勘違いなさらないでっ! 【46話前半】
しばらく諸事情で前半後半で投稿します。
ああ、この生温い暖かな目線。そしてこの和やかなこの雰囲気。
勘弁してください。
憎しみと嫉妬に満ちた視線はどこ!? あ、あそこにいるけど、標的は全然違う。お願い。少しわたくしを見て下さらないかしら。
「では、殿下」
絶妙なタイミングで、使者二人がサイラスから離れていく。
ちょっとお待ちなさいっ!
車椅子の持ち手に思わず力がこもったけど、文句を言う前にサイラスの前に孝行爺のような笑顔の男性がやってくる。
「ダグリス卿、お久しぶりですね」
「こちらこそご無沙汰しております、サイラス殿下。馬車の事故で怪我をされたと聞いておりましたが、お元気そうで何よりです」
「膝を打ちましてね、それでこのザマですよ」
――ふーん、そういうことね。
ようやく挨拶がすみ、ホールの真ん中で人々がダンスに興じている姿を見ながら壁際へと離れる。
「あなたの怪我って、馬車の事故なのね」
飲もうと傾けていたグラスを口元から離し、サイラスが笑う。
「そうだ。俺は視察中に事故にあった」
「ふふ、そうね」
確かに現場で怪我をしたというのは醜聞だわ。
だからわたくし達は、お忍びでイズーリへ行った。正直怪我の言い訳をどうするのかと思っていたけど、すでに周知済みだったみたい。
ふとホールを見渡していて、とある一角に目を止める。
「あ、ライアン様とリシャーヌ様のところ、そろそろ人垣がなくなりそうですわ」
「よし、それじゃあ行くか」
「普通は早めに行くものですのに」
「あいつと俺の仲だ。ゆっくり話したい」
「はいはい」
近くの給仕に手を上げて呼び、サイラスのグラスを下げてもらう。
車椅子の滑り出しはサイラスも動かしてくれ、スムーズに歩き出す。
お父様達はいないわねぇ……あら?
かなり向こう側、つまり入り口側でたくさんの若い女性たちが集まっているのを見つけた。――ティナリアかしら。
周りにはちらほら男性陣もいるが、彼女たちは背を向けている様子。あの中心に妹がいるかと思うと、なんだか妙な気分。
「そういえばな」
ふとサイラスが、わたくしを見ないまま話しだす。
「事故にあった異国の婚約者を、忍んで見舞いに来たご令嬢という話が市井で大評判らしい」
「へぇ。奇特なご令嬢がおりますのねぇ」
さも感心なし、と話を合わせると、サイラスはククッと笑う。
「お前のことだぞ」
「……は?」
思わず低い声で聞きなおしてしまう。
「猫がはがれているぞ」
「どうでもいいですわ。なんですの、そのバカげた話は」
「事実だろう」
「いいえ。わたくしはあなたのお母上様の厄介なお手紙のせいで、ただただ強制連行されただけですわ」
どこから沸いたの、そんな美談。脚色されるにもほどがあるわ。
真実は、引きこもりの熊を巣から出し、お荷物三番隊に恐怖を植え付け、プリーモで散財し、王子の側近を足蹴にして各地でお土産を頂いて帰ったということなはずなのに。どうしてそうなるのかしら。
「宝飾品やドレスを買い漁っていれば、少しは違ったかもな。プリーモで目を輝かせて迷っていたご令嬢、なんてかわいいだけだぞ」
「それはレインよ。わたくしごっそり買ったもの」
「他の奴はどっちがそのご令嬢か知らないからな。都合のいい方を選ぶのさ」
くぅっ! レインも次期侯爵夫人らしくドカッと買っていればっ!!
わたくしの知らない所で好感度アップとか、本当に嫌がらせ以外の何ものでもないわ。
「一曲踊ってこようかしら」
サイラスをほっといて踊るなんてことしたら、周りのあの生暖かい目に嫌悪感が現れるはず。市井の噂より社交界、しかも今夜は他国の方々もいるんだし、あっという間に不出来な令嬢のレッテルを貼られるわ。
「誘われたら、な。ただ、俺の介助役として目立ったお前に誘いが来るとは思わんが」
「!――あなた、わざとね!?」
こっちを見ることはしないが、ククッと笑うサイラスは「正解」とばかりに小さく笑う。
呆れた!!
招待客じゃない者が踊ることは非常識。つまり、わたくしは招待客ではなく介助役として人々の目に映っている。これではいつまで待っても、ダンスのお誘いはないだろう。
ここに出席したのだって、家のためを思ってのこと。例え何かの間違いで誘われたとしても、中央で踊るなんて愚行できないわ。
「……覚えてらっしゃい」
小さくつぶやいたわたくしに、サイラスはちょっとだけ顔を向けて笑った。
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「サイラス!」
明るい、上機嫌といった感じのライアン様の声。
「よお」
片手を上げ気さくに答えるサイラス。
「と、シャナリーゼ嬢……どうした。顔がいつも以上に怖いぞ」
なんて失礼な言い方。
でもライアン様には悪気がない。数年関わってきてわかったのだけど、この方、気を許した相手には何でも口に出すの。本当に性質が悪いわ。
「退屈なだけです。介護は疲れます」
苦笑するライアン様の横で、ふっくらしたお腹をしたリシャーヌ様が口元を扇で隠して笑う。
「あいかわらず、シャーリーの周りは賑やかそうね」
「リシャーヌ様もお健やかそうでなによりです」
「ありがとう」
やんわり微笑むリシャーヌ様は、本当に美しい。母になる喜びに満ちており、遠巻きにわたくし達の様子を伺っていた人々から、「ほぉっ」と感嘆の息が聞こえてくる。
「昨日は会えずにすまなかったな。アドニス殿下からお前に変わったと話が来て驚いた」
「急だったからな、すまない」
「なに、あの方のことだ。きっと素晴らしいものを見つけたのだろう」
二人してサイラスの兄、つまりイズーリ国第二王子のことを思い出しているらしい。
「ぜひまた異国の話をお聞かせ願いたいものだ。そういえば、シャナリーゼ嬢はまだ、だったな」
サイラスもわたくしを見上げる。
「あとひと月もすれば戻ってくると思うのだが」
「ご心配なく。ご紹介いただかなくても、なんの不都合もございません」
むしろ紹介された方が不都合。イズーリ王妃様とマディウス皇太子殿下だけで十分です!
楽しそうに話すサイラスとライアン様の影で、わたくしも目立たないようにリシャーヌ様と言葉を交わす。
お腹の中から赤ちゃんが蹴ってきて、夜中にびっくりして起きたりするのよ、なんて話を聞いていると、視界の端にさっき抜け駆けしてその場を去ったアルベルトの姿が映った。
彼は足早に近づいてくると、気が付いたサイラスの視線を受けてそばに寄って耳打ちする。
とたんにサイラスの眉間に皺が寄ったが、すぐ消される。
「すまない、少し席を外す」
「ああ、かまわない」
余計な詮索はせず、ライアン様もうなずく。
わたくしもリシャーヌ様にご挨拶を、と背筋を伸ばした時、見知った顔の二人がやってくるのを見つける。
「お連れしました」
フェリオに連れらえてきたのは、セイド様とレイン。
「シャーリー、しばらく二人といてくれ」
「え? はい」
かまいませんけど、とうなずくとサイラスはフェリオに押されてアルベルトと共に去って行った。
セイド様とレインは、まずライアン様とリシャーヌ様にご挨拶されてからわたくしを見る。
「まさか、またお前の面倒を見ることになろうとは」
うんざり顔もキレイなセイド様に、わたくしは気の毒そうに笑う。
「友達は選んだほうがよろしくてよ? セイド様」
「お前に言われたくない」
「まあっ。わたくしはシャーリーとお友達になれて幸せよ」
「ありがとう、レイン」
頬笑むレインは、本当にかわいらしい。さっきまでムッとしていたセイド様の顔が緩むほどに。
「あら、シャーリーの相手ならわたくしができましたのに」
リシャーヌ様が言うと、ライアン様が首を横に振る。
「もうずっと立ちっぱなしだぞ、リシャーヌ。そろそろ休まないと」
「そうですわ、リシャーヌ様。安定期とはいえ、お生まれにはまだまだ早うございます。それに、わたくしのような者がいつまでも皇太子殿下夫妻の周りにおりましては、周囲の目が黙ってはおりませんわ」
「もう、あいかわらずね」
困ったようにリシャーヌ様は笑い、そっとお腹に両手を当てる。
「ずいぶん蹴っているわ。きっとこの子も興奮しているのよ。もう少しわたくしも楽しみたいもの」
「では、わたくしよりお客様を。わたくしはレインと控えておりますわ」
「お、おい」
慌てて割り込んでくるセイド様をチラリと見上げ、にっこりほほ笑む。
「セイド様、ご挨拶は終わりまして?」
「あ、ああ」
「では、ライアン様の側近として公務に励むリシャーヌ様をお助けしてくださいませ。レインとわたくしは、あちらの女性用の休憩室にてお待ちしておりますわ」
それだけ言うと、わたくしはサッとレインの横に立つ。
「それではライアン様、リシャーヌ様、御前失礼いたします。リシャーヌ様、くれぐれもご無理されませんように」
「ええ、わかっているわ、シャーリー」
「お、おい!」
焦ったセイド様が割り込もうとするが、先にリシャーヌ様に呼ばれる。
「よろしくね、セイドリック」
「……はい」
セイド様の恨めがましい視線を背中に浴びつつ、わたくしはレインを連れてホールの続き間にある女性専用の休憩室へと向かった。
あ、勘違いしないでくださいね、セイド様。決してあなた方の暑苦しいほど密着してピンク色のオーラを漂わせた姿が浮いていた、というわけではありませんのよ? もちろん、単なる嫌がらせですわ。
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読んでいただきありがとうございます。
46話後半(休憩室での出来事)へ続きます。




