勘違いなさらないでっ! 【51話】
こんにちは!!
朝晩寒くなった~。
お屋敷のみんなが妙に浮かれた、あのパーティーから二日。
わたくしは涼しい風に吹かれながら、バルコニーから敷地を取り囲む高い塀の見えない向こう側を見るようにぼおっと座って眺めていた。
わたくしがいるバルコニーの部屋ではメイドがせっせと干したクッションを片付けており、その様子を見てアシャン様が帰国したのだと、なぜかぼんやり思い出していた。
――そう、サイラスも。
予想以上に盛り上がったパーティーは、夜遅くまで続いた。
そして予定では昼前には我が家を出てお城へ向かうはずが、アシャン様がぐっすり寝込んで起きないという、ちょっとした事件が起きた。
『一度ライアン達にも挨拶に行かねばならないんだが。まあ、まだ時間はある』
妙な気をきかせた両親やティナリアのせいで、二人で待つことになったのだけど、たいした会話もなかったわ。
いつものように買い言葉に売り言葉。口を開けば皮肉と意地悪しか、お互い出てこないみたい。
『またしばらく会えないと言うのに、お前はどうしてそうなんだ?』
『たかがニ、三日の距離じゃない。王都同士近過ぎだもの、何を言えと言うの。ああ、そうそう。わたくし近いうちに領地に行くから、そういった意味ではここで会うのは最後ね』
『ジロンド家の領地、か。ここからさらに西だな。四、五日かかるらしいな』
『田舎ですもの。雪も積もるし、あなたは忙しいから来られないでしょうね』
『来て欲しいのか?』
ニヤニヤ笑いだしたので、わたくしは思いっきり眉間に皺を寄せる。
『そんなわけないでしょ。来年の初夏までごきげんよう』
『……ひどいな、お前』
この時ほど我が家の領地が遠い田舎で良かった、と思ったことはなかったわ。
サイラスはわざとらしく残念そうにため息をつくと、ひょいと肩をすくめた。
『まあ、王都より田舎がいいだろうな。面倒事は俺が引き受けるから、ゆーっくりしているといい』
『そうね。あなたの面倒事なんてまっぴらだわ』
しっしと追い払うように手を振ってやると、サイラスが今度は素でため息をついた。
『……お前がOKしてくれれば、簡単にすみそうな話なのにな』
『聞こえないわ』
ツンと顔をそむけると、また大きくため息をついたみたい。
それからもやはりたわいもない話ばかりで、何事もなくサイラスとアシャン様ご一行は我が家を後にした。
――いえ、正しくは一人を除いて。
「あ、いたいた、シャナリーゼ様」
メイドが風通しのために開けておいた部屋の入り口から、ノックもなしに遠慮なく入ってくる――アンバー。
そう。サイラスが帰ったというのに、アンバーはいまだに我が家にいる。
「もう、聞いてくださいよ」
「お兄様が剣の稽古をつけてくれない、と言う話なら聞き飽きたわ」
なんて『お荷物』を残していったのかしら。
うんざりした顔を向けると、バルコニー近くの窓の内側で首を横に振る。
「違いますよ。ティナリアお嬢様から『ねえ、ちょっとこれを来て下さらない?』て、半ズボン渡されるんですよぉ~」
ティナリアのマネをしながら言いつつ、最後はがっくりと膝をつく。
「いいんじゃない? わたくしは帰れと言うのに」
「だーかーらー、俺は軍を辞めたって言ったじゃないですか」
「どうかしらね」
フンッと鼻であしらってやれば、またまたわざとらしく「そんな~」とがっくりと頭を落とす。
サイラスが出発した時にアンバーの姿はなかった。
で、少し時間が経ってから、ひょっこりと現れたのだ。――庭師と一緒に草刈りしながら。
驚いて呼べば、笑顔で、
『あ、俺、軍辞めたんです。やっぱ兵士って柄じゃないし。実家が宿屋で生きていたらそのうち継ごうかって思っていたんで。でも、せっかくライルラドに行けるって話があったんで、辞めるのを先延ばしにしていたんです』
『は!?』
『で、それを隊長と王子殿下に伝えたら、受理はしてくれたんです。でも、軍に属さない者の旅費は出せないって、置いて行かれたんですよねぇ~』
『はぁああ!?』
この時は、さすがに開いた口がふさがらなかった。
そんなわたくしを前に、アンバーはへらへら笑いながら続ける。
『いきなり辞める俺も悪いですけど、やはりもうちょっと観光したいと思いまして。ただ、慰労金のは後日算定らしく、前金でもらいなかったんですよね。手持ちもそこまでないしどうしよっかなぁ~、と考えていたら、こちらの旦那様が拾ってくださって』
『旦那様って、お父様!?』
うなずくアンバーを見た次の瞬間、わたくしは父の行方を捜してお屋敷の中を走り出した。
そしてやっと見つけた父に問い詰める。
『アンバーを拾ったって、どういうことですのお父様!』
『ん? ああ、路銀がないということだったんで、知らぬ中でもないからと渡そうとしたんだがな、労働で対価を払いたいと言うので一時的に雇うことにしたのだよ』
『雇う!? サイラスの指図で残っているのかもしれないのに!?』
『だとして、何も困ることはないだろう。彼は護衛として見回りもお願いしている』
『そんなにメデルデア国を警戒なさっているのなら、お父様からもサイラスへバカげた求婚を止めるように言ってくださいませ!!』
『メデルデア? 何かあったのか?』
普通に首を傾げる父を見て、わたくしはしばらく考えてから、あの夜会での出来事を話した。
父は腕を組みながら考えると、小さくうなずく。
『やはり彼にはいてもらおう』
『お父様!』
『たとえお前が嫌がっても、お前の命や家族の安全を守るためになら、いくらでも受け入れよう』
家族の安全、と言われ、わたくしは反撃することができなかった。
だから、適当にあしらうことにしている。
「あなた一人で、わたくしが止められると思っているのかしら。もしあっちが出てきたら、それ相応のことはやらせてもらうわよ」
じろっと睨む。
「あ、いえ、ですから。俺ってばそういうのと全然、本当に関係なくてですね……」
弱弱しく笑いつつ、話の途中で「まあ、いいや」と止めてしまう。
まあ、何を言われてもアンバーに対する疑惑は残るだけだけど。
★★★
そんな感じでアンバーが残ってしまったが、わたくしの周りは比較的穏やかだった。
母は領地に帰る準備と、あいさつ回りのお茶会の出席に忙しく、ティナリアも母に連れられて人脈作りの渦の中へ巻き込まれている。
わたくしはお屋敷でのんびり過ごし、たまに届けられるレインやイリスからの手紙読んで返して、と暇を持て余していた。
そして肌寒い風が弱く吹く、ある日の夕方。
プッチィ達を膝の上に乗せて、カウチにゆったりと座ってなでていたところへ、ティナリアが顔色を変えて飛び込んできた。
「お姉様!」
急な大声に、プッチィ達がビクッとして爪を立てる。
「どうしたの、ティナリア」
大丈夫よ、と二匹をなでてから顔を向けると、そこには入り口に立ったままオロオロするティナリアがいた。
「ティナ? 何かあったの?」
レインの嫁ぎ先であるハートミル侯爵家のお茶会に出席していたはず、とティナリアの予定を思い出して眉を寄せる。
ハートミル侯爵家とは表だって仲良くはできないけど、お茶会に呼ばれる間柄で、レインがティナリアをかわいがっていると認識されている。だから嫌がらせやらなど心配していなかったのに……。
「お茶会で何か言われたの? それともされたの?」
「い、いいぇ……」
弱弱しく答えるティナリアに、わたくしはますますいぶかしむ。
「でもなにかあったのでしょう?」
「え、えぇ……」
それには素直にうなずくと、両手をぎゅっと胸の前で握りしめて今にも泣きそうな顔になる。
「お姉様……」
「なぁに?」
やっぱり何かされたのね、とわたくしは確信を持ってうなずく。
が、それはあっけなく崩れる。
「お姉様が……サイラス様に捨てられたって」
たっぷりの沈黙の後、わたくしが出せたのは、一言。
「……は?」
目が点になる、とはこのことね。
とうとう、ティナリアの大きな瞳が涙で潤みだす。
「わ、わたくし……も、お母様も驚いてしまって。……でも、アーマンド侯爵家の方が、イズーリ王室がメデルデア国のお姫様をお迎えしているっお話くださって。そ、それで、イズーリ王室の独身の王子はサイラス様だけだからって……わたくし、は、初めて聞いて……」
わぁっと両手で顔を覆って泣き出す。
――まあ、だれがいつ捨てられた、ですって?
無意識のうちに、つぅっと口角が上がる。
にっこり微笑んだままのわたくしの膝から、そそくさとプッチィとクロヨンが降りる。
とっても賢いわ、うちの子。ふふふっ……。
「……そうだわ。わたくし用事を思い出したわ」
ビクッとティナリアが反応して、こくこくとうなずく。
「い……いってらっしゃいませ、お、お姉様」
「ええ。またあとでね」
ふふふっと笑顔を絶やさぬまま部屋を出て、
――ついた先は(すごく久々な)室内鍛練室。またの名を、ジロンド家(父とお兄様とわたくし)の気分転換室。
無意識にやってきたのだけど、この妙な気分を晴らすにはやはりコレしかないわね。
★★★
――! ――!!
わたくしは無心で一心不乱にサンドバックを殴りつけ、最後に回し蹴りをドカッと一発決めてから、やっと動きを止める。
「はぁっ、はぁっ……」
グラグラに揺れるサンドバックが視界に映るが、わたくしの意識はそこにない。
両手にはめていた保護具を外し、床に叩きつける。
……確かに『片付けて』とは言ったわ。
でもまあ、ここまで大っぴらにして、あまつさえわたくしの評価まで蹴落とすなんて! あの男は一体何を考えているのかしら!?
そもそも、なぜにわたくしがサイラスに『捨てられ』ているの!? 逆でしょ、逆! どう考えてもわたくしに『捨てられ』たのよ、サイラスはっ!!
これも王族だからって思い込みからなのかしら、本っ当に腹が立つわ!!
わたくしは一度床をダンッ! と力強く踏みつけ、サンドバックをにらみつける。
「覚えてらっしゃい、サイラス。今度会った時は、その顔、この爪でひっかいてやるわ!!」
今は短い爪を延ばして尖らせておこう、と誓った。
そしてこの後すぐ、半泣き状態で取り乱す母から呼び出されて泣きつかれる。
「シャナリーゼ! あなたがグズグズしているから、ぽっと出てきた鎖国の姫にサイラス様を取られるのです!! いくらサイラス様のお心があなたにあるからって言っても、あの方は王族。いざとなれば国の利益を優先させられるのはわかっていたのではないの!?」
「お母様。落ち着いて」
「お、落ち着いていられますかっ! む、娘がもう嫁げないかもというのに!!」
「大変好都合ですわ」
メイド達がオロオロと見守る中わたくしが微笑むと、一瞬母の動きが止まり、両手で顔を覆って声を上げて泣き出す。
「ああ! 全部あのデブハゲ臭い三大汚物侯爵のせいだわっ!!」
普段なら絶対言わないだろう言葉を、ここぞとばかりに母は口にする。
「二度とあんな汚物どもに子どもを取られないようにと、必死で人脈を築いたというのに」
「ああ、そうですわ、お母様。噂ではわたくしが『捨てられた』となっているらしいですが、お母様の人脈を使って、わたくしが『捨てた』と訂正なさってくださいまし」
「おバカなこと言わないで、シャナリーゼっ!!」
顔を上げて涙で赤くなった目で、本気で怒って睨まれる。
「……サイラス様が王子でなくて、貴族の傍系であってもよかったのよ。あなたが『嫌悪感』を抱かず、素直なまま過ごせる方ならそれでよかったというのに。ここにきて、皆様が羨ましがる『王子』の称号が邪魔するなんて」
「やっとお分かりですの、お母様。あんな面倒なところにわたくしが嫁いでも火種にしかなりませんわ。これでしばらく噂の種になりますが、次の春には忘れられております」
「……あぁっ!」
もう一度母は泣き出してしまった。
そんな母の背をそっとなでて慰めつつ(そのたびに小言を言われ)、どこかぽっかり小さな空間が空いた心に気がつく。
――きっと、気のせいだわ。
読んでいただきありがとうございます。
なるだけ今書いているなにかしらを週一で更新していこうと思っています。




