勘違いなさらないでっ! 【53 話】
今週もこんにちは!
あれからすっかり噂は広まってしまった。
唯一気に入らないのは。わたくしが『捨てられた』と言われること。
まああっ! 勘違いなさらないでくださいませ、皆様。わたくし最初っから『捨てて』おりましてよ? おーっほっほっほっほっ!!
と、言いふらして回れたらどんなにいいかしら。
今やそんなことを言えばあざ笑われるか、同情の目をひくだけ。
恐ろしいわ、社交界。嵐よりも早く広まってしまうんですからね。
ここにきて、下火になりつつあったわたくしの話題が大炎上。その飛び火は、挨拶大詰めの母やティナリアにまでおよんでいる。
母や妹にだけ矢面に立たせるわけにも行かず、思い切って母に切り出してみた。
『お母様、わたくしもご一緒しますわ』
『まあ、何を言っているのです、シャナリーゼ。そんな暇があるなら、サイラス様へお手紙でも出して真相を聞いてちょうだいな』
『手紙なら出しましたわ』
主に悪口ですけど。
母はパッと表情を明るくさせ、
『まあ、それでお返事は?』
『ムカつくことに開封もされず戻って参りました』
『……ああっ!』
その場で眩暈を起こして倒れてしまった。
手紙はその後も一度出したけど、今度は返っても来ない。
配達人は届けた、と言ったらしいけど。しつこく聞けばこの蔓延する噂に油を注ぐようなものだし、サイラスが読んだかどうかは確かめようがない。
ティナリアは聞かれることにあまり嫌味を感じないらしく、お茶会に行くたびに『皆さま同じ質問ばかりで退屈になるわ。同じ質問に同じ答えを繰り返しているのに、どうしてそのことについては広まらないのかしら?』と首を傾げている。
噂に対する答えはあればあるだけ楽しいものらしい、という考えについていけないのはわたくしも同じ。
一方でわたくしを心配する手紙が数通届いた。
差出人はもちろん、レインにイリス、そしてちょっとお手伝いをしてお友達になった方々。噂の真相がどうこうではなく、純粋にわたくしが元気か、気晴らしに遊びに来ないかと言った内容だった。
でも、今お屋敷を留守にできないのよねぇ。
みんなを集めて愚痴りたいけど、いまお屋敷を留守にできない。
なぜなら、あのアマリアと同じ考えを持った人間がすでに数件手紙をよこして来ている。
ほとんどが父宛だが、中にはわたくしにも別封でご機嫌伺いをしてくる者もいて、季節的にはちょっと早いけど暖炉に火を入れて燃やして処理した。
強大な(認めたくないけど!)後ろ盾を失ったウィコットを巡って、わたくしの知らない所で争奪戦が繰り広げられているらしい。
まったく勘違いもいい加減にしてほしいわ! 誰がいつ手放すと言ったというのよ。その出まかせの口に黒鉛でも押し込んでやるわ!!
に、してもここが王都の伯爵家で良かった。
領地にあるお屋敷は大きいけれど、その分警備が大変。ウィコットだけに警備を集中させるわけにもいかない。
それに、手紙を出して面会を求めてくる者ばかりが狙っているわけじゃない。王都から領地までの移動中に襲われたら、相手の人数に寄るけど奪われる可能性もある。
だから、決めた。
あの噂を耳にして十日目の夜、わたくしは父に申し出る。
「お父様、わたくしプッチィ達と王都に残りたいと思います。どうぞ許可をいただけないでしょうか」
父は書斎机に座ったまま、鋭い目でじっとわたくしを見た。
「……ここにいれば嫌でも噂が耳に入る。警備を倍にするから、一緒に領地に戻る方がいい」
「わたくし一人ではありませんわ。お兄様もおりますし、一冬くらい引き困っていられますわ」
「ジェイコットも騎士としての勤務がある。お前の面倒を見られるとは思えん」
「お兄様に慰めてもらおうなどとは思いませんわ。わたくし二十歳になりましたのよ」
子ども扱いなさらないで、と少しむくれてみせると、父は「そうだったな」と言いフッと笑った。
「ならば大人のお前に今一度言う」
父の鋭い目の中にただならぬ威圧感を感じ、わたくしはグッとお腹に力を入れて言葉を待つ。
「……お前の人生だ、好きにして欲しい。だが、離籍は認めん。それだけは十分頭に入れておけ。それ以外なら――大抵のことは目をつぶろう」
「あら嫌だ、お父様。それじゃあまるで、お父様達がいなくなったらわたくしが逃げ出すみたいに聞こえるわ」
「お前が大人しくしているとは思えん。手紙も来客も全部わたし宛に送らせ、検分してからお前に渡すようにする。いいな」
まあ、まるで信用がありませんわね。
「わかりました」
まったく。また子ども扱いするんだから、と心の中でぼやきつつ、わざと少しすねた声で言う。
「ですが、イリスやレインからの手紙は除外してくださいませ」
「ならん。除外はない。わたしが警戒しているのはまさにお前の友人達だ。お前の噂に一番お怒りなのは皇太子妃様だという話を聞いたぞ」
「まあ、誰からですか?」
リシャーヌ様との仲はほとんど知られていないはずだけど? それともあの夜会でなにかしら勘ぐられたのかしら。
だが、父が肩の力を抜いて苦笑して言ったのはライアン様だった。
「安定期に入られたからいいものの、殿下はクッションやらを投げつけられて怒られたらしい。母になる女性は怖いものだ、とも呟かれていたがな」
「大丈夫ですわ。ライアン様とリシャーヌ様の力関係は元からですもの」
そう言えば、父は何とも言えない顔をしたまま笑みを深めたが、ふと何かを思い出したらしい。サッとその顔をしかめて「そういえば」と切り出しつつわたくしを見る。
「城でベルクマド公爵様にお声をかけて頂いたのだが……」
ベルクマド公爵、と聞いて思い出したのは、夜会で出会ったサリアナ様のこと。なかなか自己中心的な方だった。
「どうかなさいまして?」
「サリアナ様がうちに来たい、と言われているらしいのだ。公爵様ご一家は今年の冬は奥方様の体調もあって王都に残られるらしい」
たいしてつながりもなく、しかも公爵家の令嬢を持て成すには骨が折れる。面会相手がわたくしなので、母の都合は関係ない。だが父は当主としてお迎えしなければ、相手方への礼儀にかけてしまう。
「……一度お会いしただけですのに」
遠まわしに「全然知らないし、年も離れているし、お知り合いになんてなりたくないから嫌だわ~」と言ってみるが、あのご令嬢をお迎えすることには変わりない。
「お父様のご都合にお任せいたします」
「わかった」
父もやや迷惑がっているだろうが、断るのが難しいからしかたない。とりあえず父はお迎えする日付を決めて、ジロンド家からベルクマド公爵家へ『お誘い』する手紙を書かなくてはならない。
「てっきり、お前に憧れるなんとかの会の新規メンバーかと思ったのだが」
違ったようだな、となぜかホッとした顔をした父を見て、わたくしは「うっ」とひきつりながら、あの妙な会の存在を思い出す。
「ち、違いますわ。それにあの奇妙な会はまだありますの?」
「たぶん、な。わたしも親の会の会談にゲストとして呼ばれたことがある」
「……」
恐るべしっ、なんとかの会っ!!
わたくし達親子の間を、なんともいえない雰囲気が漂ったので、そうそうに部屋を辞することにした。
★★★
翌週、母とティナリアは一足先に領地へと出発した。
二人とも最後までわたくしに後からでも来るように言ったが、わたくしは首を横に振り続けた。
「ちゃんと迎える用意をして待っていますからね!」
動き出した馬車からも、母は最後までねばっていたので、わたくしは微笑んで手を振り見送った。
馬車が門を過ぎ、町中へと向かって見えなくなってから、わたくしは少しホッとして肩の力を抜く。
「シャーリーお嬢様、空が曇って参りました。中へお入りを」
アンに言われ、うっすらと黒いものが混じった薄雲が広がっているのを見る。
「雨にならないといいのだけど」
母とティナリアの行く先と、これから会いに来てくれるマニエ様を心配する。
「それなら庭師のロン爺に腰の具合を聞いてまいります。ロン爺の腰痛は数時間先の雨にすら反応するそうですから」
クスクスと笑いながらアンが言うので、わたくしもその話を思い出して微笑む。
「そうね。我が家にはロン爺がいたわね。そういえばアンバーはちゃんと手伝っているのかしら」
「そちらも確認しておきます」
そうして確認してもらったロン爺の腰痛予報は大丈夫、とのことだった。ちなみにアンバーについては「良くしゃべり、よく働いております」とまさかの好印象。
ええ、でもわたくしは信じていませんけど。
★★★
薄曇りの中、オレンジのドレスに白い温かそうな厚みのあるショールを羽織ったマニエ様が来てくださった。
室内のサロンで色づく庭を眺めつつ、お互いに体調を気遣う挨拶を交わす。
「サイラス様との噂もだけど、もう一つおかしな噂が出ているようね。
そうそう、これはちょっとした世話話だけど、リベア伯爵が青いものを奥様に贈り続けているらしいわ」
マニエ様の前にアンがお茶を置くと、意味ありげに彼女を見上げる。
アンは黙っているが、わたくしは「お耳が早いですわね」とクスリと笑ってこの間のことを話した。
「まあ、そのくらいで許すなんて。あなたも丸くなったわね」
「これ以上話題を提供する必要はありませんでしたので。でも、リベア伯爵家からの話を突き返したばかりに、小物の業者が目障りでなりませんわ」
「ふふふ。いっそのことハートミル侯爵家へ売った、とでもしたらどう? あそこならおいそれと手を出せないでしょうし」
「セイド様が納得するわけありませんわ。レインが巻き込まれるようなことには、絶対に首を縦に振りませんもの。例えレインが泣き落とそうとしても、セイド様なら逆にレインを泣き落としそうですわ」
「それもそうね」
容易に想像できるのか、マニエ様はクスクスと笑う。
隅に控えていたアンに目配せし退出させると、わたくしは深くため息をつく。
「それに、ベルクマド公爵家のサリアナ様がうちにいらっしゃるそうですわ」
「あら、それも厄介ね」
「ええ、父も領地に出発できませんし、かと言ってお断りもできませんので」
「そうじゃないわ」
やや強めに言葉を遮られ、わたくしは「え?」と顔を上げマニエ様を見る。
マニエ様は笑みを消してまっすぐにわたくしを見ていた。
「ベルクマド公爵は学者としても有名だけど、希少動物の保護活動にも積極的な方。あなたの噂を丸呑みするような方ではないと思うけど、ウィコットについては何かしら言ってくると思うわ」
「そういえばサリアナ様は、ライアン様のおかげでウィコットが大変お好きなようでした」
「厄介ごと皇太子殿下はあちこちで厄介ごとの種をまいてくるのね。その発芽率が恐ろしいわ」
呆れたようにマニエ様は「はぁっ」とわざとため息をつき、手元のバックを引き寄せる。
「災難続きの中申し訳ないけど、あなたに渡すように頼まれたものがあるの」
そう言ってマニエ様がバッグの中から一通の封筒を取り出して、すっと指で流すようにテーブルに置く。
レースの模様で囲まれ、いかにも『招待状』と思わしき封筒を見て、わたくしは思わず眉間に皺を寄せそのままマニエ様へ顔を上げる。
「ごめんなさいね。ちょっと借りがある方から頼まれてしまったの。渡すだけ、というお約束だから強制力はないわ」
いつものようににっこり微笑むマニエ様を見て、無言で封筒を手に取ると、そのままペーパーナイフも使わずビリビリと破る。
「あらあら」と楽しげなマニエ様の声が聞こえたけど、どうせ捨てるだけになるものだもの、と気にせず文面に目を通す。
私的な夜会の招待状だったが、無視できない相手の名を見つけて、わたくしは更に眉間の皺を深くする。
「……エディーナからではありませんか」
「ええ、我が国の四大公爵の一つ、ワーゴット公爵のお嬢様からよ。――そして、あなたのライバルね」
「ライバルもなにも、あちらが絡んでくるだけです」
気の強い同じ顔系統の王道お嬢様を思い出し、思わず目を手で覆ってしまう。
最初は親達の交流会の場で出会ったのだけど、あちらは公爵。わたくしは中の中である伯爵家。彼女の周りは公爵家と、上位伯爵家の出である子ども達に囲まれていた。
そんな中やはり当時から「とっつきにくそう」と外見で判断されていたわたくしへ、エディーナが単身声をかけてきたのがそもそもの始まり。まあ、単身といっても、遠巻きに取り巻きの子どもが見ていたけど。
あんまり覚えていないけど、とりあえず取り巻きにならなかったせいか、エディーナはことあるごとにわたくしに絡んでくるようになった。
最後に絡んできたのは――ああ、あの最初の婚約の時。
毎日泣いていたわたくしの前に、いきなり現れてその醜態を見られた。
『あんなハゲデブに屈するなんて、あなたそれでもわたくしのライバルなの!?』
いえ、ライバルじゃありませんし。
そう言いたかったけど、わたくしも驚いていた。だって、
――エディーナが泣いていたんですもの。
それっきり彼女はわたくしに絡むことはなくなった。
何度か出た夜会で彼女を見かけたりしたが、お互い目も合わせないまま視界に映る『その他大勢』になった。
それが、なぜ今?
「エディーナ様ね、ご婚約されたのよ」
「え?」
顔から手を離して目を開けると、マニエ様がゆっくりとお茶を飲んでいた。
「いろいろあってまだ公になっていないけど、婚約発表前に親しい方にはご挨拶したいということで開かれる会なの。書いてあるように親しい女性だけ、を呼んであるわ」
「親しくなんてありませんわ」
ややムッとして言い返すと、マニエ様は「そうね」とだけ言う。
「でも、会って損はないと思うわ。あちらはあなたが思っている以上に、あなたのことが気になっているみたいだし」
「どうせ噂をネタにうるさく言うのでしょうね」
ポイッと招待状をテーブルに投げると、マニエ様は意味ありげに微笑んだ。
「マニエ様も行かれますの?」
「ええ、もちろん。繋いでおいて損はないご縁だし」
まあ、マニエ様と一緒なら行ってもいいわね。きっと父もうなずく。
……って、まるで弱弱しい気持ちになっているんじゃないわよ!? 話し相手がいるから安心って意味よ! しっかりしなさい、シャナリーゼッ!!
読んでいただきありがとうございます。
そして、ご評価ありがとうございます。
あ、今日はハロウィーンですね。かぼちゃ料理は当時に食べるものだと教わっていましたが、いまじゃ当時よりハロウィンのほうが食べられるんでは?
と、おもったら、あの大きなカボチャは食べてもおいしくない観賞用らしいです。近所のディスカウントで一抱えもある大きなものが1200~1500円で売ってました。
買いませんでした。
しかたないから、パプリカ3個買ってきて、彫刻刀でくり抜きました。
我が家はこれで よし!!




