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勘違いなさらないでっ! 【44話 前半】

②巻発売から一週間。

と、いうわけで短い(4500文字)ですが、前半として更新。

来週にも後半を更新したいと思っております。

 持ち物をなんでも武器にしてしまうサイラスを、どうにか部屋に放り込む。

 いくら傭兵業を国家事業としてやっているといっても、サイラスはやり過ぎじゃないかと思うわ。日用品を武器するのは、もう彼個人の趣味かもしれない。

 しかも女性用の武器(防具?)の試験台はわたくし、よね?

 頭を抱えて自室に戻るべく廊下を歩いていると、アシャン様が階段のところに立っていた。後ろにはナリアネスが控えている。

「ケーキ投げはしないのか?」 

 ちょっとワクワクしたような、アシャン様の期待のまなざしが突き刺さる。

「致しません。何度もやっていたら、そのうち杖から傘が出そうですわ」

「それもそうだな」

 ふふっと笑うアシャン様の前で、わたくしは疲れた顔をさらに曇らせる。

「お兄様は昔からああですの?」

「ん? 武器の改良のことか? ん、好きだな」

 それがどうした? と、不思議そうなアシャン様。別にそれが変わっていること、という認識はないらしい。

 嫌だわ、余計なこと知ってしまったかも。とりあえず今回のドレスは普通みたいだったけど、そのうち鋼鉄の糸やらが織り込まれたらどうしましょう。

「あ、そうだ」

 何かを思い出して、アシャン様は後ろに控えるナリアネスを見上げる。

「メモ、出せ」

 ほら、とばかりに伸ばされた右手を見て、ナリアネスは二秒ほど考えたのち、自分の懐から小さな手帳を取り出して渡した。

「なんですか?」

「ん、これもそうだ」

 手帳を見てアシャン様がうなずき、ペラッと手帳をめくる。

 それを見て、ナリアネスがそっと声をかける。

「お気を付け下さい、姫様」

「ん」

 たかが手帳に何を? と思っていると、数枚めくったところで、アシャン様が何かを撮んで見せた。

「これ」

 それは銀色に冷たく光る薄い長方形のもの。

 そっとナリアネスが右手を差し出すと、アシャン様はその手にその銀色の物をおく。

「それはなに?」

「東国シャポンの武器『シュリケン』というものを模して作りました、いわゆる手投げの剃刀(かみそり)です。サイラス様の発案ですが、(それがし)も製作に携わらせていただき、試作品として持っているのです」

 サイラスと一緒に作れたのが嬉しいのか、ものすごく胸を張っている。犬だったら尻尾を勢いよく振っているところね。熊も尻尾を振るかしら?

「ほら」

 唖然とするわたくしの前で、もう一枚手帳の中から剃刀を見つけたアシャン様が、手帳に付随してある黒炭の簡易ペンで手帳に何かを書く。

「下敷き」

「硬いのでどこでも書けます。強いて言うなら、剃刀の刃に気を付けることですが、いざとなったら血の文字も書けます」

「……」

 わたくしは左手で額をおさえて俯いてしまった。

 ――本気で頭が痛くなってきたわ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 日が落ち、辺りが薄暗くなってきた。

 サイラスを迎えての晩餐は執事のクオーレが仕切ってくれているし、かしこまった食事はうんざりだ、とのサイラスの言葉もあって、わたくしも特別な支度をすることもない。

 アンの代わりについてくれたメイドも手伝いに行かせ、わたくしは一人自室の窓から外を眺める。

 もうすぐ花火が上がる。

 さすがに王都の花火より早く打ち上げることはできず、シュナックス孤児院のある町での打ち上げの予定は、王都での花火が終わる頃らしい。

 わたくしは少し厚めのショールを肩に羽織ると、窓を開けてバルコニーへと出る。

 弱いけど冷たい風が吹き、おもわずショールの前を抱き寄せる。

 ここにいれば、シュナックス孤児院で打ち上げられた花火の音も聞こえるかもしれない。でも、王都の花火の音にまぎれてわからないでしょうね。

 それでもいいの。離れていても、少しでも時間を共有したくて待つことにする。

 今頃お城ではライルラド国中の貴族が大広間に集まり、国王陛下と王妃様に祝辞を述べている頃だろう。

 ティナリアは大丈夫かしら。きっとお嬢様方に大事に囲まれていると思うけど。

 いろんなことを考えていると、自室のドアがノックされる。

「なあに?」

 晩餐には早い時間ね、と開かないドアを不思議に思って部屋に戻る。

「よお」

 廊下にいたのはサイラスだった。

「なにかご用? わたくし忙しいのだけど」

「特等席で花火を見ようと思ってな」

「特等席?」

「そうだ」

 言うが早いか、サイラスは車椅子を器用にすべり込ませて入ってくる。

「ちょっと」

「いいから来い」

 明かりを一つしかつけていない薄暗い部屋に入ったサイラスは、まっすぐに先程わたくしがいたバルコニーへと向かう。

「もう」

 人の話を聞かないんだから、とわたくしは少しだけ隙間を開けて後を追う。

 バルコニーにいたサイラスを見ると、先程はなかった太いロープがぶら下がっている。

 ――あ、デジャヴ。

「お前、屋根に上ったことはあるか?」

「あるわけないでしょ」

「そうか」

 笑いながらサイラスは、杖もつかずに車椅子からふらりと立ち上がる。

「ちょっと、危ないわ」

 あわてて駆け寄り、右側からサイラスの背中と腕を持って支える。

「ありがとう。大丈夫だ」

 自然にお礼を言われ、わたくしは抱き着くように支えている自分に気が付いて、パッと手を離す。

「さあ、行くぞ」

 わたくしが手を離したすきに、今度はサイラスの右腕がわたくしの腰にまわされる。

「ちょっと!」

「おっと、まだ右腕はまだ完治してないんだ」

 振り払おうとしたが、腰にまわされたサイラスの腕の部分が妙に硬いことに気づく。服で見えないが、しっかり固定しているのだろう。

 ムッと口を閉じたわたくしを見て、サイラスがにやりと笑う。

「自分でしがみついとかなきゃ落ちるからな」

「え?」

 そう言って引き寄せられ、サイラスが左腕にロープを巻いて掴んでいるのが見えた。

「いいぞ」

 サイラスがグッとローブを引くと、急に上へと引っ張られる。

「きゃあっ」

 慌ててサイラスの首に手をまわす形でしがみつく。

 ずるずると上へ引っ張られている間、わたくしは腰に触れているサイラスの腕に負担がかかるのではと、サイラスの首にまわした手に力を込めた。

 やがて屋根の上にエージュの姿が見え、差し出された手で一気に引き上げられる。

 ちなみにロープを引っ張っていたのは、アンバーとシーゼット。二人ともサイラスが屋根に上がった時点で、仰向けに倒れてゼーハー言っている。

「おい、シーゼット・パース。この程度で息が上がっているなら、皇太子殿下の直属部隊どころか、補助部隊にも入隊はできんぞ」

「は、はい!」

 サイラスの言葉に、シーゼットはがばっと立ち上がる。

「後で呼ぶ。下がれ」

「はい!」

 ピシッと背筋を伸ばし、シーゼットは屋根の上を走って行った。

 ……どこに行ったのかしら。

「ねえ、直属部隊ってなんのこと? まさかあの男が入隊するとでもいうの?」

 うそでしょう、とサイラスを見れば、なんとも悪い笑みを浮かべてうなずく。

「少なくとも、本人は俺に直訴してきた」

「うそでしょ? 前にあの男、自分で行きたくないって言っていたわ」

「事情が変わったらしい」

「事情?」

 訝しがるわたくしの前で何かを思い出し、サイラスはくつくつと笑う。

「ティナリア嬢に言われたらしい。彼女はつき過ぎない筋肉が好きで、そんな体をしたすてきな騎士が自分を迎えに来てくれるのを夢見ている、と」

「ティナリアが!?」

 ここ最近で一番驚くことだわ! そんな理想聞いたこともない。

「しかもティナリア嬢はシーゼットを褒めて、見込みがありそうですね、なんて言ったらしい」

 うわー……と、おもわず開いた口がふさがらない。

 と、そこへアンバーの耐えきれずに噴き出した笑いが響く。

「あはははは! そんなの真に受けて、本気で隊長に転属希望を言いに行ったんだぜ! 拳骨一発で終わったけど。その後サイラス様に無断で直談判とか、ありえねー!!」

 先ほど仰向けのままだったのか、アンバーは寝転がったままお腹を抱えて暴れる。

 そんな彼に、冷たいエージュの声が刺さる。

「アンバー・ユハル。場をわきまえなさい」

「え、あっ!」

 あわてて立ち上がると、深々と頭を下げる。

「行きなさい、アンバー・ユハル」

「は、はい!」

 ピューッと屋根の上を走り去る、アンバー。

「では」

 続いてエージュも頭を下げて、こちらは歩いて立ち去った。

「どういうこと?」

 サイラスと二人屋根に残され、わたくしは彼らが去った方向を見たままつぶやく。

「なに。花火を見るなら高いところがいいだろう、と思っただけだ」

「え?」

「何も遮るものがない空の下、というのが絶好の場所だろう? だが俺はこのザマだし、しかたなくあいつらに頼んだというわけだ」

 ふと近くを見ると、白い敷物が二つのクッションと一緒に敷いてある。

 初めて見る我が家の屋根からの景色は、本当に何も遮るものがなくて、思わず見上げた夜空は吸い込まれそうな感覚になるほど。森の中、木々の間から見上げた空とは違った空に見えて、わたくしは思わず口元をゆるめてホッと息を吐く。

「そうね。同じ鳥籠でも中と天辺では大違いだわ」

「鳥籠?」

 サイラスが敷布に腰を下ろそうとしていたので、わたくしはそっと手助けする。

「ええ、鳥籠。出られないけど、こうして見下ろすのは気分がいいものね」

 自嘲気味に小さく笑いながら隣に座ると、片膝を立てたサイラスが首を傾げる。

「鳥籠をただの籠にしてしまうか、それとも拠点として生きるのかは自分しだいだろう?」

「え?」

「籠から逃げ出すのか、籠の利点を生かして自分を生かすのかはお前次第だと言っているんだ。俺だって昔は周りの期待から逃げたかったし、どこに行くにも誰かが付いてきて口を出す。そんな生活が嫌でしかたなかった」

 ふとそらされたサイラスの目が、昔を思い出すように伏せられる。

「決められた遊び、友達、時間、稽古。病気しても両親はすぐには来てくれない。フィセルは我が子より俺を優先させるが、それは俺が求めていたのとは少し違うものだ。兄達はもっときつかっただろうけど、第三王子なんて中途半端な立場じゃ規則も妙に甘くて、俺は『なんで、どうして』といつも思っていた。

 そんな時、二番目の兄か俺が軍に属することになった。俺はすぐその話に乗って、エルビート侯爵家の遠戚の子として一兵卒から入った。はっきりいって、軍に入って一年は生まれの階級も一切関係ないからな。そういう誓約書を書かされる」

 苦労したぞ、と笑いながら目を開けてわたくしを見る。

「お前はどっちだ? ちゃんと市井で居場所を作れるか? 縛られた世界が嫌だと言うなら、市井はもっと縛られた世界だ。何をやるにも身分がものをいう。お前はせっかくそれを持っているんだ。俺との事も踏まえてもう少し考えてみろ」

「なっ!」

 結局自分との結婚を考え直せってこと!?

 サイラスの昔話をじっくり聞いた自分が恥ずかしくなって、顔を真っ赤にさせて怒鳴ろうとしたが、ドンッ! という大きな音とともにビリビリとした振動が伝わる。

「お、始まったぞ」

 なんてタイミングが良いのかしら、とわたくしは怒りを抑える。

 そんなわたくしを見て、花火から目をそらしたサイラスがにやりと笑う。

「勘違いなさらないで。わたくしの籠は鍵がない籠ですの。いつでもわたくしは自由です」

「そう。それがお前らしい」

 笑うサイラスの横で、わたくしは顔をそむけるように花火を見上げる。


 夜空に打ち上げられた花火は、何もかも忘れて魅入ってしまうほど美しい。


 ――だからこの時は、サイラスと肩が触れるほど近い位置に座っていられたんだわ。


読んでいただきありがとうございます。


ちょっとだけ素直(?)になったかなぁ。

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