勘違いなさらないでっ!【50話後半】
連休半ばにこんにちは!
マニエ様からは二つ返事で了承が来た。きっと艶やかに登場してくれるわね。
一方返事を戸惑ったのは、意外にもサイラスだった。
「……今日一日バタバタしているなとは思った」
手渡した招待状を手にしたまま、サイラスは戸惑っていた。
「なによ。迷惑だったかしら?」
ろくに食事もしないようにして母と二人で練り上げたというのに、とわたくしは不機嫌そうに胸の前で腕を組む。
「いや、そうじゃない。感謝する。ありがとう」
ふわっと表情を和らげ微笑んだサイラスに、一瞬うっと喉が詰まる。
「か、勘違いなさらないで。これはアシャン様のためよ。アシャン様がこれから王族としていろんな場に出られるだろうけど、おどろおどろしいことだけでなく、少しは楽しいこともある者だと知っていただくためのパーティーなの!」
「そうだな。何度か出た夜会ではすぐに袖に引っ込んでいたから、目は肥えていても楽しさなど経験したことがないだろう。
あれからちょっとアシャンと話したんだが、どうやらティナリアに触発されたらしい」
「え?」
思い出すように小さく笑うと、
「ティナリアが顔を紅潮させ、興奮して帰ってきたのを見たらしい。それで、自分にもあんな体験ができるのだろうかと。まあ、ようするに羨ましくなったんだろうな」
そう言ってパーティーへの出席を快諾した。
もったいつけちゃって、と心の中で悪態をついていると、何やら廊下が騒がしくなる。
「なにかしら?」
エージュもドアのほうを気にしていると、突然ノックもなしにバァーン! とドアが開く。
「に、に、に……兄様!」
顔をこわばらせ、髪を振り乱して飛び込んできたのはアシャン様。
パクパクさせた口でサイラスを呼ぶと、震える両手で皺のよった招待状を目の高さまで持ち上げる。
「も、もも……もらった」
「そうか」
「し、しゃ……母上殿に!」
「で、伯爵夫人はどうした?」
「!」
ハッとしてアシャン様は、今自分が飛び込んできたドアを勢いよく振り返る。
「お……置いてきた」
「今すぐ戻って礼を述べてこい。さもなくばこのパーティーには出席させないぞ」
「!!」
アシャン様の目が大きく見開かれ、慌てた様子で再びかけ出して行った。
サイラスが「やれやれ」と右手で頭を抱える。
「もう少し慣れさせる必要がありそうだ」
その言葉に、エージュも微笑んでうなずく。
「そういえば、あなたの左手はまだ治らないの?」
足は仮病だったが、左腕はまだギプスがついたまま。
「しっかり折れたからな。まあ、もう少しだ。ちゃんと固定していないと、イズーリに帰った時の医師が激怒するからな。老体だし、怒鳴ると血圧が上がると泣くからうるさい」
きっと気心の知れた医師なのだろう。
エージュも「その通りです」と言わんばかりにうなずいている。
「とりあえず大急ぎで準備しているの。だからあちこちバタバタしているけど大目に見てちょうだいね。あと、アシャン様のドレスだけど、プレイジ伯爵夫人からお土産にいただいた絹を使って仕上げているから問題なくってよ」
わたくし達が帰宅して、すぐ母が手配していたあのドレスだ。
このパーティーの件を伝えた時も驚くことなく、そして手配自体がスムーズにおこなわれたことを考えると、母はあらかじめ同じようなことをしようとしていたのではないかしら。だから父に了承を得る前に手配を始め、父も先程あっさりうなずいたのかも。
「プレイジ伯爵夫人? ああ、ライルラドと隣接している領地のプレイジ伯か。うわさは聞いているぞ」
にやりと笑ったサイラスに、わたくしはツンと顔をそらす。
「別にねだったわけじゃないわ。お土産に、といただいたんだもの。それにこの絹でアシャン様のドレスを作るのだからいいじゃない」
「確かにそうだな」
「さ、用は済んだし。わたくし忙しいので失礼するわ」
まずは下準備だという、広間と中庭の飾り付けの様子を見に行かなくてはならない。
「あ、そうだわ。アシャン様のエスコートはあなたがして差し上げてね。お兄様にはティナリアを頼んであるの」
「お前は誰がエスコートするんだ?」
余った男性がいない、とサイラスが首を傾げる。
「あら、このパーティーは身内のアットホームなパーティーよ。形式にはこだわらないのよ。だからわたくしがマニエ様をエスコートするの」
「は!?」
「マニエ様はお客様ですもの。当然わたくしがエスコートするわ。一度やってみたかったのよね」
ふふっと笑って立ち上がると、唖然としているサイラスに軽く手を振る。
「じゃあね。かってに広間をのぞきにきたら絶交よ!」
そうクギをさして、わたくしはサイラスの部屋を出た。
わたくしが去った部屋で、サイラスがようやく息を吐く。
「……男装でもするつもりか、あいつ」
「いえ、普通に女性同士で、ということではないでしょうか。よろしいのではないですか。お相手はあのマニエ様ですし」
「ペアとしては一番ケンカを売りたくないやつだな。しかし、シャーリーはあいかわらず俺の予想の斜め上をいくな」
楽しげにククッと笑いだす。
「ああ、あいつが毎日そばにいてくれたらいいのに」
「三日で逃げられますよ」
「そうだな。まだまだこれからだし、それに……片付けておく芽もある」
笑いを止めたサイラスが言った『芽』が、しばらくしたのちにわたくしを巻き込むことになる。
◆◆◆
次の日は朝から大忙し。
アシャン様にはティナリアが付いてあれこれと世話を焼き、夕暮れとともに中庭に火が灯されてパーティーが始まった。
マニエ様は深い緑色の落ち着いたドレスに、大きな羽がついた髪飾りをつけて艶やかに登場。
両親が待つ広間へとわたくしとともに入場し、お兄様とティナリアが続く。そして最後にサイラスと、緊張した面持ちのアシャン様が入る。
なお、余談だけど。
「すげー面子。裏組織みてぇ」
ボソッと中庭で警護していたアンバーがつぶやいて、地獄耳のナリアネスから拳骨をくらい、やはり地獄耳のエージュが「減俸」とチェックしたらしい。
最初のダンスを両親が踊る。
「次はアシャン様ですわ」
そう声をかけると、せっかく場の雰囲気になれていた顔が盛大に曇る。
「……無理」
「そうはおっしゃいましても、この場は見知った者だけですから」
「そうだぞ。お前だって踊れるのにこの場で踊れないまま、あの派手ないつもの夜会でいきなり踊れるのか?」
サイラスの言葉に、アシャン様は口をきゅっと閉じて何事かを考える。
「勇気、いる。シャナリーゼ、踊って。……兄様と」
「!」
とんでもない要求に、ぱっちりと目を開いて固まってしまう。
サイラスと踊る!? 家族の前で!?
ムリです!! 絶対にムリですわ、ムリムリむ……
「……ダメか」
はぁっとため息をつき、悲しげに目を閉じる。
うっと一瞬心が痛むのは気のせいよ。だってわたくし悪くないもの。
なのに、なんでティナリアやお兄様まで「どうしてうなずかないんだ」と、ばかりにわたくしを見る。
そんなわたくしをあざ笑うかのように、横にいたマニエ様がにっこりと微笑む。
「まあ、すてきな提案ですわ。シャーリーはテンポが速い曲が得意ですのよ」
「まっ、マニエ様!?」
なにを、と止める間もなくアシャン様が目を輝かせる。
「そうか!」
「サイラス様も片手ですが踊れますわよね?」
今まで黙っていたサイラスにまで、マニエ様は確認を取る。
サイラスが返事をする前に、わたくしはマニエ様の腕をひっぱる。
「マニエ様、片手では……」
「あら、片手だけ繋いで踊る曲があるじゃない。ねえ、サイラス様」
もはやマニエ様はわたくしを無視して話をすすめる。
「……まあ、踊れないことはないが」
「はい、決まり」
「マニエ様!」
つい大きな声を出したせいで、周りの目が集まる。
再び言葉を詰まらせたわたくしに、マニエ様がそっと耳打ちする。
「シャーリー、せっかくのパーティーを台無しにしてはダメよ?」
悪魔のささやきを告げ、にっこり微笑むマニエ様に、
――イズーリ王妃様の影が重なった気がした。
「~~」
楽団に曲目をつたえに行くマニエ様の背中を見たまま、わたくしはただ茫然と立っていた。
そして、周囲が息を呑む気配がして、わたくしはようやく気がついた。
「!」
目の前にサイラスが立っていて、右手を差し出し少し腰を折っている。
「……」
戸惑うわたくしに、サイラスはいつもの腹黒い笑みではなく、本当に自然に微笑む。
「一曲、踊っていただけますか?」
わたくしは差し出されている手に視線を落とし、ゆっくりと深呼吸する。
一応わたくしはホスト側ということだし、場の雰囲気を壊さないためにもここは応じるべき……いえ、応じなくてはならないのよ!
「……ええ。一曲だけ」
条件を付けて渋々と手を出したわたくしを、サイラスは「では」と慣れた手つきでフロアへと引っ張っていく。
ああ……。後ろから感じるティナリアとアシャン様の温かい視線が――痛い。
ああ……。マニエ様の含みを持った笑みが――怖い。
か、勘違いなさらないでっ! これは場の雰囲気を壊さないための義務ですのっ!!
フロアに立ったわたくしとサイラスを見て、ハラハラしながら様子を見ていた父と母、それにお兄様もホッとした様子で笑みを浮かべている。
おかげでわたくしの今の気分は、なんといったらいいのかしら。ぐちゃぐちゃな気分。
~♪
水が小川に集まるように、緩やかな音楽が始まる。
この曲は最初から最後まで片手を繋いで、もう片方の手でいろいろ表現しなくてはならない。だけど、サイラスは片手だから――まあ、我が家のパーティーですもの。細かいところは気にしないわ。
曲は中盤から急速にテンポが速くなり、そのまま終盤を迎える。
サイラスが普通にわたくしの顔を直視してくるから、気になってしょうがなかった。
おかげでテンポが最高潮になるタイミングで、わずかにステップを間違えてしまう。
サイラスの足と当たってしまって、少しバランスを崩したものの、繋いでいた手にグッと力が入ってなんとか大きなミスにならずにすむ。
相変わらず余裕のサイラスは笑顔のままで、失敗したことが急に恥ずかしくなって顔が火照る。
本当に一曲だけ踊って戻ると、ティナリアやアシャン様に「すてきでしたわ!」と褒められたものの、恥ずかしくなってツンと顔をそむける。
「ふふふ。わたくしも踊ろうかしら」
フロアではゆったりした曲が流れると、マニエ様が有無言わさず近くで控えていたエージュを引っ張っていく。
戸惑いを隠せずあたふたするエージュを見て、おもわずサイラスと二人噴出した。
その後、アシャン様も「約束だ。練習するぞ」とサイラスに引っ張られて踊り、ティナリアもお兄様とわたくしと交互に踊って楽しそうだった。
二曲も踊ってやっと解放されたアシャン様に、わたくしは飲み物をさし出す。
「楽しいな。また、したい」
そうアシャン様は言って年齢より幼い満面の笑みを見せてくれたので、この日のパーティーは大成功だったみたい。良かった。
ええ、この日のパーティーは本当に楽しかったわ。
――二か月後に、そんなことを荒れた手を見ながらしみじみと思い出すなんて。この時は微塵も思っていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
ちょっと最後ネタバレ?
まあ、いいや。
体調はようやく回復し出しております。
抗生剤は効くね!!
③巻の感想もネタバレしない程度にいただき、本当にありがとうございます!
なんだか電子書籍の②巻がまたランクアップしているようです。嬉しい限りです。
上田「③巻どうですか?」
担当様「うん、頑張ってます!」
上田&担当様「www」←意味ありげな笑顔
……気になるぅうううううう!!
ではまた早いうちに更新させたいと、頑張ります!!




