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勘違いなさらないでっ! 【31話】

GWいかがお過ごしですか?


大変です。トキとアンバーの設定が逆でした!

H26.8.5 訂正しました!!

 植木を挟んでは話しづらい。

 わたくしが無言のまま左手で手招きすると、飛び上がって二人とも植木をまたいでやってきた。

 二人ともおどおどして目をそらし、背筋も伸ばしていなかった。たぶん背は、わたくしより少し高いくらいだろう。服も大きめなのかダボつきがあるし、顔を見る限りごついわけではない。普通の年下の男性。

 そのうちチラリと顔を上げた、茶色い髪の男と目があう。

「……あなた、名前は?」

 濃い茶色の大きめの目をさらに見開き、ビクッと体を強張らせた後、一気に名乗る。

「トキ・カイドットです。十八です!」

 ビシッと背筋を伸ばす。肩につくくらいの髪で、左側に一束三つ編みした独特の髪型。十八と聞けばそうなの? と言いたくなる、少し幼さが残る顔立ちは悪くはない。マニエ様は少女が対象だから彼女には除外されるけど、少年を愛でる趣味のご婦人にはモテそうだ。

 おどおどした態度も好かれる要素らしい。

 もちろん、わたくしにその趣味はないわ。これっぽっちもね!

 あぁ、それに思い出したわ。この人、アシャン様の護衛として追いついて来た時、わたくしを見て目をそらして怯えていたわね。


 今は声をかけただけよ? ……あんまり怯えた目でわたくしを見ないで。


 アンバーの目線から目をそらし、今度は黒髪の男を見る。

 彼はすでにわたくしを、なぜか嬉しそうな顔で見ていた。

「アンバー・ユハル。十九になりました」

 こちらは童顔ではないものの、はつらつとした雰囲気の男。肩にかかる黒髪を無造作に後ろで一纏めにし、短い横の髪がそのまま垂れている。目は水色で、人懐っこそうな笑みを浮かべている。

 そうそう、この人はアシャン様の護衛として追いついて来た時、唯一わたくしを見て嬉しそうだった人だわ。


 ……なんでわたくしをそんな目で見るのかは謎だけど。


 なぜ笑顔なのかと訝しげに見ていたら、アンバーという男はニコッとより一層の笑顔を見せてくれた。

 なんなの、この人。意味がわからない。

 とっさに眉をしかめたわたくしを見て、アンバーは「あれ?」と小さくつぶやく。でもそれを無視して、わたくしは一歩引いて立つトキを見る。

「今あなた達がサボっていた件はあとよ。さっき話していたもう一人の男について詳しく話してちょうだい」

 トキは「え、あ」と短く繰り返し、焦っているのかなかなか話が始まらない。

 そこへしゃしゃり出たのがアンバー。

「すみません、シャナリーゼ様。こいつ口下手なもんで、しかも美しい女性を前にすると極度に緊張してしまうのです」

 ヘラヘラ笑う余裕のあるアンバーを見て、わたくしは更に眉を潜めた。

「あなたは無駄に口が回るようね。お世辞はいいわ」

 わたくしが睨みつけても、アンバーは変わらない。

「はい、ではトキに代わり、わたくしがお話します」

 立った姿勢はそのままだが、ずいぶんと緊張は解けたらしい。

「もう一人というのはシーゼット・パース、二十ニ才。緩い天然巻きが入った茶髪が特徴のダメダメ三班副班長です」

「ダメダメというのは自覚しているのね」

 呆れて肩の力を抜けば、トキは「もちろんです」と大きくうなずいた。

「ちなみに最初に訓練場の隅でシャナリーゼ様のお姿を見た時、ボールを受け止められずに倒れたのは彼です」

 そんなこと言われても、わたくし顔なんて覚えていないわ。

 でもそれが理由なら、わたくしを見て嫌そうにしていた意味が良くわかった。あの時の見事にのけ反っていたものね。

「あなた達もあの場にいたのね」

「はい。一番遠巻きにトキと見ていました。なぁ?」

 急に話題を振られたトキは、ようやく落ち着いていた態度が再び挙動不審となる。

「え、あ、その……はい」

 怒ってもいないのに、しゅんと頭を下げる。

 それを見てもアンバーは何でもないように、再びわたくしに目線を向けた。

「で、シーゼットさんですが、そりゃあもう今回の護衛の任務は嫌がりました。でも、皇太子様直轄の訓練場に配属になると聞いて、渋々来ました。ちなみに皇太子様直轄の訓練場は本来ならエリートを輩出するための、名誉ある訓練場です」

「まともな訓練を受けたくないから護衛に来たのね。問答無用でその訓練場に送ればいいのに」

「ですよねぇ。俺もそう思います。毎日愚痴られるんで、俺もトキも結構きついんですよぉ」

 いつの間にか砕けた言い方になっているが、わたくしは特にこだわったりしないので聞き流すことにする。

……だが、これだけは言いたい。

「訓練場に送れと言ったのはあなた達三班全員よ。今からでも進言してあげるわ」

 わたくしの言葉に、アンバーは血相を変えて片膝を付く。そして祈るように両手を合わせてわたくしに突きだした。

「そっ、それだけは勘弁下さい! エリートなんて興味ありませんし、訓練の無駄です。俺達は普通のそれなりでいいんです!!」

 トキもこくっと小さくうなずく。

 アンバーのあまりの必死さに、わたくしは眩暈がした。


 なによこれ。なにこれ、なにこれ。信じられない!

 こんなのが兵士なの!?

 こんなのをアシャン様の護衛に、て、マディウス皇太子殿下は何を考えているのよ!


 思わず二人から目をそらし、何とも言えないため息をつく。

「……あなた達、任務をなんだと思っているの」

 少しでも罪悪感を感じ押し黙ってくれるかと思いきや、アンバーはにっこり笑うと、組んでいた両手を離し、人差し指を立てる。

「大丈夫です。なんたって隊長がいますからっ!」


 他力本願を素でやって生きている男がいた……。


 どうしよう。このまま刺又で、ちょっとくらい刺してもいいかもしれない。今なら誰にも怒られない気がする。――いえ、きっと許される。

 

 本気で軽く殺意が目覚めたわたくしに、アンバーはその笑顔のままポンと自分の手を叩いた。

「そうだ。シーゼットさんの話でしたね。すっかり脱線しました」

 そうだったわ、とわたくしも殺意が引っ込む。

 ……あなた達、シーゼットに感謝しなさい。

 立ち上がって膝を軽く叩いて汚れを落としたアンバーは、急に真面目な顔になった。

「で、毎日愚痴っていたシーゼットさんが、昨日から変なんです。気合が入ったかのように辺り一帯を見ていたり、休憩も取らずに動き回ったり、率先して姫様の護衛に付こうとしたり。あ、でもこれは隊長が主で、交代時は俺って決まっているんですけどね。それでも交代しろとしつこくて。まぁ、夜には原因がわかりました」

「なんとなく、わたくしにもわかるわ」

「ですよね! 夜は大変でしたよ。浮かれっぱなしのシーゼットさんが、情熱的に愛を語るんですよ。『運命の姫に出会った』とかもう、それはそれは長々と」

 ピキッとわたくしのこめかみに青筋がたった。

 刺又を握る右手にも、無意識に力が入る。

「それは、ティナリアのことね」

「はい、そうです」

 なるほどね。

 つまりいきなり仕事らしい仕事をするようになったのは、ティナリアに見られてもいいように。もしくはティナリアを見つけるため。そしてアシャン様付きの護衛に率先してなろうとしたのは、そのほうがティナリアに接近できるから。なんせ昨夜、アシャン様はティナリアの部屋に泊まったのだから。

 シーゼットというあの男が夜の護衛に立っていたかと思うと、思わずゾッとする。

「昨夜も隊長の交代で俺が立ったんですけど、場所が場所だけにシーゼットさんがなかなかしぶとくて、最後には呪いの言葉を吐かれましたよ。まぁ、隊長が一喝して黙りましたけどね」

 よくやったわ、熊。

「そう。あなたが交代に選ばれているということは、シーゼットがティナリアに邪な想いを抱いているということを、ナリアネスはちゃんと知っているのね」

「いえ、たぶん知らないと思います」

 アンバーはあっさり首を横に振った。

 眉を寄せ凶悪な目つきになるわたくしに、アンバーはあわてて両手を振る。

「し、しかたないんです! 隊長そういうのに疎くって、お見合い十五連敗は伊達じゃないですから!」

 お見合い連敗は、どうやら外見だけが原因ではないらしい。

「じゃあなんで副班長ではなく、あなたが交代要員なのよ」

「単純に実力順です。俺、剣はそこそこ使えるんで」

「じゃあ副班長っていうのは何よ」

「あぁいうのって面倒なんで、みんなで押し付けたんです。あの人おだてに弱いから」

 あははーと笑うアンバー。そして小さくうなずきつつ笑うトキ。


 うわぁ、本気でダメダメ三班だわ。

 やっぱりこれは、マディウス皇太子殿下の直轄訓練場送りがいいと思う。

 そして全員脱落するがいい。


 苛立ちを込めて二人を見て、ハッと気が付いた。

「と、いうことは今シーゼットという男は一人でうろついているの?」

「ですねぇ。いそいそと髪型と服装整えてどっか行きましたけど」

「ちょっと、それ先に言いなさいっ!」

 他人事のように言ったアンバーを怒鳴りつけ、わたくしは左右を大きく見渡す。

 その時、今まで黙っていたトキがおずおずと近づいてきた。

「あの、俺達は必要以上にはお屋敷内には入れませんので、たぶん外だと……」

「外、ね」

 わたくしはただトキを見て繰り返しただけ。

 なのに……どーして、そう泣きそうな目でわたくしを見るの! すがりつくような目でわたくしを見ないでちょうだい!!

 ヒクッと口元がひきつりそうになるのを抑え、わたくしは正面玄関に向けて踵を返す。本当はお屋敷の中を走ったほうが早いけど、万が一にも父に捕まると面倒だ。ろくでなしの件を話してもいいが、それはアシャン様の名誉のためにも最終手段とさせてもらおう。

 ダメダメ護衛を付けられているお姫様なんて、母が知ったら号泣とねっとりした毒吐きが延々と続くだろう。聞かされるこっちの身がもたない。

 刺又を持ったまま歩き出したわたくしを最初に追いかけてきたのは、意外なことにトキだった。その後をやる気なさそうなアンバーがついてくる。

 わたくしはチラッと軽く振り返っただけで、あとは何も言わずに歩みを進める。

 後ろの二人も何も言わずに、二、三歩離れてついてきた。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 ドレスに葉がついても、気にとめず歩くこと数分。

 正面玄関まで行かないテラスで、わたくしは風にたなびく金色の髪を見つけた。ふんわり膨らんだかわいらしい薄い桃色のドレスには、赤いリボンがふんだんに使われ、白いレースの手袋をしている。

 柵のないテラスから、ティナリアは目線をやや下に向け、優しい微笑みを浮かべている。

 高めの植木で下の部分は見えないが、無事のようだ。わたくしはホッとして声をかけよう息を吸い込んだ。

「ちょい待ち!」

 グッと刺又を引かれる。

 目を細めて憎らしげに見れば、腰を低くして刺又の柄をつかんだアンバーが、首を横に振り自分の口元に指を一本立てた。

「いますよ、シーゼットさん」

 小声でそう言うと、チラッと植木の間から目線を飛ばす。

 わたくしが刺又を下げると、トキがサッと近づいて受け取る。そしてわたくしは身を低くしてアンバーの方へ寄った。

 ちょうど植木の隙間からは、ティナリアのいるテラスとその前の芝生が見える。


 ――いた。


 テラスの下で芝生に片膝をついて、恭しく頭を垂れている緩いウェーブがかかった茶髪の男。しかもアンバーやトキと違い、白い詰襟の軍服を着ている。

「うわぁ、シーゼットさん正装持ってきたんだぁ」

 いつの間にかわたくしの横に、身を低くしたトキがいた。その半分呆れたような声が耳元で囁かれ、わたくしは一瞬顔をしかめる。

「近いわよ」

「あ、すみません」

 まったく悪気はなかったようで、トキはあわてて顔を引っ込める。

「シャナリーゼ様、出ないんですか?」

 わたくしのさらに下の位置に伏せたアンバーが、にやにやと面白そうに聞いてくる。

 ムッと口を閉ざし、わたくしはティナリアの様子を見た。

 微笑む姿に嫌そうな感じはない。よく見るとテラスの隅にはリリーが控えている。何かあればリリーが大声を出すだろうし、近くにわたくしもいる。

 ティナリアも来春には十七才になる。ティナリアに言い寄ってくる男を、わたくしがいつまでも隣で対処するわけにはいかない。社交界にはあまり出ない彼女が、シーゼットをどうあしらうのか見てみたくなった。

「どうします。行きますか?」

 完全におもしろがっているトキの頭を、右手で押さえつける。

「……様子を見るわ」

「「了解」」

 

。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 こてん、とティナリアはかわいらしく首を傾げた。

「シーゼットさん、ね。 初めまして。わたくしに何かご用?」

 天使のような微笑みを浮かべたまま、かわいらしい声で名前を呼ばれたシーゼットは、はじかれたように顔を上げた。

 そして恍惚とした表情で、ティナリアを見上げる。

 リリーは特に表情を変えず黙って立っているが、ほぼ無表情なことからシーゼットを歓迎していないらしい。

 天使のような微笑みを浮かべるティナリア。彼女に釘付けになり、ただうっとりと熱い視線で見上げるシーゼット。そんなシーゼットを冷ややかに見るリリー。


 で、三人。もといあの男、いつまで続けるつもりかしら。


 イライラして見守る中、ようやくシーゼットが動く。

「今日はご挨拶に参りました。そしてこれはお近づきのしるしに」

 両手で彼が差し出したのは、小さな赤いリボンの付いた白い包装紙の包みと、その上に乗せられた一輪の赤いバラ。

 ティナリアはゆっくりと微笑みを深める。

「まぁ、ありがとうございます」

 その言葉を受け、動いたのはリリーだった。

 静かにテラスを下り、少し残念そうな顔をしたシーゼットから無言でそれを受け取ると、またもとの位置に戻る。

「ごめんなさい。これから外出しますの。シーゼットさんも、護衛のお仕事頑張ってくださいね。でもお怪我なんてなさらないように、お気をつけて」

「はいっ!」

 褒められた犬のように喜ぶシーゼット。

 そんな彼を笑顔のまま何度か振り返りつつ、ティナリアはお屋敷の中へ戻った。

 パタン、と閉められた窓。

 誰もいなくなったテラスの前で、シーゼットはしばらく目を閉じ何かに思いをはせるように大きく息を吸う。

「やったぁあ!」

 片手を突出し、飛び上がって歓声を上げる。


 え、ちょっと待って。今の完全にダメでしょ? どこまでおめでたいのよ。

 まぁ、最後にティナリアがまったく振り返りもせずにお屋敷に戻ったのなら、さすがのシーゼットも意気消沈しただろうが、ティナリアは振り向いた。

 ……まさか惹かれたというの!?

 あなたの大好きな筋肉もなければ、そもそもこの男、物語で言うなら当て馬的存在よ!?いえ、当て馬にすらならないかも!


「うわー。シーゼットさん舞い上がってるなぁ」

 あちゃあ、と呆れ気味のトキ。

「え? あれで上手くいったの?」

 うそぉ、とアンバーは目を丸くする。

 そうよね、それが普通の見解よね。

「……行くわよ」

 わたくしはシーゼットに、はっきりとした引導を渡すべく植木から姿を現した。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 ガサガサとわざと音を立てて現れたというのに、シーゼットは舞い上がったままこちらに気づきもしない。

「ちょっと、あなた!」

 腰に手を当てたまま威圧的に呼ぶと、やっとシーゼットが振り返った。

 ――満面の笑みで。

 このっ! と、わたくしの眉間に青筋がたつ。

 だが、空気を読めない男は、やっぱりこの場でも空気を読めなかった。

「やや、これはお姉様ではないですか!」

 パッと見せた笑顔は、間違いなくイズーリの訓練場で見た顔だった。

「あなたに姉と呼ばれる筋合いはないわ」

「いえいえ、近いうちにそうなりますよ」

 何の悪意もなく言い切るシーゼットに、わたくしはぶちのめしたい衝動を必死で抑える。

「勘違いしないでちょうだい。あなたを義理の弟に迎えるくらいなら、サイラスをわたくしの夫にした方が数倍マシだわ!」

 しかしシーゼットはめげない。と、いうか全くわたくしの話を聞いていなかった。

 目を輝かせ、嬉しそうに手を叩く。

「そうだっ! わたしがティナリア様の婿になるということは、あなたが義理の姉、そしてサイラス殿下が義理の兄!! なんてすごいんだ!」

 すごいのはあなたの頭の中よ。何がどうあってそうなるのよ!

 恋する乙女は周りが見えなくなり、猪突猛進というか、自分を中心に恋愛観を展開してしまうことがあるという。そして何より正常な判断ができなくなる。まさか男にも当てはまるなんて……。

 溺愛とはまた違ったパターンね。

 ライアン様やセイド様達の対処方法じゃ、まったく歯が立たないわ。

 一人舞い上がるシーゼットを前に、わたくしの目つきがキリキリと吊り上る。

「……今ここで成敗しなきゃならないようね」

 普段出さないわたくしの低い声に、トキとアンバーは狼狽える。

 アンバーは刺又を持つトキを下がらせ、あわててわたくしの横にきた。

「あの、やっぱりこういうのって当人同士の気持ちが大事で……」

「お黙り!」

 キッと睨みつけて黙らせるが、アンバーは愛想笑いを浮かべつつわたくしを宥めにかかる。

「ですが、まずは妹様の気持ちを聞くのが先ではないですか? ほら、シーゼットさんはあんなんですし」

 言われてわたくしにも、少しだけ余裕ができた。 

確かに。何より優先されることはティナリアの気持ち。


 ティナリアが望むなら……。


 幸せそうに微笑むティナリアを思いながら、今にも踊りだしそうなシーゼットを冷静に見てみる。

 顔は悪くない。系統的にはサイラスよりライアン様よりだけど、そこそこ整っているが関の山。身分はともかく、とりあえず両親もティナリアの気持ちが最優先だし、お兄様は……無理ね。絶対無理。――なによりわたくしが無理!

 ヘラヘラしまりのない笑顔で舞い上がるシーゼットを見て、わたくしは眉間に深い皺を作った。

「それちょうだい、トキ」

 手を伸ばすと、トキは刺又を大事そうに抱えてさらに下がる。

「早く。命はとらないけど、退役させてやるわ」

「いやいやいや、シャナリーゼ様落ち着いて!」

 両手をワタワタさせてアンバーが必死に止める。

 その間にシーゼットは夢を見たまま「あぁ、ティナリア……」と、自分の世界にどっぷりはまり込み、ふらふらした足取りで段々と離れていく。

 追いかけて、一発蹴り飛ばさなきゃ気がすまないわ、と走り出そうとした時だ。

「あー、やっぱりあった。困るよ、勝手に持っていったら」

 片手に人参の入った籠を持ったのんびり口調の壮年の庭師が、トキに手を伸ばしながら近づいてくる。

「あ、これですか」

 持っていた刺又を、これ幸いとサッと差し出すトキ。

「そうだよ。探していたら先が見えたんで。おや、お嬢様もいらしたんですか。ちょうど良かった」

 トキから刺又を受け取る前にわたくしに気が付いた庭師は、籠を前に差し出しながら歩いてくる。

「お嬢様、ウィコットのお昼の人参です。どうぞ」

 差し出された籠には、綺麗に洗われた太くて立派な数本の人参が入っていた。

 我がジロンド伯爵領は人参の名産地。甘くて極太で美味しい人参は、十数種類の品種があるがある。プッチィとクロヨンは、甘いのはもちろん、極太で固めの人参を好む。

「ところで、どうして庭師のあなたが刺又なんて探してたの?」

「あぁ、今は非常事態でしょう。だから庭をうろうろしてるわしらが、普段持たないこんなもん持って警戒してるんですよ」

 まぁ、うちの庭師達のほうがよっぽど護衛らしいわ。

 ……そうだわ。

 わたくしは一番太くて重そうな人参を手に取ると、思いっきり振りかぶり、シーゼットめがけて投げつけた。


 ゴンッと鈍い音がして、シーゼットの後頭部で弾けた人参が折れる。

「ぎゃっ」という悲鳴のようなものもあったが、シーゼットはその場にばったりと倒れた。


 目を丸くしている三人をよそに、わたくしは少しだけ胸がスーッとした。

 両手を腰にあて、わたくしは口角を釣り上げる。


「人参に倒される兵士。また一つ退役する理由ができたわねぇ。ホーッホッホッホッ!」


 ここぞとばかりに高笑いし、かなりスッキリした。


 だが、場所が悪かった。

 すぐそばにアシャン様と母が、仕立て屋と打ち合わせをしている部屋があったのだ。

 長い高笑いを止め、庭師から籠を受け取ろうとした時、テラスの窓の一つが勢いよく開く。

 その音に驚いてわたくし達が振り向くと、そこにはにこやかな笑顔ながら、口元が不自然に吊り上っている母の姿が……。

「楽しそうねぇ。シャナリーゼ」

 すぅっと細められた目が、まったく笑っていない。

「お、お母様」

 久々に地雷を踏んだわ、とわたくしはサッと顔から血の気が引いた。

 美女が怒ると独特のオーラが出る。それは目に見えないものでも、普通の人間なら肌で感じられる。笑顔の下の本音が怖い。

 アンバーとトキだけでなく、庭師も硬直している。

 わたくしは全身で母の怒りを受け止めていた。

 と、その時母が何かに気がつく。

 無言のまま目線だけでなく顔ごとその方向――つまり、倒れているシーゼットを見た。

「あれは何かしら? シャナリーゼ」

「人参に倒された兵士、ですわ」

 結論だけ言うと、クワッと目を見開いた母がわたくしをすごい勢いで振り向いた。

「シャナリーゼッ! あなた、とうとう男性を痛めつける趣味を持ってしまったのね!」

 えぇっ! なんですか、それ。

 予想外の母の言葉に、わたくしは声も出なかった。

 ……ただね、後ろから「ぶふっ!」と誰かが噴出したのはしっかり聞いたわ。

 ポカンと立ち尽くすわたくしの前で、テラスの縁によろよろと肘をつき体を傾けた母は、実に苦しそうに片手で頭を抱える。

「どうしましょう。……とうとう殿方を嬲る趣味が!!」

「ありませんわっ!」

 二度目はどうにか全力で否定するも、なぜアンバーとトキは生ぬるい笑みを浮かべているのかしら。あ、でも今はそれどころじゃないわ。

「勘違いですわ、お母様! わたくし間違ったことしておりません!」

「まぁ、そうなの? それならいいのだけど。でも」

 立ち直ったお母様は、倒れたシーゼットを見て目を細める。

「……仮にあなたが手を下したとしても、女性に気絶させられる程度の護衛なんて酷過ぎるわね」

 チラッと移ったお母様の目線の先には、ビクッと直立不動になるトキとアンバーがいた。

 シンと沈黙がはしった後、わたくしにお母様は意味ありげに微笑む。

「試練ですよ、シャナリーゼ」


 なんですか、その不吉な言葉はっ!!


読んでいただきありがとうございます。

おかげさまで、お気に入り登録が1万件突破しました!すごです!

驚きすぎて声が出ませんでした。

本当にありがとうございます。

笑って楽しんでいただけるような話をモットーに頑張ります。

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