特別小話~どういうことよっ!~2/5話
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
では、2巻発売、電子配信のお礼特別小話2話目です。
大きいワンピースに埋まりながら、ひとまず泣きじゃくるわたくしをエージュは寝台へと抱き上げる。
そして片膝を付いて、目線を合わせる。
「シャナリーゼ様、何があったかお話し下さい」
「な、何もないわよ」
しゃっくりをあげつつ顔を上げ、一生懸命涙をぬぐう。
「鏡が見たいわ。連れてって」
「では、失礼いたします」
横抱きに抱かれて、わたくしは鏡台の前に下ろされる。
そこには、うろ覚えながらも幼少時のわたくしがいた。
何度か確かめるように手を動かして、鏡に映ったわたくしが本物かを確かめる。
「……なんなのよ、これ」
「わたしも理解に苦しみます」
そして、わたくしは思い出す。
「そうだわ! あのお爺さん!!」
勢いよくエージュに振り向く。
「お爺さんがいたわ! 夜中に赤い服を着て、白い袋を持って、そして小瓶をくれたの!!」
「……赤い服に白い袋」
「そして喉が渇いて……小瓶の中身を飲んだわ!」
すると、エージュの目が一層細くなる。
「シャナリーゼ様。素性の確かでない者から渡されたものを、安易に口にするのはおやめください」
「わかってるわよ! でも、どうしても飲みたかったのよ」
そしてわたくしは長いワンピースを両手に持って寝台へと戻る。
何かを考えているエージュはほっといて、わたくしはあの小瓶を探した。
「ない、ないわ! 小瓶がない!!」
持ったまま寝てしまったから、絶対寝台のどこかにあるはずなのに!
必死のわたくしを見て、エージュも手伝ってくれたけど、結局小瓶は見つからなかった。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
このお屋敷で一番小さなローブを身に着け、それでも大人用だからずいぶんあちこちが余る。
結局わたくしは、お父様の後を追うことをあきらめた。
こんな姿じゃ後を追うどころか、部屋の外にも出られない。
食欲はないけど、エージュが持ってきてくれた朝食を部屋でちびちびと食べる。
エージュは「ドアを開けないように」と言って、どこかに行ってしまった。
果物だけ食べて、わたくしは寝室へ戻る。
とりあえず、わたくしの元の服だけは自分でトランクへしまう。
「どうしたらいいかしら……」
この寝室のどこかに、あの小瓶が必ずあるはず。
そう信じてそれからあちこちのぞいたり、どかしてみたりしたけど、どうしても見つからない。
「うぅっ……」
またじんわりと目頭が熱くなる。
小さい手を見るたびに心細くなる。
自分じゃドアノブを手にするにもつま先立ちしなきゃならないし、洋服も靴もない。しかもこの国には幼少時のわたくしを知る人もおらず、自分の身分を示すものもない。
「ぐすっ……」
泣くもんですか、とギュッと目をつぶった――――その時。
静かな空間にノックの音が響く。
エージュだわ、とわたくしは反射的に寝室を飛び出す。
「おかえり、エージュ!」
ドアの前までかけて行ったが、ドアは開かない。
ノックの音も止まっているが、もしかして自分で開けられない? なんてことはないわよね。
「エージュ?」
そっともう一度呼ぶと、今度は返事があった。
「誰だ?」
「!」
エージュじゃない声に、わたくしはびっくりして数歩後ろに下がる。
心臓がバクバクいっている。
「おい。開けろ」
低いこの声は……サイラスだわ!
そういえば朝早くならば大丈夫だ、とエージュが言っていたわ。ということは、帰ってきたってことよね。
わたくしは焦って部屋を見渡す。
どこかに隠れる場所はないかしら。
ありきたりだけど、衣装棚には……ダメね、わたくしのトランクがある。これが見つかったらアウトだわ。
ノックだった音は、今ではドンドンとドアを叩く音になっている。
わたくしはおろおろするばかりで、うまく考えがまとまらない。
ど、どうしよう!
と、その時待ちに待った声が加わった。
「サイラス様!? そこで何をなされているんです」
「エージュ。 家令が客人のことを聞いてきたぞ。お前、どういうことだ?」
「……申し訳ございません」
「言い訳は後から聞く。まずはこの部屋を開けろ」
「それはできません」
「……どういうことだ。さっき女の声がしたが、お前まさか娼婦でも連れ込んだんじゃないだろうな」
「滅相もございません」
「だったらここにいるのは誰だ」
「…………」
「言いだせないのか。そんな得体のしれない奴を迎えるなんて、お前らしくないな。俺はお前を信用していたんだが……お前は違うというわけか」
「…………」
沈黙するエージュに、わたくしは段々焦る。
うまく説明できないけど、昔のわたくしは自分のせいで人が責められるのが何より嫌いだったの。
そして、同時にとても怖いと思っていた。
手に汗がにじみ出て、わたくしの心臓がどんどん早くなる。
じっと声を殺していると、あきらめたような大きなため息が聞こえた。
「もういい」
サイラスの声はとても冷たかった。
聞いた瞬間、わたくしはビクッと体が震えた。
カツッと靴音がした。
エージュは沈黙している。
い、いけないっ!
それからはほとんど覚えていない。
気が付いたら、わたくしはドアを乱暴に開け放っていた。
「お待ちなさい、サイラス! ここにいるのはわたくしよ!!」
黒い服を着た背中がこちらを振り向き、冷たい目が見えたのは一瞬。――次の瞬間、その目が驚きで大きく見開かれる。
その目を見て、わたくしも今の自分の状況を思い出す。
震えそうになる足をしっかり踏ん張って立つわたくしに、サイラスがゆっくり近づいてくる。
唖然とした顔のまま、わたくしの前に片膝をついて目線を合わせる。
「……しゃ、シャナリーゼ?」
その言葉に、わたくしはこくりとうなずく。
しばらくサイラスはわたくしを見ていたが、やがて「はあ」と息を吐き出して、わたくしの後ろに立つエージュを見上げる。
「……これは、どういうことだ?」
「それが、さっぱりでして……」
そして再び沈黙が落ちる。
そんな居心地の悪い雰囲気の中で、わたくしも必死に言葉を考えるけど、何を言っていいかわからない。
やがて、サイラスが動く。
「え?」
ひょいっとわたくしの両脇の下を持って、サイラスが立ち上がる。
「ま、細かいことはいいか。なあ、ミニシャーリー」
「ミニ!? ミニですって!?」
「ちんちくりんが良かったか?」
「いいわけないでしょ! っというか、わたくしがシャナリーゼだと信じるの!?」
焦ってわたくしが言えば、サイラスはいつもの黒い笑みを浮かべる。
「もちろん。その目つきのキツさと、物怖じしない態度は間違いない」
「どういうことよそれっ!」
キイキイ喚くわたくしを無視して、サイラスはエージュに顔を向ける。
「お前、ちゃんと話せ」
「無理です。今でも自分が信じられませんから」
きっぱりとエージュは言い切る。
「確かに」
うむっと、うなずいたサイラスが足をバタつかせて暴れているわたくしを見る。
「ミニシャーリー、何があった」
「タクロースっておじいさんが夜中に現れて、ピンクの液体の入った小瓶をくれたの。それを飲んで、寝て起きたらこうなっちゃったのよ!」
「……」
サイラスは、眉間にしわを寄せて目を閉じる。
「……そんなの飲むなよ、お前」
「わかってるわよ!」
エージュにも言われたから、余計に恥ずかしい。
「まあ、とりあえず部屋に戻るか」
やっと解放される、とわたくしは思っていたのに、サイラスはそのままスタスタと廊下を進み始める。
「ちょ、ちょっと!」
「サイラス様、シャナリーゼ様をどちらへ!?」
あわてたわたくしにかぶせて、エージュも声を出す。
そんなわたくし達に、サイラスは当然とばかりに答える。
「だから、俺の部屋」
「「!」」
ちょっと! それってどういうことよっ!!
読んでいただきありがとうございます。
こちらの特別小話は1/10に完結します。
次回1/6に更新予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。
☆すみません、5話に変更します。
完結は1/11になります。詳しくは、活動報告で。




