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勘違いなさらないでっ! 【27話 後半】

長くなってしまいました……。

まだ旅路。


 翌朝、最高に目覚めの悪いわたくしがいた。


 寝室をノックし「お目覚めでいらっしゃいますか?」とメイドが起こしにやってきた。だが、横になったまま、わたくしは不機嫌な顔そのままの口調で返事をした。

「ちょっと待っててちょうだい」

 横になったまま、わたくしはうっすら明るい天井を睨んでいた。


 なぜ?


 それは昨夜の愛人騒動が原因……と言いたいところだけど、それは半分までに減った。

 わたくしが不機嫌である理由の半分は、寝不足。

「ぅうーん……」

 小さな呻き声がして、わたくしの左頬に何かがグリッと押し付けられる。

「…………」

 それを振り払うことを、わたくしは天井を睨むことで我慢していた。


 わたくしの頬に押し付けられているのは、アシャン様の小さな足。


 …………。

 そう、わたくしの寝不足の原因は、アシャン様の寝相の悪さだった。


 ぐりぐりと押し付けられる足を掴み、わたくしはぺっといささか乱暴に払った。

 そして悪夢の一夜を思い出す。


 寝入ったすぐ後は良かった。

 だが、わたくしがイライラしながらも眠りにつこうと横になったとたん、いきなり髪をむんずと掴まれて引っ張られた。おそらく何本かは抜けただろう。それが合図となり、アシャン様は暴れだした!

 両手両足を振り下ろす、なんて当たり前。寝返りも一回転どころか、そのまま落ちてしまう勢いで転がり、わたくしはその度にアシャン様の体を掴まえて回転を止めた。そして振り上げられる手に叩かれ、やっと大人しくなったと思ったら、次は丸まってしまい、もぞもぞと動き出して寝台のあちこちに移動してしまう。

 寝台は三人寝ても余りある大きさであったが、わたくしは随分身を小さくしていた。

 それでもアシャン様は、容赦なくわたくしに当たってきた。


 小さい子どもならまだしも、すでに結婚適齢期間近の女性、しかもお姫様がこの寝相というのはかなり問題があるのではないだろうか……。

 誰も何も言わなかったが、いくらなんでもこの寝相の悪さは、アシャン様付きの侍女やメイドなどは知っているだろう。もしわたくしが一緒に寝ていなかったら、絶対に床に落ちている!

 まさか王城では一晩中メイドが様子を見ているのだろうか?

 

 そんなことを考えていたわたくしだったが、移動で疲れていたのでさすがに徹夜で見張ることはできず、途中で眠ってしまったようだ。


 ゴトゴトゴト!


 奇妙な物音がしているのに気がつき、わたくしはパッと飛び起きて部屋を見渡した。

 月明かりで照らされた薄暗い灯りの中、……わたくしは見てはいけないものを見てしまった。


 それは……。


 壁を蹴るアシャン様だった……。


 予想通り寝台から落ちてしまったアシャン様は、目覚めることなく床を転がり続け、とうとう壁際に達して動けなくなったため蹴っている、といったところだろう。


 起きましょうよ、アシャン様……。


 頭痛がしそうな頭を抱え、わたくしがのろのろと寝台から降りると、タイミングよく寝室のドアがノックされた。

「……どなた?」

 真夜中に尋ねて来る、と言ってもこの場合はだいたい予想がついた。おそらくアシャン様が壁を蹴る音に気がつき、部屋の外で待機していたナリアネスか、交代した誰かが来たのだろう。

「ナリアネスです、シャナリーゼ様」

「あぁ、大丈夫よ。すぐ止めるわ」

 わたくしは入室を許可しないまま、さっさとアシャン様の側に歩み寄り、壁を蹴り続けるアシャン様の足を掴んで体を反転させた。

「ほら、もう大丈夫。心配かけたわね。戻っていいわよ」

「しかし……大丈夫ですか?」

 状況を確認できず、扉の向こうから心配するナリアネス。

「いいの。それから、これからちょっと物音がしても大丈夫だから」

「それはちょっと安心できませんが……」

 渋るナリアネスだったが、同じ女性として自分の寝相が悪いだなんて他人に言いふらされたくない。

「そうね……女の子の秘密、だわ。だから言えないわ」

「ひ、秘密、ですか?」

「そうよ。分かったなら、さっさと持ち場に戻りなさい。わたくしは眠いのよっ!」

 ナリアネスには見えないものの、扉に向かってしっしと手を振りながら追い払う。

「わ、わかりました。交代の者にもそう伝えます」

 全然納得していない感じのナリアネスは、ようやく寝室の前から立ち去った。

 部屋の扉が閉まる音を確認し、わたくしは床に転がるアシャン様を、腰に手をあてて見下ろした。


 ……運ぶしかないわね。


 放置、も考えたがまた壁を蹴られては面倒だ。ぶつかったりして怪我をされても大変だし、何よりお姫様だし……。

 わたくしはアシャン様の背中と膝の裏に手を滑り込ませ、「せーのっ!」とふらつきながらも一気に持ち上げた。

 鍛えているとは言っても、筋肉をつけようと鍛えているわけではない。蹴るとか瞬間的な力はなかなかのものだが、持ち運ぶと言う持久力は人並みかちょっと上くらい。それでもアシャン様は華奢なせいで、わたくしでも寝台に運ぶことが出来た。

 ちなみに寝ている人間は赤ちゃんでも重い、と聞いていたが、本当にそうだと思った。

 

 再び寝台に横になったわたくしとアシャン様だったが、やっぱり寝られなかった。

 うとうととまどろんでいると手が飛んでくるし、足が当たってくる。


 そんなわけで、結局ほとんど寝れないまま朝を迎えたわたくしは、非常に機嫌が悪かった。



「ぅうーん……」

 目をこすりながら、わたくしに足を向けたままむくりと起き上がったアシャン様は、長い黒髪がぼさぼさになっていた。

 ぼーっと敷布を見つめるアシャン様を見て、わたくしもゆっくり半身を起こした。

「おはようございます、アシャン様」

 なるべく普通にわたくしは声をかけた。

 ぼーっとしたままアシャン様は、わたくしに視線を向けた。

「……顔、変」

「……!」

 ひくっと頬が引きつったけど、笑顔をそのまま貼り付けて誤魔化す。

「少し気分が悪いので、わたくしはこのまま休ませていただきます。アシャン様は朝のお仕度を致しましょう」

「そう。大丈夫?」

 まさか自分のせいとは露にも思っていないアシャン様は、本当に心配そうにわたくしの顔を覗きこんだ。

「はい、大丈夫ですわ」

 わたくしは最後の気力を振り絞って寝台から出ると、そのままアシャン様も立ち上がらせて、寝室の扉を開いた。

「おはようございます」

 わたくし達の姿を見たメイドが二人、静かに頭を下げた。

「アシャン様のお仕度をお願い。わたくしは気分が悪いので、出発まで休みます。もちろん朝食はいりません。それと時間まで誰も入らないで。では」

 限界が近いわたくしは、据わったようなような目つきでメイドに用件だけ一方的に告げると、アシャン様を軽く押し出しさっさと扉を閉めた。


 ……閉めた扉の外が静かなままだったのが気になるが、まぁ頑張ってね、メイド達。わたくしはもう知らない。


 ふらふらとした足取りで寝台まで近づくと、そのまま倒れこむように横になった。

 きゅっと目を瞑ってほっとため息をつく。

 

 これで短時間とはいえ熟睡できるわ。

 わざわざ食事もいらない、誰も入るなと言ったのはわざと。男爵夫妻に面と向かって抗議するつもりだったが、昨夜のうちにライアン皇太子にも何らかのお小言をもらっていることだろう。ならば、と無言の抗議をしていると思わせておけばいい。

 謝れば自分達はすっきりするだろうし、それで終わりと思っているかもしれないが、わたくしは根に持つタイプですの。簡単に許すものですか。

 ……あぁ、とにかく眠いわ。まずは寝ないと……。



 そしてわたくしはぐっすりと眠ったらしい。

 


 朝に発つ計画だったから、そう長くは寝れないのはわかっていた。


 だけど、意外に早く起こされた。


「シャナリーゼ、シャナリーゼ」

 ゆさゆさと揺さぶられて、アシャン様の声がしたので、渋々ながら重い瞼を開ける。

 見えたのはやはりアシャン様。昨夜選ばなかった、花がいくつかついた黄色いドレスを着ていた。

「来てる」

 そう言って、アシャン様は寝室の扉を指差した。

「……どなたがですか?」

 まだ重い頭を懸命に起こしながら、わたくしは寝室の扉を睨んだ。

「男爵」

 アシャン様のその言葉で、わたくしは一気に覚醒した。


 まぁまぁ、なんて自分本意な方なんでしょう。普通謝罪と言うのは相手の都合に合わせるべきで、ごり押しするものではありませんわ。しかも仲介にアシャン様をよこすなんて、とんだ男爵様ですことっ!


 ギリッと奥歯をかみ締め、わたくしはゆっくり寝台から立ち上がった。

 そして側にあった厚手のガウンを羽織り、不機嫌な顔のまま少し乱暴に寝室の扉を開けた。

「あっ……」

 と、声をもらしたのは、寝室の扉の近くに立っていた一人のメイド。

 きっと着替えるというわたくしからの指示を待っていたのだろうが、自分本位の男爵にそこまでする義理はない。

 驚くメイドを無視し、わたくしは長椅子に座って、少し驚いた顔でこちらを見ている男爵と目を合わせた。

「気分が優れませんので、このままで失礼しますわ」

 本来なら未婚で、若い女性の振る舞いとしては決して褒められたことではないが、先に失礼を働いたのはそっちだからと、返事を待たず向かいに座る。

 すぐにアシャン様も、黙ってわたくしの横に当然のように座った。

 背もたれにゆったりと座り、堂々としているわたくしに対して、男爵は目線を泳がせ恐縮していた。

 そしてしばらくの沈黙の後、ぽつりぽつりと男爵は謝罪を始めた。

「あの、昨夜は知らぬこととはいえとんでもない勘違いをしまして……。決してライアン皇太子殿下を軽んじたわけではなく……、その、まさか……サイラス殿下のお相手様とは知らす、大変な無礼をしまして、本当に申しわけございませんでした!」

 勢い良く下げられた頭を見たまま、わたくしは別のことで頬が引きつっていた。

「……わたくしのことはいつ、どこで?」

 やや震える声で尋ねると、男爵は顔を上げつつ少し戸惑ったように小さく言った。

「さ、昨夜ライアン皇太子殿下に謝罪しましたところ、そのように……」

 きっとライアン皇太子も必死になったのだろう。妙な噂が、例え異国と言えど、いつリシャーヌ様の耳に届くか分からない。自分の保身のためとはいえ、もっと言い方があるでしょうにっ!

 ギリギリと釣り上がっていくわたくしの目のせいか、男爵は早々に目線をそらして俯いた。

「……男爵様」

「はっ、はい」

 もともとそんなに気は強いほうではないのだろう。力の篭ったわたくしの声に驚き、姿勢を正した。

「わたくしとサイラス殿下は、何の関係もございませんっ!」

「はっ、え、しかし」

 チラリと男爵が見たのは、わたくしの横に座るアシャン様。

 全くの無関係でないのは明白だが、この際王室はともかく、サイラスとのことは関係ないで押し切ろう。

「サイラス殿下は、ライアン皇太子殿下の御学友ですわ。お二人は時々おもしろい冗談をおっしゃいますの」

「じょ、冗談、ですか?」

「えぇっ! 冗談ですわ」

 ダンッと目の前のテーブルを右手で叩き、きっぱりと言い切った。

「そ、そうですか」

 男爵はただただ驚いて頷いた。

 もうこの話は止めようとは思うけど、わたくしのこの怒りはどうすればいいのかしら。

 と、その時。

 横に座っていたアシャン様が、くいっとわたくしのガウンの袖を引っ張った。

 自分を向いたわたくしの耳元に、アシャン様は顔を近付けた。

「ワイン、献上品」

 ピクッとわたくしは瞬時に理解した。

 確かに昨夜の夕食の席で出されたワインは、王城で出されたものと同じくらい美味しかった。しかもライアン皇太子に褒められた男爵が、得意気に『ここ十年連続イズーリ王室御用達を貰っており、毎年最高のものを献上しているのです』と言っていた。


 そぉねぇ。


 怒った顔を瞬時に消し、ニタリと唇が弧を描く。

「男爵様、昨夜のワイン、大変美味しかったですわ。ぜひ購入したいので、どちらで求めればいいでしょうか?」

「ワイン、ですか?」

 まったく別の話題を振られて困惑顔の男爵だったが、笑顔でうなずくわたくしを見てすぐ察してくれた。

「昨夜のワインは最高品質のもので、領内のどこにも卸しておりません」

「あらぁ、残念だわ。……しかたないわ、頼めそうな方に頼もうかしら」

 わざとらしく残念そうにため息をつくと、男爵は両手を胸の前で左右に振った。

「いえいえ! 当家にございますっ。 ぜひお持ちいただければと!」

「まぁ、いいのですか? 王室献上品なのでしょう?」

「だっ、大丈夫ですっ!」

 

 こうしてわたくしは、イズーリ王室献上品の最高品質のワインを手に入れた。


 自分で関係ないと言っておきながら、最終的にはちょっと存在をちらつかせたけど、まぁ、使えるものはなんでも使わないとね。あの気の弱そうな男爵なら、サイラスにどうこう言えないだろうし。

 でも献上品のワインを、他国の一貴族の娘に渡しただなんてそうそう言えないことだし、まぁお互い痛みわけということかしらね、ふふふっ。

 

 そして出発の時間がやってきた。


 実は予定より少し遅れている。それはアシャン様の買い物をするため、わざと店が開く時間まで滞在を延ばしたのだ。

 男爵家のエントランス前に並んだ馬車を背に、わたくし達と男爵家の面々が向かい合う。

 すっかり機嫌を良くしたわたくしは、顔色の優れない男爵とライアン皇太子の挨拶を黙って見ていた。

「それでは、どうぞお気をつけて」

 男爵家側がいっせいに頭を下げた。

「あぁ、世話になった」

 そうライアン皇太子が言い、馬車へと踵を返した。それにわたくし達も続く。

 ライアン皇太子はセイド様と、昨日乗っていた馬車へと乗り込む。

 わたくしとアシャン様、そしてレインは、元々ライアン皇太子用であった大きめの馬車へと乗り込んだ。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 男爵家を出た馬車と護衛の一行は、男爵領の大きな町へと向かった。


 整備された石畳の町中では、馬車の揺れも少なく、何より買い物と言うとっておきの酔い止め薬があるせいか、レインは終始ニコニコとアシャン様と会話を楽しんでいた。

「買い物、好きか?」

「はい。かわいいもの、珍しいものをみるのは大好きです。王都でもいっぱい買いましたわ」

 ふふふっと少しだけ頬を染め、楽しかった思い出を語るレイン。

 そんな彼女を前に、わたくしは背もたれにゆったりと座りながら、馬車の天井を見ていた。

「とりあえず数日分の衣服と靴ね。化粧品についても良い店があるなら買いましょう。後は我が家に着いてから、仕立て屋を呼ぶわ」

 目を閉じて、これからするべきことを整理する。

 まず、買い物はいいとして、我が家についてからのことだ。

 マディウス皇太子殿下はわたくしにアシャン様を託したので、当然滞在先は我が家となるはずだ。そしてこの話が父に伝わっているかが、問題だ。何せ隣国のお姫様だ。迎える側にも準備と言うものがある。

 そうそう、準備と言えば部屋のこと。特に寝台については、壁につけて配置するように言わなくてはならない。寝台の周りにもクッションを多数用意して、寝室の小物や落下しそうなものは全部撤去させ、そして壁にも何か緩衝材を張り付けたほうが良いだろう。

 

 あぁ、両親と家人が大騒ぎする姿が目に浮かぶわ。


 その光景を頭に浮かべ、わたくしは右手でこめかみをぐりぐりと押して、こっそりため息をついた。

 しばらく町中を進んでいると、御者が小窓から「着きます」と、声をかけてきた。

 そして程なく、一軒の大きな店の前で馬車が止まった。

 看板には『服飾・マダム・ポーリー』とあった。

「着いたみたいね。シャーリーは気分どう? このまま休んでおく?」

「え?」

 腰を上げそうになっていたのを、上手く誤魔化して座りなおす。

「だって、朝気分が悪くて食事にも来なかったじゃない。それとも買い物だから、気分転換にいいかしら?」

 心配げに言うレインを見て、わたくしはこくっとうなずいた。

「申し訳ないけど、わたくしはここで休ませてもらうわ」

 そしてわたくしは、隣に座るアシャン様を見た。

「申しわけございませんが、レインと行っていただけますか?」

「んっ」

 こくりとうなずいたアシャン様は、御者が開いた扉の外へさっさと出て行った。

「じゃあ」

 レインもその後に続いて、御者が扉を閉めると、一気に馬車の中が広く感じた。

 やれやれ、これで少しゆっくりできるわ、とわたくしは目をつぶった。

 ……が、突然馬車の扉がノックされた。

 いらっとしたのは当然だと思う。

「はい」

 取り繕うことなく、不機嫌に返事をする。開かれた扉の向こうには、なぜか渋顔のライアン皇太子が立っていた。その後ろには兄がついていた。

「失礼」

 そう前置きして、ライアン皇太子は馬車に乗り込み、扉は開かれたまま兄がこちらに背を向けてふさぐように立った。

「何か御用ですか?」

 向かいの席に座ったライアン皇太子は、じっとわたくしを観察したあと口を開いた。

「シャナリーゼ。そなたの荷物が増えている気がするんだが、気のせいか?」

「えぇ、増えておりますわ」

 だってワイン貰ったんだもの。増えて当然。

 平然と答えたわたくしを前に、ライアン皇太子は眉間を指で揉みながら話を続けた。

「……一応手荷物検査というものがあるのは知っているな? で、それを行ったのだが…………、アレはなんだ?」

「ワインですわ。男爵様から頂きましたの」

「最高級プレミアワインを十三本もか!」

「くれるって言うのですもの。あ、ライアン様も一本いります?」

「いっ、一本!?」

「ライアン様でしたら、あれくらいのワイン飲み放題でしょうに! ハートミル侯爵家クラスならまだしも、わたくしどもではそうもいきませんわ。一本でも惜しいです」

 我が伯爵家は話題には事欠かないが、お金を湯水のように使うような貴族ではない。せいぜい上流にかするか中流の上、くらいだ。

 ライアン皇太子は唖然とした顔を引き締め、ツバを飛ばすように強く言った。

「あのワインはイズーリ国でも希少なものだ!」

「まぁあ、それは大事に頂かなくては!」

 残念。来年の分も約束させるんだったわ、とわたくしはちょっとだけ後悔した。

 がっくりと肩を落としたライアン皇太子は、扉の外へと顔を向けた。

「ジェイコット、お前の妹のこの性格はどうにかならんのか」

「…………」

 職務中の兄は無言だった。

「あら、ライアン様。わたくし謙虚ですわ」

「どこがだっ!?」

「だって、来年のお約束はしておりませんもの」

「あたりまえだっ!!」

 顔から湯気が出そうなくらい真っ赤になって怒るライアン様だったが、急に頭を抱えて俯いた。

「……お前、昨夜の件の嫌がらせだな?」

「ふふっ、なんのことでしょう?」

 ニンマリと笑ったわたくしを、俯き加減のままチラリと見たライアン皇太子は、そのまま深いため息を吐いた。

「……一本もらうぞ」

「えぇ。でも妊娠中のリシャーヌ様はお飲みになれませんわ。ライアン様お一人で飲まれますの?」

 ピクッとライアン皇太子は肩を揺らした。

 愛妻の前で飲めるわけがない。なんせリシャーヌ様は、あれでなかなか酒豪なのだ。

「……プリーモのプレミアチョコレートがございます。そちらをリシャーヌ様へお贈りしますわ。ワインと一緒にお持ちくださいませ」

「いいのか!?」

 パッと嬉しそうに顔を上げたライアン皇太子に、わたくしは「はい」と微笑んだ。


 だって、誰にも飲まれないまま放置って、ワインがかわいそうだわ。


「来年にはリシャーヌ様も飲めますわ。ワインの手配は、サイラスにお願いしてみます」

「お前、サイラスとは何の関係もなかったのではないか?」

「まぁ、それはそれ。これはこれ、ですわ。わたくしとサイラスは、リシャーヌ様の前でお友達となっただけです。お友達のお願いくらい、聞いてくれますわ」

 それに妹姫の件もあるし、ちょっとくらいねだっても罰は当たらないわ。

 さりげなくライアン皇太子に恩を売ったわたくしは、上機嫌で微笑んでいた。

 それに対して、ライアン皇太子は呆れたような顔をしていたが、何も言うことなく馬車を出た。

 ちなみに扉を閉める際、兄がたしなめるような目線を送ってきたが、わたくしはわざと肩をすくめると何も言わず扉を閉めた。


 それから結構な時間が経って、わたくしもうとうとしていた頃、ようやく買い物を終えたアシャン様とレインが戻ってきた。

 ちなみに付いていったセイド様と、会計係りのナリアネスの両名は、両手一杯の荷物を持って戻ってきた。そして、疲れた様子で荷物を馬車に積み込んでいた。。

「楽しかったわ! ねぇ、アシャン様」

「んっ、良かった。これ」

 手荷物として馬車に持ち込んだバックの中から、アシャン様はクッキーの包み紙を取り出した。

「やる」

 突き出されたクッキーの包み紙を、わたくしは両手で受けとった。

「ありがとうございます、アシャン様」


 またガタンと馬車が動き始めた。

 今夜は本来ならライルラド国内に入り、とある子爵家に泊まる予定だったが、アシャン様の乱入と買い物のために宿泊先は変更となった。

「今夜はイズーリ国とライルラド国の国境にある、プレイジ辺境伯のお屋敷ですって」

 買い物中にセイド様から聞いたのだろう。先ほど買ってきたと思われるクッキーを、アシャン様とレインはおいしそうに食べている。まぁ、わたくしもお腹がすいたので、アシャン様から貰ったものを食べた。


 ……そして、レインは酔った。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 プレイジ辺境伯のお屋敷に着いたのは、またしても夕暮れだった。

 レインは部屋に篭り、セイド様は看病に当たっていた。

 プレイジ辺境伯は四十代の渋い方で、奥様は逆にはきはきとした方だった。

 

 そして、わたくしと奥様は意気投合した。

 いわく、世の夫は妻が手綱を持たねばならぬ、という。

 まったくだ。男と言うのは浮き草。あちこち風の吹くまま、ふらふら~と流れていく。そして捨てられるのだ。

 そんなわたくし達の話を、アシャン様は黙って、しかし興味深そうにうなずきながら聞いていた。


 翌日。


 ライルラドの国内に入り、最初の検問所の積荷改めで、再びライアン皇太子が怒鳴った。

「シャナリーゼ! なんだこの絹の山はっ!」

「プレイジ伯爵夫人から頂きました」

 実はプレイジ領は養蚕業が盛んで、作られる絹織物は最高級品なのだとか。

 その話が出たので『ぜひ見てみたい』と、社交辞令として言ったのは事実だ。だが、気分を良くしたプレイジ伯爵夫人は『お土産に』と、わたくしとアシャン様、そしてレインに絹の布地をプレゼントしてくれたのだ。

「たかるんじゃないっ! 関係が悪くなったらどうするっ!」

「それは担当者の責任ですわ。わたくしは『お土産』を頂いただけです。むしろ絹については、お断りするほうが失礼かと思いますわ」

「むっ」

 ようやくライアン皇太子は黙った。


 まったく、リシャーヌ様もこんな勘違い夫をお持ちで、さぞかしお困りでしょうねぇ。はぁっ。



読んでいただきありがとうございます。


次で、ようやくお屋敷に帰宅します!!

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