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勘違いなさらないでっ! 【39話】

どうもご無沙汰しております。

九州はすっきりしない天気が続いております。

「そうだわ。ちょうど東の国のシャポンから、デザイナーが来ていると聞いたわ」

 突然マニエ様は思い出したらしく、あらためてわたくしを見て嬉しそうに目を細める。

「シャポンのデザインは斬新ですばらしいのよ。キモノとかいうデザインを、本来の形から崩してドレス風にデザインするんですって。キモノの生地はタンモノと言って、なかなかこの国では手に入りにくい高価な物なんだけど」

「それなら持っている。キモノ。母様が好きで。重いが、オビというものがキレイでなんともいえない。これが本当に人の手で織られたものかと疑うほどだ」

 うんうん、とうなずくアシャン様。

「一度見たことがありますが、すばらしいものでしたわ」

 マニエ様はうっとりと思い出しているらしい。

 シャポンのキモノ、というのは確か未婚か既婚で袖の長さが違うとかそういう衣装だった気がする。ナリアネスなら詳しそうだけど。

「思い切って注文してみようかしら。高価だけど、エッジにお願いすればなんとかなりそうだし。ついでにカンザシとかいう装飾品もあったはず」

 あれもこれもと思い当たるものを次々口にしていく。

 そんなマニエ様の様子を見て、またアシャン様がそっと顔を近づける。

「マニエは、元旦那に代金を出させる気か?」

「いいんじゃありませんか? あの愛人に使っていたものが少なくなったと聞いておりますし、もともとエンバ子爵家は富豪なので問題ありませんわ」

「……そういう問題か?」

 眉間に皺をよせ納得していない様子のアシャン様に、わたくしこそ首を傾げる。

「借金させたりするわけではありませんし、他に何か問題がありますでしょうか? 出してくれるのならそれでいいかと思いますわ」

「……わたしはあなたが強欲でなくて本当に良かったと思う」

 そうなぜか遠い目をしてアシャン様は、わたくしから目をそらす。

「ああ見えて、三の兄様は投資で稼いでいるからな。聞いたところ贈り物も少ないようだし、どこまで本気かと話題になったりしていた。逆にねだられているといった話もないし」

「アシャン様のお兄様にねだったりしたら、何倍返しで見返りを要求されるかわかりませんわ。ねだる相手は選びます」

「……本当にマニエとは姉妹のように似た性格だな」

「まぁ! ありがとうございます」

 本心で喜んでお礼を言うと、アシャン様は複雑そうな表情のままチラッとわたくしの顔を見てため息をついた。

 

 一体どうなさったのかしら?


「ちょっと失礼いたします」

 静かに立ち上がるマニエ様を見上げれば、その顔は笑顔に包まれている。

 どうやらアシャン様とこっそり話している間に、マニエ様の頭の中で何かがまとまったらしい。

「構わない。が、どこへ?」

「エッジのところへ、ですわ。ちょうど(弱って)おりますので、こういうことはすぐに言っておこうかと」

「えっ」

 ポカンとアシャン様が口を開けて固まる。

 その横で、わたくしはマニエ様に同意する。

「そうですわね。少なくない金額ですし、今日のこともありますし、早速声をかけて差し上げればきっと(いろいろ)大丈夫ですわ」

「そうね。きっと落ち込んでいるものね」

 はい。巨大な鉄槌が下された直後ですから、今マニエ様が労いの言葉をかければまるっと全部大丈夫なはず。

「では、言いに行って参ります」

「はい」

 笑顔でマニエ様を送り出すと、アシャン様は浅く小さな息を吐いた。

「……見ただけなら完全な金づる扱いだぞ。それでも好きだというのか」

「あら、アシャン様。そんなの当たり前ではないですか」

「え?」

 意外そうに青みがかった大きな黒目が、わたくしを見上げる。

 その目を見て、ようやく気が付く。

 アシャン様は王家の姫君。大事にされながらも、ご自分の役割を持っている、いわば自立した役職についている女性なのだ、と。

 わたくしは少し肩の力を抜く。

「アシャン様。女性は一部を除いて男性に縋らなければ、生活はおろか生きていけません。もちろん、平民では女性が一人で生きていくこともできるでしょうが、貴族社会ではまず無理です。家を追われれば、平民として一から学んでいくか、だまされるか。その先に明るい未来があるかなんて保障もありません」

 何かに気が付いたかのように、わずかに目が大きくなる。

「アシャン様には公務などの『仕事』がありますが、貴族の女性には親の庇護下にある時はより良い縁談を選ぶことが『仕事』であり、結婚してからは子どもを産むことが『仕事』になります。産めば終わり。高位貴族になればなるほど、子育ては他人に一任され、女性は夫に縋りついていなければなりません。

 わたくしの家は伯爵家ですが、乳母と母がそろって育ててくれました。そんな母に父は誠実です。ですが、ずっと見ていると他の家と変わらないのです。母は何かする時必ず父に相談し、決定するのは父です。父には逆らいません。

でも、わたくしはもっと他のことができるのではと思っています。決められた『仕事』以外にも、女性としてではなく個人的に自分を高める『仕事』があるのではないか? そう考えているのです」

 じっと長い話を聞いていたアシャン様は、真剣な眼差しを向ける。

「女性の自立、か。難しい問題だ」

「難しいです。わたくしもがむしゃらにいろいろしておりますが、今までの『常識』を覆すことは無理です。それでも縋りつく女、にはなりたくないのです。猫のように気まぐれで、縋られる立場になりたいと今のような生き方になりました」

 でも、結局は変わらない。

 男性の力なくしては生きていけない。自分で稼げないのだ。

「貴族社会にいればお金の不自由はしないだろうと思っています。でも、そろそろこの生き方も限界です。家のためにはなりません。

 わたくしは最初の『仕事』を自ら潰しました。政略結婚なんてほとんどが本人の意思を無視しています。神様がいて祝福してくださるのなら、お互いに好意を持って結婚するべきだと思うのです。そうした家が王族や高位貴族に増えれば、きっと世間に広がる。そう信じてやってきました。

 でも、わたくしは同じ『仕事』をもう一度探そうとは思いません。わたくしは家族が好きです。だから、もうこれ以上は貴族社会では動けません。貴族としてのわたくしの『仕事』は終わったのです」

 そしてわたくしはクスリと笑う。

「どうした?」

「いえ、まさか最後の最後に『大仕事』が舞い込んでくるなんて、思いもよりませんでしたわ」


 本当に、とんでもない『大仕事』。

 最初のあの縁談がなければ、きっとわたくしは少し気は強いかもしれないけど、きっと模範的な貴族の女性に育っていたに違いない。

 そこへ友好国のイズーリ王室からの縁談など、誰もが羨み祝福してくれる玉の輿。もちろんわたくしだって喜んだに違いない。

 でもね、過去は変えられない。

 良いように考えれば、過去のあの縁談があったからこそ、今回の『大仕事』がきたのかもしれない。

 だってそうでなければ、今頃わたくしはその他大勢に埋没する貴族令嬢。美しさならティナリアの方が上だし、愛想のいい笑顔の令嬢は大勢いる。誰もこんなきつい目をした女を気にかけたりしないわ。


 いつの間にか伏せ目がちになっていたわたくしに、アシャン様はちょっと考えて言う。

「三の兄様は話せばわかる人だ、と思う。一の兄様のように過保護ではないし」

「まぁ、やっぱり過保護ですの? ふふふ」

 あの『魔王』様にもかわいらしいところがありますのね。まさに溺愛されているのでしょうけど、性格が性格なだけになんともむず痒いですわ。

「そうですね。サイラスとなら、なんとなくですけど気を使わない間柄でいられそうです」

「お、そうか?」

 嬉しそうに目を瞬かせたアシャン様に、わたくしは勘違いしないようにクギを刺す。

「と、いっても愛はありません。友達として、という意味です」

「そ、そうか」

 しゅんと肩を落とす。

「…………」

 少しだけ寂しそうに見えるアシャン様から目をそらす。

  

 サイラスがいい人、というのはわかる。

 わたくしを怒らせることはあっても、憎しみを抱かせるようなことはなかった。素直に自分を認めるなら、気になる存在、というところかしら。でも、それが好きなのか、また何かしてくるんじゃないかと警戒してなのかはわからない。

 ――たぶん後者のような気がする。


 でも、そろそろ時間なのよ。


 そこへ、ノックなしに扉が開き、満面の笑みのマニエ様が戻ってきた。

もちろん、一人で。

「やったわ。シャポンのデザイナーに連絡を取ってくれるんですって」

 おねだりは成功したらしい。当たり前だけど。

 マニエ様だってさっき言ったことが本当なら、エンバ子爵を破滅させるような買い物はしない。元妻だったので、大まかな資産は知っている。

 もともと先代エンバ子爵がマニエ様に縁談を持ち込んだのも、子爵家を傾倒させない優秀な妻が欲しかったからだ。才女でしっかり者と評判だったマニエ様に、高位貴族の伝手はいらないと、同格の子爵家へ縁談を申し込み、無事に息子の妻にしたと思ったら、息子がバカ過ぎた。

 今も怒り心頭の先代エンバ子爵は、領地の権限を取り上げ再び当主に近い存在になっている。つまり、エンバ子爵が当主として名乗りを上げるには、ものすごく頑張らないといけない。

 マニエ様のことだってそれからだ。今回はちょっと横やりが入ったので、焦ってしまったようだけど、まだまだだった。

「時間はかかるようだけど、もしよろしかったらアシャン様とシャナリーゼも一緒にいかがです?」

「それはいいな。ぜひ。いいだろう?」

 その目を見て、わたくしに断ることなんてできませんわ。

 なんせアシャン様を一人にしておくと、いらない知識と勘違いが増えていきそうで怖いです。ぜひ、ご一緒してお止めします。

「では、お日にちがわかりましたらご連絡下さい、マニエ様」

「えぇ、近いうちにきっとするわ」

 注文する気はないが、美しく珍しいものを見て楽しむのは好き。それに、そんな機会はもうないだろうし――――いえ、きっと最後ね。

「どうしたの? 浮かない顔して」

 マニエ様の声にハッとして顔を上げると、そこには心配そうにしているマニエ様がいた。

「い、いえなにも」

 取り繕ったわたくしの横で、アシャン様が口を開く。

「マニエ。なぜシャナリーゼが結婚したがらないか聞いたのだが、マニエも縋る女というのは嫌か?」

「あ、アシャン様!」

 突然なにを、とわたくしはあわてるが、マニエ様はパチクリと大きく瞬きをして、少しだけ首を傾げた。

「そうですわねぇ。特に深く考えたことはありませんわ。エッジ以外に興味がありませんし、貰えるものは貰いますがわたくしが応えるかどうかは別です。ただ、わたくしは自分が楽に我儘に生きておりますので」

「そうか」

「はい。わたくしは自分が傷つくのはもう嫌なのです。でも、諦めるのも嫌。我儘だからこそ、エッジをわたくしに依存させてまで手に入れたいのですわ。たとえ、彼の性格を無視するように少しだけ変えてしまったとしても」

「……怖い女だ」

「よく言われますわ」

 にっこり機嫌良くほほ笑むマニエ様に、アシャン様は力なく笑う。

「マニエは貴族社会で上手く生きていけそうだが、意外にシャナリーゼは頑固で不器用なのだな」

「いえいえ、シャナリーゼはやりたいことがあるんですのよ。しかも、我が家の親戚の大叔母様の真似をして」

「マニエ様!」

 あわてて止めに入るも、マニエ様の目は笑っている。

「あなたが尊敬するトリンプル夫人が、所用で父のところへ来るそうよ」

「まあ!」

 ぜひ、お会いしたいとは思ったものの、今のわたくしにはアシャン様がいる。

 どうしたものかと言葉を選ぶわたくしより先に、アシャン様の疑問が沸き出る。

「誰だ?」

「わたくしの祖父の末の妹ですの。いろいろございまして、現在嫁ぎ先の男爵家領地内にて小さな平民向けの学校と養護院を経営しております」

「ふーん」

 チラッと二人そろってわたくしを見る。

 うっと、言葉を詰まらせわたくしは下を向く。

「……会いたいな」

「!」

「ではそのように」

「ま、マニエ様!?」

 あっという間に決まったことに、わたくしは驚きを隠せない。

「アシャン様、予定を入れ過ぎですわ! お兄様達とも相談しなくては!」

「大丈夫だ。イズーリでは思いつき外出なんていつものことだ。わたしや母様なんてかわいいものだ。二の兄様なんて目も当てられない」

 ああ、やっぱりもう一人のお兄様もくわせ者なのですね!

 二番目のお兄様は外交の役職だったはず。そんな方が思いつきで外出していいのですか!?


 その後、アシャン様は楽しみたのしみ、と終始ご機嫌だった。

 その横で、わたくしは深くため息をつくのを堪える。

 トリンプル夫人はわたくしの目標でもある方だが、凛とした雰囲気のせいかどうしても緊張してしまう。そんな姿をアシャン様に見られたいとは思わない。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆



 思わぬ大騒動があり、帰りがすっかり遅くなってしまった。

 すでに赤い夕陽が地平の近くに沈もうとしている頃、ようやくジロンド家に到着する。

 馬車から降りると、そこにいるはずのない人物がいることに驚く。

「おかえりなさいませ、アシャン様。シャナリーゼ様」

 細目に黒髪の執事服、といえば彼しかいない。

「エージュ! どうしてここに!?」

 嫌な予感しかしない。

 エージュは顔を上げ、とびっきりの笑顔で言う。

「もちろん、サイラス様のお供です。またお世話になります」

「!」

 ぐらっと、視界が歪んだ気がした。


 がっ! よろめく前に踏ん張り、キッとエージュを睨みつける。

「どこよ! どこにいるの!?」

「ジロンド伯爵夫妻様と……」

 わたくしはエージュの言葉を最後まで聞かず、お屋敷の中へと走り出した。

「感動のご対面ですね」

「違うと思う」

 そんなアシャン様とエージュの会話を聞くこともなく、わたくしは一番上等な応接間へと走った。


 バーンと扉を開け放てば、びっくりして顔を上げた母と、すぐに眉をつり上げて怒った顔をした父が目に入った。

「バカ者!!」

 怒鳴られようが、わたくしの目は一点に集中している。

 長椅子に横付けされた車椅子。そのすぐ近くに座るサイラスは、顔の包帯がとれており、見た目は全開しているようにみえる。

 どこか小ばかにしたような微笑をしてわたくしを見ているサイラスを、わたくしは何も考えられないまま見ていた。

 ガミガミ怒鳴る父の声なんて耳に入らず、お互いじっと見ること数秒。ようやく止まった父の小言の間に、サイラスの口が動く。

「こんにちは、シャナリーゼ」

 それに対して、わたくしは答えられなかった。いや、まだ頭が真っ白だったのだ。

 さっきまでは文句の五つや六つ言おうとしていたはずなのに……。

 父と母が見守る中、我に返ったわたくしは胸をそらせキッといつものように睨む。

「まあまあ! お元気そうで何よりですわ。それではお邪魔致しました!」

 来た時と同様、バタンと大きな音を立てて扉を閉める。

 もちろん、仲からは父の怒鳴り声がしていたが、わたくしには行くべきところがある。


 わたくしは何食わぬ顔で厨房に行き、カスタードパイと生クリームパイを作ってくれるように依頼する。もちろん、家族にも内緒で後から取りに来るからと。

「サイラス様がどちらが好きかわからないの」

 と、少し恥ずかしがるそぶりで言えば、厨房の料理人たちはニコニコと笑って引き受けてくれた。

 ごめんなさいね、みんな。

 好きなのがどちらかなんて知らないのは本当なの。ただ、食べさせるわけじゃないの。

 だから 勘違いなさらないでね。歓迎の意味ではありませんわ。


 ――――マニエ様とお約束したように、一撃打つためのものですの!






 初盆が過ぎ、朝はコップ一杯の牛乳に胃が悲鳴をあげるほど弱っておりますが、頭の中は大騒ぎです。


 そういえば、お気づきかもしれませんが、登場人物イズーリ編付け加えております。まだ中途半端ですが、気合いれて頑張ります。


 最近プッチィ出てないな、と思った方。

 次回はでますよ。プッチィ……頑張れ!!


読んでいただき本当にありがとうございます。


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