勘違いなさらないでっ! 【44話 後半】
前回の後半です。
「で、キス、した?」
「いいえ」
アシャン様の言葉にわたくしは何事もなかったのでごく普通に答えたのだけど、食堂に待機していた家人達が軒並みがっかりした顔をしたのには気が付かないふりをした。
と、ここで意外な反応を見せていたのが、サイラスとエージュ。
サイラスはポカンとした表情でアシャン様を見つめ、エージュは「おやおや」とでも言いたそうに一瞬眉が上がった。
どうやらアシャン様が、そんなことを聞いたのが不思議だったみたい。
サイラスはわたしの方にも、そのポカンとした顔を向ける。
なんです? まさかこんなことを言い出すようになったのはお前のせいなのか? とでも言いたいのかしら。まっ、否定はしませんがが、わたくしだけの影響じゃなくってよ。ねぇ、マニエ様。
なんてアシャン様の爆弾発言から始まった夕食も終わり、わたくしは疲れた体を寝台の上で大きく伸ばしていた
行儀が悪いとか言われようが、誰もいない自分の部屋の中ですもの。かまわないわ。
そこへドアがノックされる。
「シャーリーお嬢様、アンです」
「入って」
サッと寝台から立ち上がり、長椅子へと向かう。
入ってきたアンは帰ってきたばかりのようで、手に薄緑色のコートと小さな花束を持っていた。
「おかえりなさい、アン。ご苦労だったわね」
「とんでもないことです、お嬢様。花火はみんな大喜びでした。でも先にこちらはお嬢様へと、孤児院の子ども達からの贈り物です」
そっと差し出された小さな花束は、お店に売られているようなものではなく、野花と孤児院で栽培しているであろう花を集めたものだった。花を束ねている黄色いリボンが妙に立派で目立っている。
おそらくこのリボンは、前にわたくしが贈り物をしたときについていたものだろう。それを彼らは取っておいて、売りもせずに大事に持っていてくれたのだ。
「かわいらしい花ね。今の時期はお花も少ないでしょうに」
「ふふ。こちらもあります」
アンがポケットから出したのは、木の実をつなげたブレスレット。
「わたくしも頂きました」
笑いながら手元をわたくしに見せてくれると、そこには同じ木の実のブレスレットがあった。
「おそろいね」
「はい」
ブレスレットを受け取ると、アンは花束に目を止める。
「だいぶ萎れてしまいました。急いでお水にいけてまいります。水切りすれば、きっと元気になると思いますので」
「ええ、お願い」
花束を受け取ると、アンは部屋を出て行った。
長椅子に座り、木の実のブレスレットを手に取って眺める。
「プッチィに食べられないようにしなきゃ」
庭の木の実も興味を持っていたから、きっと見つかったら食べられるわ。
想像したら笑みがこぼれる。
またドアがノックされて、返事をしたら低めの花瓶を持ってアンが戻ってきた。
「このテーブルに置いて、あなたもそちらに座って」
「はい」
普通は進められてもよほどのことがない限り座らないのがメイドだけど、わたくしとアンの仲にはそんなものはない。
アンが対面の長椅子に座り、さっそく目を輝かせて口を開く。
「みんな大喜びでした! 最初はお嬢様がご一緒じゃないとさみしがる様子もありましたけど、用意された花火の筒を遠目に見て、子ども達はワクワクしておりました。もちろん大人もです。
花火が最初に打ち上げられた時は、その大きな音にみんなびっくりして腰が引けておりましたが、夜空に開いた花火を見てみんな口を開けて魅入っておりました。三発はあっという間でしたが、子ども達は花火の口真似をしてジャンプをしたりして、辺りをはしゃぎまわっていました。大人達も女性はうっとりとしておりましたし、どうやったらあんな見事なものが作れるのか、とまるで職人のように話し出すものまでいて、本当にみんなの心にしっかり残った最高の夜でございました!」
アンも思い出したのか、途中からずいぶん早口になっていた。
「そう。それは良かったわ。たった三発じゃあっという間だったわね。もっとライアン様に強請るのだったわ」
きっと無理でしょうけどね。
「いえいえ。十分でございますよ。音だけでしたら、王城の花火の音が聞こえて下りまして、みんながあの音がここでも鳴るのか、と打ち上げ前にも興奮しておりました」
「ふふふ。子ども達どんな顔していたかしら。喜んでもらえて嬉しいわ」
「お嬢様も花火をご覧になられましたか?」
ふとアンが窓の外のバルコニーに目を向ける。
わたくしも同じようにバルコニーを見て、はぁっとため息をつく。
「見たわ。ただし、屋根の上で」
「屋根、でございますか?」
びっくりしておもわず上を見上げる、アン。
「サイラスよ。あの大怪我王子ったら、ジッとしていないのよ。アンバー達に手伝わせて屋根の上に」
アンは呆けた顔のままわたくしを見て、
「はぁ、あの、それはロマンチック……?」
言っている最中に、アンも自信がなくなって首を傾げる。
「全然ロマンチックじゃないと思うわ。少なくとも、バルコニーで座って眺める方がいいと思うけど」
「さすがサイラス様」
「やることがいつもおかしいのよ。今日持ってきた杖だって、先の部分からトゲが出るように改造されているのよ。ナリアネス達は感心していたけど、わたくしや家人達は唖然としていたわ」
「お、お国の違いでしょうか」
「だとしたら、やっぱりサイラスに嫁ぐのはご免よ。わたくし、そのうち全身武装化されるのではないかと思っているの。そうなったら、脱毛クリームをたくさん仕入れてぶちまけてやるわ。周りの被害なんて二の次よ」
問題はどうやって連続して脱毛クリームを投げ続けるか、よね。いっそのこと井戸の水のようにポンプで救い上げて放出できたらいいのに。 そうなったら二人、いえ、ホースを安定させるために人がいるから、最低三人は協力者が必要ね。
こちらの被害を最小限に抑えるために、防具としては傘の素材を使ったもので……。
「……シャーリーお嬢様。何をお考えで?」
「はっ!」
いつの間にか目をつぶって、真剣に考えてしまっていた。
なんてこと! これじゃあサイラスと同じだわ!!
「お嬢様。明日はお嬢様もご予定が控えております。今からしっかりご準備させていただきます」
「え? 今から?」
顔を上げたわたくしに、アンは力強くうなずく。
「最近お手入れのお手伝いをさせて頂いておりません。ですので、しっかりわたくしさせて頂きます」
「え? いつも通りでいいわ」
「なりません!!」
クワッと目を見開いたアンは、サッと立ち上がってわたくしの使う基礎化粧品をごっそり持ってきた。
「なんだか気合入れるなんて、サイラスのためみたいに思われて嫌だわ」
ブスッとして本音を言えば、アンはコットンにたっぷり化粧水を含ませながら首を振る。
「男性のためのお化粧、ではございません。もちろん夜会やお茶会などはお嬢様方やご婦人方の戦場ではありますが、同時に各家のメイド達の戦場でもございます。
いかにお仕えする方を美しく、気高く、人目を惹きつけるか! まさにメイド達の見えない戦場なのでございます」
「夜会がメイド達の発表会、てわけね。なかなかおもしろいわ。そう考えるとダメな家は結構あるわ」
「笑い事ではありません、お嬢様。明日は絶対目立っていただきます。そして今まで散々陰口をたたいてあることないこと噂にし、笑っていた方々が空いた口がふさがらない状態で悔しがらせるのですわ、お嬢様!」
段々何かを思い出して興奮していく、アン。
心なしか手つきにも力が入っているようだわ。
わたくしの噂なんてろくでもない物ばかりで、わたくしは気にしてなかったけれど、アンはよっぽど気にしていたみたい。
「……ずっと、悔しい思いをさせていたのね」
ハッとアンの手つきが止まる。
「も、申し訳ございません」
「いいの。もう、アンに任せるから、明日は好きに飾ってちょうだいな。そして、明日わたくしを見て、ポカンとマヌケなお顔をなさった方々を見てやるわ」
「はい!」
俄然張り切ったアンの熱は、翌朝他のメイドにも伝染していた。
途中で部屋を尋ねてきたアシャン様が、異様に興奮したメイド達に囲まれ脱力しているわたくしを見て目を瞬かせる。
「き、気合入っているな」
メイドに囲まれたままうなずくと、アシャン様はなにやらハッと気が付いたように顔を上げる。
「そうか! 三の兄様も喜ぶ」
「!?」
きゃああ! アシャン様にサイラスのため、と勘違いされたわ!
「ち、ちが」
「がんばれ」
パタンとアシャン様は笑顔で出て行った。
勘違いなさらないでくださいっ! アシャン様!!
読んでいただきありがとうございます。
発売月ということで週一更新頑張ってみました。
また更新していきますので、どうぞ書籍ともどもよろしくお願いいたします。




