勘違いなさらないでっ! 【28話 後半】
どうにか宣言通り(笑)
後半どうぞ!
ガラガラガラと、車輪が音をたてて小走りに進んでいく。
ジロンド家に向かう二頭立ての馬車の中。アシャン様は閉められた小窓のカーテンの隙間から、興味深げに窓の外を覗いていた。
今、この馬車についているのは、騎乗したナリアネスと他三人の護衛。兄はライアン様とセイド様とともに城へと帰還し、レインには別の護衛がつけられそれぞれ帰宅となった。
さて、とわたくしは馬車に揺られながら考えていた。
アシャン様がいなかったら、真っ先にシェナックス孤児院へと向かっていただろう。そしてわたくしが支援しているもう一つのフェリム孤児院にも。
もちろん用事は花火のこと。王都から少しはなれた二つの孤児院の子ども達に、珍しい花火を見せてやりたいと思ったからだ。さすがに二十発打ち上げるのは無理だとわかっていたし、最悪両院の子ども達を
王都に連れてきて見せることも考えた。
でも、フェリム孤児院に体の弱い子がいる。遠方への移動は無理だろう。それに小さい子も。
だから三発でも打ち上げられるなら満足だわ。
……だけど、今はアシャン様をジロンド家に迎えるのが最優先ね。
陛下の誕生祭まで時間がないけど、それは使いの者を立ててどうにかできる。アンに頼めばすぐに手配してくれるはず。
よし、とわたくしはやるべきことを頭に入れ、飽きもせず小窓の外を眺めるアシャン様に声をかけた。
「アシャン様、もうすぐ屋敷に着きます。兄を御覧になってお気づきかもしれませんが、わたくしも兄も父に似て目つきが悪いのです。母と妹は反対に優しい目をしております。父は見た目こそ怖いかもしれませんが、どうかご安心下さい」
振り返ったアシャン様は、軽くうなずいた。
「んっ、大丈夫。……じじ様最強」
「じじ様?」
もう一度うなずいたアシャン様を見て、わたくしは先代イズーリ王のことだと気がついた。
確か、サイラスも自分の目つきは祖父似だと言っていた。
「それなら安心ですね」
「んっ」
やや三白眼っぽいアシャン姫の目も、やはり祖父の遺伝が少し現れているのだろう。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
それからしばらくして、馬車が一旦止まり、人の話し声が二、三した後、ギギギッと重い金属の門が開く音がした。
どうやらジロンド家に着いたらしい。
再び動き出した馬車はとてもゆっくりで、それはそう広くない我が家の前庭を進んでいるのだとわかった。
そして再び馬車が止まり、馬が嘶く。
少し遅れてナリアネス達の四頭の馬も周りに散って止まった。
ガチャリと御者が馬車の扉を開けたので、まずはわたくしがその手を借りて下車した。
パッと秋の柔らかな日差しで目が一瞬かすんだが、すぐに誰かが近づいてくるのが分かった。
「おかえり、シャナリーゼ!」
両腕を広げて迎えてくれたのは、眼光鋭い逞しい父だった。その父の手がそっとわたくしの肩に添えられると、父の後ろに優しげな目の母と、笑顔のティナリアの姿が見えた。
「ただいま戻りましたわ、お父様、お母様。それにティナ」
「あぁ、無事で何よりよ!」
そう言って母が近づいてきて、横からわたくしを抱きしめた。
あら? 何だか変だわ。
わたくしはいつもどおりの父と母の態度を見て、はて? と首を傾げた。
「お父様、いくらなんでもお客様がいらっしゃるのに」
「お客様?」
父が繰り返すと、母が首を傾げた。
……ちょっと、待って。まさか未伝達!?
バッと馬車を振り返ると、案の定御者が困った顔でわたくしを見ていた。
どうやら人見知りのアシャン様が出てこないらしい。
がっ! 今はそれどころではない。むしろ出てきていないなら好都合。アシャン様に、我が家の醜態を見せるわけには行かない。
「君は?」
頭上からの父の声に、わたくしはすぐ反対側を見た。
そこには恭しく頭を下げるナリアネスの姿があった。
「某はイズーリ国軍第二大隊中隊長を努めます、ナリアネス・ビルビートと申します。こちらをイズーリ国皇太子、マディウス殿下よりお預かり致しております」
顔を上げたナリアネスが両手で差し出した手紙を見て、父とは母顔を強張らせた。わたくしは顔色を変えることはなかったが、ただ憎らしげに差し出された手紙を見ていた。ティナリアはそんな二人とわたくしをオロオロと心配そうに見ている。
父は差し出された手紙をそっと手に取り、黙ってその場で読み始めた。
……そして父の顔は青くなった。
「あなた?」
母の問いかけに、父は手紙を渡すことで答えた。そして父がわたくしと目を合わせたので、こくっとうなずいた。
この頃、近くで母が蒼白になってふらついたものの、駆け寄るティナリアと出迎えに出ていた執事を手で制して何とか顔を上げた。
厳しい顔つきになった二人を前に、わたくしは姿勢を正した。
「とても人見知りな方なの。お連れしてもいいかしら?」
「もちろんだとも」
父の隣で母もうなずいたので、わたくしは踵を返して馬車に近づいた。そして扉が開いたままだった馬車の中に手を差し伸べた。
その手はすぐに取られた。
伏せ目がちに馬車から降りた長い黒髪のアシャン姫に、そっと話しかける。
「こちらが父のジロンド伯爵。そして母。後ろにいるのが妹のティナリアです」
「…………」
伏せたまま硬直しているアシャン様。
「お父様、こちらがサイラス様の妹君のアシャン様です。とても人見知りな方ですので、静かに滞在することを希望されています」
「そ、そうか」
父は少し腰を折り、できる限り優しく声をかけた。
「アシャン姫、ようこそ我が家へおこし下さいました。しがない伯爵家ではありますが、どうぞごゆっくりなさってください」
「…………」
しばらくアシャン様は黙っていたが、下りた後もつないだままだったわたくしの手をギュッと握り、すこしだけ顔を上げた。
「よろ……しく」
かすれた小さな声だったが、父にもしっかり聞こえたらしく、ニコッとできるだけ優しく笑ってうなずいた。
「ではまずは中へ」
と、父が手を上げて促す。
わたくしの手をしっかり握ったままのアシャン様は、黙って立ち尽くしていた。そこでわたくしが歩き出そうとした時、ふと視界の隅に、馬車から荷物を下ろす家人の姿が見えた。
「そうですわ。アシャン様の荷物がまるでありませんの。マディウス皇太子殿下から、支度金はナリアネス隊長に持たせているから、こちらで用意するようにとのことですわ」
「まぁっ! すぐに仕立て屋を呼ばなくてはねっ! なんという御不自由なの」
母は慌てて近くにいたメイド長へと指示を出した。
わたくしと同じように荷物が目に入った父が、ふと苦笑していることに気がついた。
「シャナリーゼ。なんだか荷物が多すぎるように思うんだが?」
「あぁ、そうですわ。帰りに上等の絹を頂きましたの。それでアシャン様のドレス、それにお母様やティナリアのドレスを作ったらどうでしょう? それから希少なワインもありますのよ」
ほほほっと笑ったわたくしに、父は「困った子だ」とため息をついた。
「お礼状をしっかり書くんだぞ」
「もちろん分かっておりますわ」
ちゃんとしますわ。だって大事な次回の布石ですもの。
カツンと歩き始めたその時、馬車の左後方に立ったまま動かない護衛を見つけた。
他の護衛や家人がせわしなく動いているのに、微動だにしないその男はよく目立った。
少し首をひねってじっくり見てみると、それはナリアネスが連れてきた三人のうちの一人だった。確かわたくしを見て、顔を不機嫌そうに顔をしかめていた男。
ずっと不機嫌そうにしていたその顔が、今は頬をほんのり朱に染めて、ポカンとした顔でどこか一点を見つめている。
……まさか。
嫌な予感が頭をよぎり、男の見つめる視線の先をそぉっと辿っていくと……。
「お姉様どうなさったの? 早く入りましょう」
にっこりと天使のような微笑を浮かべるティナリアの姿があった。
おのれ、ダメ男。
護衛の任務忘れて、何を見とれているのっ!
これ以上あの男の目でティナリアを汚させたくないわ、とわたくしはナリアネスの姿を探した。
ナリアネスは馬車の前方辺りで、出迎えに来た馬丁と何かを話している。ナリアネスの側には残りの護衛の二人の姿があったが、彼らもチラチラと時折り目線をこちらに飛ばし、ティナリアが気になっているようだ。だがちゃんと馬を引いて集まっている。やはりあの男だけが任務を忘れているようだ。
「ナリアネス! (とっととあっちに)消えなさいっ!」
「なんとっ!?」
驚愕し目を見開くナリアネスだったが、今のはわたくしの言葉が足りなかったからだ。わかってはいるが、今更謝らない。一刻も早くあのダメ男を、この場から連れ去って欲しい。
「早く馬を休ませてあげなさいっ! あっちよっ!」
追い立てるように厩舎のある方向を指さす。
そしてわたくしはアシャン様を引きずるようにして急いで歩き出し、待っていたティナリアもせかすようにして屋敷の中へと入った。
あの男、要注意だわね。
でもねぇ、ここは我が家。そしてお兄様も護衛として滞在するのだから、そう簡単にはいかなくってよ。
父と兄とわたくし。
三枚の鉄壁の壁を乗り越えられるものなら乗り越えてみるが良いわっ! もちろん容赦はしない。すぐにお兄様には伝えておかなくては。
言っておくけど、別にティナリアの恋の邪魔をする気は毛頭ない。
だが、あの三人の護衛はサイラスが怪我する原因となったヘタレ部隊の隊員だ。しかもナリアネスが引き篭もっていた数日、反省もなく遊んでいた。まず印象は最悪。
そんな輩をティナリアに近づかせるもんですかっ!!
そんなことをぶつぶつ怖い顔をして考えていたわたくしを、並んで歩くアシャン様がほんのり笑って、楽しげに見ていることに気がつかなかった。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
通された応接間で、しばらくアシャン様には待っていただくことになった。
なんせ一国の王女様をお迎えするのだから、家人の気合の入りようはすごい。母もメイド長から仕立て屋の手配がすんだと聞き、ほっと胸を撫で下ろしていた。
父と母、ティナリアも揃った前で、わたくしはお土産のプーリモのチョコレートやワイン、絹等を広げていた。お土産を先に広げたわたくしは、父から軽く怒られた。父はサイラスの容態を気にしていたのだ。
「まったく、お前は何をしに行ったのだ。遊びに行ったのではないだろう」
ぶつぶつと小言が続くので、わたくしは素直に頭を下げた。
「ごめんなさい、お父様。えーっと、サイラスは王城の療養室を出て、わたくし達が帰路につく日に私邸に戻ったようです。足を怪我しているので杖をついての生活となるようですが、回復は早いようですわ」
黙って聞いているアシャン様も、時々うなずいていたので、父は今度こそホッとしたように長椅子に深くもたれかかった。
「良かったわねぇ。姫様もお兄様が大怪我をされてさぞ驚かれたでしょう?」
こくっとうなずいたアシャン様を見て、母はドレスのポケットからハンカチを取り出して目頭を拭った。
涙もろい母の次の行動を予測して、父が自分のハンカチを手に持って用意する。
「聞けば部下を救う為に戻られたとか。あぁ、なんてお優しいんでしょう。それに引き換え愚鈍な隊はなんとふがいない。愚鈍な隊員も今の命があるのはサイラス様のおかげと、しっかり肝に銘じて日々の鍛錬に励んでいるでしょう。そして愚鈍な自分を責め、鍛えぬき、愚鈍だった自分に……」
涙を拭きながら「愚鈍、愚鈍」と繰り返す、母。
お母様。あなたが「愚鈍、愚鈍」という隊の隊長と部下が、実は今アシャン様の護衛でやってきてますよ、なんて教えたらどうなるかしら。
きっと泣きながら母は説教を始めるだろう。
母の説教は長い。そして涙も多い。ついでに泣きつつ吐く言葉がひどい。すでに母のハンカチはぐしょぐしょに濡れ、父が自分のハンカチを差し出している。
泣き出した母を止めることが出来るのはお兄様が得意だったが、あいにくこの場にはいない。
気が済むまで泣かせるかと諦めていた時だった。
「大丈夫。……三の兄様、強いから」
小さなアシャン様の言葉だったが、しっかり母は聞いていたらしい。
パッと涙を止めて顔をあげ、うんうんと何度もうなずく。
「そうですわね!」
「……あと……しぶとい」
ぼそっと付け足されたアシャン様の声は、都合が良いことに母の耳には入らなかった。
「そうですわ! シャナリーゼを置いてどこにも行くわけありませんものねっ!」
「そうだともっ!」
父も一緒になって母に賛同する。
ちょっとお待ちになって、お父様! お母様っ!
「勘違いされては困りますわっ! ただの『お友達』としてお見舞いに行ったのですっ! しかも強制的にっ」
そこは間違えないでっと、強く首を横に振る。
あからさまに残念そうにする両親を見て、わたくしはため息をついた。
そんなわたくしに、母は苦笑した。
「まだそんなこと言ってる。妹姫を任されたんだから、わたくし達が期待するのも無理はないことよ?」
「ですから誤解だと言ってるんですっ!」
ぶつぶつと諦めない母に、わたくしは「マディウス皇太子殿下の嫌がらせですわっ!」と叫びたかった。だが、アシャン様の前でそんなことは言えない。
あ、そうだわ。
わたくしは両親の希望の芽をへし折る話題を思い出した。
「そうですわ。言い忘れましたが、わたくしイズーリの王妃様と何回か衝突しましたの」
「ひっ!」と両親が顔色を変え、小さく引きつった声を漏らしたが気にしない。
「最後に『覚えていらっしゃい』と言われましたわ」
けろっとして言ったわたくしに対し、両親は頭を抱えるようにして俯いてしまった。
よし、だいぶへし折ったみたい。
「そうだわ。わたくし頂いた品のお礼状を書かなくては」
両親が黙りこんだので、これ幸いと退出することにした。
すぐ近くに座るティナリアを見て、わたくしはにっこり微笑んだ。
「ティナ、わたくしお礼状を書かなくてはならないの。できるだけ早く出すのが礼儀だと思うから、これからすぐにでも取り掛かりたいの」
「そうね、隣国まで届くのにお時間かかりますものね」
うなずくティナリアを見て、わたくしは座ったアシャン様の背に手を添えた。
「アシャン様、わたくしの観察もですが、妹との交流もなかなかおもしろいかと思います。なんたってわたくしの妹です。わたくしを知る上でかかせないと思いますわ」
じっとわたくしを見つめたアシャン様は、渋々といった様子で「んっ」と小さくうなずいた。
それを見て、わたくしはティナリアに軽くうなずき返すと、スッと立ち上がった。
「ではティナ、アシャン様をお願いね」
「はい、お姉様」
そう言って立ち上がったティナリアは、わたくしが長椅子の後ろに下がると、そこへ代わって座った。
「よろしくお願い致します、アシャン姫様」
「……よろ、しく」
二人の挨拶が済んだのを見届けると、わたくしはそのまま応接間を出て行った。
応接間を出ると、すぐナリアネスに出会った。
「あら? 他の三人は?」
「某が姫の身辺を。他の者は外を見回ることになりました」
「そう」
少しホッとした。ティナリアに一人で屋敷の外を歩かないように言っておこう。
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部屋に戻り、荷解きをするアンを気にすることなく机に向かった。
まずはプレイジ辺境伯へのお礼状を書く。あの男爵についてのお礼状は後だ。
「…………!!」
「…………!」
何かしら? 甲高い少女の声がする。少女、というよりこれは……ティナリア?
バターン! と派手に扉が開かれた。
顔を真っ赤にして髪を振り乱して駆け込んできたのは、ティナリア。すぐ側に無表情ながらアシャン様も走ってきたらしく、二人同時に入ってきた。
椅子を反転させたまま唖然として二人を見ているわたくし、と手を止めたアン。
何も言わず突然飛び込んできたティナリアが、ガシッとわたくしの左腕にしがみつく。ギュッとわたくしの腕はティナリアのささやかな胸に抱かれる。
まだ興奮しているティナリアは、わたくしの耳元で大声を出した。
「お姉様は誰にも渡しませんわっ! ずっとわたくしと一緒ですものっ! 誰がお嫁に、それも異国になんてやりますかっ!」
え? 何の話? っていうか、耳が痛い。
唖然とするわたくしの右側から、今度はアシャン様が抱きついてきた。
わたくしの胸の前に顔つきだし、ぷうっと頬を膨らませたティナリアを見て、少しだけ口角を上げた。
「それ、無理。嫁、決定」
にやりと笑うアシャン様の腕の力が強くなる。
何なの!? 二人に何が起こったのぉおおお!?
微妙な方向に打ち解けたらしく、全っ然仲良くなってないっ!
「もうっ! お姉さまはずぅっとずぅーっと、わたくしと一緒ですわっ! 今夜は一緒に湯浴みして一緒に寝るんですわぁあああ!」
「それ、無理。アシャン、先」
「えぇえええ!?」
アシャン様を追いかけ付いてきたナリアネスが、開け放たれた扉の前で素っ頓狂な声を出し驚いた。
どうやら妙な勘違いをしたらしい。
熊、あなた後から正座でお説教が必要みたいね……。
読んで頂きありがとうございます。
楽しく書かせていただいておりますが、プロットが変更するのも多々ある作品です。ごめんなさい。今更ながら数字を漢数字に変更しております。ぼちぼち以前の話はなおしていきます。




