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勘違いなさらないでっ! 【30話】

こんにちは。ご無沙汰してます。

 両親とわたくしの視線が、テーブルの上に置いてある白い箱に集中する。

 見たところメッセージカードらしきものはない。リボンも普通のものだし、特に変わったところもない。

 箱一つに警戒し過ぎかもしれないけど、贈り主があの(・・)王妃様だからしかたない。

「シャナリーゼ?」

 部屋に入ったものの席にもつかず箱を凝視するわたくしを見て、父はますます不安の色を濃くしている。

 わたくしは黙って両親の向かい側の長椅子に座ると、両手で箱を目の前に引き寄せる。意外に重みがあった。

 無言で箱を見つめる両親を前に、わたくしは何が出てきても驚かないようにと自分に言い聞かせ、リボンをほどいて箱を開けた。

「まぁ」

 と、目を輝かせて先に声を出したのは母。

わたくしはてっきり、結婚したくなるような詩集本とか、絵とか、怪しい王妃様特製のお茶類とかを想像していたのに。

 箱の中には栓にタグの付いた液体が入った透明な細工瓶が十本、緩衝剤となる綿を包んだ真っ白な布に埋まるように納められていた。

 蓋を横に置いて、一本手に取る。

 タグには『ボルボア・ベリー』と記入されていた。

 ボルボア、といえばイズーリで食べたアレね。

 瓶を元に戻し、もう一本別の瓶を手に取ると、それには『レモン・ハーブ』と記入されていた。

「香油ね。見せてもらってもいいかしら」

「どうぞ、お母様」

 瓶を戻し、嬉しそうな母のほうへ箱を押す。母はわたくしの取らなかった別の瓶を手に取り、タグを見て瓶の装飾を眺めた。

 そんな母の姿を見ながら、父は首をかしげた。

「どうして王妃様がこれを?」

「イズーリ滞在中に使わせて頂いておりましたの。とても良いものでしたので、メイドに『こんな高価な香油は普段使えないの』とこぼしてみたのです。たぶん王妃様のお耳に入るだろうなぁとは思っておりましたので、最後にわたくしの好みの香りを託しました。まさかこんなに早く届くなんて」

「……もういい」

 見れば、父はがっくりと頭を下げている。

 頭を下げたまま、父ははぁっとわざとらしく大きくため息をつき、右手で

顔を覆う。

「……王妃様にまでねだるとは」

 父の言い草にムッとわたくしは口を曲げた。

「ねだっておりません。正直な意見をメイドに言っただけです。メイドが誰に伝えてどう王妃様のお耳に入ったかなんて知りませんわ」

「お前というやつは……。はぁ」

 顔を上げかけた父だったが、もう一度俯いてしまう。

 そんな父の隣で、母は対照的に笑顔だった。

「まぁまぁ、そんなに心配されることはないですわ。どう考えてもこの贈り物は悪い意味は込められておりませんよ。イズーリ王室御用達の印章も入っておりますし」

「うちでは、まず普段使いにはできませんわ」

「そうでしょうねぇ」

 母も普段から香水をつけることは少ないものの、ほんのり香る香油についてはいくつか愛用の品がある。おそらくそれと同じ、いやそれ以上の高級な香油が目の前にあるのだ。母がうっとりしているのもうなずける。

「お母様、お好きなものをお取りになって。わたくしはレモンと新緑の香りさえあればいいから」

「あら、じゃあ」

 さっそく母は瓶を手に選び始めた。

 それを横目で見て、父はなんともいえない顔をしている。

「……まぁ、お前が昨日はイズーリの王妃様とケンカしてきたなんて言っていたから、正直この贈り物も彼ら(・・)もどういう意図があるのかと心配していたんだが」

「彼ら?」

 父の話の途中だったが、わたくしはひどく気になった。

 すっかり香油を選ぶのに夢中な母はさておき、わたくしは眉間に皺を寄せる。

「誰が来ているのですか?」

 まさかエージュじゃないでしょうね。アシャン様に熊とその部下の役立たずトリオを押し付けられ、この上エージュまでやってきたら……。きっとアンはやってくれないから、他のメイドにでも言いつけて、除毛剤を多量に用意させてぶっかけてやるわっ!

 それほどにストレスが溜まりつつあるのよ!

 たとえぶっかけても、すぐ水で洗えば大丈夫でしょ……たぶん。これこそ毛根の力が文句を言うわね。

と、最悪な歓迎方法をわたくしが思案していると、父が目を細めてわたくしを見ていた。あらやだ、バレたかしら。

「この箱を届けてくれたのは、イズーリ王妃様の書状を持った劇団の方々だ。今は別室にて休んでもらっている」

「劇団?」

 予想が外れたわたくしは首を傾げようとして、ハッとあの妙な人形劇団を思い出した。

「まさか、王妃様専属のあの人形劇団が?」

 なにしにきたの、なんて嫌な予感しかしないわ。

 まさかとは思うけど、何かを演じに来たのかしら。だとするとお題は何? 嫁姑愛憎劇の新作かしら。それともイズーリ滞在中のわたくしの行動を劇に?     

 ありえるわ、とわたくしは自分のイズーリでの行動を思い出す。


……見事に両親には言えないことばかり。


熊のお屋敷での出来事はともかく、一番知られたくないのはアレ。

不覚にも婚約承諾書に拇印を押してしまったこと。ふいを突かれての出来事だったけど、あの一瞬わたくしは頭の中が真っ白になった。今も思い出すのは王妃様の高笑いだけ。

立派なトラウマだわ。

救いはすぐに現れたサイラスが、ヤギのミルクにその承諾書を食べさせ抹消してくれたこと。わたくしの同意が得られていないと言い、少なからずちゃんとわたくしの気持ちを考えてくれているんだということがわかった瞬間だった。

婚約承諾書がなくなって嬉しかったし、サイラスの行動も嬉しかったけど、それでサイラスが好きかというと……疑問。

あぁ、でもあの時のことを両親の前で披露されたら、わたくしは本気で王妃様を恨む。脚色とか論外。

「その人達はほかにも何か用が?」

「うむ。王妃様からお前に劇を見せるようにと言われているそうだ。書状にも書いてあった」

 あぁっとわたくしは両手で顔を覆って天を仰いだ。

 部屋に沈黙が流れるなか、母が動いた。

「決めたわ! 三本もらうわね」

とっても嬉しそうな母を見て、わたくしはついクスリと笑ってしまう。

来ているなら仕方ないわ。

今またあの変態侯爵に求婚されるくらいなら、劇の一つや二つどうってことないもの。

気を取り直したわたくしは、ゆっくりと顔を元に戻して母から受け取った箱に蓋をする。

「観劇は今からですか?」

 気を取り直したわたくしを見て、父も安心したようだ。

「いや、朝食後だ。彼らにも休憩と準備が必要だからな」

「では急ぎましょう。もう朝食の時間ですわ」

 わたくしは箱を持って立ち上がり、両親の後をついて部屋を出る。

 すぐ近くにアンが待機していたので、箱を部屋に持っていくように言いつけ朝食をとりに向かった。


 案の定ティナリアとアシャン様はすでに席に着いていた。だが一人来ていない。お兄様だ。

 空席に父が気づき、控える執事に聞く。

「ジェイコットはどうした?」

「はい。しばらくお一人になりたいと」

 それを聞いて父は眉間に皺を寄せた。

「何を言っているのだ、あいつは。休暇といっても姫の護衛という立場だというのに」

 苦言を言う父の言葉を聞きながら、わたくしは憐れみを持って空席を見る。

 それどことじゃない事態が起こったのよ、お父様。ウィコットたちがお兄様を忘れてしまったの。

 正直に言えたらどんなにいいか。

 しかし、その程度で職務放棄など絶対父は許さない。

 だがお兄様にとっては久々に自分に懐いてくれた小動物。しかもモフモフ。その子たちが全身で威嚇し警戒した。お兄様にとってそれは、ここ数年で五本指に入るくらいの大事件。

 ま、一番はわたくしの変態侯爵との婚約話か、愛しのあの方に「あっちへ行って」と言われた事件のどちらかだろうけど。

「来るように伝えろ」

「はい」

執事が踵を返そうとしたので、わたくしは「待って」と声をかける。執事を足止めすると、わたくしは父をみた。

「アシャン様の護衛なら、そちらにいらっしゃるじゃない」

 チラッと視線を扉のほうへ向ける。今も扉の外にはナリアネスが立っている。

 視線を父に戻す。

「お兄様はずっと働き詰めだったんですもの。午前中くらい休ませてさしあげたら? お父様」

「だがな」

 そういう父の目線はアシャン様に向けられる。

 そうよね。アシャン様の護衛名目なのに、本人の前にいないなんて、いくらなんでもダメよね。

 でも、今来てもきっとお兄様は使い物にならない。

 我が家の醜態を晒すより、半日部屋に閉じこもってもらったほうがいいわ。

「あら。お父様も腕は鈍っていないのでしょう? アシャン様、うちの父は見ての通り昔軍におりましたの。なかなか強かったらしいのですよ」

「あら、シャナリーゼ。お父様は本当に強かったのよ? ねぇ、あなた」

 母ににっこり微笑まれ、幾分父の渋顔がゆるむ。

 もうちょっとね。

「万が一のことがあっても、お父様がいらっしゃるなら安心ですわ」

「うふふっ、お父様は槍の名手ですものね」

「ん、すごいな」

 ティナリアの言葉にアシャン様もうなずく。

 ここまでくると、あとは母とわたくしで褒めちぎり、結局お父様はぶつぶつ言いながらもお兄様の引きこもりを許した。

 あとで理由をお聞かせしますからね、お父様。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


朝食後、わたくし達は一番広い応接室へと移動した。

この部屋は続き部屋になっており、真ん中を仕切って二部屋にすることもできるくらいの広さがある。

部屋の中に簡易的な小さな人形劇の舞台が設置されており、その前に劇団員が並ぶ。


シャランと軽やかな鈴の音が響く。

 三人のコーラス隊は「ラー!」とそれぞれ音階の異なるハーモニーを紡ぎ出し、四人の劇団は膝をつき腕をあちこちの方向へ突き出す独特のポーズをとって宣言した。


「新生・フレイラ人形歌劇団参上!!」

「ララー!」


 コーラス隊も負けじと美声を張り上げる。


 む、無駄にパワーアップしてるわね……。


 頬が引きつりそうなわたくしの横に並ぶ長椅子に座った両親は、文字通り唖然として七人を見ている。ティナリアは目を輝かせて見入っているし、アシャン様は相変わらずなんでもないような表情。

 『妖精が泣くと嵐が来る』。

 本当に嵐が来た。妖精姫が泣いたからか、大嵐だわ。王妃様の刺客という歌う人形劇団が!

 言い伝えもバカにできないものね。

 ギュッと拳を握り締め、人形歌劇団の出方を伺っていると、何やら自己紹介を始めていた。

 全然わたくしの耳に入らない自己紹介を終えた七人。前列にいる劇団員四人のうち、年長の女性が一歩前に出る。

「団長のシリーでございます。シャナリーゼ様へ、王妃様よりご伝言をお預かり致しております」

 ほらきた、とわたくしは身構えたままシリーの顔を見上げた。

 視界の隅で両親が不安そうな顔をしているが、わたくしだって何を言われるかドキドキしている。

「謹んでお聞かせ願います」

「はい」

 粛々と座ったまま頭を下げれば、シリーもまた一礼して返した。

 そしてすぅっと大きく息を吸い、胸を張って声高々に……王妃様の口調そのままに発した。

「『数日振りね、シャーリーちゃん! まだまだ諦めなくってよ。それでいろいろ考えたのだけど、あなたにはドキドキと胸キュンが足りないと思うの。だからイズーリで大人気の甘いロマンスをたっぷり堪能して、そのまま恋する乙女に変身してくれると助かるわぁ~! 恥らう乙女になったシャーリーちゃん、にドキドキするサイラスっていうのも見物(みもの)ね! ワクワクしちゃう!』……以上でございます」


 …………。


 シーンと静まる応接室。

 アシャン様はいつも通りとして、両親とティナリアは、呆気にとられポカンとしている。 

 わたくしはというと、こみ上げる羞恥を必死に抑えているせいか、若干体を震わせていた。


 『恥らう乙女になった』わたくし?

 ちょっと誰か想像できる? 自分にだって想像できないわっ!


 ぞわっと鳥肌がたちそうな寒気を覚え、わたくしは黙ってただ耐えた。

「実は、シャナリーゼ様にご確認したいことがございます」

 下げていた目線をシリーに戻すと、彼女は一度小さくうなずく。

「王妃様より、登場人物の名前をシャナリーゼ様とサイラス様に代えるよう提案されたのですが……」

「却下! 却下よ!」

 シリーが言い終わる前に、わたくしは大声で遮った。

「どんな拷問なのよ、それはっ! 自分達を劇で見ようなんて趣味はないわ!」

「一応ご提案されたのですが、わたくしもそれはご本人様に確認してからと了承を得ております。今回はそのように」

 良かった、シリーが常識人で。

 王妃様と一緒のノリだったら、何も言わずに劇を始めていたに違いない。


 そして始まった人形劇のタイトルは『いばらの塔の姫』。

 ある国のお姫様が『オニ』という角の生えた巨人達に捕らえられ、閉じ込められたいばらの塔から王子様が救い出すお話。途中、なぜか動物が家来になってついて来て、体格差もなんのそので『オニ』を圧倒する。ちなみに王子様が剣を振るったのはいばらの塔の入り口にまきつくいばらを切ったところだけ。あとは家来の動物が仲間を呼んで、数にモノを言わせ『オニ』を撃退。

 どこにロマンス? と首を傾げたものの、両親とティナリアは完全に引き込まれていた。

 ちなみに謎だったロマンスは、最後の場面。助けられたお姫様と王子様が愛を誓う。

 ……一目ぼれとか、そんな厄介な恋、一番恐ろしいわ。


 続いての劇は『ロスタニアの悲劇と愛』。

 ロスタニアという領地で繰り広げられる愛憎劇。領主の娘が隣の領主の息子と恋に落ちるも、両家は仲が悪く会うことさえままならない。そんな中二人はそれぞれに結婚が決まってしまい、先に嫁ぐ娘の婚礼日前夜、二人は毒をあおって永遠の愛を誓う、というもの。

 息子の母がロスタニアの領主の娘に行う仕打ちは、なんだか王妃様監修のような気がした。気のせいでありたい。水がめに閉じ込め坂を転がすとか、下手すれば死ぬ。劇はコミカルだったけど。

 二人が儚くなった後、両家は二人を一緒に埋葬し、お互いの交友を深めたという。

 ……息子が貴族のまま娘を娶りたい、と思ったのがそもそも間違いよね。ある程度生活ランクは落ちても、二人で生きる道を探すのが先決だったんじゃないかしら。無理やり親に合わせるとか、無計画もいいところ。結局娘はいびられて居場所がないし。それを慰めるだけの息子。耐える娘。

 嫌だわぁ~。わたくし絶対に嫌。


 そんな感想を持っていたら、しくしく泣く母とティナリアに気がついた。

 父も何やら思い詰めた顔をしている。

はぁっと小さくため息をついたわたくしに、目ざとくシリーが気が付く。

「やはりシャナリーゼ様は濡れ場シーンのある、大人な劇がお好みでしたか!」

「かっ、勘違いしないでちょうだいっ! わたくし劇というのが苦手なだけよ!!」

 やっぱり恋愛小説は見るじゃなく読むに限る。

 頭で想像する世界は声も情景も自分好みだけど、劇だとどうしても現実味を帯びて冷めてしまう。

 それを言いたかったが、先にシリーは何かを悟ったかのように微笑んだ。

「イズーリには秘密の劇団がございます。人形ではなく人が演じる歌劇団ですが、特別な日に開催される甘美な劇でございます。愛、嫉妬、陰謀、苦悩がテーマです。しかも異性同性問わず!!」

 結構よ!

 と、怒鳴ろうとして、わたくしに注がれる視線に気がついた。


 ――ティナリアだ。


 キラキラと期待に満ちた目をわたくしに向けている。

 ねぇ、ティナ。あなた昨日、わたくしがお嫁に行くって泣いてなかったかしら?

「御前公演が終わりイズーリ帰国しましたら、早速チケットの手配を致しますわ。もちろん御家族様分」

「ありがとうございます!」

 勝手に喜びの声を上げる、ティナリア。


 ……この瞬間、わたくしは妹に売られた気がしたわ。

 勘違いかしら? 気のせいかしら?


 ……あぁ、アシャン様が笑っている。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 ジロンド家で公演を終えた一行は、そのままイズーリに帰国するかと思いきや、なんと城へ向かうという。

「実はライルラド国王陛下御生誕祭において、僭越ながら公演させていただくことになっております」

「なんと! 陛下より先に見せて頂いたということか」

 恐れ多い、と父と母は顔色を悪くしたが、わたくしは別な意味で顔をしかめた。

 そんなわたくしに気が付いて、シリーがにっこりほほ笑む。

「シャナリーゼ様、大丈夫でございます。王城で披露します演目は全く違った武勇伝を語ったものでございます。もちろん名前の書き換えなどもございません」

「そう、ならいいけど。ところでこの少人数で今から準備なの?」

「いえいえ。我ら以外の大道具や劇団員は王城へ先に赴き、公演準備をしております」

 さすがに一国の王様の前で、劇団員四人の舞台とかないわよね。衣装とか道具とかどうするのかと思ってしまったわ。

「それでは」

 シリーをはじめ、劇団員達は深々と頭を下げ、執事に案内されて玄関へと向かって行った。

 見送りは執事たちがしてくれる。


 ようやく嵐が去ったわね!


 ふと時間を見れば、まるまる午前中が潰れていた。

 わたくしと同じように時計を見た母が「まぁ」と口に手を当て、アシャン様を見る。

「アシャン様、昨日の仕立て屋にアシャン様の分を最優先に仕上げるように言いつけておりましたら、午後にも仮縫いを済ませてやってくるとのことでした。軽食を準備いたしますので、わたくしと一緒にお会いくださいませんか?」

 アシャン様は母を見た後、ちらっとわたくしを見た。だけどわたくしはその視線に気が付かないふりをしてみた。

「ん、わかった」

「では、すぐに」

 母に促され、アシャン様は母と一緒に部屋を出て行った。

「そうだわ! わたくしも午後から用事がありましたの。お父様、お姉様、失礼いたしますわ」

 ティナリアも部屋を出て行った。

 残されたのは父とわたくし。

 さて、わたくしも出て行こうかなと思ったのだが、先に思いつめた顔をした父が口を開いた。

「なぁ、シャナリーゼ」

「なんでしょうか、お父様」

「わたしはお前なら、異国でもやっていけると信じているよ」

 あぁ、またその話ですか、とわたくしはゲンナリした気持ちを露骨に顔に表す。

「何度も言いますが、わたくし嫁ぐ気などありません。それにご覧になったでしょう? わたくしを迎えると、表現が露骨過ぎて嫌になります」

 そんなことを言えば、また窘められるとわかっている。だけど、意外なことに父は何も言わなかった。

ただまっすぐわたくしを見て少し表情を和らげ、父はゆっくりとうなずく。

「そう簡単には帰ってこられないかもしれない。うちは特に強い人脈もないが、何かあったら必ず迎えに行くよ。こう見えてもわたしは馬の扱いは得意でね。今でもその腕は衰えていないよ」

「嫌です。わたくし、走る馬には乗れませんもの」

 ズバッと言い返したわたくしに、父はしまったと目と口を開いて固まった。

 そうなの。わたくし馬に乗れることは乗れる。ただゆっくりと伯爵領地の牧場敷地内なら、の話。いつもより高い目線での散歩は気持ちがいい。

 だが、激しく上下する馬を乗りこなすことは、当時十四のわたくしには無理だった。振り落とされそうになったことも、一度や二度ではない。

 万が一の時には、その家の馬でも強奪して逃げろ、と兄からは言われていたが、馬を走らせることはどうしてもできなかった。

 あの変態侯爵から逃げると決めて、いろいろ習ったけど、全部出来るようになったわけじゃない。お兄様からは馬に乗れないなら、自分の足で逃げるしかないと言われて、植木に隠れたり、木に登ったりすることは得意になった。草や蜘蛛の巣をひっかけ戻ったわたくしを見て、母には何度も泣かれたけど。

「ねぇ、お父様」

 わたくしはクスリと笑う。

「なんだい?」

 まっすぐお父様を見つめる。

「お父様はお母様のどこが好きになったの?」

「え!?」

 唐突な質問に父はあきらかに狼狽える。

「な、なにをいきなり!?」

「美人なところ? 涙もろいところ? あとは優しくお話を聞いてくれるところ? それとも顔に似合わず痛烈な言葉を笑顔で言うところ、はちょっと違うかしら?」

 小さい頃参加していた貴族の集まりで、目つきのことで同年代の子ども達に泣かされたりした。そういう時は決まって母は優しく抱きしめ、わたくしの愚痴を黙って聞いた後、相手が子どもだというのに痛烈な言葉でもって非難してくれた。


『まぁ、目つきだなんて偉そうに言うのね。確かその子は目が細かったでしょう? あなたの目はミミズのようねとでも言っておやりなさい。目が大きい子にはいつまで驚いているの? とでも言っておやりなさい』


母の言うとおりだわ、と洗脳されるとわたくしはすぐ立ち直った。

そしてまた貴族の集まりで子ども達だけの輪ができると、早速いじめようとする子達にわたくしは言われた通りのことを言った。

絶句した顔もなかなかおもしろかったので、追い打ちをかけたら泣かれた。

泣いた子どもの親に母は「ごめんなさいね」と謝っていたが、目が笑っていた。帰りの馬車の中で褒められたわ。


 わたくしも母は大好き。でもそれは父の『好き』つまり『愛』とは別。

「どこが好きになったの?」

「ど、どうしたんだ、シャナリーゼ。いきなりっ!」

 焦る父を見てわたくしは疑問が生まれた。


「ねぇ、お父様。どこを好きになってお母様を『愛』したの?」


 わたくしのその言葉を聞いて、父はピタリと動きを止めた。

 そして、なぜか(・・・)悲しげな目をわたくしに向けた。

「シャナリーゼ、お前……」

「なぁに、お父様」

 何もしていないのに、どうしてそんな悲しそうな顔をして無理して笑うのかしら。

「シャナリーゼ、お父様はお母様のすべてが好きだよ。そして『愛』している。姿かたちはもちろん、お母様が時々いう言葉だって、わたしは『愛』しているよ。確かにお前達のことも『愛』しているが、お母様とは別のものなんだ」

「知っているわ。家族愛っていうのでしょう? そうじゃなくて、どうしてお母様を『愛』したの?」

 答えを急ごうとするわたくしに、父は困った顔ように笑う。

「それはわたしにとって、お母様が一番大事で、そばにいるとホッとできる存在だからだよ。強いて言うなら、お母様の前なら自分自身をさらけ出せるということか。一緒にいて安心でき、いつまでも一緒にいたいと思うことがきっかけだと思う」

 お母様はお父様にとって安らぐ存在だと言う間に、困ったような表情は薄れ、いかつい顔ながらも笑みが浮かんできていた。

「まぁ、好きになる要素はいろいろある。趣味が同じだとか、しぐさや考え方だとか。とにかくその相手と一緒にいて心地良いと思うことが第一だと思うのだが……」

「だったらサイラスはダメね。一緒にいたら疲れるわ」

 当てはめて考える前からわかりきったことだったけど、父の話は決定打になった。

「え゛っ」

 父が潰れたような声を出し、バンッとテーブルに両手をついて腰を浮かせた。

「そんなことはないっ! 気を使わず自然体でいられることこそ『愛』に近づく一歩だぞ、シャナリーゼ!」

 向きになる父に、わたくしは目を細める。

「それは勘違いですわ、お父様。 遠慮する必要がないというのは、どう思われようが関係ないということですわ」

「なんで、そうひねくれた考えをするんだっ! 考え直せ、シャナリーゼ!」

 わめく父を見て、わたくしは『愛』を聞いた相手が間違いだと気が付いた。

「ひねくれておりません。これがわたくしです。あっ! 大変、わたくし用がありましたの」

サッと立ち上がる。

「こらっ! まだ話は終わってないぞ!」

「ごきげんよう、お父様!」

 追いかけようとする父を置いて、わたくしは急いで応接室を飛び出した。

 

。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 そしてそのまま走って逃走。

 ようやく足を止めたのは菜園などがある裏庭に出てからだった。

 ここまでは父も追ってこないだろう。

 植木と草が生い茂る中にある石畳を歩く。

この先には菜園がある。ちょうどお昼に近いので、プッチィ達の人参を用意しようと思ったのだ。

 わたくし一人なら絶対、すぐ思い出してくれるわ!

 期待に胸を膨らませ、足取り軽く裏庭を歩いていると、低い植木の間から、茶色と黒の頭が並んで見えた。位置からして座っているらしい。

 誰かしら?

 好奇心からそっと忍び寄ってみると、話し声も聞こえるようになった。


「はぁー、いい天気だなぁ。最初は護衛って聞いて嫌な予感しかしなかったけど、訓練もないし、メシも美味いし、メイドも結構若くていい娘が多いし。こりゃあアタリだな」

 それを聞いてまったくだ、とうなずいたのは黒髪の頭。

「アタリといえば、ここの下のお嬢様って有名な美少女らしいぜ。『妖精姫』とか言われているらしい」

 黒髪の言葉に、茶色の頭が激しく上下する。

「だなっ! 納得だよ。あんなに儚げで綺麗なふわふわのお嬢様なんて初めて見たよ。シーゼットさんなんて浮かれっぱなしだし!」

「だよなぁ。でもいくら頑張っても無理だと思うけど。あの人、女関係にはめげないからなぁ。訓練にはすぐめげるけど!」

「「あははははは」」

 二人同時に愉快に笑い出した。


 まぁ、お荷物三班の二人ね。

 楽しそうに笑う二人を植木の後ろから見下ろしているのに、まだわたくしに気が付かずに笑い合っている。

 その楽しい時間もあと僅かよ、あなた達。

 聞き捨てならないことも聞いたことだし、そろそろ登場しようかしら。


 あら、すぐそばになぜか刺又があるわ。

 きっと庭師の忘れ物ね。ふふふっ。


 わたくしは長い柄の刺又を手に取る。

 本当はこのまま二人の前の地面に突き刺してやろうかと思っていたのだけど、さすがに怠けていても兵士だったらしい。わたくしが刺又を拾い上げたタイミングで、二人同時にこちらを振り返った。 

「「ぎゃぁああああああ!!」」

 二人抱き合うようにして飛びのき、尻餅をつく。

 まぁ、失礼な。

 淑女、しかも今まであなた達が噂していた『妖精姫』の実の姉を見て言うセリフじゃないわ。

 わたくしはガツッと、刺又の柄を石畳に強く突いて鳴らした。

「ここにきてまで怠けるなんて見上げた根性ね。それよりもう一人のこと、詳しく聞かせてもらうわよ」

 顔色を悪くして小さくなって、抱き合っている二人をじろりと睨み下ろす。

「返事はっ!?」

 ガツッともう一度刺又の柄で石畳を叩くと、ビクッと二人が背筋だけ伸ばして元気に返事をした。

「「はいっ!」」


 そんなに怯えなくても、取って食いはしないわよ。




読んでいただきありがとうございました!

えーっと、なんかでてきました(笑)。この頃庭師は別のところで作業してます。とりに戻ると「あれ?」てな感じになります。

あ、三人のうちようやく一人名前出た。でも姿なし。GW中には更新できるよう頑張ります~!!

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