勘違いなさらないでっ! 【49話】
③巻の発売日前にどうにか更新!!
6000文字越えでお届けwww
話の意図が見えずポカンとしているわたくしを置いて、サイラスは先を話し出す。
「王家直轄の牧場観光をライアンが許可してくれた。午後に出発して、今日は泊まりだな。明日は朝から牧場を観光し、戻ってくる。帰宅は夜だろう」
「ちょ、ちょっと待って! 急にそう言われても困るわ」
「どうせ暇だろう? あちこちの令嬢のようにお茶会巡りをしているわけでも、趣味に没頭しているわけでもないだろうし。あ、ウィコット連れて行っていいぞ」
ピクリ、とわたくしの心の中で何かが傾く。
プッチィ達と初めての旅行……。
なんて素敵な響き!!
グラグラ揺れ動きそうなわたくしに、アシャン様がじっとその大きな瞳が訴える。
「……シャナリーゼ」
そう呼んだっきり、アシャン様は黙り込む。
その代わり、スッと胸の高さまで両手を持ち上げ――その細い両手の指を、わきゃわきゃと曲げ伸ばす。
「……あ、アシャン様?」
その指の動きにやや引きながらもう一度名前を呼ぶと、アシャン様は動かし続ける自分の両手を見ながら、ぼそりとつぶやく。
「毛刈り……」
「「!」」
おもわずわたくしとアンが顔を引きつらせると、やれやれとサイラスがひざにひじをつく。
「アシャン、毛刈りが行われるのは春だ。今回はない」
「!」
一瞬アシャン様の目が大きく見開かれ、みるみる気落ちして沈み込む。
アシャン様、毛刈りを見るのが楽しみだったのかしら。
まあ、手際よく毛が刈られて、もこもこの毛がなくなって細い体が出てくるのは驚きだけど。でも見て物珍しいのも最初の二~三頭位よね。
がっかりしているアシャン様を見ていたら、サイラスにエージュが何やら耳打ちする。
それからサイラスはアシャン様を呼ぶ。
「アシャン、とりあえずお前の希望はわかっている。先方にも伝えているから、まあ、どうにかなるだろう」
「んっ」
最後に力強くわしゃっ! と両手を握りしめ、アシャン様はうなずいた。
そして、じぃっとわたくしを見つめる。
「……」
悪意なくじぃっと見つめるその瞳は、まるで小動物がおねだりするかのような期待が込められていた。
「……一緒、行こう」
まるで異性に告白するかのように、アシャン様は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
これで行かないなんて言ったら、わたくし鬼じゃないかしら。
……しかたないわ。プッチィ達も連れて行けるし。
「はい、ご一緒しますわ」
渋々ながらそう言うと、アシャン様はほんのり赤くなって笑った。
――その後ろでサイラスがニヤリと笑っていたので、とりあえず速攻で顔をそむけた。
勘違いなさらないでっ。わたくしアシャン様とプッチィ達のために行くんですのよ!
★★★
で、アシャン様とティナリア、そしてアンも連れて同じ馬車に乗って出かけることになった。あ、サイラスとは別ですわ。
護衛はナリアネスを筆頭としたお荷物三班。
わずらわしいことに、ティナリアに惚れこんでいるあの勘違い男・シーゼットがわたくし達の馬車を護衛している。休憩のたびに気遣うふりをしてティナリアに話しかけているのが、本っ当にイライラするわ。
わたくしの冷たい目線も気にならないらしく、ティナリアに「大丈夫ですわ」と断れら続けてもへこたれないらしい。
わたくし達の馬車のもう一人の護衛のアンバーは、苦笑しつつも面白いものを見るように遠巻きに楽しんでいる。
「アンバー」
なんでもないように、クロヨンを膝の上に載せてなでながら呼ぶ。
「はい、ご用ですか?」
「トキを呼んできて」
「え、はい」
首を傾げるアンバーだったが、トキをちゃんと連れて来た。
わたくしはトキに耳打ちし、首を傾げつつ「わかりました」とうなずかせてから、トキをティナリアのもとへ行かせた。
「あの、ティナリアお嬢様」
「あら、トキさん」
自然な笑顔を見せるティナリアと、シーゼットが声をかけた時には顔も上げなかったアシャン様も、今はちゃんとトキを見ている。
わたくしの視線は無視できても、ティナリアの目に見える態度は無視できなかったらしい。
自分の時に断っていたが、ティナリアはトキにはいくつか質問とお願いをした。
それを見て、シーゼットは少し離れたところでひどく落ち込む。
「ふふふ。いい気味ね」
にやりと笑うわたくしの近くで、アンバーが「ひでぇ」と言っていたけど気にしないわ。
◆◆◆
王家直轄の牧場の敷地内にある、小さいながらも品のある別荘にこの日は宿泊した。
翌朝はすばらしい秋晴れで、心地よい風が吹いている。
わたくし達女性は全員つばの広い帽子をかぶっており、顎の下で結んだリボンがなびく。
別荘から少し馬車で移動したところで下りると、そこは見渡す限りの広大な緑の原っぱだった。
原っぱの中に数人の人影と犬、そして白い毛に覆われた羊の姿がたくさん見えた。
「こちらでは約一千を超える羊を、いくつかの群れで管理しております」
案内人の男性が説明し、原っぱの中にある大きな気が一本立つ隆起した丘を指差す。
「あちらからの眺めがよろしいかと」
「そうか」
サイラスがうなずくと、案内人の男性が「そうだ」と付け加える。
「こちらの牧場犬はよく訓練されています。我々の指示がない限り羊以外は目もくれません」
わたくしがウィコットを連れてきているので、気を使って説明してくれたのだろう。
「あの丘の辺りには行かないよう、我々も気を付けていますので、どうぞごゆっくりお過ごしください」
案内人の男性がぺこりと頭を下げたところで、待ちきれないといった感じでアシャン様がサイラスの上着を引っ張った。
それが何を意味するのかわかり、サイラスが苦笑する。
「それから、頼んでいたことだが」
「はい。ではすぐに」
サイラスはアシャン様の帽子を軽くなでて歩き出す。
おとなしくアシャン様もついて行き、わたくしは胸にプッチィとクロヨンを両手で抱いて後ろの方からついて行った。
丘の上からの眺めはすばらしかった。
そして――プッチィ達のはしゃぎっぷりも、すごかった。
神経質のクロヨンは最初こそ一歩一歩慎重に歩いて匂いを嗅いでいたが、プッチィがちょろちょろし始めると、一緒になって動き出した。
胴輪とリードはあるけど、気をつけないと虫を追いかけてリードが限界になるまで一気に走ってしまう。
そこへ案内人の男性がやってきた。
「お言いつけのものを連れて参りました」
そう言って男性の後ろから現れたのは――艶々に輝く純白のふわふわの毛に覆われた、まだ子どもの羊達!
「少し遅めに生まれた子で、みんな夏生まれです。また離乳しておりません」
十頭ほどの子羊が身を寄せ合いながらも、好奇心いっぱいにわたくし達を見ている。
ティナリアと話していたアシャン様は、スクッと立ち上がるとずんずんと子羊に近づいた。
男性があわてて止めようとするが、サイラスが「大丈夫だ」と言って止める。
ハラハラする男性が見守る中、アシャン様はじっと子羊達を見下ろして――その中の一頭をひょいと持ち上げた。
そしてそのまま躊躇なく、その毛にもふっと顔を埋める。
「「「「!」」」」
わたくしとアン、ティナリアもここまで子羊を連れて来た男性も声が出ないほど驚いた。おそらく離れて警護しているナリアネス達も同じだと思う。
だが、サイラスやエージュは別に驚くこともなく、わずかに微笑んでいる。
さまざまな想いでみんなが見守る中、アシャン様は小さく鳴く子羊にぐりぐりと顔を押しつけて、そのまましゃがみ込んで他の子羊まで捕まえて両腕に抱く。そして子羊達で自分の顔を挟むと、満足そうに目を閉じた。
「……イイ」
……どうしたらいいかしら。
チラッと周りの様子を伺うように目線をはしらせると、なぜかサイラスと目が合った。
わたくしが何を言いたいのかわかったようで、少しうなずくと口を開く。
「アシャン、お前が言っていた『羊毛に埋まりたい』は無理だったが満足できたか?」
え、そんな要望していたんですか、アシャン様。
確かにここの羊は王族専用として手入れがされている最高級の羊だけど、イズーリにも羊はいるわよね? 品種が違うのかしら。
アシャン様はゆっくり目を開けると、こくりとうなずいてからまたしゃがみ込む。
そして、次に立ち上がった時は、少しフラフラしていた。
――無理もない。アシャン様は両腕どころか、頭に覆いかぶさるように子羊を乗せていたのだ。
「……幸せ」
そうですか!? それならもう、わたくし達は何も言いませんが……。
「エージュ、敷物を」
「はい」
サイラスの命でエージュがアシャン様の近くに敷物を広げ、アシャン様から子羊を頭からどける。
やや不満そうなアシャン様を先ほど広げた敷物の上に寝かせ、エージュが何かをまいた。
「「「「「!!」」」」」
小さくメェーと鳴きながら、子羊達がアシャン様に群がる。
アシャン様も驚いたが、わたくし達もまた驚いた。
普通のご令嬢なら泣き出すような光景だったが、アシャン様は最初こそびっくりして目を見開いていたが、段々と目じりが下がり、口角が上がって――
「ふ……ふふふっ」
くすぐったい、と笑った。
その顔は年相応より少し幼く見え、いつものポーカーフェイスなど微塵もない。
「楽しそうですわ。わたくしも触らせていただこうかしら」
ティナリアはクスクスと笑いながら、アシャン様を近くで見守るエージュのそばに歩いて行く。
見慣れない子羊の出現に驚いていたプッチィとクロヨンも、いつの間にか見慣れたようで、また虫を探すように頭を低くして動き出す。
ティナリアまで子羊を触り出して、アシャン様ときゃっきゃ、とはしゃぐ姿を見て戸惑いながら聞く。
「あの、サイラス。これは一体?」
「ん、ああ。あいつはヤギより羊派なんだ」
「え?」
それって世間一般的に言うと『猫派? 犬派?』と、同じことかしら。
ならば、ヤギというのはどう考えても王妃様の飼っているクルミとミルクのことよね?あの妙に頭が良くてタイミングのイイ二匹のヤギ。
少しイズーリのお城にいた頃を思い出していると、サイラスが遠い目をしていることに気がついた。
「どうしたの、サイラス」
「あ、いや。あいつが毛、特に羊毛に執着を持っているのも、俺がウィコットを大好きになったのも、元を正せば母上のせいだったなぁと思って」
「……」
王妃様、と聞いただけですべてを知りたくなくなり、わたくしは口を閉じた。
サイラスもそれ以上語らず、何かを思い出して重いため息を一つ吐くと、今度は楽しそうにしているアシャン様を見る。
妹を見守るように少し柔らかくなった目が、また険しさを取り戻す。
「……もうすぐ、あいつにも縁談が持ち込まれる」
「……」
そうでしょうね、と内心思ったものの、この年まで婚約者がいないのも王家の姫としては珍しいと思う。
「うちの両親と先代の王である祖父は聞き流しているが、貴族の中にはアシャンだけでも他国とのつながりに使おうとする奴らがいる。アシャンは国のどの機関にも権限を持っていないし、はっきりとした役割もない。だからこそ、そういう奴らの思惑の格好の的になっている」
「あら、だったらあなただけでも的になってアシャン様を庇ってさしあげたら?」
「あのな。俺だっていろいろ言われて、最近になってようやくお前が友好国で隣国の皇太子夫妻とも親しい伯爵令嬢。そしてうちの王妃のお墨付きと噂がたって落ち着いて来たんだぞ」
苦労しているんだ、とばかりにジトッと睨まれるが、そんなことわたくしが頼んだわけじゃないわ。
グイグイ引っ張る二匹のリードをアンに託し、わたくしは先に広げてあった敷物に膝を曲げて腰を下ろすと、膝に片ひじをつけてサイラスを斜めに見上げる。
「そちらのお国でわたくしのどんなに良い噂がたっても、あなたとの結婚に惹かれるようなことはないわ。わたくしいろんなことがしたいの。結婚が義務だというから貴族をやめたいのに、制約の多い王家に嫁入りなんて考えられないわ」
「ふーん」
そうか、と言いながらサイラスがわたくしの左横に座る。
片膝を立てて、わたくしと同じように膝に片ひじを立ててこちらをみる。
「……じゃあ、臣籍にでも下りるか」
「……」
にやりと笑うサイラスの鼻を、わたくしは無言のまま右手でギュッと握った。
「なにをする」
鼻づまりのくぐもった声で、サイラスはムッとしている。
「あなたの下で働く人たちのことを考えなさい。あなたは責任ある立場なのよ。軽々しく士気を下げるようなことを言わないでちょうだい」
「……ふーん」
なぜかニンマリと満足そうに笑ったサイラスの鼻を、もう一度ぎゅっと握って押し出すようにして離す。
「ただアシャン様の願いを叶える為だけに、ここに来たんじゃないんでしょう? その悪巧みしている腹黒い話を全部話せとは言わないけど、今日の本当の目的は何?」
そう聞いてもきっと言わないだろうな、と思っていた。
だから、サイラスがごろっと寝そべったことで、誤魔化され「何もない」と言われるのだと思い、小さくため息をつく。
だが、今日のサイラスは違った。
寝そべったまま、秋晴れの空を見上げつつ言う。
「メデルデア国がお前の家に探りを入れている」
「え?」
おもわずサイラスを見るが、彼は上を向いたまま。
「……探り自体はたいしたことはない。俺がジロンド家に滞在しているのが気に食わない、そんなところだ。だが、あの国について妙な噂をすぐ上の兄上から聞いた。気をつけ過ぎることはない」
ああ、それで急な牧場デートなのね。しかも出不精のアシャン様もすんなり納得させて。
認めたくないけど――守ってくれた、ということかしら。
……。
わたくしは深く考えた。
でも、やっぱり答えはこれだった。
そうよ、これは当然のことだわ。
サイラスがわたくしに構うから面倒なことに巻き込まれるし、メデルデアなんてあまり聞いたことない国からも目をつけられるんだわ!
守ってくれたなんて、勘違いっ!!
わたくしは寝そべるサイラスへ、左手をついて顔を近づける。
「わたくし達を危険にさらしたのはあなたのせいだわ。きれいさっぱり追い払うまで近づかないでちょうだい」
返事の代わりにサイラスがフッと笑った。
本当にわかっているのかしら!?
◆◆◆
昼食をとり帰宅するための馬車に乗り込もうとすると、アンバーがにやけた笑みで近づいてきた。
「なによ、アンバー」
ますますにやけた顔をして、アンバーが口に手を添えてそっと言う。
「サイラス様といい雰囲気でしたね」
「はっ!?」
何を言っているの!? と、おもわずギョッとして身を引いたわたくしに、アンバーは首を傾げる。
「あれ? 違いました?」
「ち、違うわよっ!」
「え、でも俺もトキも『いいなぁ』と見ていたんですけど」
「かっ、勘違いしないでっ! わたくしとサイラスがそんな雰囲気になるわけないじゃないの!! 勘違いしている全員に訂正しておきなさいっ!」
「え、俺!?」
「そうよ!」
そう言ってわたくしは馬車に乗り込んだ。
外ではアンバーが「えー、全員って誰だっけ。トキとー、隊長?」と、ぼやく声が聞こえた。
座ってふぅっとため息をついて顔を上げると、じっとわたくしを見つめる三人の視線が……。
「か、勘違いよ! わたくしとサイラスがいい雰囲気になるなんて、絶対ありえないわっ!」
おもわず言ってしまったことを、わたくしはすぐに後悔することになる。
だって、アシャン様とティナリアは子羊達に夢中で、アンも走り回るプッチィ達を追いかけていて、誰もわたくしとサイラスが話していたところを見ていなかったのだ。
ああ、三人の輝いた目が――腹立たしいわ!!
読んでいただきありがとうございます。
次回、なんと50話!!
じつはもう手がけてます。
いやはや、久々にシャナリーゼにケンカ売る人がでるんでwww
頑張って書籍版③巻発売日か月曜までに更新かけたいです!!
アリアンローズ様のHPで表紙公開され、3回目だけど、発売日が近づくともれなく緊張いたします。
まったくのオリジナルストーリー。
いままでネットでは皆様の応援があって書籍化されていましたが、今回は書籍で評価をいただくことになります。訂正がきかない!!
ツイッターにはつぶやきましたが、わたしの家の近くの本屋さんでは常時取り扱いではないようで、注文取り寄せになるみたいです。
先日見本が届きまして、紙媒体として手に取る緊張を味わいました。
今回も日暮様が気合入ったイラストを描いてくれています!!
あと、アリアンローズ様の販売促進用のPOPですが、デザインが2種類!!
ぜひ探してくださいませ!!
そして、③巻発売に合わせてSSを書いております。
10日にアリアンローズ様HPにて公開とのことです。
こちらもどうぞよろしくお願いいたします!!




