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勘違いなさらないでっ! 【24話】

こんにちは。

「毛皮(意外に柔らかいのよ)」

「まぁ、本当に純白の毛並みですわね。ミルク様はクルミ様より少し毛が長いんですね」

「硬めの肉(少し硬いけど抱き心地がいいの)」

「まぁ、ミルク様もクルミ様も引き締まったお体ですわね。尻尾がかわいらしいですわ」

「豚になる(良く食べるの)」

「お元気で何よりですわ」



「すごいわ、あの子!アシャンと会話してるっ」

 目を見開いて、食い入るように王妃様は離れた位置でヤギ2匹と戯れるレインとアシャン姫を見ていた。

「アシャンはちょっと恥ずかしがり屋で言葉が少ないから、結構誤解されるのよ。本人は必死で言葉を探しているんだけど、なかなか美味く出てこなくって」

 ここでなぜかレインが「まぁ、姫様!」と笑い出した。

 気のせいかアシャン姫もわずかに照れているように見える。

「すごい、すごいわっ!」

 王妃様が今にも立ち上がらんばかりにテーブルに両手を付いて身を乗り出した。

「……レイン夫人も少し恥かしがり屋ですが、とても優しい方ですの。姫様もそれを感じ取られたのかもしれません」

「まぁ、そうなの」

 ジィッと王妃様はレインを観察するように見ていたが、すぐに「あっ」と気をわたくしに戻した。

 ……いえいえ、王妃様。そのままお気のすむまで観察されてて結構ですわよ?

「ちょっと手を見せてもらえる?」

「はい」

 きちんと手入れされ、薄いピンクのネイルを施された右手をテーブルの上に差し出す。

 王妃様はわたくしの手の上に自分の手を重ねた。

 重ねられた王妃様の手を温かく、柔らかいものだった。

「……やっぱりね」

 呟くと手を離して、後ろに控える侍女に指示を出す。

「4番茶にして。あぁ、シャーリーちゃんはシナモン大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、スティックで」

 一通り指示を出して、王妃様はわたくしの手を指差した。

「冷えてるわね。冷えは女の大敵よ。長旅の疲れから一時的にそうなる人もいるけど、慢性化させないためには普段の生活で気をつけるのが1番よ」

「王妃様はお茶に大変お詳しいとお伺いしました」

 少し王妃様は笑みを深めた。

「ミティアちゃんに会ったんですってね」

「はい。短い時間でしたが、大変光栄でした」

 そこへ細いシナモンスティックが添えられたお茶が運ばれてきた。

 シナモンは薬湯の中にも使われるが、原産地が異国であるのでスティックというのは数が少なく高価なものだ。わたくしも普段は粉末を愛用している。

「美味しいですわ」

 粉末と違い香りが濃く、口当たりも気にならない。

「そんなに飲んでいいの? シャーリーちゃん。わたくしの配合したお茶よ?」

 意地悪そうに微笑む王妃様に、わたくしも微笑む。

「まぁ、王妃様。わたくし精神面では相当鍛えられてますの。ちょっとやそっとでは体調を崩したり致しませんわ。それに今わたくしが悩んでいることもございませんし、むしろ明日帰国できるということでホッとしております」

「あらあら、そんなこと言っていると、今夜にでもサイラスの状態が急変するかもしなくってよ?」

「そうなりましたら、王妃様がおっしゃっていた『再会の義母、息子に迫る嫉妬の嵐』というお話ができなくなりますわね」

 もしかしたらタイトルはちょっと違ったかもしれないが、だいたいはあっているだろうと口にすると、王妃様はちょっと目を丸くして驚いていた。

「……王妃様。薬湯には血行を促進するものはございましても、月のモノをとめるものなど毒だと思います。王妃様はミティア様と大変仲がよいと聞きました。そして大変お優しい方だとも伺っております。そんな方が皇太子妃候補の方に、そんな毒をお渡しになるでしょうか。現に今もミティア様は王妃様が配合してくださったお茶を愛飲されております。もしわたくしでしたら、とても口にできないと思います」

 少しばかり失礼なことを混じえて言い、じっと王妃様を見つめる。

 一瞬無表情になったものの、王妃様は身をよじって笑い出した。

「ほほほっ! 脅しも効かないなんてっ」

「……推測ですが、あのお話はマディウス皇太子殿下とミティア様の仲を取り持つ為かと思います。ですがお2人の評判も、何より王妃様のイメージにも大変な傷がついたと思います」

「そうねぇ、結構言われたわね。でもおかげであの2人の結婚に文句など言えなくなり、国民にはある意味美談として流れたのよ。わたくしも怖い王妃だとか言われたけど、それはそれでいいように使わせてもらっているわ」

 ふふっといっそ高慢ともとれるような笑みを浮かべ、肘掛に肘をつくとゆっくりと口を開いた。

「納得いかない顔ね、シャーリーちゃん」

 わたくしは黙っていた。

 ガラッと雰囲気の変わった王妃様に驚いたが、きっとこれが本来の王妃様なのだろう。

 目をそらさずにいるわたくしを見て、王妃様は傾いたままの体制で微笑んだ。

「簡単に言うとね、わたくしは国の為にミティアちゃんを選んだだけなのよ。第1候補の御令嬢も良かったのだけど、マディウスが王となって足りないものを持っていなかった。持っていたのがミティアちゃん。ただそれだけよ。なのにみんな跡継ぎがどうとか、健康面がどうとかって聞かないの。だからいっそ強硬手段にでたらどうかなって試したの。結果はマディウスも含め上出来だったわ」

「……お試しになられたのですか」

「最終確認よ。跡継ぎ問題もわたくしには息子が2人いますからね、素質があれば彼らに、もっと言えばどちらかの子どもを養子にしてマディウスの子とすればいいのだし、とにかく大事なのはこの国をしっかり治められるかということだけ。まぁ、こんな話はシャーリーちゃんにしても仕方のないことだけど」

 わたくしの反応を観察するかのように、王妃様の目はおもしろそうに細められた。

 だけど、わたくしは平然と座ってそんな王妃様をひたすら見ていた。

「……何か言わないの?」

 先に折れたのは王妃様。

「何か、と言われましても他国の者がでしゃばることなどございません」

「生まれてもいない孫の養子縁組まで考えているのよ?」

「だとしても、王妃様はイズーリ国の為にお考えなのですから、それをとやかく言う資格はございません。きちんと治めていただかなくては、その国に住む全ての者が困りますので」

 そう。王妃様は女性や母としてではなく、この国の王妃として役割を選んでいるのだ。

 きちんと治める技量を持つ時代の王を育て、足りないものを伴侶や周囲の人選で補おうとしている。

 わたくしがそう答えてしばらくすると、王妃様はそれはそれはつまらなそうに「はぁっ」と大きくため息をついて体を起こした。

「もっと激情型かと思ったのに、意外とそっけないのね」

「そう言われましても、王妃様がおっしゃいましたように、わたくしがとやかく言うことではございませんので」

「まぁっ、揚げ足をとるのだけは上手ね」

 おおげさに驚いて見せた王妃様は、少し冷めたお茶を口にした。

「早い話がマディウスの精神面の安らぎが欲しかったのよ。その役割がミティアちゃん。彼女もそのことを理解してくれているわ。もちろん彼女の欠点は、わたくしがゆっくりと改善させているのだけど」

「今は大事な時期だと思われます。どうかお手柔らかにお願い致しますわ」

 わたくしもお茶に口をつけると、王妃様が驚いたように目を丸くした。

「あらまぁっ! ミティアちゃんには肩入れするのね。でも現状サイラスとの《・・》子どもが養子縁組される可能性は消えてないのよ?」

「……サイラス様の《・》子どもの養子縁組はわたくしには関係ありませんので」

「まぁまぁっ! 相変わらずつれないのねぇ。もう1度は拇印押したんだし、諦めておいでなさいな」

 コロコロと笑う王妃様に、わたくしは眉を寄せた。

「王妃様の御眼鏡にわたくしがかなったとは思いませんわ。わたくしは自分の為に家族や家名を醜聞に晒した女です」

「そぉねぇ、いいんじゃないかしら? 自分に素直で行動力が合って、言うだけでメソメソ他人を当てに泣いている人よりいいと思うけど?」

「……わたくしも最初は救世主を待つだけで、毎日泣いて自分を嘆いているだけの者でしたわ」

 あまり思い出したくない過去がチラッと脳裏に浮かんできた。

「そりゃあね、最初からできたらすごいけど、でも結局は自分でやり遂げて成功させたのでしょう? と、いうこうことはそのメソメソ泣いていた時間があってこそ、今のシャーリーちゃんができたということね。良かったじゃない」

「神様はいないという現実が良く分かりました」

「あら、神様はいるわよ? 成し遂げる力のある子には勇気と知恵を下さるわ。ただそれを実行する覚悟がないとダメだけど、シャーリーちゃんは立派に成し遂げたじゃない」

 思わず無言で目線を合わせたわたくしに、王妃様は少しだけ首を傾げて「ね?」と同意を求めてきた。

「……わかりかねますわ」

 誤魔化すように冷めたお茶を飲み始めたわたくしに、王妃様はコロコロ笑って言った。

「素直じゃないわねぇ。ねぇ、アシャンもそう思うでしょ?」

「え?」

 驚いたわたくしは、その時ようやくすぐ後ろにアシャン姫が立っていることに気がついた。

 いつの間に近づかれたのかわからなかったが、レインはヤギ達の側からじっと心配げにこっちを見ていた。

「…………」

 黙って立っているアシャン姫は、ジッとまた観察するかのようにわたくしを見ていた。


 正直ちょっと怖いですわ。

 敵意を持って睨まれることには慣れていますが、こう近くで観察されるなんて初めてですわ。サイラスですら最初会った時には、おもしろそうにしていたというのに。


「姫様?」

 遠慮がちに問いかける。

「……知りたい」

「え?」

 それは小さなつぶやきのような声だった。

 でも王妃様にはわかったようで、なぜか嬉しそうに手を叩いた。

「まぁっ! ではアシャンと呼んでもらいましょうか。シャーリーちゃん、呼んであげて!」

 ウキウキと嬉しそうな王妃様の様子が気になりながらも、わたくしはアシャン姫を怯えさせないように最上級の笑み”天使”を使ってみた。

「アシャン様」

「!」

 こちらでご一緒にお茶を、と続けるつもりだったのだが、思いもよらぬことが起きる。


 突然アシャン姫の目が見開かれ、唇をかみ締めた顔が真っ赤になったかと思ったら、猛然と走り去ってしまった。

「アシャン姫様!?」

「姫様!?」

 あちこちでメイド達が声を上げたが、アシャン姫はあっという間にいなくなってしまった。

 重いドレスもなんのその。華奢なアシャン姫はかなりの俊足だった。

 呆然とするわたくしとレインを尻目に、王妃様は「ほほほっ!」と扇で口元を覆って上機嫌に笑い出した。

「今の笑顔はあの時の顔ね。アシャンに気を使ってくれたのかしら? でも残念ながら逆効果だったようね、ほほほっ!」

 また思い出したかのように王妃様は笑い出した。

「この笑顔で逃げられたは初めてですわ」

 真顔に戻ったわたくしに、王妃様はなだめるように扇を振った。

「まぁまぁ、そう言わないで。あの子はその笑顔に照れただけよ。今頃部屋に飛び込んで大騒ぎしてるかもしれなくてよ?」

 それもまた想像できたのか、王妃様はしばらく笑い続けた。

 王妃様が笑っている間に、侍女がお茶を温かいものと交換した。

「あぁそうそう。さっきのお話だけど、すべてあなた胸にしまっておきなさい。もし周りに言ってもやれ王妃派だとか皇太子妃派だとか、わけのわからない派閥に巻き込まれてしまうだけだから。まぁ、でも巻き込まれたシャーリーちゃんを使って、この際そういった派閥を壊滅させるのもいいかもしれないわねぇ」

 あながち嘘ではないだろう物騒なことを言う王妃様は、すでにそのプランが出来上がっているのか楽しそうに微笑んでいた。

 ふと顔を上げると手招きをする。

「レイン夫人、あなたもこっちにいらっしゃいな」

「は、はい!」

 緊張し少し上ずった声を出しつつ、レインは身だしなみを整えておずおずと歩いてきた。

 メイドから温かいタオルを差し出され、手を拭いてわたくしの横に座る。

「レイン夫人もシナモンは平気かしら?」

「はい、大丈夫です」

「では同じものを。冷えは女性にとって大敵ですものね」

 すぐに同じものが用意され、王妃様に促されるままレインは緊張したまま一口飲んだ。

「美味しいです」

 ホッとしたようなレインの顔を見て、王妃様は満足そうにうなずいた。

「あなたは新婚だと聞いたわ。シャーリーちゃんにちゃんと惚気話聞かせてくれているかしら?」

「え!?」

 一瞬驚いたものの、レインは顔を赤くして目を泳がせていた。

「惚気話どころか、目の前で見せつけられておりますわ」

 わざと嫌みのように言うと、レインが泣きそうな目で見てきた。

「あらあら、そうなの。それでシャーリーちゃんはいいなぁ、とか思わないの?」

「思いません」

 真顔でキッパリと断言すると、王妃様はレインに告げ口するかのように言った。

「聞いてちょうだい。シャーリーちゃんったらこっちがおいでって言ってるのに、いまだに首を縦に振らないの。うちの息子のどこがいけないかも教えてくれないのよ?」

「さ、サイラス様は良く出来たお方だと思いますわ」

「じゃあ、セイド様と別れてあなたが結婚しなさいな」

「嫌よ!」

 横から口を出したら、即答で返された。

 ちなみにレインは即答した後、ハッと我に返って失言に気づいたらしく、口元に手を当ててオロオロしだした。

 そんなレインを見て王妃様はニコニコしたままだった。

「レイン夫人じゃダメよ。シャーリーちゃんじゃなくちゃ」

「ですって、シャーリー」

 ここぞとばかりに復活したレインをチラッと見てから、もう何度目かの言葉を王妃様に告げた。

「サイラス様が悪いわけじゃありませんわ。わたくしは結婚したくない、ただそれだけなのです」

「あらまぁ、それじゃあもっと周りに頑張って惚気てもらわないとね。頑固なあなたの価値観を変えるような幸せな惚気話を送りつけちゃうから」

 ふふふっと笑っているが、多分本気で送りつけてきそうだわ。

 まさか当事者そのものを寄越すなんてことはないでしょうけど、本とか詩集とかだったらさっさと本棚にしまっておこう。捨てるのは後で何かあるといけないからしないわ。

「楽しみですわ」

 とりあえずその挑発には乗ることにした。

「うふふっ、待っててね」

 挑発を買われた王妃様の目が、なぜかキラッと輝いたように見えた。


 ……気のせいでありたい。


 その後前哨戦(ぜんしょうせん)だとばかりに、レインから惚気話を聞きだし花を咲かせた王妃様だったが、わたくしにはいつものことであり、ただ慌てふためくレインを観賞するだけだった。

 そんなわたくしの様子に時折り不満そうな王妃様の顔が見えたので、ちょっとだけ優越感を味わったというのは内緒。

 冷え性どころか火傷しそうなくらい顔が赤くなって、自分の惚気話で自爆してしまったレインが燃え尽きそうな頃、ようやく男性陣が迎えにきた。

 ライアン皇太子とセイド様は、予定になかった王妃様の姿を見て驚いていた。

 特にセイド様は王妃様の前で顔を真っ赤にして弱りきった妻の姿を見て、更に驚いて挨拶もなしに駆け寄ってきた。

「レイン!?」

「セイド様……」

 一瞬2人の世界に入りかけたが、やはりセイド様の頭には王妃様の姿があったようだ。

 王妃様に向き直り、腰をおる。

「失礼致しました」

「いいえ、いいのよ。お話に聞くとおり仲睦まじいのね」

 では、と立ち上がった王妃様はわたくし達を一通り見渡す。

「お開きとしましょう。皆さん、良い夜を」

 王妃様が歩き出すと、ヤギ達と侍女が後に続いた。

「アシャンはどうした?」

 それはわたくしに言われた言葉だった。

「アシャン姫は途中でご退席なさいました。何でも恥ずかしがりやだと王妃様がおっしゃっていましたが」

 本当は「わたくしの笑顔に恥ずかしがられて、お部屋に戻られました」が正しいが、とてもそうは言えない。

 嘘は通じないだろうが、わたくしの言ったことは掻い摘んだとはいえ事実。もし笑顔を見せて逃げられたと言えば、その笑顔を見せろと言われかねない。

「そうか」

 だがマディウス皇太子は何か思ったようだったが、それ以上は聞いてこなかった。

「そういえば見舞いの時間ではないのか?」

「まぁ、そうですわね。すぐに参ります」

 さっさと立ち去る理由ができたわ、とわたくしは頭を下げた。

「わたしも行く。一緒に行こう。セイド、お前は夫人と先に戻っていろ」

 ライアン皇太子はぐったり疲れきったレインを哀れそうに見て、最後にマディウス皇太子に軽く頭を下げた。

「大変有意義な時間でした。またぜひお話を伺いたいと思います」

「ぜひ、また」

 お互い握手をして、ようやく晩餐が終了した。


。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


「ははははっ! 大変だったな」

 途中で王妃様がやってきた話をすると、全てを聞かなくてもいろいろあったのだろうと察したサイラスは笑い出した。

「ライアンはどうだった? 兄上は穏やかそうに見えて厳しいからな」

「確かに言われた。だが考えさせられる話だったし、俺としては逆にすっきりしたな。話せて良かった」

「そう言ってもらえると嬉しいが」

「次兄のアドニス殿は当分戻らないそうだな」

「あの人は年中飛び回っているからな。外交の仕事が性に合っているらしい」

 今回唯一見なかったサイラスのすぐ上の兄のことは全然気にならなかったが、どうやら避けられていたのではなくいなかったようだ。

「エージュはどうした?」

「書類の差し戻しに行かせている」

 夜の傷の張替えが行われたのだろう。サイラスの右顔を覆っていたガーゼの大きさが半分になっている。右手のギブスも簡易的なものになっており、少しは動きやすそうに見える。

 仕事をする時は基本メイドも下げさせるので、今は3人だけだ。

「傷は良くなっているようだが、骨折は時間がかかる。あまり無理はするなよ」

 寝台の上にまで仕事を持ってきているサイラスに、ライアン皇太子は呆れたようにため息をついた。

「丁度遠征派遣が終わったからな。アドニス兄上もそれに合わせて相手国へ入っている。こっちが書類を滞らせてしまったら申し訳ないだろう」

「お前は報告を受け、更に上の陛下や軍関係者に報告する義務があるからな」

「おかしなことがあると大変だからな。俺は後始末をしたくないだけだ」

「俺だったらリシャーヌに介護してもらって、のんびりするんだがなぁ」

 確かにリシャーヌ様だったら、側にいてライアン皇太子の面倒を一日中でも見てくれるだろう。

 わたくしは無理だわ。きっとやりたいことが頭にちらついてしまうし、退屈すぎて寝てしまうかもしれないわ。

「でもあまりのんびりし過ぎてお仕事がたまりましたら、強制的にリシャーヌ様と引き離されて、きっとお仕事が終わるまでリシャーヌ様とお茶すらできなくなりますわよ」

 いつものんびりしている侍従達だが、セイド様を筆頭に実は仕事に厳しいことは知っている。

 自分達も愛しい家族や恋人に会いたいが為に、きっと監禁しても仕事をさせるだろう。

「それは嫌だなぁ」

 笑っているライアン皇太子だったが、そういえばお仕事溜まっていないのかしら。

 レインによるとセイド様は明日の帰国をガッツポーズで喜んでいたそうだし、ライアン皇太子もこれ幸いといろんな会談に出席されていたようだし。

「お前仕事大丈夫か?」

「大丈夫だ、きっと!」

 その『きっと!』は自分に言い聞かせたようにしか聞こえなかった。

 しょうがない奴だ、とサイラスは諦めたように見ていたが、ライアン皇太子はのんきに笑ってリシャーヌ様へのお土産を今日も買ってきたと話していた。


 ……笑っていられるのも今のうちですわよ。


 そこへトントンとノックの音が響いた。

「どうした」

 サイラスが返答すると、扉の護衛に立っている騎士の1人が入ってきた。

「失礼致します。皇太子殿下がライルラド皇太子殿下をお呼びとのことです」

「わたしを?」

 ライアン皇太子は首をかしげたが、サイラスと目を合わせてうなずくと口を開いた。

「わかった。すぐ行こう。ではサイラス、また」

「あぁ」

 ライアン皇太子が出て行って、ふとサイラスと目が合った。

「なぁに?」

 胸の前で腕を組んで顎をそらすと、サイラスはニッと口角を上げた。

「いや、こうして毎日会うのも今日で最後かと思ってな」

「わたくしはやっと家族と会えますわ」

「かわいくない奴だな。こういう時は『そうですわね』というのが普通だろう」

「思ってもいないことを言えませんわ」

 ツンッと顔を背けるも、サイラスは口元を押さえて笑っていた。


 ……居心地が悪いですわ。


「わたくし部屋に戻ります。どうぞ良い夢を。おやすみなさいませっ!」

「そんなツンツンしていると、まるで気取った猫みたいだぞ」

「失礼ですわねっ! 気取っていませんわっ」

「ほら、毛を逆立てた猫」

 キッと睨みつけたわたくしは、寝台側にあるサイドテーブルの上に乗せられたプリーモのチョコレートの箱を見つけた。

 ツカツカと歩み寄り、サッとその箱を手に取った。

 予想に反して重みがあり、まだだいぶ中は入っているようだ。

「猫ネコうるさいですわっ! このチョコレートは没収しますわ!」

 どうだ、とばかりに残念がる顔を想像したのだが、サイラスはあっけらかんとして言った。

「いいぞ。持っていけ」

「え? プリーモのチョコレートですわよ?」

「いいぞ」


 ……わたくしはおもわずサイラスの額に手を当てた。


 熱はない。


 続いて髪を掴み引っ張ってみた。

「あたっ!?」

「あ、地毛」

「あったりまえだっ!」

 別人ではなさそうだ。

 しかしわたくしは納得がいかず、そのままサイラスをじっと観察してみた。

「……どうした」

「いえ、あなたが本物か疑っているのですわ」

「はっ!?」

 目を丸くしたサイラスに、わたくしはチョコレートの箱を差し出した。

「あなたがあっさりこれを譲るなんて信じられませんの」

「あぁ、なるほど」

 フンッとサイラスは鼻で笑うと、左手でチョコレートの箱を指差した。

「それはとある御令嬢からの手土産だ。何が入っているかわからんから捨てたいが、さすがにチョコレートだからな。どうしようかと悩んでいたところ、お前が引き取ってくれるというからやっただけだ」

「お返しします」

 速攻で納得できたので、ズイッと押し付けたところそのまま押し返された。

「いらん。もらってくれ」

「ノーですわ!」

「大丈夫だ。お前ならっ!」

「怪しいものを食べる趣味はありませんわっ!」

「お前、俺にチョコレートを捨てろというのか!?」

「お捨てなさいっ!」

「ひどいな、お前っ!」

「どっちがですのっ!」

 グイグイと押し付けあっていたら、いい加減箱の形が崩れてきた。

「……ふんっ、いいですわ」

 急にパッと箱を取り上げる。

「わたくしが処理します。文句は一切受け付けませんわ」

「……母上にやるのはやめとけよ」

「そんな恐ろしいことしませんわっ!」

 そんなことをした日には『鬼嫁! 義母の毒殺を計る!』なんて人形劇ができそうだ。

「とにかく失礼しますわね。おやすみなさい」

「あぁ。おやすみ」

 まったく、とため息をつきながら扉のノブに手をかけた。


 ……あら?


「どうした?」

 まごまごして出て行かないわたくしを不思議そうに見ている。

「扉が開きませんの」

 ノブが回らない。

「そんなはずはないが。おいっ!」

 サイラスが扉の前にいるだろう護衛騎士を呼ぶが、何の返事もない。

 続いて呼び鈴を鳴らすがメイドも来ない。


「……まさか」

 ピンと来たわたしはジッと扉を睨んだ。

 ライアン皇太子を呼びにきたのも今になって思えば不自然だ。エージュもまだ戻らない。

「エージュはまだなの?」

「そういえば遅い。……まさか」

 サイラスも気がついたようだ。


 計りましたわねっ! 王妃様!!


「……兄上の時も2人して一室に閉じ込められたと聞いたことがある」

「ふふふっ、同じ手が使えると思ったら大間違いですわ」

 わたくしは扉から離れると、サイラスに近づきながら部屋を見渡した。

「編み棒のような細い棒はないんですの? できたら2本か3本」

「編み棒はないが、何する気だ?」

 わたくしは腰に手をあてた。

「鍵を開けます」

「は?」

「こう見えても鍵開けの練習をしたことがあるのです。万が一の為に!」

 護身術も習い始めたとはいえ、子どもであるわたくしが部屋に閉じ込められたら、とお兄様が鍵師を呼んでくれたのだ。今思うとお兄様の想定はなかなかすごい。

「お前、本気で壮絶な過去があるんだなぁ」

 しみじみと言われると、なんだか恥ずかしくなった。

「子どものわたくしにはあらゆる危険性を想定し、対策を練るしか方法がなかっただけですわ」

「そうか。お前のバイタリティの強さはそこか」

「ごちゃごちゃ言ってないで、それらしいものはありませんのっ!?」

「あるにはあるが、うちの城の開錠は難しいぞ」

「やるしかありませんのよっ!」

 このまま王妃様の策略にはまってしまうのだけは嫌ですわ。

 最後まであがいて見せますわっ!

「俺もやろう。扉は二重ロックだ」

「ではわたくしは上をしますわ」

 車椅子を手繰り寄せたサイラスを考え、立ってできる私が上がいいと判断した。

「まさか自室の鍵破りをすることになるとはなぁ」

 何がおもしろいのか、車椅子で移動しながら笑っている。

「さぁ、始めるぞ」

 渡された針金と細い棒を手に、わたくしとサイラスは扉の前についた。


 おそらくいるだろう護衛騎士の方々。

 今からガチャガチャ怪しい音がしますが、どうか勘違いなさらないでね。


 あの怪しいチョコレートは、必ずあなた方に叩きつけてさしあげますわっ!


読んでいただきありがとうございます。


実はこの場をかりてお礼を申し上げたいのです。

昨年なろうコンイラスト部門において、こちらの「勘違いなさらないでっ!」を描いていただいた方がいらっしゃいます。

遅れながらありがとうございました!

飛び交うチョコレートがおいしそうでした!!

どうかこれからもよろしくお願い致します。

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