お礼小話5-(2) ~エージュの退屈しない日々【後編】~
旧年は大変お世話になりました。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
*1/6付けにて後編1~3話を【後編】として一本化しました。
今年の新緑の季節。
ライルラド国に再びサイラス様は出かけた。
今回はセイドリック様の御結婚式に、一般客として出席なさるためだった。
……まさかその場に、あのシャナリーゼ様がいらっしゃるとは露にも思わず……。
セイドリック様のご友人として、今回はハートミル侯爵邸に滞在していたのだが、帰宅したサイラス様は微笑を浮かべていた。
正直怖かった。
なんというか、黒い笑みとはこういうことだろうか。何を企んでいるのだろう。
知っている者が見ればそんな笑みも、うわべだけ見ている者からすれば極上の笑みらしい。
まったく理解できない!!
そこでわたしはサイラス様から絹のハンカチを見せられた。
コスモスだろうか。花が刺繍させており、上質なものだった。
「シャナリーゼのものだ。とうとう会ったぞ」
「それは良かったですね」
会う、というのは顔を見せ、お互いに挨拶を交わすものだと思っていたが、まさかこの時は後方から盗み見ていただけという事実に驚かされるのは10日後のことだった。
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やらかした。
またしてもうちのサイラス様は、黒い微笑で帰ってきた。
ちなみにセイドリック様達は新婚旅行で不在だ。だがサイラス様もわたしも3度イズーリ国に帰り、そのたびに仕事を持ってハートミル侯爵邸に滞在していた。
滞在を許可したハートミル侯爵には、本当にご苦労をかけている。主に精神的に。
確かに息子の友人だがイズーリの第3王子。しかも軍所属。ライルラド王室にも個人的に縁が深い方を、そう何度も泊めるにはだいぶ考えただろう。
「今日初めてあいつと話したが、明日までにこのくらいのバック一杯の宝石を用意したらいいと言ってきたぞ」
笑いながら手で大きさを示す。
「明日、ですか。まぁ、どうにかなりますが。というか、初めてとはどういうことです?結婚式の時にお会いしたのではなかったのですか?」
「ちょっと見かけただけだ。それより、持っていったところであいつは承諾しないだろう。どう出るかな」
ニヤニヤと笑うサイラス様を見て、こっそりため息をついたのは内緒だ。
そして翌日、大笑いをしながら持って行ったはずの宝石を持って帰ってきた。
「振られておかしくなりましたか」
「あいつ足が速いぞ!」
……もう何も聞くまい。
「それよりライアス様とのお約束の時間です。すぐに発ちますよ」
思い出しては1人笑っているサイラス様を見て、再びこっそりため息をついた。
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ライルラドの王城に滞在して2日後、時間が出来たのでもう1度シャナリーゼ様に会いたいと言われたので、渋々諜報部員からの情報を報告した。
それにより、見事孤児院から慰問の帰りの馬車を見つけたのだが、なぜか途中で本屋に立ち寄られた。
シャナリーゼ様のお召し物が少し汚れており、そういえば慰問とはいえ畑を手伝うこともあると報告にあったなと思い出していると、シャナリーゼ様は周りを気にすることもなく入店された。
「ちょっと行ってくる」
すぐさま追いかけようとしたが、待機を命じられて馬車で待った。
しばらくすると、全身怒りのオーラに包まれたシャナリーゼ様が出てこられ、そのまま馬車に乗り走り去った。
これは何かしたに違いない。
やがて戻ってきたサイラス様は、手に包まれた本の束を抱えていた。
行先を言う前に動き出した馬車に、おや?と思っていると、サイラス様は大事そうに本の束を膝の上に置いた。
「これを届けにジロンド伯爵邸に行く」
時間を稼ぐように、ゆっくりと着いたジロンド伯爵邸はそこそこの広さを持つ白い邸宅だった。場所も王都の一等地で、伯爵といえどそれなりの財力と権力は持っているのだとわかった。
「行ってくる」
またしても待機を命じられ、心配して待っているとようやくサイラス様が戻ってきた。
「何ですか、それ」
持ってかえって来たのは伝票のようだ。
「本屋へ行ってくれ」
再び本屋へ戻り、伝票にある本がなんなのかを調べたようだ。
やや首を傾げながら戻ってきたサイラス様だったが、なぜかシャナリーゼ様の妹君のことを調べるよう言ってきた。
……まさか2年越しの執着を止め、妹君に乗り換えるのだろうか。
すぐに集まった妹君の情報は、確かに会って見たいと思わせるものだった。
あのジロンド家にあって母君似の目をした、儚い妖精姫と言われるティナリア様。長い金髪に翡翠色の目、そして背も低く華奢であるという。
次の日、今日は国境警備についての会議が夕方からあり、もちろん兵を派遣している国としてサイラス様も出席になる。
時間はあまりないが、ジロンド伯爵邸から馬車が出たと連絡が入ると、どうしてか体格の違うライアス王子のシャツを借りてサイラス様は意気揚々と出かけた。
王城に近い図書館には先に着いたようで、こっそり伺っているとシャナリーゼ様とティナリア様が揃って現れた。
そしてまたしてもわたしは待機を命じられた。
だが時間になれば、そんな命令はなくなる。
迎えに行ってみれば、静かな図書館の中で大量の視線を一心に受けている人達がいた。
……いた。
探す手間は省けたが、どうしたことかティナリア様が倒れている。しかもあの美少女が鼻血……。
彼女を抱いて鬼の形相で怒っているシャナリーゼ様。
そしてうちの主はなんで肌蹴てる……。
……何かしましたね、サイラス様。
シャナリーゼ様の目がこれ以上釣り上がらないように、わたしは主の回収を決意した。
「お取り込み中申し訳ありません。お時間です」
「もうか。せっかくこれから2人きりなんだがなぁ」
腰を折った姿勢からも、シャナリーゼ様の怒気が上昇したのがわかった。
「そうだ」
サイラス様が膝を折り、何事かシャナリーゼ様の耳元でささやくと、怒りで顔が真っ赤だったシャナリーゼ様の顔が、更に真っ赤になった。
「おや、意外に純情。じゃあな」
ビシッと固まったままのシャナリーゼ様が復活すると、これ以上ないくらい怒りをぶちまけられそうだ。
「迎えを呼んでおく。おとなしく介抱してろよ」
お願いです。もう何も言わないで下さい。
「失礼致します」
わたしはサイラス様をせかして歩かせ、馬車の中でようやく安堵した。
「一体何をしたんです。相当怒っていらっしゃいましたよ」
呆れて言えば、サイラス様は愉快そうに笑っていた。
もう、本当に知りませんからね。
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数日後、わたしはサイラス様のお使いでライルラドに入国していた。
今回サイラス様は多忙の為来ていない。
「嫌な予感しかしない……」
わたしは手元にある2つの贈り物の箱を見て、何とも言えないため息をついた。
ここ数日鍛錬場に姉妹で通っているとの話があり、やって来てみれば確かにシャナリーゼ様とティナリア様が座っていた。
ティナリア様は興味本位という感じで見ているが、シャナリーゼ様は違った。とにかく監督のような目つきで鍛錬場を睨み、忙しなく動く目は一人一人を観察しているようだった。
ゆっくり近づくと、シャナリーゼ様がこちらに気づいて顔を上げた。
「お初にお目にかかります。シャナリーゼ様でいらっしゃいますね」
「そうよ。あなたはサイラスの部下ね。前に図書館で見たわ」
嫌なことを思い出したように、シャナリーゼ様は眉間に皺を寄せた。
とばっちりがこないうちに、とわたしは贈り物のことを話した。
断られるかと思ったが、このまま受け取ってくれるという。
赤いリボンの箱をシャナリーゼ様に、黄色いリボンの箱をティナリア様に渡した。ちなみに中身は本当に知らない。
「きゃーっ!」
ティナリア様が喜んで大声を出した。
当然周りの視線が集まるが、ティナリア様は満面の笑顔だ。
「これはどういうことかしら?」
目を釣り上がらせて怒るシャナリーゼ様。サイラス様で免疫がついていなかったら、きっと今頃顔面蒼白の情けない醜態をさらしていただろう。
「申し訳ございません。贈り物に関しては一切知らされておりません。サイラス様が直接手配されたようなのです」
本当に知らないのです。
「……今に見てらっしゃいっ」
箱を睨みつけ搾り出すような声で恨み言を呟くと、キッとわたしを見た。
「もういいわっ!帰って!」
贈り物を叩きつけられなかっただけマシだろうか。
帰国後サイラス様に報告すると、ふむっと考えるように「そうか、やっぱり妹の趣味か」と言っていた。
何を贈ったか教えてもらったが、まさかの同性本。しかも男。
さすがのわたしも、あの妖精姫への見方を変えざるを得なかった。女性というのは裏に何があるのか、本当にわからないものだとつくづく思った。
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またまたライルラド国に滞在していると、サイラス様右頬にガーゼを張って帰ってきた。ちなみに今回の滞在場所は、ハートミル侯爵邸。
わたしも目を見開いて驚いたが、セイドリック様もレイン夫人も声が出ない程驚いていた。
「どうした、サイラス!」
年下ではあるが、親しい間柄なので公の場以外ではセイドリック様も呼び捨てである。
「いや、ちょっと」
そう言ってまたなぜか心ここにあらず、とばかりにボーっとしている。
「とうとう引っかかれたのか?だから彼女は止めておけといったじゃないか」
「まぁ、セイド様。シャーリーをまだわかっておりませんのね!」
プンッと可愛らしく怒ったレイン夫人は全く怖くなかったが、セイドリック様をビクッとさせたのは彼女の後ろに控える家人達の視線だった。
特に執事。普段の穏やかな顔が厳しいものになっており、メイド達は全員非難めいた冷めた目をセイドリック様に向けていた。
……話していて思ったのだが、レイン夫人は話せば話すほど人を味方につけるようだ。ご本人に自覚がないのも厄介だ。無限に味方をつけていかれては、そう遠くない未来ハートミル侯爵家の真の主は彼女になるだろう。現にセイドリック様はすでに押されている。
その後ライアス皇太子夫妻の晩餐に呼ばれて出席し、3人でいろいろ話されていた。
結局帰国の時間が来て、夜にはイズーリ国へと発ったのだが、相変わらずサイラス様は何かを考えているようだった。
……ちなみに鍛錬場での報告を受けたので、シャナリーゼ様の兄上様にちょっとした仕返しをしておいた。
相思相愛の御令嬢に見知らぬ相手から花束が届けば、さすがの兄上様も気が動転するだろう。
後日、心労でやつれたジェイコット様の報告が来たので、さすがにやり過ぎたかと思うだけ思っておいた。
反省はしない。
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「ウィコットを連れて行く」
腰に手をあて、朝から馬鹿な宣言をした主をもう少しで叩きそうになった。
「許可は出た」
ズイッと突きつけられた許可証。
さすがウィコット大使。35匹も国外持ち出しOKですか。しかも所有している5匹も一緒に。あ、でも1匹はお腹を壊してますから連れて行けませんよ。
まぁ目的を聞いて笑いが噴出しそうになりましたよ。近年で1番腹筋を使いました。ついでに表情筋の痙攣もどうにか押さえ込んだ。いかん、まだ口元が緩みそうだ。
シャナリーゼ様を泣かせたのが気になってしょうがないサイラス様は、かわいいもの大好きという弱みに付け込みご機嫌取りに向かったのだ。しかもご自分で繁殖させた大切にしている2匹を贈ったという。
邸にいるウィコット世話係ががっくり肩を落としていたが、シャナリーゼ様が求婚相手だと言うと、嫁入り道具としてきっと戻ってくるわと、俄然サイラス様の応援にはしった。
その後2匹のウィコットが、プッチィとクロヨンという名前が付けられたと聞いた。
サイラス様はネーミングセンスがと言っていたが、名前を付けるといって結局決まらずチビその2とかと呼んでいたくせに、とは心の中だけで思っておこう。
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ライアス皇太子妃リシャーヌ様の懐妊祝いの舞踏会への招待状が来た。
さっそくサイラス様にはエスコートのお役目のお願いが、ライアス皇太子殿下経由で届いた。
手紙を読んでいたサイラス様の口元が、ニヤッと意地悪く歪んだ。
それから少しして、シャナリーゼ様が案の定欠席とのことがわかり、直接手渡しに行かれた。
そしてエスコートできないことを伝えると、一瞬の間の後に拗ねて部屋を出て行ってそれっきりだったらしい。
あのシャナリーゼ様が拗ねる?怒っていたの間違いだろう。恋のフィルターは恐ろしい。
ついでにイズーリ国で御用達ではないが評判の店、マダム・エリアンへドレスの発注をした。
「おおよそのドレスなんて作れません!直接測らせて頂きに参ります!」
やややせ気味の体型で、神経質そうな顔をしたマダムは、後頭部で纏め上げた髪が振りほどけんばかりの勢いで姿勢を正すと、背中に棒が入っているのではないかという程真っ直ぐな姿勢で部屋を出て行った。
後日、無事に採寸を終えてドレスの作成に入ったと聞いたサイラス様は、さっそくマダム・エリアンへ様子を見に行った。
その際シャナリーゼ様の情報聞き出しに失敗し、職人魂の塊であるマダム・エリアンから怒られて帰ってきた。
「よし、あいつの婚礼衣装並びに用意するドレスは全部あの店に任せる!」
「ご本人から承諾もとれていませんのに、何を先走っているんですか。妙なところ王妃様に似ていらっしゃるんですから、ちょっとは自重して下さい」
そう、ちゃんと言っておいたのだ。
なのに舞踏会当日、サイラス様は暴走した。
警戒していて良かった。
本当に、本気でシャナリーゼ様から嫌われるところだった。
……婚約前の女性を連れ込まないで下さい。
「足のサイズはあっていた」
……あなた、本当に転んでもタダじゃ起きませんね。
そして作らせて贈った鋼鉄入りの赤い靴履いてきてたんですね……。
踏まれるあなたは想像できませんが、誰かを踏みつけるシャナリーゼ様なら容易に想像できます。
お似合いです。
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23才にもなって、他人の家でおとなしくお泊り出来ないってどういうことですか?サイラス様。
気がついたら窓から脱走。
昼間もそうやってお城から逃走しましたよね?
淑女のお茶会の会話に割って入ったと聞いてため息がでた。女性はけっこう聞かれたくない会話してるんですよ。
しかも夜着の話だったとか。あの2組のご夫婦、ずっと気まずそうでしたね。
まぁ、シャナリーゼ様があなた好みの夜着をお持ちかどうかなんて知りませんが、ちゃかりアピールしたそうですね。ウィコット以外のケモノ耳のアクセサリーはNGと、いつかこっそりお伝えしておきます。でもシャナリーゼ様はウィコットというより、しなやかな猫科の、例えば豹…………。
それ以上の想像は止めておこう。
さて……行先はわかりますが、頼みますから自重して下さいよ。
そう思っていたら、程なくサイラス様が戻ってこられた。
なぜか怒っている。
無言で有名菓子店プーリモの限定版のチョコレートの箱を開けると、そのまま鷲掴みで食べだした。
味わいもなにもない食べ方であったが、腹の虫は治まらないようだ。
「剣を持ってついて来い!」
「どうかしましたか?完全な八つ当たりのような気配がするのですが」
「何もない!」
向きになって言い返すところで、もはやないわけがない。
やれやれと主の後に付いて行き、ジロンド伯爵家の庭の奥で久々の打ち合いをした。
翌朝、シャナリーゼ様の絶叫がこだました。
「ふははははっ!」
突然笑いながら起きたサイラス様。
その瞬間に絶叫の原因が主にあることがわかった。
……寝ている淑女の顔への落書き。
ネチネチと遠回しに「王妃様へ言うぞ」とお説教し、シャナリーゼ様にはプーリモの限定チョコレートをお詫びとして献上した。
そういえば、滞在中にティナリア様のご友人というリンディ様というご令嬢に出会った。
サイラス様はすかさず王子様モードになっており、きっと彼女も『王子様』に惚れるのだろうと黙って見ていた。
……見ていて気がついた。
リンディ様は見ているのではなく、観察していた。
サイラス様も途中で気がついたようだが、おもしろうそうにそのまま王子様モードを続けた。
イズーリ国に帰国後、しばらくして手元に諜報部員から1冊の本が届けられた。
今、ライルラドの一部で大評判の本らしい。
長い金髪で線は細いが男性のキャラクター。良く見るとサイラス様に似てなくもない。ついでに責め好き、傅かれる設定。
そしてもたらされたのはポリーヌという作者が、実はあのリンディ様だったとは!
あぁ、お2人のお子様が男児だった場合、限りなくこのキャラクターに似ているようで怖い。
巻末、ウィコット似のもふもふ小動物に頬擦りするカットが描かれていた。これこそギャップ萌えらしい……。
遠征が近いサイラス様の集中力を切らせてはいけない、とわたしは秘密裏にその本を処分した。
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血の気が引くというのはこういうことか、とどこか他人事のようにその一報を聞いている自分がいた。
サイラス様が大怪我を負い、意識不明だという。
王宮からの知らせに、速やかに登城した。
王城の一室で昏々と眠り続けるサイラス様は、右半身をほとんど包帯で覆われ、頭部に巻かれた包帯は、まだ流れる血に染まり頻繁に取り替えられていた。
「どこの部隊ですか」
自分でも驚くほど低い声が出た。
誰かがナリアネス隊長率いる部隊だと言った。
ナリアネス隊長も怪我を負い、今は自主的に謹慎しているという。
本来侯爵家の出身であり、男爵位を持つナリアネス隊長に文句を言える立場ではないが、正直黙っていることもできない。
イライラした日々を過ごしていると、マディウス皇太子殿下からお声がかかった。
なんとシャナリーゼ様を呼んで下さると言うのだ!
最近ではどうにか意識を取り戻し、だがほとんどを眠ったまま過ごされているサイラス様の姿を見て、シャナリーゼ様はどう思うだろうか……。
少しでも心が動いてくれたらいい、と思っていた。
なのに、シャナリーゼ様の第一声はサイラス様のお部屋が臭いとのこと。
確かによく考えてみたら、あの花の数は異常だ。
しかも前日になって、他の部屋において置いた花までマディウス皇太子殿下が部屋に運ばせたのだ。
試しましたね、マディウス皇太子殿下。
ブチブチ文句を言いながら花を引っこ抜いていたシャナリーゼ様が、とっても面倒な人にロックオンされた瞬間だった。
。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆
とうとう見られた。
しぶとく残る、国内のサイラス様の婚約者候補お2人(と、1人付添い)がお見舞いに来たのだ。
それをシャナリーゼ様に見られた。
しかもサイラス様はそっけない態度で全員を外へ追い出した。
「シャーリーは怒っていたかな」
ククッと楽しそうに笑うサイラス様に、わたしはため息をついた。
「先頭切って出て行かれましたからね。廊下でひと悶着あれば嫉妬の望みもありますが」
だが結局廊下は静かなものだった。
ただ、護衛騎士の話で、シャナリーゼ様がマディウス皇太子殿下と遭遇していたことがわかった。
それをサイラス様に言うと、眉間に皺を寄せた。
「兄上は試すのが大好きだからな。面倒なことになる前に帰国させるか」
「しかし今夜までは待っていただかないと。せっかくご準備なさったのでしょう?」
サイラス様は目をそらした。
……柄にもなく照れているのですか!?あなたっ!
そう思うと否応無しに腹筋が鍛えられた。
23才のそれなりにモテてきた男が照れるっ!
「……うはっ!」
……今回は失敗した。
再び腹筋を強化することを誓った。
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マディウス皇太子殿下に呼び出された。
警戒しながら伺うと、ナリアネス隊長の引き篭もり解除作戦第4弾を行うという。
ちなみに次回は最終警告。マディウス皇太子殿下自らが赴くという、恐怖の作戦が決行されることが決まっている。
優秀な隊長なので、どうにか無傷、そう主に精神的に無傷で復帰してもらいたいという願いから、今回わたしに白羽の矢が立ったというわけだ。
「誰が適任だと思う?誰でも自由に連れて行け」
おや?と首を傾げてすぐ理解した。
つまりわたしに案内役をしろというのだ。
「ではシャナリーゼ様をお連れします」
期待通りの答えに、マディウス皇太子殿下は満足げにうなずいた。
兄の上司になるウェルス侍従長と一緒に、シャナリーゼ様の説得に当たった。
時間をかけて説得かと思いきや、意外にあっさり承諾して下さった。
たぶん付いて来るだけ、と思われている。
行きの馬車の中でサイラス様ロリコン疑惑が浮上しかけたが、どうにか事無きを得た。だが付いて来るだけという誤解の解けたシャナリーゼ様は、その後ムスッと不機嫌さをあらわにしていた。
勘違いはまたも起こった。
「そこの女、只者ではないなっ!」
脳筋男爵が吼えた。
「いざっ!」
何を血迷ったか、剣を構えて突っ込んできた。
後ろの老執事が死にそうな顔で硬直しているのが見えた。
シャナリーゼ様を抱いてかわすと、意外に冷静な声がした。
「……エージュ、次で離れなさい」
「はっ」
言われるがまま手を離した。
もしものことがあれば、身を持ってお助けしようと思っていた。
だが、どこまでも自由なシャナリーゼ様は、まったくの予想外な行動に出た。
ビシッと鋭い音がした。
鞭を持ったシャナリーゼ様がナリアネス隊長の動きを封じた。
その隙にナリアネス隊長を押さえ込むが、なおも起き上がろうとした彼の頭を、シャナリーゼ様は赤いヒールでグリッと盛大に押し付けた。
「初めまして。わたくしシャナリーゼ・ミラ・ジロンドと申します。マディウス皇太子様の使いの者ですの。ほほほっ」
ついっと口角を吊り上げ微笑み、覚めた目で見下ろすシャナリーゼ様は、まさにリンディ様が描かれたキャラクターそのものだった。
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鬼に金棒という言葉を聞いた事があるが、まさにシャナリーゼ様に鞭。赤い靴はサイラス様から贈られた凶器のヒール。元々は護身用にとちょっとズレた発想からできた靴だったが、こうもしっくり馴染んでいるのはすごい。
サイラス様もシャナリーゼ様も、自覚はないかもしれないが傅かせるのが大好きそうだから、この2人のイチャイチャする姿は想像がつかない。
例え寄り添っていても、その会話の内容は軍事作戦内容だとか、拷問の仕方とか、標的をどうやって貶めようかという物騒なものだろう。そしてお互い「ふふふ、ははは」と、黒い笑みを浮かべている。そう、それなら想像できる。
結局ナリアネス隊長を「熊」呼ばわりし、あっという間に手懐けたシャナリーゼ様は、帰りの馬車でご褒美をねだった。
普通なら宝飾品なのだろうが、シャナリーゼ様がねだったのはチョコレート。
……さっきのイメージから一転したかわいらしいご褒美に、ちょっとだけ萌えたというのは秘密だ。
サイラス様のお金なので散財していいですよ、と言ったにもかかわらず店ごとお買い上げなんて無粋なことはなさらなかった。
「わたくしは自分の欲の為に、他人の楽しみを奪うような趣味はないの。それに食べきれないほど買って何になるの。もったいないだけよ」
これにはかなり驚いた。
それなりの財力のある伯爵令嬢が「もったいない」なんて言葉を使うとは、正直思いもよらなかった。
あぁ、そういえば孤児院慰問も上辺だけのものじゃなく、ちゃんと触れ合っていたんだっけと諜報員の報告書を思い出していた。
手に持てるだけのお買い物をされ、シャナリーゼ様と王城へ戻った。
夜。
わたしは張り切って最終確認をしていた。
最近思うのだが、シャナリーゼ様以外にここまで楽しい方がいるだろうか。
サイラス様の隣にあって堂々と素をさらし、本音をぶつける女性。それに応えるサイラス様も素だ。
打ち上げられていく花火を見て、このままいい方向に動きがあるといいなと心底思っていた。
……なのに。
「いやぁああああああ!」
……王妃様が暴走していた。
素敵な勘違いをして顔を隠したまま走り去る王妃様。
あーあ、と思って部屋の中を伺うと、これまたポカンとして状況が全くわかっていないお2人の姿があった。
……よし、言葉を濁さずに言うか。
半分面白がってわたしはお2人に王妃様の勘違いをお話した。
バッチーン!
シャナリーゼ様の絶叫とともに、強烈な痛みが左頬に走った。
思わずよろめいたところに、再び頭上に衝撃が走った。
「……容赦ありませんね、シャナリーゼ様」
ヒリヒリする左頬には手形がついているに違いない。
怒って部屋を出て行ってしまったシャナリーゼ様を見送ると、サイラス様が口元に手をあてニヤニヤと笑っていた。
いいですよ、笑っても、
目から星が出たというのは初めての経験でしたが、おかげでいいものが見れました。
いつかとっておきの仕返しとして、言わずに取っておきます。
『シャナリーゼ様の右足の内側に、1つホクロがあるの知ってました?』
……サイラス様、あなたどんな顔をするんでしょうね。
その日が来るのが楽しみです。
1/6付けにて後編を一本化しました。
予想外に長くなったエージュ視点でしたが、
読んでいただきありがとうございました。




