表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/122

勘違いなさらないでっ! 【34話】

いつもより、ちょっと短めです。

 誰にも会わずにライアン様の執務室には行けず、わたくしはずっと下を向いて、できるだけ顔を見せないようにして歩く。時には歩調を変えて、セイド様を盾にしてやりすごしたりもした。

 ようやくたどり着いたライアン様の執務室の前には、護衛の騎士が二人立っていた。

 護衛騎士の前で下を向き過ぎていても、逆に怪しまれるわね。

 と、いうことでわたくしは何食わぬ顔をしてセイド様の後をついて、無事執務室の中へと入ることができたのだった。


 執務室は白い壁の上と下に金の模様がきれいに並んでいる。その壁に掲げてある絵画や床に設置された背の高い時計や本棚も、白を基調として金の繊細な細工が施されているものばかりだ。もちろん目の前に、でんと置かれている応接セットもしかり。

 上から吊るされたシャンデリアは幅の広い三段のもので、キラキラと窓からの光を浴びて反射している。

 ここは執務室に設けられた応接間。ライアン様は奥の続き部屋にいる。

「少し待て。話してくる」

「お願いいたします」

 そう言って、セイド様は奥の部屋へと入って行った。

 

 パタンと扉が閉まってそう長くしないうちに、再び扉が開く。

「しゃ、シャナリーゼ!?」

「お仕事中失礼致しますわ、ライアン様」

 わたくしはスカートの裾を軽く持ち上げ、深く頭を下げる。

 この部屋にはセイド様の他に補佐官はおらず、三人だけらしい。

「どうしたんだ?」

 ライアン様の問いかけに、セイド様はわたくしを見て目を細める。

「貞操の危機、だそうですよ」

「は?」

 よくわからん、とライアン様は首を傾げる。

「お前がそんな恰好で来るとは、よっぽどのようだな。座れ」

 手で示され、わたくしは長椅子にそっと腰をおろした。


 ――十分後。

 

 ライアン様とセイド様はそろって目をつぶり、眉間に皺を寄せて耐えていた。

 そういえば、ティナリアの趣味は二人とも初めて知った。さぞかし驚いているだろう。

「……つまり、こっちのせいにされてはたまらん、ということだな?」

「そうですわ。ライアン様だって、マディウス皇太子殿下やサイラスに責められるのはお嫌でしょう?」

「絶っ対嫌だな」

 真顔で力強く言い切ったライアン様。

 まぁ、ライアン様ったら昔どんなことがあったのかしら。

 聞きたいけど、それはまた今度ね。

 うーん、とライアン様は腕を組む。

「手紙を出したいというわけか。しかもサイラスまで直接最短で届く」

「手紙なら専用のものをもらいましたが、それでは数日経ってしまいます。もっと早急に連絡を取りたいのですわ」

「そうだなぁ」

 まだ考えるライアン様。

 じらしているのかしら?

「俺の早馬は使えるか? セイド」

「殿下の早馬ですか。使えますが……」

「お待ちください」

 失礼は承知で、でもわたくしの望んだ意見ではなかったので割り込む。

 二人がわたくしを見て口を閉じる。

「わたくしが申しているのは、ライアン様が昔わたくしに教えてくださった、遠い地域まで通じている電話のようなもの、のことですわ」

 電話は王都の一部の富裕層しか持っていない。つまり、つながっている範囲も狭い。王都以外には通じないし、異国なんて夢のまた夢。

 でも、お城にはあるとライアン様は前に言っていた。

 げんに、わたくしがそう言えば、ライアン様は眉間に皺を寄せている。

「……簡単に使えるものではないのだ、シャナリーゼ」

「ですから、ライアン様にお願いにあがったのです」

「無理を言うな」

 ライアン様はため息をつく。

 セイド様もその存在を知っているのだろう。わたくしと目を合わせると、ゆるやかに首を横に振る。

「壊れていますの?」

「違う。あれは緊急の場合のみ使うものだ。電信といってな、今はいくつかの友好国と繋がっていて、双方向でのやり取りが数分でできる」

「まあ!」

 それは予想以上のものだわ。

 友好国といえば、イズーリとも繋がっているだろう。

「さっそく使わせてくださいませ!」

「無理だと言っているだろうがっ!」

「緊急ですわっ!」

「どこがだ!?」

「時間が経てばたつほど、マディウス皇太子殿下の逆鱗に近づきますわよ!!」

「うっ」

 息をのむように、ライアン様は身を引く。

 わたくしは前に身を乗り出す。

「一介の伯爵家の女性に、さすがのマディウス皇太子殿下も、全ての責任を押し付けたりなさらないですわ。だとすると、アシャン様が合流した時にいたライアン様にも、責任は多少なりとあるかと」

「なぜだ!?」

「アシャン様が合流された時、手紙を持参されていたとはいえ、あの場で断ることができたのはライアン様だけですわ。わたくしはしがない伯爵家の者。ライアン様はライルラド国皇太子として、お断りすればよろしかったのです」

「……俺はあの時同行を認めただろうか」

 少し自信なげに、後ろに控えたセイド様を振り返る。

 セイド様は思い出すように目を閉じ、ゆっくりと口を開く。

「『しょうがない』とはおっしゃいました」

「がーん!」

 ライアン様はショックのあまり、テーブルに突っ伏してしまう。

 そんな主を、セイド様は必死でフォローする。

「で、殿下、あの場では最善の判断であったと思いますし、同行を拒否することは難しかったと思われます。なぜなら、マディウス皇太子殿下のお手紙では、姫の願いを叶えてくれるようにと、シャナリーゼあてではありますが書かれていたのです。拒否しようがありません」

「……そうだよな」

 突っ伏したままつぶやくライアン様。

「あら、そうですか? マディウス皇太子殿下から直接言われたわけではないので、ライアン様には……」

「お前は黙っていろっ!」

 おお、怖い。

 顔を真っ赤にして怒鳴るセイド様から顔をそらすと、セイド様はすぐにライアン様のフォローを続けた。


 そして、どうにかライアン様は顔を上げてくれた。

「……で、どうするというのだ。電信で一回に送れる文字もそう多くはないぞ」

 すっかり気落ちしたライアン様は、わたくしの希望を叶える気になったらしい。

「サイラスに簡単に経緯を話します。その後、わたくしが思いつく軌道修正案に賛成して欲しい、と伝えたいのです」

「軌道修正案? やればいいだろう」

「いえいえ、少々刺激が強いので、やはり家族の同意が必要ですわ」

 わたくしを見るライアン様とセイド様の目が、一気に胡散臭いものを見るものへと変わる。

「新手の洗脳か?」

 まぁ、失礼ですわね。

「違います。ある人に会っていただくだけです」

「誰だ」

「アルシャイ子爵家のマニエ様ですわ」

「アルシャイ子爵家? ああ、元夫に復縁を迫られている女性だな。元夫の性格にも多大な変化をもたらしたと噂だが、大丈夫か?」

「大丈夫ですわ。マニエ様とお茶をするだけですもの」

 不安を完全にはぬぐえないものの、ライアン様はそれ以上反対することはなかった。

 はぁっとため息をついて、セイド様を振り返る。

「サイラスの私邸に直接繋ごう」

 それを聞いて、セイド様が難色を示す。

「イズーリの軍部を通さないと厄介です。前にも注意勧告がありましたし」

「短時間なら大丈夫だろう。頼む」

「……わかりました」


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆

 

 ライアン様に言われた通り、サイラスに言いたいことを短く文にしてセイド様に渡した。

 手紙を持ってセイド様は執務室を出て行き、待つことになった。

 ……大変だったわ。

 待っている間、ライアン様ったらリシャーヌ様と生まれてくる赤ちゃんの話を、ただひたすらするんですもの。王妃様の伏兵かしら? と疑いたくなった。

「そうそう、花火だがな。時間調整が難しくて、お前の希望地での打ち上げ時刻を遅くすることにした。その分、王城での打ち上げ時刻を繰り上げる」

「仕方ありませんわ。お任せします」

 

 それから間もなく、セイド様が手紙を持って戻ってきた。


 まずセイド様はライアン様へと手紙を差し出したが、手で制される。

「よい。シャナリーゼへ渡せ」

「はっ」

 四つ折りにされた手紙を差し出される。

「ありがとうございます」

 ドキドキとした緊張を面に出さないように、サッと手紙を広げる。

 そこには簡単に書かれた文字が並んでいた。


“ 話は分かった。

  思うとおりにやれ。

  こちらも手をまわす。

  アレは持ち歩け。 ”


 アレというのは、先日送ってきたあの扇かしら。常に持ち歩いて使い方をマスターしろってこと? 無茶言わないで。


 読み終えたわたくしは、丁寧に紙を折りたたむ。


 ああ、やっとホッとできたわ。


 その気持ちは、わたくしの表情にも表れていたのだろう。

 ライアン様とセイド様が、気味が悪い笑みでわたくしを見ている。

 なんですか? と口元を引き締めると、生温い笑みをより一層深めたライアン様がうなずく。

「なんだかんだといいながら、ずいぶん親しんでいるようだな。最初は絶対無理だと思ったが、やはり男女の仲は予想ができない」

 ライアン様の座る長椅子の後ろで、セイド様も目を閉じ深く何度もうなずく。


 なに言っているのかしら?


 ほんのわずかに首を傾げたわたくしに気づかず、ライアン様はまだ生温い笑みを垂れ流しながら続ける。

「俺もリシャーヌを心の支えとしている。後押しが欲しい時、相談したい時、そういう時に愛する者の後押しがあるというのは、実行に移す原動力となるものだ。そう、あの時も……」

 なぜか力説するライアン様。

 え? プロポーズのきっかけはいつも別れ際に見つめられていたから? へー。告白をする前は、リシャーヌ様を柱の陰から見ているだけでしたのにね。まぁ、告白するきっかけがわたくしの蹴り、だなんて、きれいに忘れていますわね?

 まぁ、でも延々と続きそうなので、ここらで言わせていただきますわ。


「勘違いなさらないでくださいませ。わたくしは勇気付けて欲しかったのではありませんわ。わたくしが欲しかったのは、責任転嫁ができる相手です」


「「は?」」


 見事にライアン様とセイド様の目が点になり、ポカンと口が半分開く。

 ふふ、ちょっとマヌケ顔ですわ。

 わたくしはニタリと片方の口角をつり上げる。

「王妃様もマディウス皇太子殿下も、サイラスがわたくしを後押ししたとなれば、この先どう転んでもわたくしに直接の責任はありませんわ。むしろ、先程サイラスからは『思うとおりにやれ』と、ちゃんとお墨付きをいただきましたもの」

 それを聞いて、ライアン様はパクパクと何度か口を閉じ、その後ろではセイド様が目をつむり目頭を右手で抑えて何かを耐え忍び始める。


「そんなわけないだろぉおおお!?」

 

 絶叫したのはライアン様。

 勢いのあまり、半分立ち上がってテーブルに両手をバンッとつくと、ぐいっと身を乗り出す。

「家族や心の支えとなる愛しい者へ相談し、背を押してもらってこその『安心』を得るためにサイラスへ連絡したのではないのかっ!? そのために、わざわざここへ来たのだろうが!」

「違いますわ」

 バッサリ切って捨てると、ライアン様の目が再び点になる。

 まったく、何を言っているのかしらと、わたくしはため息が出そうなのを堪えた。

「わたくしがサイラスに連絡したのは、万が一の場合は、イズーリの王妃様とマディウス皇太子殿下相手に対等に渡り合えるから、ですわ。サイラスがわたくしをどの程度好いているのかは知りませんが、とある一件で彼がわたくしの意思を抑え込むようなことはしない、ということがわかりましたの」

 そうよ。あの時は王妃様にまんまとハメられて拇印を押してしまったけど、サイラスはいつものようにからかわず、処理(ミルクに食べさせた)してくれた。

 ……少しだけわたくしの中で、サイラスの株が上がったのは確か。

 今回もきっと、と淡い期待を抱いていたので、うまくいって本当に良かった。

 もし見返りを要求されたら、あの奇妙な鉄の扇をもらってあげたのだから感謝しなさい、と突っぱねてやるわ。

「とにかく、これでサイラスを巻き込めましたので、安心してアシャン様の修正にかかりたいと思います」

 まだ目が点のライアン様に、できるだけにっこりとほほ笑む。

 セイド様は、チラッと目を開けてわたくしを見るが、主がいるので何を言えない。ただ、言いたいことは山ほどあるらしい。

 お小言はごめん、ですわ。

 わたくしはサッと立ち上がって頭を下げる。

「これ以上ライアン様の、貴重なお時間をいただくわけにはまいりません。これにて失礼いたします」

「待て待てぇええ!」

我に返ったライアン様が、すかさず止める。

「お前は照れているだけだっ!」

 ビシッと指をさし、何を言い出すかと思えば……。

 真っ赤な顔をしているライアン様は、興奮気味にまくしたてる。

「俺も迷った時、意見をリシャーヌに求めるが、本当は意見ではなく後押ししてくれる『安心』が欲しいのだ! 俺は一人ではない、というな。お前もそうだろう!?」

「はい。責任を自分だけ持ちたくありませんわ」

「ちっがぁああああうっ!」

 まるで口から、火でも吹くかのように絶叫する。

「ああ、くそっ!」と王族らしからぬ言葉を吐き、ガリガリと頭をかきながら地団太を踏む。

 キッと、幾分いつもより強い目がわたくしを見る。

「お前も今まで散々相談に乗ってきたじゃないか! ということは、その責任はとるつもりだったのだな!?」

 そんなライアン様に、わたくしはそっと声をかける。

「あの、ライアン様」

「なんだっ!」

「わたくし、これまでいろんな方のご相談に乗りましたが、最後にはちゃんと『でもまぁ、やるかどうかはご自身の責任ですわよ?』と申してきました。責任なんてとる気はありませんわ」


「「………………」」


 今度こそ、長い沈黙が続く。


 ライアン様は信じられないといった顔で、指先をプルプルと震わせながら、またわたくしを指差す。

「お……お前は、自分は責任はとらないというのに、サイラスには取らせようというのか!?」

「先に押し付けられたのはわたくしですわ。対抗勢力を立てて何が悪いんですの?」

 ムッとしたわたくしの態度に、ライアン様達はまたそろって唖然としている。

 だが、先程より耐久性がついたのか、すぐにライアン様が動き出す。

 ふらりとした足取りでわたくしの前に立つと、目線を合わせるように少し背を丸めた。

「頼む。……サイラスが好きだから相談した、と言ってくれ」

「ウィコットのほうが好きですわ」

 本音を言うと、ライアン様が今にも泣きそうな顔で、ガシッとわたくしの両肩をつかみながら迫ってきた。

「頼むっ! 後生だから、あいつのことを好きだと言ってくれぇえええ!!」

「きゃあああ!」

 普段のライアン様とのあまりの変貌ぶりに、わたくしもつい悲鳴が出た。

「でっ、殿下!」

 あわててセイド様がライアン様を、後ろから引きはがそうとする。

 が、しかし、ライアン様は諦めない。

「離せ、セイド! このままではサイラスがあまりに不憫だ!」

「大丈夫です、殿下。サイラスもそのうち目が覚めますから!!」

「いやいや、あいつは本気だ! お願いだ、シャナリーゼ!!」

「…………」

 わたくしはもはや絶句していた。


 なんてことかしら。こんなところ本当に王妃様の伏兵がいるだなんて……。

 さっきの直感は正しかったのね! 女のカンってすごいわ。


 冷めた目でライアン様とセイド様のやり取りを観察していると、どうやらわたくしが「好き」と言わなければ、この肩の手は離れないらしい。

言うのは簡単だ。

 だが、ライアン様が王妃様の伏兵となったのなら話は別。簡単に言えば、あとで証人として使われるだろう。


――よし。


「ライアン様」

 わたくしはライアン様からの束縛から逃れるため、表情筋を最大に緩ませ、操って最高の『天使』を発動させる。

「わたくし、サイラスのこと嫌いじゃありません。きっとサイラスもわたくしの魂胆を見抜いた上で、やってみろと言ってくれたんですわ。わたくし、サイラスの期待に応えたいのです」

 ハッと見とれた(かしら?)ライアン様の両手から力が抜ける。

 わたくしはその隙にサッと身を低くして逃れると、一気に距離をとる。


「ごきげんよう、ライアン様! リシャーヌ様にもよろしくお伝えくださいませ!」

「こら! 待て」

 

 もう振り向かない。

 わたくしは一直線に扉に向かって歩くと、そのまま廊下へ出る。

 追おうとしたライアン様が、わたくしの『天使』を初めて見て硬直しているセイド様に「離せ」とわめいたところで、扉は完全に閉まった。


 執務室を出てすぐ、騒ぎを不審に思っているだろう護衛の騎士にじっと顔を見られたが、素知らぬ顔をして「急ぎです。失礼いたしますわ」と足早に去る。

 そうしてナリアネスと別れた部屋に戻って、誰もいないことにやっと胸をなでおろす。

 だが、ライアン様が追ってくるかもしれないと、わたくしが今後のことを考えていると、タイミングよくナリアネスが戻ってきたので、さっさと王城を後にすることにした。


 さて、と揺れる馬車の中で考える。

 やはり目には目を。刺激には刺激しかないだろう。

 頼れるのはやはりあの人しかしかいない。


“帰国したらお茶にでもいらしてね”


 わたくしの留守中、お誘いがあったらしい。

 マニエ様にはお土産もあるし、すぐにでもお会いしなきゃ!


 わたくしも多少なりと影響されたマニエ様の強烈な感性。アシャン様も、これできっと方向修正が効くはずよ!!



読んでいただきありあがとうございます。



プッチィの日記3


(ボソボソ……)

 ゴリゴリ……。


あー、なんだろう。なんか聞こえる。

ぴくぴくと耳を動かしてみる。

昨日の夜はしっぽが痛くって、なかなか寝れなかったんだぁ。もう痛くないけど。

だから、さっき隣で寝てたクロヨンが起きて、巣を出て行ったけどボクは寝ることにした。


(ボソボソ……)

 ボリボリ……。


あーもお、なんだよぉ。朝じゃん。

少しだけ目が覚めると、ニンジンの匂いがする。お腹すいた!

けど! ねーむーいぃいい……。

ふらふらと起き上がり、のそのそと巣からはい出る。

「みぃう~……『シャナ~?』」

 顔を上げ、うっすら開けた目で、ご飯を持ってきてくれたシャナを見上げ――て、一気に覚醒。衝撃ってすごいね! 


「起きたか、プッチィ」

 どんなに小さくしても絶対小さくならない体をしたニンゲンが、小さなニンジンを片手にボクを手招きする。

 

ぎゃー! 昨日クロヨンが怯えた奴じゃないか!

そんな小さなニンジンで、ボクがなびくと思うなよ!! って、クロヨン! なんでそいつの足元でご飯食べてるの!? しかもいつもの大きさのニンジン食べてるぅううう!!


「ほれ、食え」


差し出されたニンジンは、ニンゲンの手より小さい。

シャナや他のオンナのニンゲンがくれるニンジンは、いつも手より大きいのにっ!

先にクロヨンが起きたからって、小さい方をボクによこすなんてぇええええ!!


「みうみうみうぅうううっ!」

 ボクは怒った。

「お? 待て待て、すぐやるから」

ニンゲンがボクの前にニンジンを置く。


こんな小さなニンジンなんてぇええええ! ――あれ?


ボクの目の前に置かれたニンジンは、いつもと一緒の大きさ。

さっきまで確かに小さかったはずなのに、なんで?

首を傾げるボクに、ニンゲンの足元でニンジンを食べてたクロヨンが顔を上げる。

『プッチィ、このニンゲンはシャナのお兄さんだよ』

『ああ! あのマホー使いの』

 ボクは思い出した。

 前におかーさんが話してくれた、マホー使いのお話。その手に握ると、小さいものを大きくしてみたり、大きなものを小さくして見せてくれるってニンゲンのこと。

 前のお家にもいたなぁ、マホー使い。こっちのお家にもいるなんて、と驚いたっけ。

 そんなことを思い出しながら、ボクはニンジンを食べた。今日もおいしい。


「みぅうう~、みぅうう~『ねぇねぇ、どうせならもっと大きなニンジンにしてよ』」

「お? なんだ、プッチィ。いきなり思い出したのか?」

「みうぅうう~、みうみうぅうう~『違うってば、大きいニンジンにしてよ』」

 床に膝をついたマホー使いに抱かれ、ボクとプッチィは仰向けにされる。

 ボクはニンゲンの顔を見て訴えるため、上半身をひねる。

「みぅみうう」

「よしよし」

 見上げるボクの頭をなでてくれる。

 ニンゲンは左手で、ボクの隣りの仰向けになったクロヨンのお腹をなでる。

「みぅうう~……」

 たはぁっと思いっきりリラックスしたため息を漏らし、クロヨンは目を閉じる。


 おぉおう! てくにしゃーんってやつぅう!?


 その後、ボクもたはぁってなったよ。

 食後のマッサージ最高。マホー使いの手はやはりマホーだね!


~ 目の錯覚。遠近法。それらを、ウィコットは知らない。 ~

~ ウィコットは知らない。 サイラスがシャナリーゼに渡した飼育書に、彼が見つけたウィコットの弱いところが書いてあったことを……。“ウィコットは普段、自分の手が届かないお腹と首の下が弱い” ~


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ