勘違いなさらないでっ!【47話】
大変ご無沙汰しております。
活動報告に書きましたが、いろいろあって遅くなりました。
読んでいただけて、すごくうれしいです!!
あまり長くここに居座ってもいけないわ、とレインと二人で大広間へと戻る。
相変わらず大勢の人があちこちで輪を作って談笑をしており、その合間をスルスルと抜けてライアン様達を探す。
横でレインに小さく話しかけながら、ハートミル侯爵家と繋がりを持とうと狙う人達を阻みつつ、どんどん大広間の中心へと向かう。
「あっ」
セイド様の後ろ姿を見つけ、レインが嬉しそうに顔をほころばせる。
ねえ、どうして離れて数十分も経たないのにそんな気持ちになれるの? 毎日顔を合わせているだろうし……、そんなにわたくしと一緒なのが苦痛だったのかしら。
なんて意地悪な考えをしつつ、笑顔のレインに後ろからついて行く。
ちょうどお話を終えたところだったらしく、待ちきれない様子のセイド様がわたくし達を振り向き微笑む。おそらく、一瞬でセイド様はわたくしを視界から外したのだろう。
さすが万年常春新婚夫婦。セイド様の態度も、失礼を通り越して呆れてしまうわ。
わたくしが呆れた顔を隠しもしなかったので、気がついたライアン様が苦笑して「セイドリック」と小さく呼んで諌める。
セイド様もハッとして、すぐさまキリッと表情を作る。
……その姿に、レインがさらにときめいた、だなんて気がつきたくもなかったけど。
「どうした、シャナリーゼ。見たところ、まだサイラスからの迎えはないようだが」
「ええ、まだですわ。でも、ハートミル侯爵家の若奥様とずっと一緒にいるには、お互いに少々不都合が生じますの」
「不都合?」
ライアン様が首を傾げる横で、セイド様も同じように小さく首を傾げる。
「なにかあったかしら?」
レインもキョトンとした顔でちょっと考えてみるが、やはりわからないと首を傾げる。
そんな三人に苦笑しつつ、わたくしは聞いてきたライアン様へ言う。
「わたくしはセイド様とレインの仲を邪魔していながら、お二人の結婚式でお許しを得たと世間では認識されております。まあ、許されたと言っても、周りの方はそうは思っていないでしょう。そんなわたくしとレインがいつまでも一緒にいては、ハートミル家にご迷惑がかかるというものですわ」
なるほど、とライアン様がうなずく横で、セイド様が何とも言えない顔で目をそらす。
「迷惑だなんて、そんなことないわ。むしろ一緒にいれば信ぴょう性が増すというものよ。シャーリーとは表だって仲良しでいたいわ」
心からそう言っているのだろう。レインはまっすぐにわたくしを見て、目をそらさない。
「わたくしは今まで通りでいいと思っているの。わたくしの交友関係の『その他大勢』にあなたを入れたくないの。どうかわかって」
「……シャーリー」
泣きそうなほど目に見えて気落ちするレインに、わたくしはくっと唇の端を持ち上げる。
「泣いたら化粧が崩れてお化けになるわよ。幼顔をせっかく年相応に見えるように厚い化粧をしてもらっているんだから、メイク係の努力を無駄にするんじゃないわ」
幼顔、と言われてレインは慌てて顔を上げる。
ライアン様は苦笑し、セイド様はわたくしを見てため息をつく。
「……お前は本当に素直じゃないな。あと、レインは厚化粧じゃない」
「セイド様も、少女趣味なデザインをレインに押しつけないでくださいな。ますます子供に見えますわ。こう見えて来月には20才になりますのよ? 幼な妻との不倫を趣味とする変態どもから高嶺の花と見られ、崇められないようにせいぜい気を使うことですわ」
「なっ!」
あんまりないいように、セイド様は怒鳴るのを堪えてきつくわたくしをにらむ。
そんなセイド様をふふん、と目を細めて笑いつつ、そっと近づいて小さくつぶやく。
「……オマール卿と、あとディレーン卿の横にいる年若い男は要注意ですわ。爵位はないですが、王城出仕者です」
「なに?」
すぐにセイド様は目だけで二人の姿を探す。
「よろしくお願いいたしますわ」
「……わかった」
どちらかを見つけたのだろう、セイド様の目線がわたくしへと戻る。
彼らはどちらも独身で、聞こえてくる分にはとても真面目なのだが――やや妄想壁があるらしい。しかも高貴な身分の幼な妻との不倫。実際はできないことだが、頭の中では自由だ。ただ、その対象となる夫人をしっかり目に焼き付けるために、職務に向けられるはずの集中力を遺憾なく発揮するのだ。
マニエ様から聞いた時、すぐにレインがターゲットになると思って気を付けていたのだけど。遠くから熱心に見ているのよねぇ。
セイド様から離れると、タイミングを計ったかのようにハートミル侯爵家当主夫妻が近づいてきた。
「セイドはまだしばらくわたしについてもらうから、あなたは侯爵夫妻といなさい」
「はい」
ライアン様に言われレインは一礼した後、名残惜しそうにわたくしを見る。
「またね、レイン」
「ええ」
そううなずいて、レインはセイド様のご両親の下へと歩いて行った。
「さて、シャナリーゼはどうする?」
「ご心配なく、ライアン様。わたくし姿を隠すことには自信がありますの」
にっこり笑うと、ライアン様もセイド様もそろって顔色を曇らせる。
「……かってに帰ったりしないでくれよ。サイラスからネチネチと言われるのは、わたしなのだから」
「まあ、大丈夫ですわ。ちゃんとおりますとも」
あのあたりに、とわたくしは目線で広間後方の壁の辺りを示す。
「ならいいが」
まだ納得していない様子のライアン様だったが、セイド様が近づくお客様に気がついて小さく合図をする。
「では」
わたくしもそのタイミングで頭を下げ、さっさとその場を後にした。
大広間の人混みの中を、スルスルと合間を縫うようにして歩く。
ときおりわたくしがサイラスの車椅子を押していた者だと気がついたのか、近づいてこようとする人もいたけど、気がつかないふりをして人混みの中に消える。
人を巻くのはお手の物なのよ、ふふふ。
そんなことをしてようやく反対側にたどり着き、大きな支柱の影でホッと一息つく。
ふと顔を上げて壁を見ると、厚い赤いカーテンの裏から給仕の者が出入りしている。そのそばには警備兵が数人いて、誰に目線を合わせるでもなく立っていた。
「シャナリーゼ様」
給仕の出入りを、なんとなく見ていたわたくしのすぐそばから声がかけられる。
顔を向ければ、外交官アルベルトの秘書であるフェリドが立っていた。
いきなり見つかったわね、と内心舌打ちしたい気分を隠しつつ黙っていると、フェリドがゆっくりと頭を下げる。
「サイラス様がお呼びです」
「また車椅子を押せというのね。よくよく思い出してみたんだけど、あの足のけがはそんなに重かったかしら。骨折は腕だけと聞いていた気がするわ」
気にかけていると思われるのが嫌で言わずに付き合っていたけど、どこまでもわたくしを使う気なら容赦しないと眉間に皺を寄せる。
「その件につきましては、わたしからは申し上げることはできません」
「……あらそう。じゃあ、本人に直接言いに行くわ」
「かしこまりました」
★★★
フェリドに案内されたのは、歓談用などに用意された部屋の一室。
ノックをして「お連れしました」とフェリドがドアを開ける。
不機嫌さを露わにしていたわたくしは、部屋の中の人物がわたくしへ振り向く前にどうにかその感情を引っ込めることに成功した。
細かい細工の施された応接セットに、サイラスと向かい合って座っていたのは二人の人物。
一人はドアが開かれるなりわたくしへ顔を向けた、年若い女性。おそらくわたくしより年下。ティナリアくらいかもしれない。
いくつも細く盾巻きにした長い茶色い髪に、少し色味の濃い肌。黒い目はややたれ目でクリッとしているが、今はなぜか不安げにわたくしを見ている。
華奢な体つきの彼女の横に座っているのは、これまた対照的にがっしりとした体格の四十後半と思われる男性。お腹周りもはっているので、中年太り進行中かしら。
白髪交じりの茶色い髪に髭を生やし、いかめしい目つきでわたくしを少しだけ見ると、眉間に皺を寄せてサイラスへ向き直る。
「介助人ではないですか」
「いえ、彼女がわたしが求婚しているシャナリーゼ・ミラ・ジロンド嬢ですよ。
シャナリーゼ、こちらへ」
仕事用の顔をしたサイラスが、そう言って自分の横を手で示す。
フェリドはわたくしの後ろでドアを閉め、そのままその場に立つ。
サイラスの座る長椅子の後ろには、無表情のアルベルトが控えていた。
なによ、これ。また面倒なことに巻き込むつもり!?
イライラしながらもサイラスの横に座る。
目の前には不快そうにわたくしを見る男性。
不快なのはお互い様ですわっ!
睨み返してやろうかと思ったが、とりあえずこのタイプにはツンとすましておいた方が効果的かもしれない。
男性の横に座る女性は、そんなわたくしとサイラスを交互に見てから、悲しげに視線を落とした。
「納得いきませんな」
苛立ちを隠そうともせず、男性がしゃべり出す。
「サイラス様のお相手と言えば、伯爵家のご令嬢だと聞いております。ご令嬢に介助させるなど」
「ああ、わたしは信用している者にしか後ろに立って欲しくないのです」
そう言ってサイラスは男性を黙らせることに成功した。
男性が何か言いたげに口を閉ざしたのを見て、サイラスはわたくしへ目を向ける。
「シャナリーゼ、こちらはメデルデア国第二王女レイティアーノ姫。そしてこちらが外相のホードル卿だ」
さらっとした紹介から、サイラスにとっても招かねざる客らしい。
メデルデア国と言われてもピンとこない。どこだったかしら? まあ、今夜はライルラド国王陛下の祝典ですもの。あちこちからいろんな方が来ているから、知らない国があっても当然よね。
次はわたくしの自己紹介の番だったが、言う前にホードル卿が口を開く。
「とにかくお考えください。我が国は近年新たな金脈の発掘に取り掛かっており、将来性は未知数と言えます。確かに閉鎖的な考えはなくなったわけではありませんが、だからこそレイティアーノ姫が架け橋となると思っているのです」
「確かに、メデルデア国とは金や茶葉などを、他の国以上に配慮いただいているそうですね。ですがそれについては、イズーリもお返ししているはずです」
「もちろんそうですが……」
「それに」
と、サイラスは話を続けようとしたホードル卿を遮る。
ホードル卿が口を閉じたのを見て、サイラスは一呼吸おいてゆっくりと話し出す。
「今夜はライルラド国王陛下の祝典です。確かに外交話もいいでしょうが、この件は出過ぎています」
やんわりと言ってはいるが、サイラスが二人を見る目は冷たい。
少しだけ顔を上げたレイティアーノ姫も、目線があったのかビクッと肩を震わせてまたうつむいてしまった。
なんだか連れてこられただけのお姫様みたいで、ちょっとだけだけど気の毒。
ホードル卿も何か言い返そうとしているようだが、なかなかいい言葉が思いつかず口を小さく動かすだけ。
応接室内に無言の嫌な雰囲気が漂う。
その雰囲気の中、平然としているサイラスに耐え兼ねたのか、ホードル卿は必死で睨み返すように顔を上げた。
ただし、サイラスをにらんだのは一瞬で、あとはわたくしをにらみつける。
あら、完全なとばっちり。
――全然怖くないから黙っていてあげるけど。ちょっとだけビクってしてあげようかしら? 調子にのるかしら? あ、でも演技したってサイラスに後からからかわれるのは、絶対ごめんだわ。
なんて楽しいことを考えていたら、大きな声が部屋に響いた。
「と、とにかく! ただの伯爵令嬢と、一国の姫のどちらがふさわしいかなど一目瞭然です。この件は正式にイズーリ王室へと打診させていただきます!!」
そう怒鳴るよう言うと、自分を見て唖然としているレイティアーノ姫を引っ張るように立たせると、これまた「失礼!」と勢いで言って出て行ってしまった。
――逃げたわね。
か弱いお姫様が、部屋を出る瞬間にチラリとわたくしを振り向いたのだけど、何を思ってみていたのかなんてわからなかった。
あんな外相でいいのかしら?
鎖国的だったとはいえ、一国の代表として来ているでしょうに。あの態度はないわ。競争相手の少ない金や茶葉の輸出国だけあって、あちこちでちやほやされていただけなのかもしれない。
「……で? この茶番は何?」
二人が出て行ったドアを見ながら、隣ですましているサイラスへ声をかける。
「んー、なんだろうな。とりあえず怪我した俺に、お見舞いを口実にして話しかけてくる奴らを相手にしていたんだが」
「……車椅子なんて大げさなものに乗っているからよ」
じろりとサイラスの足をにらむ。
「骨折なんてしてないでしょ」
「おや。何も言わないから信じきっているかと思ったんだが」
「イズーリで何度立っているあなたを見たと思っているのよ。症状も聞いていたし。ただ言うのが面倒だっただけよ」
「大怪我しているように見せれば、離す口実ができたと喜んでいろいろ寄って来てくれるからな。アドニス兄上からも『ちょうどいいから、いろんな情報仕入れてこい』と言われているし」
はあっとわたくしは、わざとらしくため息をつく。
「代償は高いわよ」
「バックいっぱいの宝石か?」
出会ったばかりの頃の話を蒸し返され、わたくしはうっと口を閉じて顔をそむける。
わたくしがそうしているうちに、サイラスはアルベルトと何やら小声でいくつかやり取りをし、彼は部屋を出て行った。
残ったのはわたくしとサイラス、そしてフェリドだけ。
少し間があいてから、サイラスが聞いてきた。
「メデルデア国って知っているか?」
「知らないわ」
無知で結構、と顔をそらしたままそっけなく言う。
サイラスは「だろうな」と言いながら、背もたれにゆっくりと背中をつけ格好を崩す。
「メデルデア国は閉鎖的な政策だったんだが、現在の国王が王位についてから少しずつ他国を受け入れ始めている。茶葉や金、最近は薬の輸出にも力を入れているようだ。だが、国民の大部分は開放的な政策を不安がっている。それで、手っ取り早く王家が目に見える形で動いた、というわけだ」
「だからと言って、無関係のわたくしが睨まれる筋合いはないわ」
「無関係、というわけでもないさ」
「無関係よ」
フン、と小さく鼻を鳴らして顔をそらすと、サイラスはわざとらしくゆっくり言った。
「まあ、要するに俺との縁談だ」
「へぇ」
さすがは腹黒くてもいちおう『王子様』ね、と言おうとしたのだけど――なぜかこれ以上言葉が出なかった。
かわりに妙な感覚がじわじわと頭の中に広がる。
さっきの話の流れから、この場の話題が「サイラスの縁談」だということはわかりきっていたのに、なぜかサイラスの口から「縁談」と聞いて押し黙ってしまった。
誰からも急きたてられていないのに、なぜか焦りにも似た感覚が全身を包む。
――なにかしら、なんだか妙な感じだわ。
一瞬だけど、なんだか真っ白になったような、何かが抜け落ちたような妙な感じがしたのだけど……?
そんなことを考えて黙っているわたくしを見て、なにを思ったかサイラスはニヤリと嬉しそうに片方の口角を上げて笑う。
「どうした。ついに嫉妬が芽生えたか?」
「は?」
「俺だって引く手あまたの優良物件だからな。今日みたいなことも、けっして珍しいことじゃないんだぞ」
顎に手の甲を載せてふふん、とばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる。
バカじゃないの!? と言いかけた口を閉ざし、一度深く息をして気持ちを落ち着ける。
そして冷めた目でサイラスを見る。
「勘違いなさらないで。前にも言ったはずよ、女の問題を女で解決しないで、と。……それに、嫉妬ならもうしているわ」
「え?」
パチッとサイラスの目が丸くなる。
わたくしは視線を斜め下に向けつつ、物憂げにため息をつく。
「……プッチィとクロヨンがアンにばっかり懐いてしまったの。それもこれもイズーリに行って留守にしたせいだわ。今夜だって本当はブラッシングして遊んで、またブラッシングしてあげるつもりだったのにっ!」
ああっ、とがっくり肩を落とすわたくしの横で、サイラスが小さくつぶやく。
「……お前、素直じゃないな」
パッと顔を上げて、わたくしは目をつり上げる。
「だから勘違いなさらないでっ! これまでのあなたとの経緯を考えても、いっっさい嫉妬をするようなものはないわっ!!」
わかったかしら!? と詰め寄ると、サイラスが目線を下げつつため息をついた。
「……そうムキにならんでも」
「まだおわかりじゃないのかしら!?」
「あー、わかった、わかった」
すっごく面倒そうに言われたけど、わかってくれたならいいわ。
嫉妬なんてするわけないじゃない。本っ当にわかってないわね、フンッ!
――ドアの近くでフェリドが必死に笑いを堪えていた、なんて知りもしなかったわ。
【勘違 いなさらないでっ!】③巻 9/12(土) 発売(予定)!!
アリアンローズ様HPにて公式に発表がありまし た!
やったよぉ~! ついに③巻。皆様、本当にありがとうございます!!
今回はこんな感じ。
☆☆☆ 始まりは四月下旬 ☆☆☆
熊本駅構内とある場所。
担当様お二人を前に、緊張(笑)する上田。
「上田さん」
「はい」
「書下ろしってやってみませんか!?」
「ぜひ!」
「じゃ、プロットGWまでに」
「――!」
こんな感じで始まった③巻です。
一から全部打ちましたよ~。95%新作。5%は――外せない王妃様の暴走w
Web版とはまったく違ったイ ズーリ国終盤のお話。
書籍版完全オリジナルストーリーとなっております!!
ちょろっとしかWeb版ではでなかったあの子も、②巻にちょろっと出てきたあ の人も、③巻で活躍の機会が訪れております!
どうかお手に取って楽しんでくださいね。
活動報告にも書きましたが、③巻原稿書き中も、本当は更新を一度はする予定だったのです。
でも、ある日データを保存しているリムーバブルディスクが――壊れました。
「フォーマットしますか?」の表示。
いやぁあああああ!!
まあ、詳しい話は活動報告に上げてます。
PCも噴煙を噴いたからXP → 8.1 にレベルアップ!
上田、再始動します~!!




