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勘違いなさらないでっ! 【36話】

お知らせです~!!


本日アリアンローズ様のホームページで【勘違いなさらないでっ!①】の更新が行われています!!

ぜひ(表紙を)ご覧くださいませ!!


今回は……前回に引き続き、シャナリーゼが悪い女になってます。


 庭園が一望できるテラスのある部屋に通される。

 部屋に入れば、艶やかな微笑みを浮かべるマニエ様が立って迎えてくれた。

「ようこそおいで下さいました」

 ドレープのスカートの裾を軽く持ち上げ、しなやかな動きで挨拶をするマニエ様。

「アシャン様。こちらがマニエ・アルシャイ様です」

「あ、ん……」

 顔を上げ、にっこりとほほ笑みを浮かべるマニエ様に、アシャン様は急にわたくしの袖の部分を握り締め、全身に力を入れて緊張し始める。

 確かに、マニエ様の微笑みは、どちらかといえば癒し系より魅惑系。ぽってりした唇が薄く弧を描き、なんともいえない大人の色気を出している。

 ご本人いわく「これが普通」らしいのだが、笑みだけでも勝手に男がすり寄ってくるのに、マニエ様が本気になったら――怖い。

 幸いなことに、マニエ様が本気でおとしたいという男性はまだ現れていない様子。

 え? エンバ子爵? あの人は論外。


 アシャン様はチラッと目線をマニエ様に合わせては、その微笑みを見てサッと目を離す。


 あら? もしかしてマニエ様ってばアシャン様の苦手なタイプだったかしら。


 人見知りが多大に出ているようなので、わたくしは気づかないふりをする。

「マニエ様。こちら、サイラスの妹君のアシャン・マリー・イズーリ姫です」

「お初にお目にかかります。サイラス様には一度お会いしただけですが、楽しいお話をいただきました。またこうしてイズーリ王室の方をお迎えすることができ、大変光栄でございます」

 ……一度目は乱入でしたものね。

 楽しいとはいいがたいあのお茶会を思い出し、同じ部屋だったと少し遠い目になりつつあったけど、どうにか思いとどまる。

「今日は天気がいいので、テラスにお茶の準備を致しました。どうぞ、こちらへ」

 そう言って窓際の方へ踵を返したマニエ様が、長椅子の上に置いてあった赤いひざ掛けを手に取って歩き始める。

「さぁ、アシャン様」

「あ、うん」

 すっかり気圧されたアシャン様の背をそっと押す。

 ついでに、と目を向ければ、アンバーとトキがポーッとなってマニエ様に視線を送っている。

 …………。

 ――使えないわね。

 わたくしはひょいっと軽く手を上げる。

「まぁ、どうしたの?」

 少し大きめの声を出しながら、素早く二人の左頬を打つ。

 頬を叩いた音は完全にわたくしの声で消え、振り返ったマニエ様が見たのはうつむく二人の姿。

「しっかり頼むわよ(わかってるでしょうね)?」

 口調はやんわり、でも睨み下ろしながら言えば、二人とも赤い頬をさらしながらうなずく。

 そんな二人を見て、アシャン様も緊張が解けたのか、スッと目を細める。

「減給」

「「!」」

 一気に処罰が下りた。

 ふふふ、うつつを抜かしていると、どんどん減給されるわよ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 テラスに出ると、目の前には緑の間に茶色や赤に色ずく木々の庭園が広がり、傍には秋咲きのバラが黄色の大輪の花を咲かせている。テラスの内側にも鉢植えされた花が並べられていた。

 中央に設置された、白くて細い猫足テーブルとイス。

 テーブルの上には三段のティースタンドがあり、プチケーキやタルト、フルーツ、スコーンが用意されている。銀食器より白い陶器が好きなマニエ様の趣味で、ティーカップもミルクピッチャーも全てが陶器。白い陶器にはすべてマニエ様の好きなバラがデザインされている。

 執事が椅子を引き、アシャン様が座る。

 その横にマニエ様は近づくと、手に持ったひざ掛けを差し出す。

「温暖なイズーリでは珍しい、冷たい北風が急に吹きます。どうぞお使いください」

「あ……あ(りが)とぅ」

 目線をそらして口ごもるアシャン様に、マニエ様はにっこりと笑みを深める。

 わたくしは、少しアシャン様寄りに席を用意してもらう。

「イズーリに秋はないのですか?」

 そういえば、先週までいたイズーリではあまり寒さを感じなかった。

「……急に寒くなる」

 温暖とはいえ冬は来るらしい。まぁ、当たり前かしら。

 最後にマニエ様が席に着き、お茶会が始まる。

 控えのメイドが手慣れた様子でお茶を配り、そのままマニエ様の後ろに控える。

 ちなみにアンバーとトキはテラス入り口で待機。

時々チェック入れるわよ。

 でもまぁ、頬を叩いたのが良かったのか、今は真顔で任務にあたっているようだわ。

「シャーリーから話を聞いて驚きましたわ。でもさすがサイラス様の妹君ですわ。行動力にあふれ、ご家族のご理解もあって。ねぇ、シャーリー」

「見聞といえば聞こえはいいですが、異国の娘に大事な姫君を任せるということが驚きですわ」

「あなたの人柄が良かったということじゃないかしら?」

 ぎょっとして目を見開く。

「まさか! 王妃様や皇太子殿下に媚を売るようなことは一切しておりません」

「ふふふ、そう」

 なぜか意味深に微笑まれる。

 ……アシャン様じゃないけど、こういうマニエ様の見透かしたような目は怖い。

「そういえば姫様、シャーリーについてみていかがです? 楽しいですか?」

「え、えぇ」

 こくっとうなずくアシャン様を見て、マニエ様はちらりとわたくしを見る。

「シャーリーの周りは実に騒がしいですわ。お疲れではありませんか?」

「た、楽しい」

 そう言って、アシャン様はお茶を口にして目をそらす。

 そんなアシャン様を見て、マニエ様は上機嫌に笑う。

「シャーリーの周りはあなたが選んだ人ばかりですものね。クセの強い方も多いし、ずいぶんと姫様の刺激になっているんじゃないかしら」

「アシャン様にお会いしたのはライアン様とレイン夫婦、それからマニエ様だけですわ」

「あらあら、みんなクセが強い方ばかり。ふふふ」


 ……わたくしの知人の中でダントツにクセが強いのは、間違いなくマニエ様です。


「クセといえば、先程お客様がいらっしゃったようですが」

「あぁ、タルカッタ侯爵様ね。急にいらしたから驚いたわ」

 お茶を一口飲むマニエ様に、わたくしは眉間に力を入れ目を細める。

「……ご用件をお聞きしても?」

 ムッとした口調で問えば、マニエ様は「あら?」とばかりにひょいと細い眉を上げる。

 カチャリと小さな音を立ててカップをソーサーに戻す。

「求婚よ」

 何でもないように言うマニエ様に、わたくしは驚いて目を見張った。

「お断りしたのよ? そしたらいきなりいらして。ふふふ、何を勘違いしたか、あなたとの仲まで悪く言われて。頭にきたから『愛しい彼女を咎めるあなた様とは、どうあっても結ばれそうにありませんわ。これから久方ぶりの逢瀬になりますの』と、はっきり言ってさしあげたの。とってもおもしろい顔を見せていただいたわ」


 くふっ!


 吐き出す息が詰まる。

 お茶を飲んでいなくて良かった。


「ま……マニエ様!?」

「まぁまぁ、その時の侯爵様の顔はなかなかマヌケで、ぽかんと開いた口を、扇で顎を叩いて閉めてあげたかったわぁ」

 思い出したようにコロコロと笑い出す。

 え? じゃあ、あの廊下で声をかけられたのはそのせいってこと?

 いつも無視することが多いあの人が、どうりで食ってかかってきたわけだわ。

 返り討ちにしてやりましたけどね。

 チラリとアシャン様の様子を見るが、特に変わらずマニエ様が笑う様子を見ている。

 ついでに、とアンバーとトキを見る。

 アンバーは真顔で変化なし。だが、トキはなぜか顔が若干赤い。


 何を想像しているのよ、あなたっ!


 いますぐ叩きたい衝動を抑えつつ、わたくしはマニエ様に視線を戻す。

「マニエ様。誤解を招くようなことは言わないでください」

「あら、いいじゃない」

「わたくしはともかく。マニエ様に噂が立ちます」

「噂ならもう十分よ。『愛人に追い出された女』から、今は『元夫を手玉にとって復讐する女』になっているわ。同性愛者の噂なんて怖くないわ。だってわたくし女性が好きだもの。自分を慕ってくれる女性の柔らかくてふわふわして、ちょっと恥ずかしがる目なんてすてきよ。男性には求められないわ」

 堂々と言い切ったマニエ様を前に、わたくしは少し頭を抱える。

「……わたくしがお相手というのも」

「あら? 噂が大きくなってサイラス様の耳に入ったら、わたくしと離れるのは嫌ですって理由でお断りできるかもよ」

 楽しそうに言うマニエ様に反応したのは、緊張していたはずのアシャン様だった。

「ダメ。……その時は、たぶん監禁」

 サラッと恐ろしいことを、一生懸命な顔で言った。

 

 監禁!?

 ……そうねぇ。夜会の前科があるから、サイラスにさらわれて私邸に閉じ込められるなんて、ありそうで怖い。


 想像したら、本気で具合が悪くなりそう。

 思わず庭園のどこかを遠い目で眺める。

「ふふふっ。そうですわね。サイラス様がそのくらいで諦めるわけありませんものねぇ」

「わかる?」

「えぇ。わたくしなら、監禁し人の出入りを最低限にして、本当に嫌がられる一歩手前まで接触して毎日過ごしますわ」

 うっとりとした表情で、マニエ様はそっと自分の胸に両手を重ねる。

「毎日過ごすたびに、徐々に嫌がられる段階が引き上げられていきますの。そこまでくればしめたものです。熱に浮かされたような、潤んだ目も良し。泣くもよし。懇願される姿がまたたまりませんわ」

「「「……」」」

「ま、マニエ様っ!」

 わたくしはあわてて、マニエ様の妄想に終止符を打つ。

 アシャン様とアンバーはポカンとしているし、トキは……なぜか先程より一層頬の赤みが強くなっている。


 そのすがるような目をマニエ様に向けてはダメよ。

 察知されたら……『教育』への入門を促されるわよ、トキ!

 見た目通りのマゾ属性だったらしい。人選間違えたわ。

 ナリアネスも初対面でわたくしに敵意剥きだしたから、きっとマニエ様にも同じ失礼をするかと外したのだけど。――予想外です。

 

 だが、もっと予想外なことが起こる。


「なんだ、兄様達と同類か。」

 ホッとしたように肩の力を抜き、スラスラとアシャン様がしゃべり出す。

「え? アシャン様?」

「相手が腹黒だと遠慮しなくていいな」

「恐れ入りますわ」

 いえいえ、マニエ様! 褒められていませんわよ!?

「アシャン様!? ちゃんと話せるではないですか」

 問い詰めるわたくしに、アシャン様はうなずく。

「わたしの言葉で相手が傷つくからな。だが、腹黒なら容赦しない」

「まぁ、お優しいのですね、姫様」

 マニエ様が褒める。


 え? なんですか? まさか自分の言動で相手が傷つくかもと、いつも遠慮しているから、言葉を選ぶあまり単語で話しているんですか?


「腹黒相手に何を言われてもいいが、人の心を傷つけ泣かれるのは嫌だ。そこに同情してたつ噂も面倒だし」

「お気持ちわかりますわ。姫様の御心は傷つきやすいのですね」

「弱いんだ」

「さようですか」

 さっきまで縮こまった態度であったアシャン様が、マニエ様を前にポンポンと会話をしている。

 唖然とするわたくしに、マニエ様がにっこりとほほ笑む。

「シャーリー、もっとあなたの図太さを見せて差し上げなさいな。世の中の噂を受け流して、時に相手を言いくるめて、自分らしく生きるあなたをね」

「面倒だから付き合いを絶っているだけです。一国の姫様がそんなことできるわけありませんもの。わたくしの生き方も見習えたものではありませんし」

「でも女は我慢するだけ、という考えに一石投じたのもの確かよ? 少なくともわたくしはそれで救われたのだし」

「……実行するかどうかはご本人の強さです。わたくしは周りで愚痴を言っただけです」

 せっかくマニエ様に褒められたというのに、わたくしはやっぱり居心地が悪くなってお茶を飲んで誤魔化す。

「わたしは弱い。それはわかっている。常に見張られ、比べられる。耐えることはできても、聞けば気になる」

「まぁ、それは悪循環ですわね。でも、わたくしも心当たりがありますわ」

 ふとマニエ様は過去の自分を思い出す。

「あなたもあるのか?」

 意外だ、とアシャン様は顔を上げる。

「えぇ、ございます。家の中に閉じこもり、自分を守ろうと必死だったところに、こちらのシャーリーが飛び込んできたのです。ですから、姫様が思い切って王妃様方にお願いし、シャーリーに付いてきたの間違いではありませんわ」

「そうか」

 アシャン様が軽く笑みを浮かべて小さくうなずくと、その笑みをわたくしにも向ける。


 え? ちょっとお待ちになって。

 なんだか、すごーく勝手に持ち上げられて居心地が悪いんですけど……!


「ちょっ、ちょっとお待ちくださいませ! あの時はどうにも我慢ならず、わたくしはマニエ様をお助けに行ったというより、自分の言いたいことを言いに押しかけただけですわ!」

「そうね。でもわたくしは『助けてくれた』のだと思っているの」

「勘違いです、マニエ様! あれはマニエ様に文句を言いに行ったのですわ」

「いいのよ。わたくしにとってあの時のあなたは、本当に白馬の王子、いえ、女王様が出迎えに来てくれたかのような衝撃だったわ。わたくし自分が女であることが残念だわ」

「何をおっしゃっているんですか!?」

「ふふふ。サイラス様と三角関係というのもいいかもしれないわ。女同士でしかわからないことだってあるものね」

「~~~~!」

 口元に浮かべた(絶対黒い)笑みを、スッと開いた扇で口元を隠す。

 わたくしはこれ以上何も言うことができず、口をきゅっと引き締めながらがっくりとうなだれる。

「……これはすごい。これがマニエ嬢か」

 ここに来て、アシャン様は無表情を保つことができないらしい。

 

 いえいえ、本当はもっと大人な女性ということでご紹介したかったのですが、どうしてか今日のマニエ様は上機嫌過ぎる。

 タルカッタ侯爵の件意外に何かあったのかしら。


 と、その時。


 ピィイイイイ……!


 「「「「!」」」」

 

 甲高い笛の音が響く。

 サッと険しい顔になったアンバーとトキがアシャン様の両脇につく。

「お兄様の笛ですわ」

「なにかあった、のね」

 冷静にマニエ様は辺りを見渡す。

 控えているメイドも顔をこわばらせ、だが動かず立ち続ける。


「誰だ」

 アンバーが庭園の植木の一角を睨むと、そこから一人の女性が姿を現した。

 ライルラドに多い金……というより薄い蜂蜜色の髪を結い上げた、ずいぶん線の細い女性。青白く少し頬のこけた様子に比べ、茶色い目だけがギラギラと憎らしげにこちらを睨んでいる。

 纏っている白いローブも、黄色いドレスも上質の生地のようだが、結い上げた髪を見る限り艶もなく儚げ、というより貧相に見える。

 女性は無言で一歩前に踏み出して止まる。

 身構えたのはアンバーとトキ。わたくし達は座ったままだ。

「あら。どなたかと思えば、フェリーナ様。相変わらず羨ましい細さですこと」

 余裕の笑みで彼女の名を言うマニエ様とは逆に、わたくしはすぐさま軽蔑を込めた目でフェリーナを睨む。

 だが、わたくしの視線をまるっと無視して、彼女が睨むのはマニエ様ただ一人。

 マニエ様はぽってりした唇に少しだけ右手の指を添わせて、笑みを浮かべたまま少し首を傾げる。


「エッジの寵愛するフェリーナ様が、元妻に何のご用でしょう?」


 エッジ、とはエンバ子爵の愛称。

 寵愛とはすでに過去のこと。それは社交界ですでに広まっている事実。

 もう、バカにしているとしか言いようがない。

 当然、彼女にも伝わったらしい。

 青白い顔を赤く染め、一層強く睨む。

「エッジと呼んでいいのはわたしだけよ!」

「そうはおっしゃられても、彼から『頼むからそう呼んでくれ』と懇願されたのです。まあ、お嫌ならエジュールと呼びますわ」

「図々しいのよ! 離縁したくせに!!」

 わたくしは数段下にいる彼女に、より一層嫌悪を抱く。

 無意識にテーブルの下でバッグを手繰り寄せ、あの扇を手に取る。

 と、そこへクイッとアシャン様がわたくしの袖を引っ張った。

 そっと身を寄せたアッシャン様が、小さな声で「あれは誰だ?」と聞いて来たので、わたくしは簡潔に「マニエ様の元夫の愛人です」と答えた。

 ああ、と納得したアシャン様は、それを思いっきり口に出した。

「なんだ。捨てられた愛人か」

 思わず「ふふっ」と吹き出してしまった。

 なぜかショックを受けている幽鬼のような彼女の顔を見ているとますます笑えてしまうので、わたくしはマニエ様の方へと顔をそむける。

 あ。マニエ様も笑ってる。

 扇で口元を隠しているけど、肩が完全に震えてます。

 一度は自殺寸前まで自分を精神的に追い込めた相手を前に、この余裕。これはすでに過去を完全に克服した証だろう。

 安心してフェリーナをもう一度見ると、こともあろうか、アシャン様を睨みつけている。

 いやだわ。なんてことしてくれたのかしら。

 これじゃあ、黙って帰すわけにもいかないわね。知らないこととはいえ、とんでもないことをしてくれたわ。

 こっそりと心の中でため息をつく。

 もちろん、両脇でアンバーとトキがにらみを利かせるが、アシャン様は無表情で蔑む。

 これ以上、アシャン様はかける言葉はないということだろう。

 黙るアシャン様から、フェリーナは笑い続けるマニエ様を睨み、また一歩前に踏み出す。

 と、それに気づいたマニエ様が、スッと笑みを消して鋭い視線を投げる。

「止まりなさい、フェリーナ」

 凛とした声に、思わずフェリーナも足を止める。

 口元から扇を離し、不快感を露わにした表情でマニエ様は続ける。

「ここは別邸とはいえアルシャイ子爵家。商人の娘が許可なく立ち入っていい場所ではないわ」

「え、偉そうに!」

「下がりなさい」

 まさに「女王様!」といわんばかりの高慢な態度が良く似合うマニエ様を前に、フェリーナはやや怯みながらも踏みとどまる。

「あんたさえいなければ全部もとに戻るのよ。あんたが悪いの。あんたがあの家を出ていくからいけないのよ! あんたはあのままあの家の中で飼い殺しにされてれば良かったのよ!! わたしの幸せを返してっ!」

「「おほほほほほほっ!」」

 わたくしとマニエ様は同時に笑い出した。

 だって、この人何を言っているのかしら?

 いなければいいと言い、出ていくからいけないと言う。

 なんて矛盾かしら。しかも最後は『幸せを返して』。

 平民の愛人が堂々と公の場に出てくること自体恥知らずだと思っていたけど、ここまで頭の中がお花畑だったとは思いもよらなかったわ。他人を踏み台にして努力もせず、責任転嫁することでしか築けない『愛』なんてそんなものよ。砂の城とはよく言ったものだわ。

「嫌だわ、マニエ様。聞きまして? この方、とうとう栄養不足が頭の中にまで浸透してしまったのではないですか?」

「ふふふ、貧血もありそうね。エンバ子爵家の料理長は、とても健康に気を配る者だったはずよ。エジュールは元気そうだし」

「意地悪ですわね、マニエ様。それは『料理長の作った食事を食べていれば』の話ですわ」

「あら? 今はどちらにお住まいだったかしら」

「「おほほほほほほっ!」」

 再び笑いあうわたくし達を見て、アシャン様がつぶやく。

「お前達、結構ひどいな」

 いえいえ、これがわたくし達の普通です。

 チラリとフェリーナを見れば、両手を握りしめ体を怒りで震わせている。

「来てっ!」

 フェリーナが叫ぶと、そこかしこから体格のいい六人の男が現れる。

 あらあら、呆れたわたくし達が笑いを止めると、それを自分の良いように受け取ったフェリーナが醜い笑みを浮かべる。

「妙な男がいたから少なくなったけど、エッジの護衛もいないあんた達なんて怖くないわ」

「……あなたの仕業だったのね」

 特に驚きもせず、逆に呆れた目をするマニエ様。

「そうよ! あの人の部屋の、どこに何があるかなんてわかっているもの。印章だってね!」

「呆れた。罪を犯したのね」

「うるさいわね! わたしが妻になれば、何の問題もないことよ!!」

 彼女はエンバ子爵の印章を使って、マニエ様の身辺警護をしている者たちの任を解いたということ。

 つまり、立派な窃盗。そして詐欺罪が成立する。

 そして今、脅迫罪と暴行罪が成り立った。

 ふとアンバーとトキを見ると、彼らの顔が完全に「兵士」となっていることに気づく。

 あら、勇ましいわ。

 わたくしは右手に持つ、あの扇の先を自分の唇に寄せる。


 サイラスの思惑に乗せられた気分だけど、ちょっとくらい乗ってあげてもいいわねぇ。

 でも勘違いなさらないでね。あくまで身を守るためですの。

 ――最近のストレス発散じゃなくってよ。






読んでいただき、ありがとうございます!!


【アンの推理】


 旦那様に追い立てられるように、イズーリ国へと出発されたシャーリーお嬢様。

 サイラス様のお怪我の心配はもちろんですが、わたしはもっと心配なことがあります。


 これって相手のご家族へのご挨拶ではないですかっ!?


 うまい具合に連れられて行きましたけど、前日に王城へお呼び出しされた旦那様のことが思い浮かびます。

 あの日帰ってくるなり、旦那様は奥様を執務室に呼びお話をされていたと聞きます。

 ちょうどそのころ、わたしは執事のクオーレ様からお嬢様のトランクや小物の点検を申しつかっておりました。


 つ・ま・り。


 サイラス様のお怪我のお話を、旦那様はあらかじめ知っていたのではないかということです!!

 それが正しければ、サイラス様のお怪我は命に別状はないのでしょう。


 求婚からはや数か月。

 いつまでたってもうなずかないシャーリーお嬢様に、とうとう旦那様達が……いえ、おそらく国王陛下と皇太子殿下も加わっての計画を立てたのでしょう。

 おそらくですが、シャーリーお嬢様をご一緒にと進言されたのは皇太子殿下。国王陛下も了承されたのでしょう。


 ああ、シャーリーお嬢様。どうか御無事でいてください。

 本音を言えば、修道院などに行かずサイラス様と……いえ、このさい誰でもいいですからお好きになった方と結婚していただきたいのです!!

 絶対わたし付いて行きます!!


 実は、さきほど聞いてしまったのです。

「イズーリ王室の方々はどうも積極的な方らしい」

 と、いう旦那様の言葉を。

 嫌な予感が致します。

 幸せな結婚を望みますが、無理強いは望みません!

 お嬢様どうか頑張ってくださいませ!!


 ――後日、たくさんのお土産(貢物含む)と妹姫を連れ帰ったシャナリーゼを見て、アンはそっと心の中でため息をつく。


 シャーリーお嬢様、完全に包囲され始めましたよ、と。

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