭い部屋に閉じ込めているの!?」

 信じられないわ、と驚く

 狭い部屋、で悪うございました。でも、一応サイラスからもこの部屋でいいと言われているのだし、プッチィ達も走り回っているし問題ないと思うのだけど、とりあえず何も言わないであいまいにしておく。

 そんなわたくしには目もくれず、サリアナ様は大げさなほど驚きながら声を荒げて「狭い」「自然がない!」と、とにかく次々と文句を言っている。

 悪意はないとはいえ、口が過ぎるとマーテル夫人が声をかけるが、興奮しているせいかまったく耳を貸さない。

 一通り文句を言い尽くすと、ようやくサリアナ様はわたくしへと目線を向けた。

「はっきり言って、この環境は『ひどい』わ」

「さようでございますか。しかし、サイラス王子からは何も……」

「あなたウィコットのお勉強をきちんとしたの!?」

 憤慨したサリアナ様は、ビシッと扇を突きつけてくる。

 ……急に話をそらされたわ、とは思ったものの、おそらくわたくしの言葉なんて聞いてないのだろう。王族の血を引くお嬢様、とはいえその態度は失礼だわ。

 マーテル夫人もわたくしと同じ意見だったらしく、これまでより強く「サリアナ様、落ちつかれてください」と諌めるが、サリアナ様は無視する。

「ここまで飼育環境がひどいとは思ってもみなかったわ。時期を早めて保護するようにしないといけないわね!」

「保護、ですか?」

 嫌な予感がするも、わたくしは顔には出さない。

 でも、サリアナ様は「ええ」とうなずいて微笑む。

「ウィコットの扱いで少なからず問題が起きているでしょう? ウィコットはイズーリの代表的な保護獣で大変貴重だし、お父様が問題を鎮静化するために一時的な『預かり』を提案されているの。なぜかまだ王家からの許可が下りないのだけど、この惨状をご報告したら一時的な『預かり』ではなく、間違いなく『保護』の対象だわ!」

 キラキラと目を輝かせ、わかりたくもない何かの使命感に溢れるサリアナ様の顔を見て、わたくしは妙に納得した気持ちになった。


 ――ああ、なるほど。そうきましたか。


 冷水を頭から浴びたかのように、すぅっと頭の中が冷えていく。

 公爵令嬢という認識から、一気に『ただ自分の理想を押し付ける生き物』へとなったサリアナサマを冷えた目で見据える。

 そんなわたくしの変化に気がつかず、高揚したサリアナサマは嬉しそうに自分の世界へと酔いしれる。

「今、我が家の温室を直させているの。もう少し早めたほうがよさそうね。公爵家の敷地に不埒な者が入り込む可能性は、こちらの家より断然低いから安全よ。そうそう。温室の一角で主食の人参を作らせているの。ためしに数種類育てているのだけど、こちらで与えているニンジンは何かしら? ちゃんと食べてくれている?」

 サリアナサマは「完璧でしょ!」と言わんばかりに顔を上げてこちらを見たが、同調しないわたくしに気がついて口元から笑みを消す。

 そんなサリアナサマに、わたくしは淡々とした口調で諭すようにゆっくりと言う。

「この子達が生まれ育ったのはサイラス王子の私邸、つまり人間のお屋敷内の部屋の中でございます。サリアナサマのおっしゃる『自然』とやらには、一度だって踏み入ったことがないのです」

「そうかしら。本来の環境に近い形で飼育すれば、本能が呼び覚まされるかもしれなくてよ。それに我が家の家人は、皆身元の確かな者ばかり。庭には忠実な番犬を何頭も放しているの。他の動物と触れ合うことだって、『自然』の一環だわ」

 当然のことよ、と笑みさえ浮かべて言い切るサリアナサマに、わたくしはただただ呆れてしまう。

「……犬などウィコットの天敵です。無駄な恐怖を与える必要はありません」

「あら、うちの番犬は訓練されたとても優秀な犬よ。危害を加えるような心配はないわ」

「犬も動物です。それこそ先程サリアナサマがおっしゃったではないですか。動物の本能が目覚め、いかなる場合も絶対ということはありません」

「分からない人ね。だから、我が家の犬は訓練を受けた特別な犬だと言っているじゃない。難癖をつけないでちょうだい」

 不機嫌さを隠さず、口元を開いた扇で隠すサリアナサマには何を言っても無駄みたい。

 どうやらご自分がいかに矛盾したことをおっしゃっているのかも理解できていないようで、不快な目をわたくしへと向ける。

 そんな目に怯えることもなく、ただ呆れてわたくしは静かに目をそらすと、すぐそばに控えるマーテル夫人へと向ける。

 彼女はわたくしと同じ常識人のようで、ただただ申し訳なさそうな顔をしているが、主人の手前、頭を下げることはなかった。

 そんな彼女にわたくしはため息を押し殺し、一言だけ言わせてもらう。

「間違いなく公爵様にお伝えしてちょうだい。間違いなく(・・・・・)、よ」

「……」

 彼女は目を伏せ、ただ聞くにとどまったがちゃんと理解してくれたらしい。

 

☆☆☆


 それからしばらくサリアナサマは、あれこれと好き勝手にお話なさっていたけど、わたくしの耳にはほとんど残らなかった。

 ただ、最後は非常に満足した笑顔で、

「すぐにお迎えに来られるようにするから、あなたも改善しつつお待ちになっていてね」

「……ご訪問ありがとうございました」

 不快、に尽きる言葉を残し、サリアナサマの馬車は軽やかに出て行く。

 その馬車を冷めた目で見ていたら、その姿が見えなくなったとたん、火山が噴火するような怒りが込み上げてきた。

「……あの、小娘がっ!」

 ダンッ! とまだアンや執事、他の家人がいるにもかかわらず、強く地面を足蹴にする。

 ボキッと鈍い音を立ててヒールのかかとが折れたので、もう一度軽く地面を蹴って完全に折ってしまう。

 サッと手を振り払いつつ、

「塩をまきなさい。シャポンでは魔除けの他、清める力があるそうよ。玄関も、馬車の通った石畳も全部掃除して。すべての痕跡を消してちょうだい」

 馬車が去った方向を見ながら、わたくしは地を這うような低い声で命じる。

「かしこまりました」

 わたくしの想いを組んでくれたのか、家人達はすぐに動き出す。

「シャーリーお嬢様、風が出て参りました。お体が冷えます」

「嵐がきて沈むがいいわ」

 ええ、もちろんベルクマド公爵家限定で、ですけどね。

 わたくしの悪意のある言葉に、いつもなら困った顔をするアンも今は専属メイドとしての顔を崩さない。

 折れたヒールのかかとはそのままに、わたくしは高さの違うヒールのまま部屋へと黙って向かう。

 

部屋に戻るとソファに座り、行儀悪く手を使わずヒールを脱いで放り出す。

 二人きりだと砕けた関係になるアンも、今日は何も言わず黙って代わりのヒールをクローゼットから選び出して持ってくる。

 ヒールを履かせようと、アンがひざまずいたのでサッと手で制してやめさせる。

「お願いがあるの」

 一瞬ためらったが、これは仕方がないことだわ、と瞬時に迷いを切り捨てる。

 アンはヒールを持ったまま姿勢をただし、真顔でわたくしの言葉を待つ。

「アンバーを呼んできて。人目につかないように」

「かしこまりました」

 いつもなら理由を聞くだろうけど、今のわたくしの怒りはいつもの怒りとは質が違う。泣き叫んで怒りを発散するのとは違い、ドロドロとした気持ちの悪い汚泥に沈み込むような感覚がつきまとう不快感が全身を包んでいる。


 ソファに片ひじを預け、アンが用意してくれたヒールも儚いまま静かに待つ。

 やがてアンに連れられてやってきたアンバーは、ドアをくぐる前まではへらへらといつもの軽い笑みを浮かべていたが、わたくしと目が合ったとたんに全身を硬直させる。

 そんなアンバーをアンが背中を押して部屋に入れ、ガチャリとドアを閉める。

 その音でアンバーは青ざめてドアを振り返り、そのまま何かを訴えるかのようにアンへ顔を向けるが、アンはわたくしへと一礼する。

「お連れしました」

「!」

 アンバーの肩がビクッと震える。

「……こちらへ、アンバー」

 そうわたくしが声をかけると、ギギギッと錆びついた音でもさせるようにアンバーがようやくこちらへと顔を向ける。そして、無言のまま顎で目の前へ来るように促すと、サァッと顔色を悪くしてふらふらと足を動かす。

 酔っ払いのようになりながらわたくしの前に立つと、覚悟を決めたかのようにピシッと背筋を伸ばす――わたくしの顔は見ないようにして。

「アンバー」

「は、はい!」

 やや上ずった声は聞かなかったことにして、わたくしは彼の顔は見ないまま片ひじをついていた姿勢を起こす。

「いつ、国に帰る予定かしら」

「え?」

「観光、といってもほとんど敷地から出ていないようだし、まさか本気でうちの庭師になるつもりなの?」

「え、その、それは無理です。これでも王都にある、わりと大きな宿の跡取りなんです! し、下町ですけど……」

 跳ねるように顔を上げたものの、最後にはまた小さく言ってうつむく。

「あらそう。王都に行くなら都合がいいわ」

「え?」

 わたくしはスクッと立ち上がると、机の引き出しから数枚の金貨と宝石の付いた指輪が入った袋を取り出して戻る。そしてソファに座らないまま、その袋をアンバーに差し出す。

「旅費よ。明日から準備をして、一週間後に帰国よ」

「ええ!?」

 驚愕しつつも、わたくしがさし出した袋を両手で包むようにして受け取る。

「黙って受け取りなさい。もちろんそれは報酬よ」

「……な、何の、と聞いても?」

「そうねぇ。あなたの日頃の行いについて、ではないことは確かよ」

「……やっぱり」

 にっこり微笑むわたくしの前で、アンバーはがっくりと首を垂れた。

 そして、ものすごーく諦めた感いっぱいの目でわたくしを見る。

「で、何をすればいいんです?」

「まあ、聞いてくれるのね」

「お断りする権利が俺にありますか? あるなら行使したいです」

「ないわ。逆にわたくしがあなたを脅す情報ならあるけど」

「ぜひ、やらせていただきます!」

「口だけじゃなく行動を共にしてちょうだいね。失敗したら、わたくしの結婚相手にあなたを選んでやるから心してやってちょうだい」

「誠心誠意、絶対やり遂げて見せます!!」

 ビシッと敬礼をして、きゅっと引き締めた唇と真剣な眼差しには一点の曇りもない。

 アシャン様の警護に合流した時は、ものすごくおざなり感があったというのに。いつもその調子で仕事をしていれば、剣の腕もあるのだからある程度上にいけたでしょうね。

 まあ、それをしないのがアンバーなんでしょうけど。


「これから話すことは他言無用よ。別に法に触れる話じゃないから安心して」

「よ、良かったぁ。俺、てっきり危ない話だと思っていました」

「そうね。失敗したらわたくしがあなたを縛り吊るしてあげるから、本気で頑張ってちょうだい」

「!」

 ビクッと震えたアンバーを対面の長椅子に座らせ、まだ事情を説明していないアンもその横に座らせる。


 ……わたくしだってあなたと結婚なんて嫌だわ。でもそれくらい気合入れてもらわないと困るのよ。

 そうしてわたくしは一つの計画を話し始めた。


読んでいただきありがとうございます。


本業が年末から年度末が忙しく、疲れやらたまったのでしょうか。頭の中ではできているのに、文章として打つと納得いかない。それをいくらか繰り返していると、今度はまったくキーを打つことすらできなくなる。ようするに『スランプ』のような状態になっていました。

しかも、書き終えてからも……投稿に時間が空き過ぎたのか、わたしの精神が弱っているせいか、投稿が怖くなりました。


で。


すっかり引きこもりになっていたネットを繋いで――ぶちまけてみました。

小説系のお話ができる人は周りにいませんので、ラインやネットがどれほどありがたいかわかりました。

相手も忙しいだろうな、と思いつつ連絡を取り、悩みを聞いてもらってようやく書き上げました。たぶん、これで脱出すると思いますが……。

もうすこし本業が残業ありで忙しいので、お時間かかりますが、どうぞ見捨てずに読んでいただけると幸いです。


また近いうちに更新します!!



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