勘違いなさらないでっ! 【27話 前半】
こんにちは。
もう少し忙しいので、前半だけできた分を投稿します。
楽しみにしてくださっているみなさん、ありがとうございます。
その夜の夕食の席で、男爵夫妻は青いシンプルなドレスを着たアシャン様を見て、どうにか着飾らせようと話かけた。
「お前、何か持っていないのか!」
「もちろん、ありますわ。姫様、どうぞ首元にお飾りを……」
「……」
ぷいっとそっぽを向いたアシャン様を見て、男爵夫妻の顔がさらに焦ったものに変わった。
そして誰も何も言わないので、わたくしは仕方なく仲介に入ることにした。
「その装いはアシャン様がお決めになったのですわ。ですから、どうぞこれ以上は……」
何も言わないで、と言葉を濁す。
「そ、そうですか。では……」
まだ納得がいっていない顔をした男爵が、渋々うなずくと、つられて夫人もうなずいた。
これ以上言えば、アシャン様の機嫌を損ねますよと分かってくれたらしい。分からない人は言ってもごり押ししてくるのだけど、物分りのいいかたで良かった。
そしてそれぞれが席に着く。
もちろん、というか、アシャン様はわたくしの隣。おかげで本来は末席のはずのわたくしが、セイド様より高い席にいる。
そのせいで御自分とレインが末席になったのだが、それを怒るような人ではない。むしろ男爵とライアン皇太子の席から離れたおかげで、会話に参加しなくていいようになったので、レインとゆっくりできると喜んでいるようだ。
逆にわたくしは無口なアシャン様のフォロー、並びにおしゃべりな男爵夫人の相手をさせられることが決定した。
まぁ、この手が離れませんものね。
相変わらずわたくしの腕を握るアシャン様を見て、こっそりとため息をついた。
少し遅めの食事が、ゆっくりと始まった。
もう、こういう時は、お疲れでしょうからと少しペースアップしてくれていいのに……。
温かな前菜を口にしたわたくしは、チラッと上機嫌な男爵を盗み見た。
すでに饒舌にライアン皇太子に話しかけている男爵は、飲んだのは食前酒だけだというのに頬が赤い。かなり興奮しているようだ。
確かに一国の皇太子と食卓を囲むなんて、大変名誉なことだ。しかもイズーリ王室からの依頼、とあらばなおさらだ。
ただ、わたくし達のことはライアン皇太子と、その従者くらいにしか知らされていないようだ。アシャン様のことは詮索することは諦めたらしく、そこは賢い選択だと思う。
夫人の話もライルラド国内の話を聞いたり、イズーリの感想を求めたりと当たり障りのないものだった。
「王城で花火が上がったと伺いました。突然催されたそうですが、きっと皇太子様方のために上げられたのですね。わたくしも見とうございましたわ」
「そうですね。見事な花火でしたわ」
良かった。サイラスの嫁候補とは知らないらしい。
男爵夫人の言葉を受け、男爵は少し踏み込んだ話をしてきた。
「サイラス様がお怪我をなさったと聞いておりましたが、もう容態は良いのですか?」
「えぇ、元気ですよ」
ライアン皇太子の笑顔を見て、男爵夫妻はホッとしたように「よかった」と笑った。
「いろいろ憶測がとんでおりましたので、末端貴族ながら心配をしていたのです」
なぁ、と男爵は男爵夫人を見た。夫人も深くうなずく。
「どういった憶測が?」
ライアン皇太子も興味を持ったらしい。
男爵夫人はアシャン様に気を使うような視線を向けたが、とうのアシャン様はゆっくりとスープを飲んで、まったく気にしていなかった。
「……なんでも部下に罠にはめられたという、物騒な噂もありましたわ。単なるかすり傷ではあるものの、毒矢であったとかいうお話もありました。ご容態も重体で動けないというものから、実は影武者だったとか、とにかくいろいろありましたわ」
言い終わってから、また男爵夫人はアシャン様を気にしたが、やっぱりアシャン様は見向きもせず、スープを飲んでいた。
ダメですよ、アシャン様。お兄様のことですから、少しは気にしましょう。
しかし、罠に毒矢。重体は本当だったものの、影武者って一体……。
サイラスが二人いるなんて、絶対嫌だわぁ。
それを聞いて、ライアン皇太子は軽く笑った。
「大丈夫ですよ。少し療養しただけです」
「そうですか。もし部下にはめられたのが本当だったら、どうしようかと思っておりました。まぁ、そのような奴らがいたとしたら、今頃牢屋の中でしょうが」
「お優しい王妃様でも、さすがに許さずそうされますわ!」
男爵夫人の言葉に、わたくしは噴き出そうとしたスープをごくっと飲み干した。
『お優しい王妃様』!
あぁ、巨大な猫かぶりは国内中に浸透しているらしい。
いえ、むしろ王城内だけは知っていて、それをみんなで必死に隠しているのかもしれない。情報操作の国ですもの、それくらいやるわよね。
男爵夫妻の話から、イズーリ王室はかなり支持率が高く、人気があると言うことが分かった。
アシャン様がいたからおだてた、というわけでもないようで、ライアン皇太子も男爵と気さくに話を続けていた。
気のいい男爵夫妻だわ、と好感を持っていたわたくし。
だが、この後、わたくしは人生最大の勘違いをされた。
話が弾んだせいもあり、夕食はかなり遅く終わった。
明日も移動が続くので、早々に用意された部屋に戻った。
ちなみにアシャン様は、わたくしと一緒を希望されたが、夜くらいぐっすり眠りたいと丁寧にお断りした。
「こちらでございます」
執事に案内された部屋を見て、わたくしは頬が引きつった。
部屋はアシャン様達と変わらないものだったが、一つだけ違うものがあった。
寝室の扉とは別に、もう一つの扉があったのだ。
入り口に立ったままのわたくしは、震える拳を握り締めた。
「……あの扉は何かしら」
声が怒りで若干震える。怒鳴らなかったのを褒めて欲しい。
執事は言いにくそうに答えた。
「はい。……お隣のお部屋と繋がる扉でございます」
えぇ、わかっておりましたともっ!!
「確認するけど。……あの扉の向こうのお部屋はライアン皇太子殿下、ですわね」
「は、はい」
小さく答えた執事を、わたくしは怒りの形相で振り向いた。
「勘違いなさらないでっ! わたくしただの同行者ですわっ! 我が国の皇太子が、愛人を連れて見舞いにいくとでも!? 不愉快だわっ!!」
そう言ってわたくしは、誰も寄せ付けないような怒りのオーラを撒き散らせながら、ズンズンと足並み荒くその場を立ち去った。
一瞬呆けた執事は、わたくしの後を急いで追いかけてきて必死に声をかけてきた。
だが、怒り心頭のわたくしは無視を決め、ナリアネスが警備に立つアシャン様の部屋に向かった。そしてわたくしの不穏な雰囲気を見て、目を丸くしたナリアネスを無言で押しのけ、ノックもそこそこに扉を開けた。
アシャン様は長椅子に座っていたが、わたくしを見るとスッと立ち上がった。
「アシャン様! ご一緒に寝ましょう!!」
「こい」
両手を広げたアシャン様の手をとり、わたくし達は寝室へと消えた。
「あ、そうだわ」
再び寝室を出て、部屋の扉の前に立つナリアネスに声をかける。
「誰も取り次がないで。寝るわ」
「かしこまりました。あと執事がひどくうろたえて、旦那様、と言いながら走って行きましたが、何か?」
「不快なことよ。言いたくないわ」
「失礼致しました」
ナリアネスはそれ以上聞かなかった。さすがよ、熊。
寝室に戻ると、すでに柔らかな寝台の中に包まったアシャン様が、上機嫌な様子で笑っていた。
「ふふっ」
すっぽり頭まで毛布を被り、小さく笑っているその横にわたくしも入る。
さっきのあの場での言葉は、怒りに我を忘れかけそうになったものの、我ながらいい台詞だったわ。
ライアン皇太子をバカにしたのかと言えば、さすがに男爵夫妻も自分達の勘違いを認めるだろう。これがわたくしが違うと言っていたら、まぁ、そのように恥ずかしがらなくても、とまた別な勘違いを併発させる危険があったはずだ。そして社交界の噂にちらりと上ったら……。
怖いのはサイラスじゃない。
王妃様だっ!!
何をされるかわかったものじゃない。拉致監禁くらいはやりそうだわ。
しかし、とわたくしは怒りに身を震わせる。
わたくしがあのライアン皇太子の愛人だなんて、死んでもお断りですわっ!!
えぇえぇ、あの頼りなさに欠けて、無自覚、いえ、自分をコントロールできずに女性をひきつけている男の愛人になるくらいなら、それこそサイラスの嫁になったほうがマシですわっ!
ギリギリと歯をかみ締めて唸って、ハッと気がついた。
サァッと血の気が引き、わなわなと全身に震えが走る。
いくら怒っていたとはいえ、サイラスの嫁に……だなんて。
「いやぁああああああ! わたくし変ですわぁああああ!!」
突然絶叫したわたくしに、アシャン様はむくりと起き上がって眠そうに言った。
「シャナリーゼ、変」
「いやぁあああああああ!」
寝台の中で暴れるわたくしに背を向け、アシャン様は眠りについた。
そしてわたくしは、もうしばらく暴れ続けた……。
(27話後編へ)
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読んでいただきありがとうございます。
夫婦と、妻が妊娠中の男と一緒に未婚の女性がいたら、勘ぐる人もいるかな的な話でした。シャナリーゼの中で、セイドよりライアン皇太子はダメダメです。




