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勘違いなさらないでっ! 【45話】

こんにちは。 

いつも読んでいただいてありがとうございます。

 翌日のお昼過ぎ、家族よりずいぶん先に、わたくしとサイラスは支度を終えて王城へと向かうことになっていた。

 会心の笑みを浮かべる、アンを始めとしたメイド達。

 青い美しいドレスに身を包み、レースの手袋をはめる。髪型は右前側より大きめに編み込んで左側を回って結い上げる。毛先は遊ばせて、サイラスから贈られた青いバラを模した銀のカチューシャ風の髪飾りをつけ、首元と耳にも青い宝石が煌めく。

 ただ一つ残念なのは、わたくしがひどく嬉しそうじゃないこと。

「どうしてもこの扇を持っていかなくてはならないの?」

 玄関ホールにて、今日何度目かの質問をサイラスにぶつける。

「何度も言うが、見えていないから大丈夫だ」

 扇、というのはもちろんあの鋼鉄入りの第二弾。

今日の為に用意したとかで、黒いレースの使われた扇。見た目は軽そうに見えるけど、持てば硬さとそこそこの重さが伝わる。今はわたくしのドレスの腰の後ろについている、リボンの中に隠れて――隠せるようにしてあったのには驚いたわ。やっぱり普通のドレスはくれないわね!

 しかも靴はまたも鋼鉄入りの黒いピンヒールよ。これじゃあ、介護じゃなくて護衛じゃないの!?

「不埒な奴がいたら、そいつで撃退しろ」

「わたくしはあなたを叩きたいわ」

「こら、シャナリーゼ」

 かなり本気でわたくしが言っているのに気が付いた父が、窘めるように低く呼ぶ。

「サイラス様、申し訳ありません」

 本当に申し訳なさそうに父が頭を下げる。

「かまわん。では先に行かせてもらう」

 そうは言われても、と言いたげに顔を上げた父は。わたくしを咎める目線をやめない。

「どうぞお気をつけて。

 シャナリーゼ、お前もしっかりお役目を果たしなさい」

「ええ。介護ですね。わかりました」

「シャナリーゼ!」

 今度こそ怒った父に背を向けて、わたくしはライアン様の紋章入りの馬車へと乗り込む。

 

 お父様はこの装備(・・)のことを知らないから言えるのよ。


 フンッと、明日言われるであろう小言も黙らせる理由をしっかり頭にやきつける。 

「ではサイラス様、お気をつけて」

「ああ。アシャンを頼む」

「いってらっしゃいませ、兄様」

 お城までの護衛にお兄様とアンバーが加わり、白い優美な馬車は、サイラスを乗せると静かにお城へと走り出した。

 ゆっくりと揺られて貴族街を通っていると、対面に座るサイラスがふと口元を緩める。

「そういえば、お前とこうして馬車に乗るのは初めてだな」

 言われて顔を上げて考えてみれば、なるほどその通り。

「それがどうかしまして? まさか女性と一緒の馬車に乗ったことがないとでも?」

「それはあるが。お前、どうしてそう雰囲気を読まないんだ」

 やや呆れた目をして、残念そうにわたくしを見る。

「あら。別に雰囲気を読む必要もないでしょう?」

 あえて壊した、と遠まわしに言えば、サイラスは馬車の窓に肘をつけてため息をつく。

「どうして、こう俺の婚約者様はつれないんだろうか」

「『婚約者』ではなく候補でしょ。大事なところを省かないで」

 わたくしもムッとして腕を組む。

「候補って、お前しかいないのにか?」

「あら。他の方は? えーっと、侯爵家のお嬢様二人」

「ビルビート侯爵家の姫は辞退、ドータリー侯爵家もなんとかその方向に進んでいる」

 ナリアネスの末の妹という、まったく似たところがない儚い美人のエシャル様と、赤毛の気の強そうなドータリー侯爵家のお嬢様を思い出す。

 エシャル様はともかく、あの赤毛のお嬢様は本気でサイラスと結婚を夢見ていたようだから、かなり渋っているに違いない。

「なあ、もう半年だぞ。いいかげんいい返事をくれ」

「お返事ならいつも言っているじゃない。次はあなたの耳元で叫ぶわよ」

「いい返事なら喜んで」

「無理」

「……即答かよ」

 しょうがないな、とサイラスはため息交じりに笑う。

「ま、時間はあるさ」

「あるわりには今回はずいぶん強引ね」

 じろりと睨むと、サイラスは口元に笑みを浮かべて目を細める。

「強引、か?」

「ええ。今までいくらか強引なことはあっても、人前にわたくしを出そうとはしなかったでしょ」

 前の夜会も、結局エスコートはされていない。別に根に持っているわけではないわ。

 公式の場に介護役で、他の使者も一緒とはいえ、サイラスと参加するのは初めてだ。

「……なにかあったの?」

 目を細めて微笑むサイラスに問うが、彼はゆっくりと首を横に振る。

「いや、ないさ。ちょうど怪我したからな、お前に付き合ってもらおうと思っただけさ」

「そう」

 ならいいわ、とは言わない。


 ――だって、サイラスは嘘をついている。


 なんとなくだけど、そんな考えが頭の隅から離れない。じわじわと広がって、疑問が口に出そうになるけど確信はない。

 ここまできたんですもの。とりあえず『協力』してあげようじゃない。

「めだたないように『協力』致しますわ。だって今日はあなたの介護役なのですもの」

 ふふん、と鼻で笑えば、サイラスはちょっと目を見張って黙ると、いつもの意地悪い笑みを浮かべた。

「そうとも。ぜひ『協力』して欲しいね。ついでにこれがきっかけでいい返事がもらえたら、なおのことありがたい」

「欲深過ぎると身を滅ぼしますわよ」

 ガツッと、わざとヒールのかかとを鳴らす。

「悪いが、俺はそう簡単には滅ばないぞ」

「雑草のような方ですこと」

 はははっと笑うサイラスにため息をついて、わたくしはレースのカーテンがかかったままの窓へ顔を向けた。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 王城にある王族専用門を通り、さらにしばらく揺られてやっと止まる。

 数人の王城で働く人々に迎えられ、さっそく中へと案内された。

 ここではわたくしがサイラスの車椅子を押すことはなく、黙ってついて行くだけ。


 まぁ、正直ここでは暇な時間が待っていた。


 豪華な広い部屋に通され、サイラスは車椅子に乗ったままでいいと断り、わたくしだけが長椅子に座る。

 メイドがお茶とお菓子を用意して出て行くと、間もなくドアがノックされた。

「入れ」

 サイラスが声をかけると、ドアがゆっくりと開く。

「お待たせいたしました」

 黒い礼服に身を包んだ男性が二人、しっかりと頭を下げる。

どうやら先に来ていたイズーリの使者二人らしい。

一人は壮年の男性。黒い髪は短く口髭にも白いものが混じっている。もう一人は三十代と思わしき男性。こちらは茶色い髪で、襟足まで伸びている。二人とも中肉中背、と言ったところだが、近づいてきた時に見た手がどうも文官とは思えない厚みのある手だった。

「シャーリー、うちの外交官でアルベルト、そして秘書のフェリドだ」

 わたくしはそっと立ち上がる。

「本日サイラス様の介護役になりました、シャナリーゼ・ミラ・ジロンドでございます」

 余計なことをいわれないよう、ちゃんと枕詞をつける。

 二人ともちょっと驚いたように目を見張ったが、ここは聞き流すことにしたらしい。

「アルベルト・イーオでございます。こちらは秘書のフェリド・オーバニエでございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「こちらこそ。お手間をかけないよう気をつけますわ」

 とりあえず型通りの挨拶を済ませたので、二人はさっそく本題に入る。

 わたくしが長椅子に座ると、アルベルトがサイラスへ顔を向ける。

「殿下、さっそくではありますが」

「ああ、わかっている」

 軽く手を上げアルベルトを止めると、サイラスはわたくしへ顔を向ける。

「打合せがあるので席を外す。庭にはでていいが、部屋の外には出るな。用事があればベルを鳴らして人を呼べ」

「わかりました」

 忙しい王城をウロウロするほど、わたくし世間知らずじゃないわよ。

 でも静かにうなずいて三人を見送った。

一旦お役御免となって部屋に残されたわたくしは、サイラスのお茶を下げに来たメイドに声をかける。

「本日はリシャーヌ様はご出席なさって?」

 メイドはきちん腰を折ってから、微笑む。

「さようでございます。お体にご負担がかからない程度、とのことでございます」

「そう。安定期に入られたようですものね」

ティナリアが支度中にやってきて、リシャーヌ様が昨夜の夜会の最初の頃に少しだけお見えになったと話してくれた。横には、べったりとライアン様がついていたらしい。

メイドが去り、カチャリとお茶を置けば何の音もしなくなる。

 ポツンと残された部屋で、わたくしは静かに窓から見える晩秋の庭を眺めていた。


「何も起こりませんように」


 ため息交じりのそのつぶやきは、ある種の『女のカン』だったのかもしれない。 


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 辺りが夕闇に染まる頃、わたくし達は再度王城のメイド達に手直しされて部屋を出た。


 来賓用のいつもと違ったドアから入城すれば、とにかく目立つ。しかも国名と身分と名をあげられるのだ。ま、わたくしや使者の二人の名前は呼ばれなかったけど。

「イズーリ国第三王子、サイラス・ホトス・イズーリ殿下」

 と、言われたら、ただ使者の登場より格段に目立つ。他国の王族を見ようと、みんなの視線がこっちに集まる。


 そして、いやおうなしに好奇の視線が突き刺さる。


「あら、車椅子後ろの方は?」

「昨晩の花火はサイラス王子の助力を仰いだと、ライアン皇太子殿下が言われていたな。やはりおいでになられた」

「負傷されたと聞いたけど、お元気そうね。同伴の方はどなたかしら」

「そういえば、ライルラド国の伯爵家に縁談を申し込んだと聞いていたが?」

「まだ正式な発表は聞いていないな」

「「……――……」」


 ひそひそ、ひそひそうるさいわね。

 いっそのこと耳栓でもしておきたいわ。

 どんなに視線が向けられようと、何か言われようととくに表情も変えずに淡々とサイラスの車椅子を押す。

 各国から招かれた来賓客の集まる中に紛れ、使者二人の影に自分の身が隠れたのを機にホッと一息つきたいのを堪える。

 この広い会場には多くの人が集まっており、いつもは目立たぬようにいる両親も、今日だけはきっとわたくしを心配して近くで見守っているに違いない。まったく気が抜けないわ。

 間もなく国王陛下と王妃様、そしてライアン皇太子夫妻と第二王子が壇上に現れて、会場中の視線が彼らにそそがれる。

 各国から訪れた来賓客への挨拶と、国内の貴族に労いの言葉をかけて盛大な夜会が始まった。

 

 壇上下に下りた国王陛下と王妃殿下の周りには、来賓客が挨拶の順番待ちの列を作る。

「行くか」

 来賓客の半分が並んだところで、サイラスが指示を出す。

 フェリドが先を進んで道を作り、サイラスとわたくしが続く。アルベルトはサイラスの左側について歩く。

 一人一人の挨拶は手短に終わっており、そう待たずに順番が来た。

 国王陛下の傍では侍従達が頂いた書状などを持って、慌ただしく行き来している。

先に王妃様が気付き、続いて国王陛下もサイラスを見て親しげに目を細める。


 ――そう。もちろん、わたくしを見ているわけじゃないわ。ええ、きっとそうですとも。お優しい国王陛下ご夫妻は、誰にでもその優しい目を向けてくださるわ。


 サイラスの車椅子を一度止め、わたくしは二、三歩後ろへ下がり目線を下げて待機。

代わりに使者二人がサイラスに近づき、車椅子の両後ろに並ぶ。

サイラスは車椅子に添えつけてあった杖を手に取ると、ゆっくりと立ち上がって礼をする。

「ライルラド国王陛下、並びに王妃殿下。このたびは誠におめでとうございます。リシャーヌ皇太子妃殿下のご懐妊も重なり、これからも慶事が続くことを心からお祈り申し上げます。また、心ばかりですが、お祝いの品を贈らせていただきます。我が国との親交についても、より一層深まることを願い、お祝いの言葉とさせていただきます」

「ありがとう。ようこそ、サイラス王子。お体の調子はどうかな?」

 息子の学友であるからか、国王陛下は砕けた笑顔を見せる。

「おかげさまで、ずいぶん良くなりました。本当は歩けるのですが、周囲が心配性でこのような形で参加させて頂いております」

「ははは。大事に越したことはない」

「ええ、その通りです」

 王妃様もうなずく。

 その後、使者達から挨拶と贈り物の口上が述べられ、外交的な挨拶が終了する。

 本来ならこれで終わりだが、やはりそうはいかなかった。

国王陛下と王妃様の目がわたくしへと向けられる。

「シャナリーゼ・ミラ・ジロンド嬢ね。ライアン達からもお話は聞いています。今日は、二人が一緒にいるところを見られて良かったわ」

「もったいないお言葉です」

 丁寧に礼を取ってお言葉を頂く。

 だが、恭しい態度の内側で、わたくしの心は大いに騒いでいた。

 

ああっ! どうしてフルネームをおっしゃいますの、王妃様!!

 ご覧ください。近くにいた方々が、早々にわたくしの名を口にして脳裏に書き留めておりますわ! 

 

 そして国王陛下が畳み掛ける。

「なかなか良い返事がもらえないと聞いていたが、どうやら問題ないようだな。良い発表を待っているよ」

「ええ、ぜひ」

 笑えば隠れる目つきの悪さ。しかもそこにキラキラ王子オーラまで乗せているから、サイラスの腹黒さを知らない周囲の人々には好印象に映ったに違いない。

 わたくしとサイラスを見る人々の目が、急に温かいものに変わっていく。

 サイラスの笑顔とは裏腹に、わたくしは無表情を貫く。

 そして、わたくしの心の中はさらに荒れる。

 

 ああっ! 今すぐあの鉄扇でサイラスの横っ面を叩き、鋼鉄のピンヒールで車椅子を蹴飛ばしてやりたいっ!!

 だけど、我慢。我慢するのよ、シャナリーゼ! 今ここで暴れたら、家の為にと恥をしのんでサイラスの車椅子を押しているのに、その苦労が水の泡になってしまうわ。

 なんて生温い雰囲気なの! 湿気が酷過ぎて妙な汗が出そうだわ。

 お願いですから、わたくしのことはお気になさらず! サイラスの腹黒さを知らないけれど、ちょっと惹かれてしまいましたというお嬢様方。どうぞ遠慮なくいらっしゃってくださいまし。

 

 そんなことを考えていたわたくしは、すっかり注意力が欠けていたみたい。

 国王陛下夫妻が立ち去ると、サイラスはゆっくりと車椅子に座り、自分で車椅子を動かしてわたくしのすぐそばに来た。

「さぁ、行こうか」

 言うが早いか、わたくしの右手を取りそっと口づけを落とす。


 きぃいいいいいやぁあああああああ!!


 大絶叫を口にしなかったのは良かったが、たじろいだわたくしを何人かのご年配の方々が微笑ましそうに見ている。


 いつものように意地悪くニヤリとも笑わず、その目には愛しいという感情がにじみ出ており、そこに偽りがどうしても見えず心が落ち着かない。


 そうだわ!


最近、子どもがひとり立ちした熟年貴族に流行っている、ペットの犬を乳母車に乗せてお散歩させるという話をお母様から聞いたわ。


 国王陛下に王妃様、そして皆様。どうか勘違いなさらないでくださいっ! そう、これは――犬の散歩なのですわっ!!


 読んでいただきありがとうございます。


 今回ちょこっと触れました侯爵令嬢達については、Web版でも少ししか触れてませんので、サラッと流しました。

 ただ、書籍版ではまるまる一話登場していただきました。

 系列的にイズーリ国編で、ナリアネスが起こられてサイラスの部屋から叩きだされる前。つまり、あの日の午前中のお話になっています。

 ほかにもいろいろ変化してます。

 

 どちらでも楽しめるよう努力していきます。

 これからも、よろしくお願いいたします。

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