勘違いなさらないでっ! 【43話】
もうちょっとお話すすみたかったのですが、まずはここまで。
いつものように朝日が昇る。
窓を開けると、冬が近いことを感じさせるような冷たい空気がゆっくりと入ってくる。
貴族街の向こうにある町では、きっと早朝のこんな時間でも今日は大賑わいだろう。
なにせ、今日からライルラド国王陛下の生誕祭と、即位二十周年記念の記念式典が開催されるのだから。国中がお祭り騒ぎなのは当たり前。
「はあ」
なのに、わたくしときたら朝一番からため息をつく。
顔を上げて横を見れば、机の上には昨夜遅くまでかかって書いた手紙が一通乗っている。
あて先はシュナックス孤児院の院長宛て。
内容は――今夜の花火を一緒に見ることができない、ということ。
「ああ、もう」
思い出したらまた怒りが込み上げてきた。
それもこれも、全部サイラスのせいだわ。
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昨日、あのわけのわからない台詞をはいてすぐ、サイラスは我が国のお城へと移動して行った。まあ、一応国の代表として来ているんだからね。前入りしたとしても、普通はお城に迎えられるのが当然。
遅くなったけど、今から急いでお城に先に到着している、イズーリからの使者の方々と打ち合わせをするらしい。
泊まらないなら来ないでいいのに、と思ったけど、エージュ曰くここへはアシャン様の様子見と、わたくしにドレスを渡しに来たというのが理由らしい。
妹の様子見、と言われたら何も言えないわ。
『安心しろ。明日からはこちらで厄介になるつもりだ。夕方には来る』
『帰国までお城にいなさいよ!』
『長居しては、ライアン達に無駄な気遣いをさせてしまうからなぁ。友人の配慮と言うやつだ』
『我が家へご配慮いただきたいわ!』
『お前の父上は喜んでいたぞ』
『……』
見えないようにギリッと奥歯を噛みしめて、父への恨みをかみ殺す。
そんなこんなで少し遅くなった夕食の席で、わたくしがサイラスの介護(介助)に付き添うことになったと聞いた父は、明日、つまり今日の外出を全面的に禁止した。
『明日はお前も知ってのとおり、わたし達はお城へ登城する。サイラス様がいらっしゃるのだから、お前が出迎えるのが当然だろう』
『お父様。お願いだから、軽々しく一国の王子様を呼ばないでください』
わたくしが言ったことは、すごくまっとうな意見だと思う。
だけど父は少し考えて、母の顔を見てうなずいてからわたくしに言った。
『お前は知らないかもしれないが、一時期、サイラス様とリシャーヌ皇太子妃様の仲を疑う噂があったのだ。もちろんすぐ消えたが、中には面倒な人間もいる。それに今リシャーヌ皇太子妃様はご懐妊中だ。余計な噂を立てるわけにはいかないのだよ』
『あら。まるでわたくしがカモフラージュだと?』
『シャナリーゼ!』
さすがに父が声を荒げたので、わたくしは素直に謝る。
『冗談です。あの方がそんな方でないのは、十分わかっていますから』
リシャーヌ様の噂は知らなかったけど、父が言いづらそうだったのが妙にひっかかり、わたくしはなんとなくすっきりしない気分で夕食を終えた。
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パタンと窓を閉めて、わたくしは鏡台の前に立つ。
「……ひどい顔ね」
寝不足です、と目が訴えている。
いくら父の命令だからといっても怒りは収まらず、シュナックス孤児院の院長宛ての手紙を書くまでに、ずいぶん時間がかかった。
夕食後、久々にトレーニング室に行って、サンドバックを思いっきり殴ってきたわ。
鏡台に座って肘をついていると、アンがやってきた。
「まあ、シャーリーお嬢様」
「……ひどい顔でしょ」
アンは気の毒そうに眉を下げる。
「仕方ありません、お嬢様。花火の件は大変残念ですが、時間を遅らせるわけには参りません」
「そうね。あれはもう、ライアン様に渡したものだものね」
今夜の花火については、若干の変更があったと連絡が来た。
まずシュナックス孤児院の花火を専門の打上げ師が準備し、火の扱いに長けた鍛冶職人に点火と簡単な後始末を任せたという。その際には数人の兵士が待機し、後始末をした花火の残りをお城へ運ぶようになっている。
さすがにお城の花火を、二人で次々に打ち上げるのは無理があったらしい。万が一にも失敗がないように、とのことだろう。
「アン、お願いがあるのだけど」
「はい、何でございましょう」
「手紙を渡して来てくれないかしら。あと、きっと町にお店がたくさん出ていると思うから、子ども達が喜ぶようなお菓子をたくさん買って行ってほしいの。お金は今からお父様へ相談しに行くわ」
「かしこまりました」
「それから」
と、言いかけてわたくしは一度口を閉じる。
今日は忙しい。それはわかっているけど……。
「ねえ、アン。花火を見た子供たちの様子が知りたいの。見て来てくれないかしら?」
だけど、アンは迷うことなくうなずいてくれる。
「はい。きっとすてきな笑顔をお伝えできるかと思います」
こうしてアンに手紙を渡し、わたくしは朝の支度を整えて朝食の席で父に相談した。
わかってはいたけど、父はすぐに執事のクオーレに用意するよう言い、ようやくわたくしも心の整理がつく。
我が家の買い出し用の馬車で、アンは午前の早いうちに出かけた。
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わたくしは夜会の準備に追われる母に付いて、まず最近タブーになっていること、流行、派閥などを大まかに教わる。続いてティナリアと一緒になり、細かい注意点などについての講義。
サボっていたツケね、と頭が痛くなるほどの情報を整理していると、次はティナリアが最近の若者の流行をこっそり教えてくれる。
ティナリアの部屋で長椅子に座って、やっとホッと一息つく。
対面に座るティナリアが、そんなわたくしを見てクスリと笑う。
「あと、女性は髪飾りに鳥の羽なんかを付けるのが流行っているの。あとはふわふわの毛を使ったアクセサリーとか」
「へえ。じゃあティナリアも今夜は付けるの?」
「ええ。ウサギの毛の髪飾りなの」
ボーイズラブをこよなく愛しているけど、そこはやはり女の子らしい。
「そんな流行があるなんて知らなかったわ。早く知っていたら、プッチィ達のブラッシグングで抜けた毛を使って、何か作れたかもしれないわね」
「そんな高価な物つけられないわよ、お姉様」
クスクス笑うティナリアだったが、でも、と口にする。
「とっても肌さわりがいいから、丸い毛のイヤリングにすると頬に当たって気持ちいいかもしれないわね」
「いいわね、それ。いつでもプッチィとクロヨンを感じていられるわ」
ブラッシングで抜けた毛は丁寧にブラシから取り除き、洗って乾燥させてある。量は少ないけど、希少種のウィコットの毛だからと貴重品扱いで保管されている。
「そろそろ、ティナリアも用意する時間ね。お父様達がいるから大丈夫だと思うけど、一人になってはダメよ? ちゃんと守ってくれるお友達の方と一緒にいてね?」
夜会の危なさを知っているわたくしは、ただでさえ美人の妹が着飾るので不安でたまらない。男も怖いけど、女の嫉妬はもっと怖い。
「大丈夫ですわ、お姉様。いつもの方々といますから」
にっこりほほ笑むティナリアが言う『いつもの方々』という言葉に、少しホッとしてわたくしは部屋を出た。
――『いつもの方々』とは、リンディ様を始めとしたボーイズラブを愛するお嬢様達と、ティナリアを同性でありながら崇め称えているお嬢様達の集団。
お兄様曰く、あれではティナリアどころか群がるお嬢様達の縁談は遠いだろうな、とのこと。時々話しかける猛者がいるらしいが、鉄壁の守りでティナリアの視界に映ることすら阻止するらしい。
ちなみに構成するお嬢様方は全部伯爵位以下の爵位の家柄かと思いきや、侯爵家もいたのでお兄様とお父様が頭を抱えていたわ。何度も言うが、我が家はさほど影響力のある伯爵家ではないのよ。
お母様とティナリアが本格的な支度に入ったので、わたくしは自室のバルコニーへ出て外を見る。
雲の多い秋空ももうすぐ終わり。
王都はライルラドの南の方に位置するから、北にある我が家の領地に比べればさほど雪も多くない。だからお母様とティナリアは、王都に残りたいらしい。
「……いいわねぇ」
空の高いところを飛ぶ鳥を見て、わたくしはつぶやく。
広いお屋敷はまるで鳥籠。
今まで自由にさせてもらっていただけに、最近急に締め付けられているような気分だわ。
そんなわたくしの部屋のドアがノックされる。
入ってきたのはお針子の二人。
「お嬢様。お召し物の最終調整を行いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、いいわ」
わたくしはもう一度空を見上げて、部屋へと戻った。
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――妖精が現れた。
淡いピンクと黄色フリルを三段ずつ重ねたふんわりドレスに、真っ白なデコルテを少しだけ晒した清楚な襟元には、ふわふわとした白い毛が縁どられている。
きれいにうなじをだし、頭の高い位置に結われた髪は、先程ティナリアが言っていたうさぎの毛を使った大きめのカチューシャがとめられている。横に流した遊び毛もくるくるとカールして雰囲気に会っている。
ぽってりとしたピンクの唇と、うっすら恥ずかしそうに頬を染めたティナリアが、潤んだ瞳で送り出すわたくしを見ている。
わたくしの隣に立つアシャン様も、着飾ったティナリアに驚いているようで、わずかにポカンとしているように見える。
そして、わたくしの後方でシーゼットが真っ赤な顔で悶えているのを、横にいるトキとアンバーが必死に抑えている。ちなみにナリアネスは無反応。ナリアネスの運命の相手と言うのは、どうやら容姿では左右されないらしい。
「どうかしら、お姉様」
はにかんだ笑顔も絵になるティナリアに、わたくしはうなずく。
「すてきよ、ティナリア。でも、気を付けてね」
「大丈夫よ、シャナリーゼ。ここまで着飾らせれば、いつもの方々の防御力も上がるというものよ」
ほほほ、と楽しそうな母。
防御力って、それっていつにも増して周りの方々が庇護欲を全面に出し、ティナリアの周りを囲むってことですか? それって逆に目立ちませんか?
わたくしと同じことを考えているだろう父は、なんともいえない笑みを浮かべている。
お父様、頑張って。
厳ついその顔で、どうか母とティナリアを守ってくださいまし。
心で父へエールを送り、そのままお城へ登城する三人が乗った馬車を見送った。
そして、一時間もしないうちに嵐がやってきた。
「よお、来たぞ」
玄関ホールで出迎えたのは、先程父達を送り出した同じ顔ぶれ。
入ってきた車椅子のサイラスは、わたくしを見るなり片手をあげてなんとも砕けた挨拶をした。
「部屋はいつものところよ。さっさと行きなさい」
ビシッと階段を指差したわたくしを見て、クオーレの顔が青くなる。
「杖を突いて歩けるんでしょ? それともエージュが横抱きするの?」
「するわけないだろう」
嫌そうに言って、エージュから杖をもらって立ち上がる。
「お、お待ちください!」
唖然としていたクオーレが、あわてて間に入ってくる。
「お椅子ごとお持ちいたしますので!」
「ダメよ、クオーレ。甘やかさないのよ。これはリハビリなの」
リハビリと言うの名の嫌がらせかもしれないけど。
「そうだぞ、執事。これはシャナリーゼの介助の練習でもある」
「は?」
何よそれ、とサイラスの顔を見れば、それはそれは楽しそうに笑っている。
杖を突きつつわたくしに近づくと、ヒョイと杖を目の高さに持ち上げる。
「たとえば手すりがない場所や、この杖がない場合は、お前が肩を貸してくれなくてはならない」
「なんで決まっているのよ」
「そういうな」
と、言ったと同時にガシッとわたくしの方に腕が回る。
「きゃああ!」
容赦なく肩に回されたサイラスの腕が重くなる。遠慮なく体重をかけているらしい。
両足に力を込めて耐えたわたくしは、キッと睨みつける。
「こんなところで何するのよ! 杖がないなら倒れてなさい!!」
「そうそう、杖と言えばこんな仕掛けを作ってみた」
そう言ってクルリと杖を回し、先端を上に向ける。
そして目の高さにある杖のグリップの部分に、なにやら怪しい小さなボタンがあるのに気が付く。
――まさか。
「押す」
ぽちっとサイラスがグリップ部分のボタンを押すと、杖の先二十センチ程の金属に覆われた場所から、シャッ! と金属の鋭く尖った針がたくさん出てきた。
「……」
「手元のスイッチを押すとトゲが出る。トゲの長さも、スイッチをスライドさせると調整可能だ」
どーだ、とばかりに胸を張るサイラスに、イズーリの人間は「おおっ」と感心しているが、我が家のライルラドの家人は「え? それって必要ですか?」と一歩引いている。
わたくしは呆れた目で杖を見つめる。
「欲しいか?」
「勘違いなさらないでっ! 誰がこんなものいるものですかっ!!」
読んでいただき、本当にありがとうございます。
うーん、カテゴリに「鋼鉄バカ」と書き込んだ方がいいかなあと感じるこの頃。サイラスはなんでも武器にしたがるアホの子に思えてきた……。
早いところでは2/10より店頭に②巻が並んでいるらしいです。
これも皆様のおかげです。
これからもドン亀ですが、頑張ります!!




