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勘違いなさらないでっ! 【52話】

 すべりこみセーフ!!



 不本意な噂をティナリアが聞いてきてからわずか二日後、事件が起きる。


「お嬢様、今よろしいでしょうか」

「ええ。なにかしら」

 なにやら言いにくそうな執事を見て、わたくしも訝しげに口を閉じる。

「リベア伯爵夫人がお見えでございます。ぜひお嬢様とお話がしたい、と申されておいでなのです」

「わたくしに?」

 リベア伯爵夫人、と聞いてすぐに顔は浮かばなかった。

 同格の伯爵家と言えどいろいろ力関係もあるし、それなりの数がいる。

「お約束はなかったはずよね?」

 急な訪問とはよっぽどの急用なのだろう。そうでなければ、上位階級や親交の深い家同士

ならともかく、急な訪問は失礼にあたいする。

 

リベア伯爵夫人……。そうねぇ、リベア伯爵の顔は思い出したわ。その妻が何の用かしら? 彼女とは何も接点がないのだけど。

 

 四年前、夜会で会うたびに、そばに寄って来ては一方的に語っていた相手を思い出す。 

 最後は求婚までされたけど、今まで黙って聞き役立ったわたくしが、膨大なストレスの数々を口に出した途端消えた彼。そのすぐ後に仕事関係で男爵令嬢と結婚したと聞いたわね。

 もともと地方の小さな領地を持つ、うちよりずいぶん小さな伯爵家。装飾品の貿易を行っているらしく、王都にも一つか二つ店があるのだと聞いたことがある。

「いいわ、応接室へお通しして。すぐ行くわ」

「かしこまりました」

 執事が出て行くと、わたくしは三面鏡の前に座る。

「お嬢様、大丈夫でございますか?」

 不安そうにお化粧直しをしてくれるアンに、わたくしは微笑む。

「心配することはないわよ、アン。知らないうちに恨まれているなんて、今までも何度もあったことよ」

「……」

 アンは何とも言えない表情で口をつぐみ、黙々とお化粧直しを続けた。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 応接室には、黄色のドレスに茶色のレースをふんだんに付け、左胸には大きなしずく型の黄色い宝石のブローチ。頭には高く結い上げた髪に、大きな羽の付いた小さな帽子をかぶった女性が座っていた。膝の上に重ねられた手には、羽の付いた扇が握られており、指にもいくつもの宝石の付いた指輪が光っている。

 年の頃は二十代半ばくらい。目の周りを強調する濃い化粧をしており、わたくしには上品さに憧れて失敗した女性、にしか見えない。

 立ち上がった彼女の前で、わたくしは挨拶をする。

「お待たせいたしました。急なお越しで驚きましたわ」

「ええ、とてもいいお話をお持ちしましたの!」

 わたくしの嫌味をかわしたのか、気づかなかったのか、リベア伯爵夫人は興奮気味に話し出す。

「夫がジロンド伯爵様にお話しすると申しておりましたが、なかなか動かないのでわたくしが参りましたの。きっとご満足いただけることでしょう!」

 なにがそんなに嬉しいのか、リベア伯爵夫人の笑顔が止まらない。

 そんな彼女に、わたくしはにこりともせず口を開く。

「父にするはずのお話を、先に聞くわけには参りませんわ」

 どんなにいい話でも、順序と言うものがある。それをすっかり忘れているらしい彼女に、遠まわしに「お帰り下さい」と言ったつもり。

 ところが彼女はニコニコと笑顔を深める。

「いえいえ、こういったお話は急いだ方がいいのですわ。きっとこれからも、同じようなお話が多く舞い込んでくると思いますの。それに、最終的にはシャナリーゼ様に関わるお話ですし」

「わたくしに?」

「ええ!」

 妙に親しげに笑顔を向けるリベア伯爵夫人は、どうも交渉の場に慣れているみたい。夫とともに商談の場に立つこともあるのかもしれない。だが、約束乗せず妻一人がやってくるのはいかがなものかしら。

 少なくとも、初対面である家に対しては非礼とも言える。

 そんな非礼を覆すほどの良い話、ということなのかしら。わたくし、ちっとも興味がないのだけど。

「……まずはお座りくださいませ」

「まあ、わたくしったら、つい」

 ほほほ、と笑って遠慮なく座る彼女の向かいにわたくしも座る。

「わたくしアマリア・リベアと申します。今日を境に良き関係となれますよう努力いたしますわ」

 二度とごめんだわ、と思いつつ無言で軽く頭を下げる。

 本当は返答しなきゃいけないのだろうけど、アマリア夫人はご自分のことで精いっぱいみたい。お茶が届くより先に本題を口にした。

「シャナリーゼ様はとても希少価値の高い、ウィコットを二匹もお持ちだとお伺いしました」

「ええ。サイラス王子からの贈り物ですの」

 ウィコット、と聞いて思わずサイラスの名を告げて牽制をかける。

「ええ、もちろんお伺いしておりますわ。サイラス王子殿下のお墨付きのそのウィコットですが、さらに希少な黒色をお持ちだとか」

 あら、クロヨンったら希少色だったのね。

「……だとしたらなんですの?」

 あからさまに不快さをにじませるが、アマリア夫人は特に焦ることもなく微笑む。

「心中お察ししますわ。さぞかしお心が傷つかれておりますのに、思い出の『品』が手元にあっては傷も癒されません。しかもすぐに手離せるものでもないものですし」

「……ああ、例の噂ですか。別になんともありませんわ」

 ああ、この人も例の噂を聞きつけてきたのね、とようやくアマリア夫人の早急な訪問に合点が行く。

 だけどね、このままこの場に居続けて話し続けると言うことは、わたくしの怒りだけ。

「まあ、さすが名高いシャナリーゼ様。ですが、こうしてわたくしが参りましたのは、他のどの宝石類を処分されましても、ぜひウィコットだけは当家にお売り(・・・)くださいませ、とお願いにあがりましたのです」

 鼻息荒くまくし立てたアマリアの前で、わたくしはスゥッと全身からすべての感情が引いていく。


 やはり彼女は、最悪な話を持ってきたのだ。


 そんなわたくしの前で、何の変化にも気がつかず自分の夢を語り出すアマリア夫人を、わたくしはどこか遠くから聞こえる耳障りな雑音のように受け流す。

「わたくしどもは良質な品をそろえておりますが、やはり王城御用達の品を取り扱う店にはすげなくされておりますの。もちろん、品質には自信があります。でもやはり、これこそはっという、何か大きな品を持って商談に入りませんと、なかなか相手も首を縦に振りません。

 そこで、シャナリーゼ様が持て余しているウィコットのお話を聞いたのですわ。まだ小さな子どもとお聞きしましたが、国外に滅多に出ないウィコットの毛を使った品、しかも子どもの柔らかい毛は超一級品です。ぜひとも当家にて飼育し、限定品として生産していきたいと思っております。

 ところでウィコットはオスとメスですか? それなら繁殖も期待できるのですが」

 一気に言い切ったあとで、ふとアマリアは首を傾げる。

「シャナリーゼ様?」

 やっと気がついたかと思えば、アマリアは別にとらえたらしい。

 ポンとわざとらしく両手を叩いて、にっこりと微笑む。

「ご安心くださいませ。シャナリーゼ様のご依頼には優先的にお受けいたしますわ。それに金額のほうも、当家としてはずいぶん頑張りましたの」

 いかがでしょう、とアマリアは手提げバックの中から金額の書かれた書類を出して、テーブルにそっと置く。

 そして期待を込めて、テーブルの隅にあったペンを引き寄せる。

「当家もウィコットについて勉強を始めております。病気になった場合などは、すみやかにイズーリ国へ運ぶ手筈も検討中です。ですからご安心してくださいませ」

「……」

 わたくしは書類を見ようともせず、ただ場の雰囲気を読めないほど高揚した哀れでバカな女を風景のように視界にとらえていた。

「? シャナリーゼ様」

 一向にサインをしないわたくしに焦れたのか、ややぎこちなく微笑みを継続してアマリアが急かすように身じろぎする。

 と、そこへドアがノックされ、わたくしが返事をしなくても来客中ということでドアを開いてアンがワゴンを押して入ってきた。

 アマリア夫人はアンが入ってきたことで、ややムッとしつつ姿勢を正すが、アンは部屋に入るなりサッと顔色を変える。

 ワゴンを押して近づき、そつなくお茶の準備を整えると黙ってわたくしの後方へと下がった。

 そんなアンにアマリアは目を細める。

「わたくし達は大事な話の最中なの。お下がり」

 だが、アンは無視する。

 そんなアンの態度に、またもアマリアが口を開こうとした時。

「夫人、あなたのためにもあの子はいたほうがよろしくてよ」

「え?」

 淡々と告げた後、意味が分からないアマリアを無視してお茶を一口飲む。

「ずいぶん急な話で驚きましたわ。どなたがわたくしがあの子達を手放すとおっしゃっているのか、ぜひとも教えて頂きたいものですわ」

「そうですわね。男女の仲も急な話がつきものですが、やはり女のカンといいますか、終わった恋の産物は新しい恋の邪魔になりますもの。お話がでてからでは、シャナリーゼ様にお会いできるのが遅くなると思いまして」

 誠意を見せたのですわ、とでも言いたげに胸を張る。


 ――ああ、この女の顔をひっかいてやりたいわ。あのピンヒールで踏みつけて、そのよく動く口を塞いであげたい。


 でも、アンがいるわね。

 わたくしの後ろでいつでも飛び出せるように心得ているだろうアンに、そっと心の中で「ありがとう。騒ぎを起こさなくて済みそうよ」とつぶやく。


 だけど、このまま「お帰り下さい」だけじゃ気がすまないわ。

 心をえぐるような、それでいてしばらく仕事の話どころか口が動かなくなるようなことをしたいわね。


 わたくしはお茶を置くと、行儀が悪いが、アマリアの左胸のブローチを指差す。

 ハッとしたように、アマリアは自分の胸元へ視線を落とす。

「そのブローチですけど」

「え、ええ。これは夫がわたくしに求婚してくれた時に頂いたものですの!」

「そう。なるほど、ね」

 にたりと意地悪な笑みをわざとこぼすと、アマリアの笑みがようやく止まる。

 ふふっと指を口元に近づけて笑い、憐れみを込めて目を細めアマリアを見る。

「シャナリーゼ様?」

 急な態度の変化に、アマリアが少し戸惑う。

「いえ。なんでもありませんの。ただ、どうしてあなたがそんなに一生懸命なのか、ずっと気になっていましたの。でもようやく理解できました」

「まあ、それではお譲り下さいますのね!?」

 戸惑った顔を一新させ、アマリアが手を叩かんばかりに喜ぶ。


 さあ、その顔を凍らせてあげるわ。


 わたくしは目を閉じ、ゆっくりと首を左右に振る。

「残念ですけど、わたくしまだ飽きていないのよね。――あなたの旦那様のように」

「え?」

 手を胸の前で合わせたまま、アマリアは意味が分からないと固まる。

 わたくしはそんなアマリアをじっくり観察し、右の手の甲で口元を隠すように引き寄せ、さっきと同じ意地悪い笑みを浮かべる。

「リベア伯爵といえば、お年の割にお若い外見をお持ちで、背も高くありませんがとても多辯でいらっしゃいますわね。そのブローチですけど、わたくし同じものを差し出されて、自らを『リベア伯爵家当主』と名乗った方に求婚されたことがございますの」

「!」

 アマリアの目が大きく見開かれる。

「その時言われましたのよ。『君の瞳と同じイエロートパーズを探してきた』と、ね。確かにすばらしい逸品でしたけど、お断りさせていただきましたの」

 明日の天気でも口にするかのように言えば、アマリアの顔色は青くなっており、震える右手でブローチを握りしめている。

「ふ、ふふふ。嫌ですわシャナリーゼ様。似たような宝飾品なら、いくらでもありますでしょう?」

 強張った笑みを浮かべるアマリアに、わたくしは小さくうなずく。

「そうですわね。シンプルなデザインですから、いくらでもありますわね」

「そうですわ!」

 叫ぶように吐き出し自分を安心させようとしたアマリアに、わたくしは容赦なくトドメを刺す。

青い目(・・・)の奥様のブローチの裏に『愛をささげる』と彫ってあったとしても、それはよくあることですものねぇ」

「!」

 今度こそアマリアは声を失った。

 泣きそうな顔にひきつった口元、そして力一杯握りしめたブローチ。

 そんなアマリアを前に、わたくしはまたお茶に手を伸ばして一口飲む。

 残ったお茶が揺れるのを見ながら、わたくしはつぶやく。

「男といい、ウィコットといい、どうやらわたくしのお下がりが大好きなようだけど。あなたわたくしのファンなのかしら? どうでもいいけど、あなたの旦那様のような短い付き合いで手放す気はないの」

「……お、夫ときまったわけじゃ……」

 ない、とでも言いたいのだろうけど、否定する要素が彼女の中には無いらしい。

 だったら、否定要素を探す必要がないくらいにしてあげる。

「わたくしの知っている自称リベア伯爵は――左の鎖骨下に痣がありますのよ」

 そう言い終えるか否かのタイミングで、アマリアは弾かれるように立ち上がった。

 ゆっくり目線を剥ければ、うつむいて顔色をうかがうことはできない。

「まあ、どうなされたの?」

「失礼させていただきます!」

 怒り交じりの涙声でアマリアは叫ぶと、バッグを掴んで足早に部屋を出て行く。

 わたくしがソーサーにカップを置く頃には、部屋のドアが乱暴に閉められた。


 プッチィとクロヨンを商品にしようとした女だもの。このくらい当然だわ。それにしてもリベア伯爵。使いまわしは良くなくってよ。


 リベア伯爵についてはそこまでで、わたくしはアマリアが最初に言っていた言葉を思い出す。

 確か「同じようなお話が多く舞い込んでくる」と、言っていた。

 先ほどアマリアが嬉々として語っていたように、ウィコットはイズーリ国の固有種で、とても希少な動物。貴族で所有しているのも珍しいと思う。

 そんな希少な動物が、さして大きな権力もない伯爵家にいるとなれば、欲しいというバカどもが押し寄せても仕方がないことかもしれない。

 今までそんなことがなかったのは、イズーリ国の第三王子であるサイラスがジロンド家に滞在したりして、それとなく周りをけん制していたせいなのだろう。


 ――悔しいけど、サイラスの持つネームバリューは絶大だわ。


 ギュッと右手の拳に力を入れて立ち上がる。

「……あの子達の部屋に行くわ」

「すぐ参ります」

 アンは素早くお茶を片付けだす。

 部屋を出ようとしたら、ノックをして執事がドアを開けた。

「お嬢様」

 わたくしの顔を見て、執事が顔を曇らせる。

「……さっきの人ね、プッチィ達を売れって言ってきたのよ。限定品を作りたいんですって」

「なんと!」

「泣いていたかしら? 二度と来ないと思うけど」

「それはもう、どうされたのかと思いました。ですが、これは旦那様に申し上げ、リベア伯爵家に抗議すべきです!」

 ウィコットの可愛さに執事を始め、ジロンド家の家人全員が骨抜きになっている。特にプッチィのちょっとマヌケなところと、クロヨンのちょっと遠慮する態度。ちなみに執事はクロヨン派。

「サイラスの影が消えた途端コレですものね。これからも続くかもしれないわ」

「お嬢様……」

 悲しげにわたくしを見る執事に、わたくしはクスリと微笑む。

「大丈夫。わたくし気にしてないわ。それよりもプッチィ達を守らないと。お父様がお戻りになったら、お時間が欲しいと言っていたと伝えてちょうだい。わたくしは部屋にいるわ」

「かしこまりました」

 頭を下げた執事の前を通り過ぎ、わたくしは部屋へと戻る前にプッチィ達の部屋へ行く。


 ドアを開くと、いつもと変わらずクッションにかみついてヤンチャぶりを発揮しているプッチィと、ボールを片手でつついているクロヨンがいた。

 二匹ともすぐに気づいて、わたくしを見て元気に鳴く。

「「みゅぅうう!」」


 ああっ! なんてかわいいのかしらっ!!

 何度見ても心臓を射抜かれるような愛らしさ、そしてすぐさま抱きしめたくなるモフモフ加減!!


 キュンと心を鷲掴みにされ、さっき聞いたバカげた言葉もどこかに吹き飛びそうになるけど、この子達にとって我が家が安全ではないかもしれないという恐怖も蘇る。

 

 ――あの腹黒真っ黒突進型バカ王子のサイラスめ! わたくしに求婚する時も突然なら、サヨナラする時も突然なんて……いい度胸しているじゃない。

 こうなったら、なにがなんでも守ってやるんだから!!


 読んでいただきありがとうございます!


 週一なにかを更新するぞ! でようやく今日更新。

 九州はまだ夏日ですが(27度とか29度とか……)、どうか皆さん体調に気を付けてくださいね。


 ハロウィーンですね!!

 去年生まれて初めてTDL行きまして、ハロウィーン仕様のランドではしゃぎました。ええ、家族で!!

 

 さて、これからプッチィ達をめぐってちょっとイライラしっぱなしのシャナリーゼが続きます。

 ええ、怒りの矛先のサイラスは――一応言われた通りに頑張っていると思いますよ。たぶん。


 サイラス会いたいなって方は、全編がっつりでている書籍③巻をどうぞ!!

 では、また!!

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