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勘違いなさらないでっ! 【28話 前半】

 ご無沙汰しております。

 なかなか多忙でして……すみませんが、今回も前半後半でアップしていきます。

 楽しみにしていただいている方々、本当にありがとうございます。

 ライルラドに無事に入国したわたくし達は、王都の中にある王家所有の別邸へと入った。

 別邸の屋敷自体は我がジロンド家くらいのもので、王族所有としては小さい方だろう。

 しかしこの別邸の凄さは、屋敷を取り囲む洗練された庭、特に花園と呼ばれるものにあった。残念ながら、今日はそのライルラド随一と言われる花園を訪れることはできないが、いつか見てみたい。


 到着したわたくし達は、護衛の兄を始め、ナリアネス達も玄関で別れて別行動となった。

 わたくし達はお屋敷の三十代後半くらいの執事により、とある豪華な一室に案内された。

 部屋の壁と家具、装飾品は白と金の模様で統一され、唯一床だけが濃紺に白い模様と異なっていた。

 それぞれがゆったりと、ふかふかの長椅子に座ってくつろいでいた。

 時刻はもう少しで午後のお茶の時間となる。

 数分もしないうちに、メイドが数人でお茶のセットとお菓子を載せたワゴンを押してやってきた。

 メイド達によってわたくし達の前にお茶が配られ、彼女達が静かに退出するのを待ってから、ライアン様が口を開いた。

「みんな、お疲れ様。今回は非公式ということもあり、城には戻らずこの屋敷で解散となる。俺とセイドは城に戻る。レイン夫人とシャナリーゼには馬車を用意するから、そのまま帰宅してかまわない。ただ……」

 チラリとライアン様が見たのは、あいかわらずわたくしの横に陣取っているアシャン様。

 当のアシャン様は別に気にした様子もなく、黙ってお茶を飲み、ようやく気がついて顔を上げた。

「アシャン姫は、その、本当にジロンド家に滞在するおつもりかな?」

 今度はわたくしにも目線を配り、ライアン様が尋ねた。

「はい」

 なんでもないことのようにアシャン姫はうなずいたが、ちょっと言いたい。


わたくし、一度も滞在許可なんてしてません。もちろん、滞在許可を出すのは当主であるお父様ですけど、兄も護衛の任務中ではあったものの、一度もその話題を口にすることはなくここまでたどり着いた。

 まぁ、手の早い……もとい、手際のいいイズーリ王室様だ。きっと我が家には早馬なりを飛ばして連絡しているだろう。そして我が家は只今上を下への大騒ぎ、と言ったところか。


 顔には出さず、心の中だけでため息をついていると、ライアン様が少しホッとした様子で微笑んだ。

「そうか。かなり急な話で、姫の滞在先をどうしようかと悩んでいたところだった。シャナリーゼ、姫をよろしく頼む」

 そう言われたら、本当は「はい、お任せ下さい」と笑顔で答えるのが常識だろうが、わたくしはムッと口を閉じた。

 わたくしの無言の抗議にセイド様は眉間の皺を寄せ、ライアン様は苦笑した。

「シャナリーゼ、俺に十六の弟がいるのは知っているだろう。例え友好国と言えど、同じ年頃の姫を正式な訪問状もないまま城に連れ帰ることはできない。早い話婚約話になってしまうからだ。それはマディウス殿も望まれていないと思うが?」

 んまぁ、最後のマディウス殿下の話を出すなんて……言いくるめられたようで腹が立つが、仕方ない。

 下手に動くとあの方々のことだ。まず、速攻で王妃様に捕獲される。

 その後は……考えたくない。

 ぶるっと寒気がしたが、お茶を飲むフリをして誤魔化す。

「ですが、姫君をお預かりする上で、我が家で本当によろしいのでしょうか? 極秘とはいえ、安全性などの問題もありますわ」

 そしてわたくしはチラッとセイド様を見た。

 セイド様はわたくしの視線で察したのか、ピクッと器用に片方の眉を上げて見せた。


 そうよ、そうよ~。真面目なセイド様ならわかりますわよね? 一国の姫君で、親友の妹。ライルラド屈指の名家、ハートミル侯爵家にとっても損話ではありませんわよ。しかも何よりまともに会話が成り立つのがレインだけ。


 ほほほ~と勝ったつもりでいたら、アシャン様が決定打を下した。


「シャナリーゼといる。これ、決定」


 ……さようでございますか。

 あ、こら、セイド様! 苦笑するライアン様の横で、笑いをかみ殺して肩を震わせ耐えるなんて。横に座るレインが心配そうに見てますわよ。

 きぃっ! 勝ち誇った笑みでこっち見ないでくださいませっ!


「アシャン姫の要望を第一にと、マディウス殿の手紙にもあったのだろう? イズーリの護衛も付いているし、しばらくジェイコットにも休暇と称して護衛に当たってもらおう。彼の友人としてもう数人腕の立つ者をジロンド家に派遣する。これなら問題ないな、セイド」

「はい」

 そう言って頭を下げたセイド様。早速手配するべく頭で考えているのだろうが、今だわたくしを負かしたという余韻のせいか、口元が緩んでいる。

 このままじゃ済ましませんわよ、セイド様。わたくし執念深いんです。仕返しを楽しみになさって下さいね、ふふふっ。

 そんな不穏なことを考えていると、ギュッと右腕がつかまれた。

 見ればアシャン様がじっとわたくしを見ている。

 わたくしは自然に口元を緩めた。

「我が家は王城よりはるかに劣りますが、精一杯おもてなし致しますわ。警備についても兄を始め、ナリアネスもおりますし、いざとなったらわたくしが盾になってでもお守りいたします」

 本気で盾になる気はないが、万が一の時はアシャン様最優先というのは間違いない。

 なぜならわたくしが無傷でいるとなると、後々恐ろしいことになるのが目に見えているからだ。

 本っ当に怖いわ、イズーリ王室。特に王妃様……。いえ、あの陛下もいざとなったら、かなり怖いかも。

 キレイにまとめて終わろうとしたのだが、ここでいらん横槍を入れるのがライアン様だ。

「うむ。確かにシャナリーゼも、普通の令嬢とは違ってそういう面で頼りになる。なんなら特注の鞭でも発注するか? 先端にトゲ付きとかどう……」

 とりあえずギロッと睨んで黙らせた。

 ライアン様で試し打ちさせてくださるならいいですわよって、本気で喉まで出てきた。

「……トゲ」

 にやっとかすかに笑うアシャン様を視界の隅に捉え、わたくしはあわてて話題を変えた。

「そっ、それよりここで解散とならば、さっさと帰りたいと思います。日が高いうちの方が安全でしょうし、家族にもアシャン様をご紹介しなくてはなりませんし!」

「まぁ、待て。シャナリーゼ」

 まだ引き止めますの!? ライアン様っ! 次は睨むだけではすみませんわよっ!!

 恨めしげに目を細めたわたくしを見て、ライアン様は手を横に振って早口に弁解した。

「あのな、花火だ花火っ! 花火の件だ。サイラスからも花火師の滞在期間や注意事項を聞いたからな。この場で予定を組んだほうがいいだろう!?」

「まぁ、そうでしたわ。すっかり忘れていましたわ」

 本当に忘れていたわたくしは、忘れていなかったライアン様に軽く驚いて目をみはった。

 そんなわたくしを見て、ライアン様は何ともいえない表情でうなずいた。

「……あのな、せっかくの誕生日プレゼントだぞ? あの花火というのもなかなか手に入らないものだ。なんせ職人が限られているからな。そこで、あの花火だが、おいそれと町中で上げるわけにはいかない。ほとんどの市民は花火というものに慣れていない。王都ならまだ年に数回見る機会があるからいいが、それでも前もって王都中に知らせる。そうでもなくては、あの音が大砲のようだと慌てる者がいるからだ」

 花火が見える者はいいが、遠くにいて大きな音が夜に響くとなると、さすがに不安になるだろう。

「では打ち上げ自体をやめますか」

 花火は湿気が大敵と本で読んだことがある。

 花火師も滞在期間が定められているし、見ればキレイだが、なかなか前準備に大変な贈り物だわ。

「いやいや、待て。その花火だが……ちょっと考えがある」

「まぁ。お聞かせ下さい」

 考えがある、と言ったライアン様だったが、なぜか言いにくそうに口を噤んでしまった。

 左側に座るセイド様とレインも不思議そうに、そんなライアン様を見つめている。

 ややあって、ライアン様は躊躇いがちに言った。

「……実は五日後、陛下の誕生日を祝う催しが開かれる。例年通り三日間続くのだが、その初日の夜打ち上げてはどうだろうか? ほとんどの貴族は陛下を祝う為に王都に集まり、連日城で開かれる夜会に出席する。ジロンド家の領地で二、三発ならともかく、二十発もの花火を打ち上げるのは難しいだろう?」

 確かに、とわたくしは考えた。

 一介の決して上流とは言えないジロンド伯爵家が、希少な花火を二十発も打ち上げるなんていい噂のタネだ。しかもわたくしとサイラスのことは、公にこそなっていないが、リシャーヌ様の懐妊祝いの席で、すでにそれに近い形で広まっているのがわかった。

 そんな中、ジロンド家で花火。出所はどこだと騒がれ、サイラスが関係してくると非常に厄介なことになる。

 そうなったら、絶対逃げられないっ!

「……わかりましたわ。でも、三発はぜひわたくしの希望の地で上げたいのです。それは許可を頂きたいのですが」

「王都以外で、ということか」

 ライアン様は顔を曇らせたが、わたくしはにっこりと微笑んで毒を吐いた。

「もし許可いただきましたら、残りの十七発に関してはライアン様に差し上げますわ。 陛下の為にと希少な花火の手配をやってのけた皇太子として、広く国民に慕われますわね。しかもこれまで王都で打ち上げられたのは、多くてせいぜい十発程度です。それを上回るのですから、さぞかし評判も上がることでしょう」

 うっと、ライアン様は固まると、わたくしから目線をそらした。

 はい、もう一息。と、わたくしは畳み掛ける。

「リシャーヌ様の懐妊、陛下の誕生祭。それを祝うために水面下で手配した皇太子。夫として、親を思う子としてどれほど声高々に賞賛されるでしょうか! ねぇ、そう思いません? セイド様」

 話を振られたセイド様の頬が、ひくっと引きつったが、すがるようなライアン様の顔を見てしばらく硬直した。

「ね? セイド様」

 にやりと微笑んだわたくしを見て、セイド様はハッと気がついた。

 そう。わたくしがさっきの仕返しをしていることに……。

「そ、それはだな……その……」

 しどろもどろで声を出すが、その先は続かない。

 そこへ、助け舟が出された。……わたくしにとっての。

「まぁ、ステキ! またあの花火が見られるかもしれないのね」

 パッと輝くような笑顔のレインがわたくしを見て、続いて横で固まる夫の顔を覗きこんだ。

「きっと陛下もリシャーヌ様も喜ばれますわ」

 ね? と首を傾げた溺愛する妻に、夫は……折れた。

 ライアン様からやや視線を外しながら、セイド様は言った。

「そう、ですね。確かに我が国で、二十発もの花火を手配するのは並大抵ではありません。それがライアン様の手腕となれば、密かに囁かれている『生温(なまぬる)い皇太子』という汚名も払拭できるでしょう」


 『生温い皇太子』! 


 ライアン様のポカンとした表情を見て、ハッとセイド様は自分の失言に気がついた。

 あわてて自分の口を手で塞ぐが、後の祭り。

 ライアン様の外見と優しい物腰。そしてリシャーヌ様との恋愛結婚とその後の溺愛っぷりを揶揄されてつけられたあだ名は、何とかお耳に入れないようにと必死で周囲がもみ消していた。


 言っちゃいましたね、セイド様!


 レインは初めて聞いたのか、やはり意味が分からないままセイド様の顔を見ている。

 セイド様、貸しですわよ。

「まぁまぁ、ライアン様。皇太子ともなればやっかみの一つや二つ付き物ですわ。女のわたくしでさえ、あらぬあだ名をつけられますもの」

「……お前の場合は意図的なものが多い気がする」

「おほほほほっ! ライアン様ったら誰からも愛されたいですの? 神様だって誰からでも愛されてはいませんわよ。家族に愛され、友人に愛されていればそれでいいじゃありませんか。あ、でも王位を継ぐのであれば、大半の国民に好かれて下さいまし。苦味のあるピーマンより、クセのない主食にもなるジャガイモが好きと言われるくらいに」

「俺は芋かっ!」

 ライアン様はしょげていた顔を真っ赤にさせ、身を乗り出して抗議してきた。

「んまぁ、ライアン様。芋はバリエーション豊かな食材ですのよ。 煮て良し、焼いて良し、揚げて良し、潰して良し! 芋自体も少ない栄養でぐんぐん育ちますわ。なかなか逞しい植物です」

「しかし芋だろっ!」

「でしたら、子どもが苦手な人参くらいになりますか? わたくしは好かれるほうが良いと思いますが」

「もういいっ!」

「それはそうと、せめて三発打ち上げる許可を下さいな。十七発は丸ごと差し上げます。三発なら花火師は一人でいいですし、終わればすぐお城に戻します」

 ぐっと黙り込んだライアン様は、チラッとセイド様に目線を飛ばして意見を求めた。

 セイド様もすっかり気を取り直しており、真面目な顔でうなずいた。

「おそらく大丈夫です。花火師は三人であったはずです。ゆったりと打ち上げるなら、二人で打ち上げを始め、のちに三人目を合流させれば」

「決まりですわね!」

 パンと手を叩いたわたくしを、ライアン様がため息交じりで見た。

「……どこで上げるつもりだ」

「先方にお話して、すぐにお手紙をお出ししますわ。ライアン様にも少々お力をお貸し頂けると助かりますけど」


 こうしてわたくしは半ば強引に、三発の花火打ち上げ許可を手に入れた。

 もちろん、花火はまるっとライアン様に差し上げましたけど……恩の押し売りであることには変わりありませんわよ。ふふふっ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆

                      (28話後半へ続く)

                     

 読んで頂きありがとうござます。

 今週中に後半アップしますので、どうぞよろしくお願い致します。


 ……とうとうライアンが芋になった……。

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