勘違いなさらないでっ! 【42話】
ご無沙汰しております。
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「……まあいい。なんてことは、ない」
最後の「ない」はきっと自分に言い聞かせたわね。
遠い目でそんなこと言っても無駄よ、サイラス。目に力がないわ。
そんなサイラスに、エージュがわざとじゃないかというタイミングでカミングアウトを果たす。
「そうですね。すでにイズーリ国内で五作品確認されておりますので、今更一つや二つ増えても同じでございます。それよりも、問題は明日から始まりますライルラド国王陛下二十周年の祝いを兼ねた生誕祭ですが……」
「五!? 三じゃなかったのか!」
「明日!? すっかり忘れていたわ!」
「……」
わたくしとサイラスがそれぞれ別のところで食いついたので、エージュは黙って口を閉じてうなずく。
わたくしったら、明日はシュナックス孤児院で花火の打ち上げだわ、としか覚えてなかったわ。そう言えば残りの花火も、同日の生誕祭初日に打ち上げられるんだったわね。
「五……そんなにあるなんて……」
肘掛けに肘をついて頭を抱えるサイラスに、エージュが気の毒そうな目線を送る。
「いっそ議会に禁止令でも出しますか?」
「……いや。それこそ大衆の目と耳に入ってしまう。今はまだ、一部だからな」
がっくりと力の抜けたサイラスが、うつむいたまま首を横に振る。
「もう、兄弟ものがないならそれでいい……」
とうとう諦めるサイラス。
「……そうですか」
と、いいつつ何やら目を泳がせるエージュ。
あるの!? あったらさすがにかわいそうだから、絶対サイラスに知らせてはダメよ。――まあ、わたくしの最後の切り札としてとっておくネタ、という意味も込めてだけど。見る趣味はないけれど、ティナリアやリンディ様経由で調達できるかしら?
ふと入手方法を考えた時、なぜかきゃあきゃあと盛り上がる二人を想像できて――入手はやめにする。
「そ、それよりサイラスが出席する夜会のことなんだけど」
コホンと咳払いして話を変える。
やや力なく顔を上げたサイラスの顔がおかしかったけど、ケーキまみれのエージュの姿に両親が痛んで笑うのはこらえた。
「初日は招待を受けた国内貴族だけで、あなたが参加するのは二日目の本祭の夜会よね?」
「そうだ。明後日はライアンが紋章入りの馬車を貸してくれるそうだから、スムーズに入城できるぞ」
「目立ちたくないわ」
「賓客専用門にまわるから大丈夫だろうよ」
そう、ならいいわ。
サイラスの介護なんてやっていたら、嫌でも悪目立ちするわね。だからと言って、入城から目立つつもりはこれっぽっちもないわ。ベールでもかぶっていようかしら。
「おい、シャーリー」
「なによ」
サイラスはにやりと笑って、車椅子の後ろについている取っ手を指差す。
「練習だ、練習」
「は!?」
「早すぎず、遅すぎず。丁寧にかつ慎重に押す練習だ」
「突き飛ばすから、止まったところで待っていないさいよ!」
「シャナリーゼ様。こう口は達者でも、まだ療養途中のお体ですので」
やんわりとエージュが仲裁に入り、わたくしは渋々「わかったわよ」と、車椅子の後ろにまわる。
エージュがそばに来て甘い香りを漂わせながら、これがブレーキ、滑り止めのストッパーですと説明する。
「止まった時は、必ずこのストッパーをおかけください。段差の場合などは近くの者をお呼び下さい」
「エージュは行かないの?」
「はい。わたくしはアシャン様と、こちらのお屋敷でお待ちしております」
チラッとアシャン様を見ると、黙ってこくりとうなずく。
そう言えば、同じ年頃の弟王子がいるからってライアン様が言っていたわね。臣下である貴族は喜んで娘を連れて参加するんでしょうけど、他国の王族はそのあたりの調整が難しいみたい。
車輪の枠にあるストッパーを外し、軽く押しても動かないから、力を込めて「せーの」で押してみた。
コロッと進みだすと、あとは軽い。
けれど、曲がるときはちょっと考えないと、すぐ大回りになってしまう。
あと、何度もドレスの裾をタイヤに巻き込みそうにあって気が散る。
「歩きにくいわね」
つぶやくわたくしに、サイラスが顔だけ振り向く。
「そう思って、ドレスはタイトなものにしたぞ」
「え?」
「ああ、そうだ。止めてくれ」
言われて立ち止まり、車椅子のストッパーをかける。
サイラスは自分でストッパーを外して、くるりと器用に車椅子を回してわたくしと向き合う。
「ドレスなんだが、マダム・エリアンは同行できず悔やんでいたな。あとは最終調整をするだけにしてある。――エージュ」
「はい。すでにシャナリーゼ様のお部屋に、針子ともどもご用意できているかと」
「え?」
「よし、じゃあまずは行って来い。練習はまた後だ」
ポンと軽く背中を叩かれる。
「ちょっと、また勝手に決めて!」
「サイラス様、そろそろわたくしも着替えて来たいと思います」
「そうだな」
「もう!」
ちっとも話を聞いていないサイラスに頭に来て、わたくしはフンッと顔をそらす。
と、ノックの音がした。
「ああ、準備ができたようです」
エージュがドアへと向かう。
出迎えたエージュがなぜか甘い香りを漂わせて汚れているのに気づき、驚いて部屋に入るのをためらったのはアンだった。
「どうぞ?」
何でもないように促すエージュに、アンは「はあ、では……」と小さく返事をして歩き出す。
「迎えだな。ほら、行ってこい」
「気に入らなかったら引き裂いてやるわ」
じろりと睨んで忘れずに憎まれ口をたたくと、わたくしはアシャン様へと向く。
「アシャン様、失礼いたしますわ」
「ん」
コクッとうなずくアシャン様だが、なぜか気にするようにサイラスへ目線チラチラ送っている。
「どうなさいました?」
不思議に思って聞くと、アシャン様が遠慮がちに口を開く。
「ん、三の兄様に……挨拶は……その」
年長者を重んじる教育の賜物なのかもしれない。
つまり、妹のアシャン様に挨拶をしたのに、兄のサイラスにしなくていいのかと言いたいらしい。
ええ。いいんですのよ、アシャン様。イズーリ国の王城内ではちゃんとしましたけどね、ここはわたくしのお屋敷ですもの。
押しつけがましい男にする挨拶など、あ・り・ま・せ・ん!
そう思って歩き出そうと思ったのだけど――。
「気にするな、アシャン。いつものことだ」
「……そう」
「……」
背中で聞いたサイラスの言葉に、わたくしはムカッとくる。
気が付けば、わたくしはサイラス相手に優雅にお辞儀をして見せていた。
「御前失礼いたします」
「……」
顔を上げた先には、奇妙なものを見るかのようなサイラスの顔があった。
カッと頭に血が上ったわたくしは、優雅なお辞儀を一転させて目をつり上げる。
「なによその顔はっ! ほらご覧なさいませ、アシャン様! わたくしが丁寧にすればこうして馬鹿にするんですのよ!? 最初っからわかっていましたけど、今更ながら礼儀を通してこれほど後悔したことはありませんわ!!」
「礼儀ってお前、どうせ上辺だけだろう?」
やや呆れた顔をしたサイラスに、わたくしは大きくうなずく。
「ええ、もちろんです!」
「……」
はっきり言われて、サイラスは口を閉じる。
「礼儀の八割は、たとえ相手が王族でも上辺だけに決まっていますわ!」
不敬なことを力一杯宣言するわたくしに、サイラスは頭を抱えた。
「それを言うな」
「事実です」
フンッと胸を張ったわたくしに、サイラスは苦笑しながらため息をついてアシャン様を見る。
「なあ、アシャン。こいつはこんな女なんだ。挨拶の一つや二つないなんて、だいぶうちとけた証拠のようなもんだ」
「まあ! どれだけ前向きな考えなの!? 頭をケガしたからおかしくなったの?」
わたくしを見ようともせず、サイラスはため息をつく。
「……ほら。こんな女だ」
じっとアシャン様はわたくしを見つめて、次にサイラスを見る。
「三の兄様……どこが好き、なの?」
「!」
ドキッとして体が固まってしまう。
サイラスは真面目にアシャン様を見て、フッと目元を和らげた。
そしてわたくしを上から下まで不躾にジロジロ見て、ふむっと納得したかのようにうなずく。
「こういうところ全部だ」
「「変わり者」」
わたくしとアシャン様の声がそろうと、サイラスは愉快そうに笑いだした。
「はははっ!」
片手で顔を隠しながら、笑い声はまだ止まらない。
あまりに笑うものだから、わたくしはムッと口を閉じてアンとともに部屋を出た。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
自分の部屋に入った途端、さっきまでの不快な気分は消え去った。
――なぜなら、お針子メイド三人、髪結いメイドのシリー、そして後ろからのアンの目がキラキラとそれはもう輝いており、全身からやる気オーラを出していたから。
「ど……どうしたの?」
いえ、知っていたのよ。廊下を歩くとき、なんとなく自分の部屋に近づくにつれ、後ろを歩くアンから何か熱い視線が送られてくるなぁって。
普通の貴族の家で、そこの娘専属に付けられたメイドなら、誰だって仕える主人を飾り立てたいと思うのが当たり前ってことはわかる。
だけどわたくしときたら、数年前からさっぱりだし、出かけたと思えば図書館や孤児院で、しかも畑仕事みたいなこともする。どちらかといえば、飾り立てるより湯あみに力を入れなきゃならないのが、アンの仕事になっていた。
それが最近サイラスのおかげで、やっと本来の仕事ができている。
「さあさあ、シャーリーお嬢様! 急いでご試着しなくては」
部屋の入り口から足が進まないわたくしを、アンが後ろから急かせる。
「さあこちらに! ご準備できてます」
シリーがいるってことは、髪型までしっかり決めるつもりね。
自分の部屋なのに気が引けながら入ると、鏡台の前には青いドレスが飾られていた。
全体的に目の覚めるようなきれいな青い、マーメイドラインのドレス。特徴的なのが、前より後ろのドレスの裾が長いこと。ネックラインは肩まで大きく開いたオフショルダーで、袖とデコルテは黒に近い濃い青いレースで覆われている。同じレースがウエストとひざ下から広がる部分にもつけられている。
なるほど。この長さの裾ならば、車椅子を押す時に邪魔にならないわ。
ライルラド国のドレスの主流は、ボリュームたっぷりのプリンセスライン。イズーリ国では、ボリュームと装飾は少し控えめらしい。その代わり生地に光沢のあるものを使ったりしている。
正直派手なドレスではないものの、ライルラド国では珍しいほどきれいな青いドレスに、ほんのりと口元が緩む。
「あら?」
ふと、ドレスを見ていて気がつく。
ツカツカと歩みよって、ドレスの後ろを確認する。
――あった。
すてきなドレス、と思っていただけに目がすわってしまう。
「どうなさいました?」
アンが不安そうに聞いてきたので、わたくしはドレスの腰の後ろにしっかりつけられた大きな紫色のリボンを手に取る。
「イズーリの流行だわ、これ」
手に取ったリボンは大輪の花を思わせるように結びこまれており、濃い紫のリボンを中心には淡い紫と、少しの淡いピンクのリボンが見える。中心には丸い青い宝石が輝いており、金色の縁からは真珠の輪が三連、半円を描くように広がっている。
「目立つわ、このデザイン」
低くつぶやくと、アンが慌ててフォローする。
「で、ですが、各国の方々がご招待されておりますし、そうそう目立つようなことは……」
「サイラスの車椅子を押すのよ。そんなところでこんなドレス着たら、周りにアピールしているようなものだわ」
サイラスの横で笑顔を貼りつける自分を想像し、ゲンナリと気分が落ち込む。
「せめてイズーリ流行がなかったら……」
「どうでしょうか? あまり変わりはないように思えますが」
そう言ってハッと口を閉じたアンを、じぃっと恨みがましく見てしまったのは仕方ないと思う。
「と、とにかくお着替えを!」
わざとらしく慌てだすアンが、他のメイドにも目配せで合図して動き出す。
渋々と着替えて鏡台の前で腕を真横に上げて固まり、ため息をつく。
「……盛大に失敗するしかなさそうね」
「そんなことをすれば、お家に傷がつきますよ」
諦めてください、とアンがお針子メイドの手伝いをしながら言う。
わかっているわよ、と小さくつぶやいて、浮かない顔の自分が鏡に映る。
そんなわたくしを笑いながら、アンが黒いベルベット生地に覆われた宝石箱からアクセサリーを取り出す。
「それもサイラスから、なの?」
「はい。すてきですね」
にっこり笑って、アンがわたくしにつけてくれる。
銀に縁どられた丸い青い宝石が三つ着いたネックレスと、細い棒状の青いイヤリング。
一通り身に着けたわたくしを、アンを始めメイド全員が嬉しそうに褒めちぎる。
「ありがとう」
悪い気はしないから、少しだけ笑ってもう一度じっくり鏡で自分を見る。
青いドレスと宝飾品を身に着け、髪は腰の後ろのリボンが隠れないように、シリーがハーフアップさせて編み込んだ。
――そういえばサイラスの目も青い色ね。
何気なく思いついただけだったけど、二度三度繰り返して考えるうちに、なんだか全身がむず痒くなる。
「脱ぐわ!」
「「「「「ええ!?」」」」」
満足そうなメイド全員が不満を漏らすが、わたくしは首を振る。
「脱ぐわ、今すぐっ! 採寸は終わったんでしょ!?」
「「「……はい」」」
三人のお針子メイドが渋々うなずく。
宝飾品も全部外して着替えると、わたくしは後をアンに任せて部屋を出る。
「どちらへ行かれるのですか? シャーリーお嬢様」
「サイラスのとこよ」
聞きたいことがあるから、と続ける前に、アンを始め全員ににっこり笑って「いってらっしゃいませ!」と言われる。
しまった! 絶対勘違いしているわね!!
違うわよ、と言いたかったが、手を止め全員満面の笑顔で見送られているこの状況に、わたくしはため息交じりに目をそらして何も言わずドアを閉めた。
そして足早にサイラスの部屋へと向かう。
少し乱暴にノックをすると、すぐにエージュがドアを開く。
「ちょっといいかしら」
「もちろんでございます」
こちらもにっこりいつもの笑顔で出迎えてくれるが、今のわたくしはその笑顔さえ悪意があるように見える。
部屋に入ると、アシャン様はおらず、車椅子のサイラスだけだった。
ちょうどいいわ、とわたくしは挨拶もせずに硬い表情のまま近づく。
「どうした?」
不思議そうにしているサイラスに、わたくしは腰に両手をあてて立ち止まる。
「……ドレスを、どうもありがとう」
「?」
棒読みのわたくしの態度に、サイラスは首を傾げる。
「気に入らなかったか」
少し残念そうに言われて、わたくしは首を横に振る。
「いいえ。でも、色が青じゃなくて、イズーリの流行がなかったらもっと良かったわ」
わたくしの言いたいことがわかったのか、サイラスは少し笑う。
「いいじゃないか。どうせ俺の傍にいるんだ。関係者なんだから自然だろう?」
「介護してるだけよ」
「介助だ」
しつこく訂正するサイラスに、わたくしは硬い表情のまま聞く。
「……まさかと思うけど、あなたの礼服が色つきなんてことはないでしょうね」
「俺は普通の黒だぞ」
「そう」
ホッとして少し肩の力を抜く。
そうよね。いくらサイラスがおかしな発想しても、さすがに黄色い礼服なんて周りが大反対よ。エージュもまともな神経を持っていたら、全力で阻止するはずだわ。
一応、わたくし、エージュはまともだと思っている。
「イヤリングはこれにしてみた」
ホッとしていたわたくしに、サイラスは懐から黒のベルベットの小さな箱を取りだし、パカッと蓋を開いて見せる。
そこに並んでいるのは、わたくしに贈られたイヤリングより短い、長方形の形をした金縁の黄色い宝石のイヤリング。
まさか、そのピアスの色はわたくしの目の色とか言いだすんじゃないわよね!?
お互いの目の色を交換して身につけさせるなんて、聞いただけで「ごちそうさま」と拝んでしまうくらいだったのに。まさか当事者になろうとは……。
何も言う気が起こらず、わたくしはずぅんと重くなった頭を左手で押さえる。
そんなわたくしを見て、サイラスは初めてわたくしにキラキラ王子モードを展開させる。
「あのドレスを着て、少しは俺を意識するといい」
「…………」
堂々と似合わないキザなセリフを吐くサイラスを前に、わたくしは頬を盛大にひきつらせながら立ち尽くす……。
キラキラ王子モードが効くとでも!?
勘違いなさらないでっ! 誰が意識なんてするものですかっ!!
「……ぐふっ」
――エージュ、そこはこらえなさいっ!!
読んでいただきありがとうございます。
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良かったら見てください。 ありがとうございます。
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