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勘違いなさらないでっ! 【54話】

ご無沙汰してます!!


そっと顔をそむけて自分自信にため息をつきたくなるのを押さえていると、マニエ様が「そうだわ」と、何かを思い出したかのようにわたくしを見る。

「……そういえば、手紙で思い出しのたのだけど、この家の配達人変わったの?」

「配達人、ですか?」

 急な話で首を傾げるが、さすがにそこまでは知らない。

「たまたまだけど、あなたの家からの手紙を配達に来たところに居合わせたの。受け取ったうちの執事(バルサー)が『異国なまりがある』と言うのよ」

 異国、と聞いてすぐに頭に浮かぶ。

「アンバーでしょうか。彼はまだいるんです。でも、彼は庭の手伝いをしているはずですが」

「アンバー? ああ、うちに護衛で来たことあるわね。でもわたくしが見たのは彼じゃないわ。もっと年齢が上。人見知り、というか自分を見られるのが嫌とばかりな感じでね。たまに貴族に関わりたくないからって同じような態度をとる人がいるけど、なんだか気になるのよねぇ」

「マニエ様の感は当たりますものね」

「ええ。だからあなたとサイラス様のご縁は何が何でも大丈夫、と思ったのよ」

 にっこり笑顔で強く宣言され、わたくしはヒクッと口元を引きつらせる。

「ああ、なのになんなのかしらね、あの噂。確かにあの鎖国の国がイズーリに接触したようだけど、いきなり姫を娶れ、なんて古い手よね。もう少し外交でどうにかしようとして欲しいものだわ」

 呆れたようにため息をつくと、また一口お茶を飲む。

「まあ、サイラス様もだけど、あなたの取得に並々ならぬご執着をお持ちの王妃様がいらっしゃるから、難航もするでしょうけどねぇ」

 イズーリの王妃様を思い出し、次いであの夜会で見たかの国の姫様を思い出して思ったのは「お気の毒」と、いう思い。

 あの王妃様を前にあの姫様が倒れずにいられるか、と言うこと。

 上品な顔立ちの王妃様だが、相手への威圧感は初対面だからと言っても遠慮がない。

 ――そしてあの暴走。

 まさにあんなところへ嫁に出されようとしている姫様は、本当に「お気の毒」だわ。

 もちろんわたくしも、ですけどね!!

 とにかくこの話がすすむとわたくしは今度こそ、本当にお払い箱。

 ――嬉しいはずなのに、なんだか癪に触るような、イライラするような、今すぐ何かを殴りたくなるような小さな衝動は何かしら。

「シャーリー」

 呼ばれて自分の目線がテーブルに向けられているのに気がつき、取り繕うように顔を上げると、マニエ様が怪訝な顔をしていた。

「……おもしろいけど、皺を寄せた表情での百面相は皺になるわよ?」

「え!?」

 おもわず両頬を手で押さえる。

「そ、そんなにひどい顔をしておりました!?」

「ええ。していたわ。その様子じゃあ、寝ている時に歯ぎしりでもしてそうね。顎は大丈夫?」

「ごっ、ご心配なく! 大丈夫ですわ」

「そう? そうならいいのだけど」

 寝ている時に歯ぎしり!? 自覚はないけどもしそれが本当なら、絶対に他人、いえ、家族やアンにだって知られたくない。

 ほほほ、と笑いながら顎をそっとなでてしまったのは仕方ないと思う。

 マニエ様の「本当に大丈夫?」とやけに心配する姿勢を、なんとか笑ってごまかした。


◆◆◆


「ではごきげんよう」

 マニエ様を笑顔でお見送りして、客室に置いたままだったワーゴット公爵家の招待状を手に取る。

 エディーナが婚約、ねぇ。

 あの気の強い自己中の塊のような嫁を貰うなんて、相手側もとんだ災難よね。まあ、うちの公爵家だし、血筋的には優良物件だけど。

 くすっと笑って部屋に戻る。


 さあ、あのエディーナが今回の件について何も言ってこないわけがない。自分主役の夜会を盛り上げるネタにでもしようとしているのでしょうね。でも、そんな見え透いた挑発なら受けて立つわ。どうせ最後なら、あの童話の金のガチョウでも乗せたような髪型について言ってやるわ。

 そう、彼女は自分の髪の色はともかく、ふわっふわの毎朝爆発しているだろう髪質だけはコンプレックスなのだ。痛いところは最初から貫く。これぞ鉄則。ネチネチなんて時間の無駄だもの。


 その夜、帰宅した父を待ち構え、執務室に入ってワーゴット公爵家の夜会の招待状を見せた。

「懐かしいな」

 と、いいつつ苦笑するのは、最後に我が家に突撃してきたエディーナの姿を覚えているからだろう。

 ワーゴット公爵家と我が家との縁はほとんどない。

 そのかろうじての縁が、突っかかっていたエディーナだった。彼女が来なくなってからは、父も仕事上や社交場の最低限の交流しかないと思う。

 ただ、母はワーゴット公爵夫人と共通の友人がいるらしく、頻度は少ないもののお茶会などには同席する機会がある。

「ご婚約、か。ワーゴット公爵家としての発表はまだ先らしいが、先に私的なお披露目ということか」

「公爵家の令嬢が今の今まで、結婚どころか婚約さえしていなかったのですもの。彼女だってうかれているのですわ」

 遠まわしに『難あり』と言うニュアンスをつけると、父はため息をつく。

「……シャナリーゼ、できるだけエディーナ様を怒らせることはしないでおくれよ?」

「まあ、お父様。あちらからわたくしを呼んでいるのに(ケンカを売っている)、そんな失礼なことは(おとなしくだなんて)しませんわ」

「嫁ぐ前の女性は気分の高揚が激しくもなる。わたしとしては、お前が話題に上ると知っていて招待を受けるのは気が引けるのだが」

「問題ありませんわ。マニエ様もご一緒ですし」

「マニエ殿も、か。まあ、心強くはあるが……」

 父は言葉を濁すが、令嬢とはいえ格上の公爵家の招待を断るのは難しい。マニエ様が行くのなら、とはいえ、父もマニエ様の性格を知っているので素直にうなずけないらしい。

「マニエ様はエディーナ様のお知り合いらしいですわ。その招待状もマニエ様が直接頼まれたようです」

「ああ、それならば安心だな」

 ホッとしたように父はうなずく。

 マニエ様がエディーナと知り合いなら、わたくしとエディーナの仲を取り持ってくれるだろう、と。

 たぶん、としか思えない。

 だってわたくしは、マニエ様とエディーナの仲がどれほどなのかを知らないから。

 でも今それを言うようなことはしない。とりあえず嘘をつかない程度の情報で、父から許可をもらって返事を出せばいい。

「この分だとエスコートもいらないようだな」

 せめてお兄様を監視役に、とでも思っていたのだろう。父が「やれやれ」と肩をすくめる。

 そしてじっとわたくしを見た。

「……くれぐれも、領地からお母様が飛んで帰ってくるようなことをしないように」

「はい。わかっておりますわ」


 さぁて、エディーナの夜会の話のネタになるのを逆手にとって、わたくしがいかにダメージを受けていないかってところをアピールしなきゃね。

 ドレスは何がいいかしら?

 少なくともサイラスをイメージさせるような黒は、小物の一点でも身につけるものですかっ!


◆◆◆


 ワーゴット公爵家夜会当日。


 いつもならほとんどの有力貴族が領地に帰ってしまっている頃だが、エディーナが声をかけた者は残らずかけつけるらしい。

 迎えに来たマニエ様と向かい合って馬車に乗ってそんな話を聞き、わたくしはふとレインを思い出して聞いてみた。

 だが、マニエ様は首を横にふり、今回は家の都合ではなく、本当にエディーナ個人が選び招待した人だけが集まっていると知らされた。

 

……何度も言いますが、エディーナがわたくしを『親しい』なんて思っていないのは明らかですわ。マニエ様のお顔を潰さないだけのために出席するのに、エディーナの『親しい』者の一人と勘違いされてはたまったものではない。


 ため息をつきそうになりつつも、わたくしはマニエ様の横にちゃっかり正装して居座る人物を呆れた目で見る。

 その人はしきりにマニエ様を気にして話しかけ、また黙り込んでは話しかけてを繰り返している――エンバ子爵。

 先代子爵のサイン入りの婚姻届を目の前で破られてからも、エンバ子爵はめげることなくマニエ様の周りをウロウロしている。

 今夜だって夜会の送り迎えをする、と言い出して聞かなかったらしい。

「ああ、どうにか入れ込めないか伝手を探したんだけど、今回は私的な会ということでダメだったんだ」

「あら、無理強いしてはダメよ。それに今夜の出席者はほとんどが女性なの」

「ああ、でも心配だよ」

 まるで目の前で事件を見た目撃者のように落ち着きがなく、無駄に美麗な顔が情けなく見えている。

「日付が変わる前に戻るわ」

「君を束縛するつもりはないから、どうかゆっくりしてきておくれ。……でも、早く戻ってくれると、う、嬉しぃ」

 最後は消え入りそうな声で懇願し、そっと顔を伏せる。

 そんなエンバ子爵を見て、わたくしはひきつる頬をなんとか誤魔化していた。


 あなた乙女なの!?


 マニエ様にした過去のことをすっかり忘れているとしかいえないエンバ子爵を、わたくしはいつこの(・・)ピンヒールで踏みつけてやろぅ……。

「……」

 一瞬で乙女なエンバ子爵への思考が消え、代わりにコートを羽織っているはずなのに寒空に放り出されたかのように血の気が引く。

 そっと、できるだけ顔を動か成さないように下――つまり、ドレスの中にある足元を見て絶叫したくなった。


 なんでわたくしあのピンヒールを履いてきてしまったの!?


 ついつい無意識に身構える防御反応のせいか、鋼鉄の扇はさすがにクローゼットにしまい込んだけど、履き慣れたこのピンヒールだけは何も考えずに選んでしまったみたい。アンも途中で気がつかなかったようね。気がつけばきっと何かしら言ってきたはずだもの。

 ああ、と頭を抱えたくなったわたくしだったが、今更替えのものなど用意がない。 

 確かに『防具・武器』としては問題ない。

 ――サイラスが贈ったものでなければ、完璧だったのに!

 サイラスのせいで話のネタにされると言うのに、そのサイラスから贈られたものを身に着けていくなんて……まるでわたくしがサイラスにすがっているかのようじゃないの!冗談じゃないわ!!

 ムカッとしたわたくしは、姿勢を正してできるだけピンヒールのことを忘れようと努力した。


 でも、結局忘れられないままワーゴット公爵家にとたどり着く。

 玄関前には降車する参加者の馬車が並び、ゆっくりと順番が回ってくる。

「では行ってくるわね」

「どうか気を付けて。何かあればすぐにかけつけるから」

 馬車を下りるエスコートをし、マニエ様の手に口づけるエンバ子爵はこのまま終わりまで御者たちと待つらしい。さすがに御者と一緒の部屋ではないだろうが、数時間そわそわしながら待つのだろうか。

 マニエ様ばかりを気にしつつ、とりあえず形だけわたくしにも手を貸してくれたエンバ子爵。マニエ様、よく躾けられておりますわぁ。

「じゃあ、あなたが必ず迎えに来るように」

 そう言ってマニエ様は羽織っていたコートを脱いで、エンバ子爵に渡す。

「寒いから、もう行くわね」

「ああ、行っておいで」

 マニエ様のコートを嬉しそうに抱きしめつつ見送るエンバ子爵に背を向け、わたくし達は歩き出す。


 あの男……あのままコートを抱いて過ごしそうね。


「マニエ様。少しあの方(わずら)わしくありませんか?」

「あらエッジのこと? ふふふ、そうねぇ。せっかく大人になった(躾終了)のに、あの事件(フェリーナ襲撃)があったものね。でも、子犬が一匹増えたようで(再躾中)楽しいわ」

 ふふふ、と本当に楽しそうにそっと微笑む。

マニエ様は深みのある落ち着いたオレンジ色のタイトなドレスで、肩を覆うような白いレース生地が、そのまま体の線を這うようにゆるやかに広がった裾まで続いている。黒の縁取りで甘くなるのを押さえ、赤い大粒のガーネットの首飾りが鎖骨の間で輝いている。

 ふんわりとまとめ上げた髪には頭の半分を覆うくらいの大きさの、白いレース生地を合わせて作られた薔薇の花に、真珠をいくつも散らしたヘッドドレスをつけている。

 わたくしも重厚な両開きの扉が開かれた玄関のエントランスホールで、静かに受け取りに来たメイドにコートを脱いで預ける。

「挑戦的な印象ね。すてきだわ」

「ありがとうございます。マニエ様もお似合いですわ」

 デコルテを大きく見せ、赤い光沢のある布地は控えめにふんわりと広がり、足元の裾には光沢のない薄い赤い布が細かいウェーブを描くように縁どる。首には黄色い宝石のついた同じ光沢のある赤い布地のチョーカーを巻き、イヤリングは小粒のガーネット。二の腕から覆う手袋も同じ布地で作らせ、手首には白いレースのリボンが巻かれている。

 髪はほんの一筋左側だけ垂らし、あとは首の後ろの襟足部分に赤いレースのリボンを巻いて編み込んで束ねている。

 二人並んで会場へと入って見れば、そこでは着飾った同世代くらいの女性達があちらこちらで談笑していた。

 もちろん、こちらに気がついてすぐに目線を走らせ周りに伝えることも忘れない。

「あら、ずいぶんかわいらしいお嬢様方ばかりね。ふふふ」

「そうですわねぇ」

 おかげでわざわざ突っかかってくるような令嬢はおらず、わたくしとマニエ様はチラチラと遠巻きに注目されつつ堂々と真ん中を歩いて、主催者へ挨拶へと向かった。



ワーゴット公爵家は優性遺伝として『黄金の髪』と言われる、豪奢な美しい金色の髪を持つ者が多い。エディーナもその一人。

 エディーナはスタイルも顔も悪くない。気が強い美人、と言ったほうがいいかしら。

 少したれ目だけど薄い水色は透き通った湖のように神秘的だと言われるし、いつも微笑をたたえる口元はキュッと引き締まっていて隙がない。ほっそりした顔立ちと首筋が魅力的で、華美にならない程度の小粒のダイヤを繋げた首飾りをしていて、見た目は美しい公爵令嬢だ。

 だが、ヘアスタイルに関しては独特の感性を持っている。

 普通ならコンプレックスの塊である場所を隠そうとするのだが、彼女はそのコンプレックスをどうにか生かそうと努力する少数派。

 流行は繰り返し訪れるものよ、とでもいわんばかりに、百年ほど前に流行ったという髪を大きく盛り上げるという奇抜なヘアスタイルを始めたのだ。

 まあ、昔ほどではないようで、あくまでも小盛り程度だが、今の時代には十分目立っている。

 本日はふわっふわの髪を左右に分けてふんわりそのままにまとめ上げ、赤や青宝石を中心とした花飾りをしている。

 ――悪口を言えば、まるでシャポンのお土産上位に入るボール。『マリ』だわ。


 型通りの挨拶をかわす前に、エディーナが「あら」と口を開く。

「お久しぶりね、シャナリーゼ」

「ご無沙汰しております」

 とりあえずマニエ様と一緒に頭を下げて礼をとる。

 顔を上げると、上機嫌なエディーナが微笑んでいた。

その姿はあの気が強くてわがままで、自己中で人を振り回す性格をきれいに隠している。まあ、いまさら知っている人には隠しようもないでしょうけど。


 気味が悪いわね。


 心の中で警戒していると、なんの前ふりもなしにエディーナが遠慮なく突っ込んできた。

「あなたサイラス王子に婚約破棄されたそうじゃない」

 声を潜めるどころか、あっけらかんと言う。

「破棄どころか婚約もしておりませんわ。何か勘違いなさっているようですわね」

「まあ。相変わらずかわいげがないこと」

 呆れ半分にため息をつくエディーナ。

 そんなエディーナより気になるのは、彼女の発言により、周囲の何人かが聞き耳を立てるかのようにこちらの様子を伺い始めたことだ。


 あいかわらず遠慮がないわね。まあ、でもバッサリ終わらせて早く帰れるかしら。


 そんなふうに思っていたわたくしに、エディーナはニンマリと口角を上げて笑う。

「いいわ。わたくしがあなたの旅券をなんとかしてあげようじゃない。だから、さっさとイズーリに行って、サイラス様との婚約を結びなおしてきてちょうだい」

 命じる、とばかりに尊大な態度で胸を張るエディーナを、わたくしは目線をすっと細めて思いっきり冷めた目を向ける。


「……あなた、その頭は本当に金のガチョウが入っているようね」


 わたくしの一言に、エディーナは目を丸くした。



読んでいただいてありがとうございます。

来週も更新したいと思っております。


なぜなら、来週12/12前後に【勘違いなさらないでっ!】③巻の電子配信がはじまるのです~!!

本当は【ふくらし魔女~】を終わらせたかったんですが、こちらを二週頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします!!



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