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勘違いなさらないでっ! 【40話】

 大変お久しぶりです。

 通常より短い5000文字越えくらいの文章ですが、どうか読んでいただけると幸いです。

 

 マニエ様との会話で出てきたのはチョコレートケーキだったけど、今頼んできたのはカスタードケーキと生クリームケーキ。

 料理長にお願いする寸前で思い出して良かったわ。

 この間まで行っていたイズーリ国のプリーモから、わたくしたくさんチョコレートを買い込んできたの。もちろん、サイラスのおごり。

 せっかくだからと料理用チョコレートも購入して、特別な時にはぜひ使ってほしいと料理長に渡したばかりだった。

 つまり、今頼んだら間違いなくプリーモの大事なチョコレートが使われてしまう!

 そんなことは絶対イヤ! 

 サイラスの顔(一点集中狙いよ)に当たったチョコレートケーキなんて、いくらプリーモのチョコレート使用だとしても食べたくないわ。

そんなことを考えながら、廊下をいくつか歩いて……あっと気が付く。


 アシャン様置き去りにしてきたわ。


 まあ、エージュがいるから大丈夫だろうけど、体裁が悪いわね。

 そそくさと先程別れた(わたくしが置いて行った)エントランスへ向かうが、結局廊下でアシャン様とエージュに会うことはなかった。

 もしかしたら先程の応接間に、エージュが連れて行ったかもしれないわ。

 さすがに戻ることはできないわねぇ。

 うーん、とちょっとだけ考えて、あっさり諦める。

 部屋に戻りましょ。兄妹の再会を邪魔してはいけないわ。

 こうして都合よく物事を考えて前向きに生きるのは、結構頭の回転が良くないとできないってマニエ様が言っていた。

 だとしたら、マニエ様はどれだけ頭がいいのかしら。やっぱり素晴らしいわ。


 トントンと軽い足取りで自分の部屋へと向かっていたけど、ふと立ち止まって違う部屋へと向かう。


 お茶会も疲れたし、プッチィとクロヨンで癒されてから着替えましょ。


 ふふっと笑みをこぼしながら、わたくしは部屋のドアをノックしてから開ける。

「ただいま~。プッチィ、クロヨ……ん?」

 ドアはすぐ閉める。脱走油断大敵、が鉄則のこの部屋で、わたくしはドアを開いたまましばらく目が点になって立ち尽くす。


「んみぃいいい~~……えふっ」

「みぅううう~~」

「…………」

 

 半開きの口からだらしなく舌をたらし、恍惚とした目を潤ませて二匹のウィコットが呂律の回らない鳴き声を弱弱しく出しながら、お腹を見せて転がっていた。


 ふわふわの毛で覆われた丸いお腹が、ゆっくりと上下して無防備にわたくしを誘う。

 モフっていいですか? いいわよね?

 パタパタとフサフサの尻尾もご機嫌に揺れる。

「……ごくっ」

 おもわず唾を飲み込んで、ふらふらと吸い寄せられるように近づく。

 そして、そぉっと近づいてその柔らかなプッチィのお腹の毛に触ろうとした時――――パタンとドアが閉まってハッと気が付く。

「はっ!」

「みぃひひひ……」

「うみゅぅうう」

 とうとうプッチィが変な鳴き方を始めた!

「いやぁああああ! プッチィしっかりして!!」

 膝を付いて慌てて抱き起すが、ダラーンと手足を投げたまま、プッチィは夢うつつに「みひひ」と奇妙な鳴き声を出す。


 変よ! 絶対変だわ!!


「うみぃい」

 よいしょっと、ばかりにクロヨンが膝の上に這い上がってくる。

「ああ、クロヨンはまだマシね。いったいどうしたのかしら」

 シュシュマの実の粉末はサイラスが送ってくれているのがあるので、時々与えているけどこんなにひどくはならないわ。ごろごろ転がって幸せそうにとろんとするだけだもの。

 どうしよう、とオロオロしていると、部屋のドアがノックされてポットを持ったアンが入ってきた。

「まあ、お嬢様」

「アン! 見てちょうだい、プッチィ達が変なのよ!!」

 アンはサッとわたくしの抱くプッチィと、膝の上のクロヨンを見て心得たようにこくりとうなずく。

 え? どうしてそんなに冷静なの、アン。

「ご安心ください、お嬢様。これはシュシュマの実を食べたせいだと伺いました」

「え? シュシュマの実で? いつもと違うわ」

「はい。実はサイラス様がお土産にシュシュマの実そのものを持ってこられ、プッチィ達にあげたそうなんです。実は悪くなりやすいのですぐに、と思われたそうですが、思いのほかこの子達に効いてしまったと」

 え? つまり、この子達は酔っているの?

「水を飲ませるといい、とエージュ様がおっしゃっていましたので、こうしてお持ちしたんですが……ひどいですね」

「みひひ」

 ビクビクと小さく震えながら、またプッチィがおかしな鳴き声を出す。

「白目をむいているわ!」

「先にプッチィにお水をっ」

 さすがにアンも慌てだし、小さなスポイドでプッチィの口の中に水をたらす。

 ほとんど口からこぼれて落ちるものの、いくらかは飲んでいるようだ。

「もっと飲ませないと。アンはクロヨンをお願い」

「かしこまりました」

 アンからスポイドを受け取り、ゆっくりと何度も水を飲ませる。

 クロヨンをわたくしの膝から抱き上げたアンも、もう一本のスポイドで水を飲ませる。


 そうして、飲ませ過ぎかしらと思うくらい飲ませ、ちょっとだけお腹がぽっこりなったプッチィを寝床に寝かせて、わたくしは無言でドアへと向かう。

「お嬢様、どちらに?」

 薄目を開けてじゃれつくクロヨンを構いつつ、アンが顔を上げる。

 わたくしはすわった目をして少しだけ振り返る。

「ちょっと行くところができたの。あとお願い」

「しゃ、シャーリーお嬢様!?」

 あわてて立ち上がろうとしたアンを待たず、わたくしは部屋を出るとズカズカと足早に調理場へと向かった。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 調理場に突撃すると、働いていたみんなはギョッとしてわたくしを振り向いた。

「ケーキできてる!?」

 怒鳴るように聞けば、恰幅のいい料理長が奥からゆっくりと現れる。

「はい、お嬢様。生クリームケーキはあとは果物を飾る仕上げが残っております。カスタードケーキはご相談にあがろうかと思っておりました」

「相談?」

「はい。良質な栗が手に入っておりますので、カスタードはスポンジに塗り、周りはマロンクリームでコーティングしてはどうかと。お嬢様のお好きなマロンケーキです」

「…………そう、ねぇ」

 一瞬うっと詰まってしまう。

 栗は大好き。マロンケーキももちろん好きよ。しかも料理長が「良質」と、言ったからにはいい栗なんでしょうね。

 だけど、今から凶器にする予定なのよ。

 

 ぐらぐらと何かがわたくしの中で揺れ動く。


「お嬢様?」

 何も言わずに目線をさまよわせるわたくしに、料理長が心配そうに首を傾げる。

「ま……マロンケーキでいいわ」

 わたくしは凶器の一つを諦め、絞り出すような声をだしつつ拳を握る。

 そんなわたくしの様子に気が付かないのか、料理長は嬉しそうにうなずく。

「とてもおいしいケーキになります。シロップ漬けもありますからね」

「ウレシイワ」

 ちゃんと嬉しいのに、棒読みになってしまう。


 ――――が、しかし!

 気を取り直したわたくしは、忙しい調理場を見渡す。

「生クリームケーキはそのままでいいわ。すぐちょうだい」

「え? 今からですか?」

「ええ、今必要なのよ!」

 来た時の勢いを取り戻して料理長へ詰め寄ると、彼は戸惑いつつ生クリームが塗られているだけのケーキを持ってきた。

 すでに上部には、波打つような模様と花の形のクリームが盛られている。

「サリー。準備を」

「はい」

 料理長に言われ、調理場を手伝っていたメイドが一人がトレイに皿等を用意してくれる。

「飲み物も皿もいらないわ。ケーキだけ持ってちょうだい」

「は、はい」

 アンと同じくらいのメイドは、戸惑ったままケーキをトレイに乗せてわたくしの元へとやってくる。

「ついてきて」

「かしこまりました」

 首を傾げる料理長をそのままに、わたくしはサリーを連れてサイラスの部屋へと急いだ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 サイラスの部屋は前に泊まった部屋だろう。

 無言でその部屋の前までやってくると、不安げな顔をしたサリーを尻目にドアをノックする。

 カチャリ、とドアが静かに開き、そこにエージュの姿を確認する。

「シャナリーゼ様、いかが……」

 致しましたか? なんて言わせないわ。

 ドンッとエージュに体当たりして体制を崩させると、驚いて肩を委縮させているサリーの持つトレイからケーキを奪い取る。

「サイラスッ!」

 怒鳴ると同時に部屋に入りこみ、目線の先に車椅子に座ったサイラスをとらえる。

 珍しく少しだけ驚いた顔をしてわたくしを見ており、その顔を見てわたくしはにやりと勝利を確信する。

 大きく腕を振りかぶってケーキを投げつけようとした――――その時。


「どうした? シャナリーゼ」

 

 わたくしとサイラスの間に、ひょっこりとアシャン様が割って入る。

「!」

 すでに振りかぶってしまっている手は遠心力には勝てず、もうケーキを投げつけるしかないところまで来ていた。

 でもこのままだと確実にアシャン様に当たる!

 アシャン様もわたくしが何をしようとしているのか分かったらしく、その大きな目をもっと大きくさせる。

 

 こうなったら床にっ!!


 腹筋に力を入れて体勢をひねったわたくしと、そんなわたくしをグイッと誰かが引っ張ったのはほぼ同時。


 べちゃっ!!


 ケーキが何かにしっかり当たって潰れた感触が手に伝わる。


「「「「…………」」」」


 シンと静まる室内で、わたくし達の視線は潰れたケーキの先にあった。


「え……じゅ」

 とぎれとぎれに呟くわたくしに、先程わたくしを引っ張って自らケーキの標的となったエージュが閉じていた細目を開ける。

 体勢を崩したままわたくしを引っ張ったせいで、身長があるにもかかわらずエージュは左頬辺りにケーキの直撃をくらっていた。

「……シャナリーゼ様」

 静かな物言いのまま、視線をアシャン様へと向ける。

 アシャン様が無事なのを確認して、エージュの視線はわたくしを射抜く。

「食べ物は大切に」

「そこなの!?」

 てっきり怒られると思っていたわたくしは、おもわず言葉を返してしまう。

「それからアシャン様。このようなことは想定内です。今後はサイラス様とシャナリーゼ様の視界の間には、絶対に入らないようにお願いいたします」

「うむ」

 唇をキュッと結び、重々しくうなずく。

 そんなアシャン様の後ろで、呆れたようにサイラスがため息をつく。

「おい、シャーリー。せっかくのケーキを凶器に使うな。呪いで太るぞ」

「糖尿病まっしぐらなあなたに言われたくないわよ!」

「で? 俺にケーキぶちまけてどうする気だったんだ」

「そうだわ!」

 ハッと我に返り、わたくしはビシッと行儀悪くサイラスを指差す。

「あなたのせいでプッチィとクロヨンがとんでもないことになっていますわっ! 一体どうしてくれますのっ!!」

「とんでもないこと?」

 わからない、と首を傾げるサイラスに、あっと思いついたエージュは助け舟を出す。

「シュシュマの実のことでしょう。初めての実に興奮してましたから」

「ああ、あれか」

 サイラスは思い出したらしく、急に笑い出す。

「チビい……いや、プッチィは面白いな。おっさんみたいな鳴き声出してたな!」

「頭がおかしくなったらどうするのよ!」

「大丈夫だ。あいつはちょっと変わったウィコットだ」

「どういう意味よっ!」

 プッチィはクロヨンに比べると、ちょっとドジで好奇心が旺盛なだけ。決して変じゃないわ。

 ゲラゲラ笑うサイラスに、わたくしはイライラを募らせる。

「そうだわ! アシャン様の件でもあなたに言いたいことがあったのよ!!」

 そう言えば、ビクッとアシャン様が反応する。

「シャナリーゼ、それは、いい」

 なぜか必死で止めようと、わたくしに縋ってくる。

「良くありません! 自分の言動がいかに人を傷つけるか、この際ちゃんとわかってもらわなくてはっ!」

「お前がそれを言うのか?」

 サイラスは笑いを止め、胡散臭い目でわたくしを見る

「何か問題でも!?」

「…………」

 サイラスは失礼なほど呆れた顔を横にそらすと、フンッと鼻で笑う。


 そういう態度が人をイライラさせるんですわっ!


「いい!? 良く聞いてちょうだいっ!」

「いや、あの、いいから」

 すがるアシャン様の声なんて聞こえないまま、わたくしはサイラスへ近寄って至近距離で延々と説教を開始した。

 所々でサイラスが反論するので、わたくしの説教が長くなったけど、それはぜったいわたくしのせいじゃないわ。

 説教は黙って聞くってことを知らないのね!

 

 アシャン様はどうにもならないと悟り、ケーキまみれのエージュに助けを求めに行ったようだが、やはりエージュはわかっている。アシャン様をなだめつつ、自分についたケーキをハンカチでぬぐい始める。


「…………」

 そして、エージュがケーキを受け止める前にドアが閉まってしまい、結末を知らないサリーは、ただただ廊下でどうするべきかと顔色を悪くして立ち尽くしていた―――――。


 読んでいただきありがとうございます。

 なかなか筆が進まずすみません。

 

 また時間の合間を見て書き続けますので、どうかよろしくお願いいたします。

 また、寒くなりました。

 皆様体調に気を付けて……。


 しかし、エージュ。ちょっと頑張った。うん。ケーキ顔に受けてみたい。

 ベタベタだろうな……。

 夢はケーキのホール食い! タルトケーキならいけそうだわ!!

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