勘違いなさらないでっ! 【55話】
こんにちは!!
幼い頃、あまりにうるさくて、とうとうわたくしはエディーナに『あなたは金のガチョウのようだわ』と言ったことがある。子どもながらに、あえて『頭は』という言葉を抜いた自分を褒め称えたい。
キョトンとしたエディーナだったが、周囲にものすごく機転の利く年上の少女がいて、彼女が本当の意味に気がつく前にこう言った。
『金のガチョウは人を惹きつけてやまないものですものね! 確かにエディーナ様は大変ステキでいらっしゃるから、当然惹きつけられてしまいますもの』
彼女は実家の都合でこの場にいただけで、エディーナの取り巻きではなかった。
わたくしの悪口はそのまま褒め言葉として認識され、その場はエディーナをちやほやと持ち上げる話で盛り上がり、わたくしはその少女に連れられて輪を離れることができた。
あとから母にやんわりと叱られ、少女はそれ以来わたくしの相談相手になる。
そして、十数年ぶりに口にしたこの場で、少女は――わたくしの隣で微笑んでいる。
◆◆◆
「え?」
「『え』じゃありませんわ。あなたのこれからのためにも、会うのも今夜が最後と言うことで言わせていただくわね。あなたの髪、盛り過ぎてまるで顔が花瓶よ。特性を生かすというなら、もっと上手に生かしなさい。髪結いメイドの言うことなんて聞いてないでしょ」
図星だったらしく、エディーナは口角を引きつるのを持っていた扇で隠しつつ反論する。
「ふ、ふふん。言うようになったじゃないの。引きこもりが王都にまだ未練たらしく残っていると聞いていたけど、ずいぶん威勢がいいわね」
「未練など発生する余地もないわ。王都に残っているのは、わたくしの大事な宝物を守るためですもの」
「宝って、ああ、ウィコットね」
「そうよ」
別に隠すつもりはないので肯定すると、エディーナの目が余裕を取り戻す。
「あなたが大事にすればするほど、未練があると思われているのよ。自分で気がつけないわけがないでしょう?」
「あの子達はサイラスとは何の関係もないわ」
「大アリよ」
そう言ってエディーナはサッと周囲に目を配り、少し顔をそらす。
「……ついてらっしゃいな」
小声でそう言って歩き出し、興味を持って周囲にいた人々には笑顔で「ごゆっくり」と微笑んで道を開けさせる。
「マニエ様も」
「あら、いいのかしら」
クスクスと楽しそうに微笑んで、わたくしのすぐ後ろからマニエ様もついて来てくれた。
エディーナが案内した先は、会場にいくつかある厚いカーテンで仕切られた個室の休憩室。普段は簡単に身だしなみを整えたり、あとは少し訳ありの会話をするための場所。
カーテン前には給仕ではなく上級使用人と思われる男性がおり、わたくし達を当たり前のように迎えた。
中はソファの応接セットと姿見の鏡、鏡台と小さなクローゼットがあるだけのシンプルな作り。広くはないが、女性三人なら余裕がある。
先ほどの使用人が用意していたのだろう。応接テーブルの上にはつまめる料理とピンク色の飲み物が置かれていた。
「彼が立っているから人は来ないわ。さあ、座って」
エディーナが先に座り、わたくしとマニエ様が入り口を背にして並んで座る。
挨拶に喉が渇いていたのか、エディーナが飲み物を一口飲んで一息つく。
「……先程はご忠告ありがとう。わたくしも嫁いだらあちらの風習に習うように、一応の努力するわ」
珍しく受け入れ態勢のエディーナに、思わずわたくしはいぶかしむ。
「どうしたの? あなたらしくないわ」
「嫁ぎ先のことを考えたら、少しは柔軟な態度も必要だということよ。この国ではわたくしにはあまり必要はなかったのだけどね」
「……どこに嫁ぐの?」
エディーナはチラッとマニエ様を見たが、黙って微笑を続ける彼女を見て「言ってなかったのね」と呟く。
「わたくしの嫁ぎ先は、メデルデア国」
つい最近聞いたあまり印象の良くない国名に、わたくしは無意識に目を細めて警戒する。
そんなわたくしに気がついたのか、エディーナは苦笑して先を続ける。
「の、王族の一人よ。レイティアーノ姫、だったかしら。彼女の一番年上の従兄弟らしいけど、わたくしより一回り年上で、お子様がいるのわ。三才の男の子。奥方が二年前に亡くなって、周囲の勧めで国のために再婚を決意。王位継承権は九位。王族限定で流行病で死なない限り王妃にはなれっこないわ」
「よく承諾したわね」
「当然よ。わたくし公爵家の娘。家ではなく国同士の結びつきの役目をいただけるの。本当は五年前にも打診があったけど、いろいろあって消えてしまい、でもまたお話が来たってことは、それだけ望まれているの。しかも相手はすでに後継ぎがいるし、それに」
そう言ってエディーナは閉じた扇を、スッとわたくしへと向ける。
「あなたの時と違って相手が見られる方なの。お腹も出て泣ければハゲてもいないわ。少し線が細いのが理想とは逆だけど、お顔立ちは整っていらっしゃるし、まあ十分に許容範囲内なのよ」
「ずいぶん広い許容範囲をお持ちですこと」
「あら、わたくしの婚約者はなかなかですのよ。一度お会いしたけど、お子様もとてもかわいらしくて、小さな手でお花をくださったの。あちらでの家族生活には希望がもてますわ」
おほほほ、と勝ち誇った笑いをするエディーナだったが、突然スッと笑みを消して深いため息をつく。
そんな自分を冷めた目で見ているわたくしに、エディーナは思いっきり顔を左にそらして「チッ」と盛大に、公爵令嬢にあるまじき舌打ちをした。
……エディーナってここまであけすけだったかしら?
何年も交流と言う接触がなく、別にそれ以前にも親しくなく、むしろお互い苦手意識をもっていたはずだと思っていたのに、なぜこんなに砕けた態度と表情をするのだろう、とわたくしは不思議に思い始める。
「……羨ましがりなさいよ」
顔を横にそらしたままブスッとしているエディーナに、わたくしは首を傾げる。
「なにを、ですの?」
「幸せな結婚生活よ」
「オメデトウゴザイマス」
「本音を言いなさい」
「では。――まだまだ鎖国の国へと嫁ぐなんて、公爵家の後ろ盾もどれほど通用するかわかりませんわね。頑張ってくださいまし」
遠慮なく本音を言わせてもらうと、エディーナはキッとわたくしを睨みつけながらまた扇をわたくしへと向ける。
「それよ!」
「「……」」
わたくしはマニエ様と一緒に口を閉じる。
彼女は何が言いたいのだろう? と。
そんなわたくし達の様子は気にもとめないエディーナは、一人芝居がかったため息をついて頭を振る。
「王族の伴侶にそうそう表だって何かしてくることはないでしょうけど、やはり王族同士は国内の血の繋がりしかないから、わたくしの立場もやや弱いわ。それは我が国の代表として嫁いだわたくしにとっても、我が国にとっても問題なのよ!
マニエの実家が展開する商会は、我が国では唯一のメデルデアへの輸出許可を持っているわ。だけどそれだけじゃ足りなかった。そこへ運よくイズーリのサイラス王子があなたに求婚してきた、と聞いて最近までホッとしていたのよ」
「ちょっとお待ちになって。ホッとしたいたというのは、どういう意味ですの?」
嫌な予感にわたくしが顔をしかめていると、エディーナさも当然と微笑む。
「メデルデアがイズーリとのパイプを太くしたい、という思惑があるからよ。わたくしのお友達がイズーリの王子妃なら、メデルデアでのわたくしの存在は決して無碍にできないはずですもの」
「誰が『お友達』で『王子妃』ですの!? 勘違いなさらないでっ!」
「あら。あなただって王子妃になれば、実家の伯爵家より大きな後ろ盾が必要よ。そうなったらわたくしの名を使えばいいわ」
「だから何を勘違いなさっているの!? わたくしはサィ……」
「だというのに、あのメデルデアの姫との噂であなたの婚約話が破談。わたくしの計画が大きく狂ってしまったわ。どうせあのタヌキ外相の仕業ね。わたくしが大きな発言権を持ったあかつきには、絶対辞任させてやるわ!!」
わたくしの言葉など途中で遮り、エディーナは広げた扇で口元を隠しつつ、「忌々しい」と何度も繰り返す。
相変わらずの自己中心的な物言いに、わたくしがカッとなって言い返そうとした時、そっと左腕にマニエ様が手を添える。
ハッとして横を向けば、マニエ様が困ったように微笑んでいた。
そ、そうだわ。エディーナのペースに飲まれてはダメだわ。
わたくしは一つ深く息を吐くと、スッと姿勢を正してなるべく落ち着いた声でエディーナを呼ぶ。
ふと顔を上げたエディーナに、わたくしは言い聞かせる。
「エディーナ。いろいろ勘違いしていることが多いのだけど、まずあなたの後ろ盾にはなれないわ。なぜならサイラスのもとへ嫁ぐ気は最初からないの。それに今はウィコット達を守ることが最優先なのよ」
「あら、それならやはり話が早いじゃない」
ふふん、と勝ち誇った笑みでエディーナは扇を閉じる。
「ウィコットの後ろ盾は誰だった? ええ、サイラス様だったはず。まあ、もっと言えばイズーリ王家よね。なんたってウィコットは特定保護動物。個人が所有するにはいろいろ問題があるもの」
「それは、サイラスからの許可証があるわ」
「そうよね。でもそれってあなたの持っているウィコットの希少性をさらに高めているだけよ。たとえばライルラド王家が『献上せよ』と言ってきたら、どう?」
「王家が?」
何をバカなことを、と思いつつ考えてみると――一介の伯爵家が逆らえるわけはない。
眉間に皺を寄せ黙っているわたくしへ、エディーナは微笑んだまま少し首を傾げて同意を求めてくる。
「ほら、今までいかに強い後ろ盾を持っていたかわかったでしょ? あなたが使う使わないは別として、持っていた切り札はとっても強いものだったのよ」
「……王家が伯爵家令嬢の所有物を取り上げるなんてことは、いろいろと醜聞だとおもうわ」
きっとこの時わたくしはわかっていた。でも、今の自分がプッチィ達を守ってあげるのには、弱くて頼りない存在に成り下がっていたことを認めたくなかったんだと思う。
だから、続くエディーナの言葉が深くわたくしの心に突き刺さる。
「そうね。だけど――どこにでもいるのよ。もっともらしいことを考えるのが得意な者が」
自分の目が見張るのがわかった。
そんなわたくしを見て、エディーナ満足したようにうなずく。
「話は終わりよ。わたくしが援護に入っても、所詮は時間稼ぎ。わたくし、あなたのことは認めているつもりよ。新天地で自分の立場を切り開くわたくしに、国を隔てて何かを気にする余裕はないの」
遠まわしにわたくしを心配している、と言われ、思わず「何を言っているの!?」と睨む。
エディーナは挑戦的に「ふふん」と鼻で笑い、そっと立ち上がる。
「……ああ、そうそう。あなたの家に圧力をかけられそうな家の中動いているのは、ベルクマド公爵家が温室の一つを改装しているとの話があるわ。あとはハートミル侯爵家の話もあるけど、そちらは大丈夫でしょう?
とにかく気が変わったら言ってちょうだい。平民と違って貴族は国を出るにもいろいろ面倒ですものね。そのあたりをちょっと短縮させてあげるから」
クスッと笑ってエディーナはそのまま会場へと戻っていった。
しばらくして、ぎゅっと口を結んで黙っているわたくしに、マニエ様がそっと優しく声をかける。
「シャーリー、あなたを傷つけるつもりはなかったの」
それから少し悩むそぶりを見せ、マニエ様は少しだけわたくしの方へ身を倒す。
「……あなたの前の婚約話の時、あなたの醜聞をあの侯爵家はもみ消そうとしたけど、それができないくらいに広めていたのがエディーナ様だったの。ちょうどデビュタントして、あちらこちらのパーティーにお呼ばれされて、そこでいろいろお話しなさったようね。ご両親に何度も注意されても、エディーナ様はあなたのことを必要以上に口にした」
「エディーナが?」
初めて聞く話に目を向けると、マニエ様が困ったように微笑んだ。
「あなたの婚約話がなくなったのはいいけど、あなたとエディーナ様の醜聞が一気に広まってしまったわ」
口さがない公爵令嬢様。
一時期エディーナがそう呼ばれていたことを思い出す。あの頃、わたくしは自分の醜聞を広めるために一生懸命で、エディーナがどの程度口さがないのか、なんて気にもしていなかった。
「気にすることないわ。エディーナ様は同情されるのがお嫌いよ。あの方は自分の思う通りのことをなさったの」
「恩着せがましいですわ」
「ふふふ。あなたと一緒で『照れ屋』さんなだけよ」
「……違います」
ムスッとして滴がついたグラスを持ち、一気に煽るように飲む。
「ちょうどいいから少しいただいておきましょう。さっきの話はあとからじっくり考えればいいわ。どうするかはあなた次第。もちろん、わたくしもできる限り協力するわ」
「……ありがとうございます」
ふふふっと笑って気を取り直させるように、マニエ様が生ハムとチーズのピンチョスを手に取り、左手を受け皿にしてわたくしへ近づける。
「はい、あーん」
「!?」
ぎょっ、と驚いたわたくしに、なおもマニエ様は微笑んだまま食べるように勧める。
「はい、あーん」
「ちょ、お待ちください。一人でいただけますので!」
「いいのよ。はい、あーん」
右手で支えるくらいまでのけぞっても止めないマニエ様に観念し、ついに目を閉じてピンチョスをマニエ様の手から食べる。
「……」
恥ずかしくてうつむいて咀嚼していると、なぜか上機嫌なマニエ様の雰囲気が伝わってきた。
「ふふふ。ついにできたわ。やっぱりシャーリーはかわいいわねぇ~」
そう言って次を手に取ろうとしている!
や、止めてください、マニエ様っ!!
読んでいただきありがとうございます。
えーっと、電子書籍版【勘違いなさらないでっ!】③巻 配信開始です~!!
一応12/12頃、らしいのですが、早いところはもう配信だそうで。
一応WEB版のイズーリ編後半になりますが、全然違うかたちになっております。
ええ、王妃様の暴走をちょっとお借りしただけで、あとは完全書下ろし!!
まったく違う話の方向に行ったんじゃないの? て話も聞きましたが、わたしが一番そう思っています。
どーすんの? て。
そんな③巻が配信。
最近シリアスな本編に笑いが欲しい方、ぜひ電子書籍版を!!
また次回の更新で、シャナリーゼ決意しますよ~!!
さらに申し上げますと、最近感想欄のお返事ができておりません。
なかなか本業が忙しくなってきており、こうして書くだけが精一杯なところもあります。どうぞご了承ください。
ツイッターにはぎゃあぎゃあ叫んでたりしますwww
また、それでも感想いただけると……光栄です!!




