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勘違いなさらないでっ! 【21話】

こんにちは。

今日は前半に警告があります。表情筋の鍛え方が弱い人は人前で読まないほうがいいです。


 花火が終わって、一瞬の静けさの後人々の拍手と歓声が聞こえた。


 窓を閉めるとそれらは聞こえなくなってしまったけれど、今のわたくし達には関係なかった。


「サイラス」

 と、呼べば、そのまま片手で抱きしめられた。

 

 黙ったままわたくしはその胸に抱かれていた。

 トクトクと温かさとともに聞こえるのは、この人がちゃんと生きている証。

 まだ薬の匂いがして、包帯もとれていないけど、ちゃんとこの人は動く左手でわたくしを抱いてくれている。

「サイラス」

 もう1度呼んで顔を上げると、わたくしを抱きしめる左手に力が入った。

 わたくしもそっと両腕を背中に這わせる。

「……何だ?」

 顎をひき、かすかに動いた唇。片目だけでも充分迫力のある目が、まっすぐにわたくしを見ていた。

 背中に這わせた手を更に上にずらして、もう少しだけ体を寄せた。

 

 そしてわたくしはそっと口を開いた。

  





「わたくし20才でしてよ?」




 と、同時に肩甲骨の下を両方の手で、ぎゅうっと思いっきりつねった。


「ぐぁっ!?」

 ふいをつかれたサイラスは、大きくのけぞった。

 どんなに鍛えていようが、肩甲骨の下は多少なりと摘めるものがありますのよ。

 指先をこすり合わせるように、更につねる。

「がっ!」

「ふふふっ、先程の花火は本当に素敵でしたわ。でもなぜ30発ですの?わたくし今日で20才ですの。どぉいうことかしらぁああ?」 

 使っていなかった両手の三本の指も、容赦なく爪を立ててみた。

「ぐっ、ご、誤解だ」

「まぁ、わたくしの年を誤解なさっていたの?」

 ますます許せませんわ、とわたくしは力を緩めない。

 念のために申しますが、わたくしの爪はさほど尖っていない。だって土いじりには不適切ですもの。ただ手入れだけはしておりますので、そこそこ尖っておりますわ、ふふふっ。

「違う!許可が30発までなら打ち上げていいと下りたんだ。だから打ち上げたっ、だっ!」

「まぁあ、それで30発?多けりゃよろしいってもんじゃありませんのよっ!」

 最後に力を込めてようやく手を離す。

 のけぞっていたサイラスも、苦悶の表情を浮かべつつ顔を向けた。

 ただ、わたくしの背中に回った左手はまだそのままでしたけどね。おかげで攻撃しやすかったですわ。

「大丈夫だ。今日花火を上げた本当の理由は一部の者しか知らない」

「その一部は上層部の方でしょう?妙な噂をされるのはごめんですわ」

「そんな細かいこと結びつける奴がいるか?」

 えぇ、ここにおりましてよ。

 ジトッとした目でサイラスを見上げれば、彼は何ともバツが悪そうに目をそらした。

「悪かったな」

「妙な噂がたちましたら消して下さいね。でないと、またこの背中に傷を作りますわよ」

「わかったわかった」

 ポンポンと背中を左手で叩くと、引き寄せていた腕の力を抜いた。

「サイラス」

「何だ?」

 他にまだあるのか、と警戒した顔でわたくしを見る。

 その姿にクスリと笑って、そっと右顔のガーゼに手を添えた。

「ありがとうございます」

 そのキョトンとした顔に、わたくしもイタズラ心が出てしまい、そのままつま先立ちして左頬にほんの少し触れるようなキスをした。


 えぇ、キスなんてあちこちに振り撒いてきましたの。だからそれを知っているサイラスは嫌がるかもしれない、と思ったのですが……。


「…………」

「何(ほう)けてますの?」

 予想外でしたわ。


 と、そこへバァーンと大きな音がして扉が開かれた。

 ギョッとしておもわずサイラスにしがみつくかのようにして振り向くと、そこにはなぜか侍女を連れていない王妃様の姿があった。

 栗色の髪の毛が乱れているので、もしかして走ってきたのだろうか。

 開いていた両手を下ろし、ポカンとした表情でこっちを見ていた。

 王妃様の後ろから、ひょっこりとエージュが現れ黙って扉を閉めた。

「母上?」

「はっ!」

 息子の声に、王妃はやっと我に返った。

 ふと自分を見ると、今のわたくしはサイラスと抱き合っていると言っても過言ではない。

 ……修羅場ですわね。

 恋愛の修羅場には何度も立ち会いましたし、当事者にもなりました(主に悪役ですわ)。でも親を踏まえての修羅場は初めてだ。

 キッとあの慈愛のある優しい瞳がきつくなる。

 きますわね、と覚悟した。

「サイラス!あの花火はなんです!?」

「許可は下りてますよ」

「そういう意味ではありませんっ!」

 あぁ、やはりきましたわ。何の目的で打ち上げたのか、この方が知らないわけがありませんもの。

 末息子が隣国の悪女のために打ち上げただなんて、母親なら卒倒するか張り倒したくもなるだろう。

 わたくしは次に何を言われるか、頭の中でいくらか候補をあげていると、王妃様がビシッと外を指差した。


「なんで30発も上げますの!?20発でしょうっ!」


 わたくしの候補は全て外れた。


 呆気に取られたのはわたくしだけではなく、サイラスもだった。

 間抜けなことに2人してポカンとして、早口にまくし立てる王妃様を見つめた。

「なんて乙女心のわからない息子なんでしょう!乙女心が理解できないうちは(ろく)な作戦指揮はできませんわよ!だからそんな怪我をするのです。もっと相手の心を考えなさいっ!」

 え?それって思いやりってことですよね。戦の作戦には関係ないかと思いますわ、と言えないから黙っておく。

「その件については、今彼女から言われました。制裁も受けました」

「制裁?」

 少し落ち着いた王妃様に、サイラスはわたくしを解放して背中を見せた。

「えぇ、背中に爪痕をざっくりと」

 と、いっても背中に血の跡などはない。上着も羽織っていたから血は出ていないと思う。あってミミズバレだろう。

「見ますか?」

「ちょ、ちょっと!」

 脱ぎそうなサイラスを、わたくしはあわてて止めた。

 ここで王妃様がその傷を見て逆上したら、わたくし犯罪者確定ですわ!

 やっぱりこんな国来るんじゃなかった、と思っていると、なんだか王妃様の様子がおかしいことに気がついた。

 うつむいて、両頬に手を添えて何かぶつぶつ言っているようだ。

「母上?どうし」

「いやぁあああああ!」

 サイラスの声を遮って、王妃様が顔をガバッと上げて叫んだ。

 顔を真っ赤にして首を横に振る。

「なんてことなの!わたくしったらなんてオバカさん!!いいのよ、そんな理由だったんなら、陛下に無理言ってでも50発全部打ち上げさせるべきだったんだわっ!ついでにいうなら打ち上げ間隔ももっと長くするべきだったのよ!あぁっ、なんてことなの!?」

 何度も同じことを繰り返し叫ぶと、潤んだ瞳でこっちを見た。

 パッチリと目線が絡み合った。


「あぁあああああああ!」


 顔を覆ったまま叫んで走り去った。

 ちなみに扉はエージュが絶妙なタイミングで開いた。

 パタンと扉が閉まると、やっとわたくしは声が出た。

「なんですの?どうなさったのかしら」

 昼間見た老執事とはまた違った心配をしてしまう。

「さぁな。たまに御自分の頭の中だけで、物事を解決させてしまわれることがある」

 やれやれ、とため息をつくサイラスの側にエージュがスッと近づいた。

「差し出がましいですが、一言申し上げます」

「何だ。まさかお前も数のことか?」

 うんざりしたサイラスの顔を見て、エージュはゆるやかに首を横に振った。

「王妃様についてです。先程王妃様は盛大な勘違いをなさりました」

「勘違い?」

 サイラスと一緒になったのは置いておき、わたくし達はエージュの言葉を待った。

「王妃様は、サイラス様がシャナリーゼ様と逢瀬を楽しむためにわざと30発打ち上げたと思われたようです。しかもその逢瀬で、サイラス様は背中に爪を立てられるようなことをした、と思われた。ここまで言えばお分かりですよね?」

 サァッとわたくし達の顔色が変わる。

「この部屋に入られて目にした状況から、お2人をどう勘違いなさっているのかともっと具体的に申しましょうか。短い打ち上げ時間にコトに及ぶには、着衣のまま立っ」

「いやぁああああああ!」

 

 バッチーン!


 力いっぱいエージュの左頬を平手打ちした。

 よろめいたエージュをそのままかかと落としで床に這い蹲らせる。

 鞭が欲しい、と心底思った。

「エージュ、何が何でも王妃様の誤解を解いてちょうだいっ」

 殺気だって見下ろすと、よろよろとエージュが立ち上がった。

「……容赦ありませんね、シャナリーゼ様」

 わたくしの手形付きの頬が痛々しいが、そんなことにかまっている余裕はない。

「当たり前よ。なんでわたくしが傷物扱いされなくてはならないのっ!?」

「俺はこのままでいいんだが」

「お黙りなさいっ!もとはあなたの責任ですわっ!誤解を解くまで許しませんわ!明日にでも出家しますっ!」

「それは困る。おい、エージュ」

「わかっております」

「もうっ!こんな国来るんじゃなかったわっ!」

 とうとうわたくしは怒ったまま部屋を飛び出した。



。・☆。・☆。・☆。・☆。・☆


 と、まぁ昨夜こんなことがあったので、今朝のお見舞いには行かなかった。

 それに対しての文句はなかったので、お昼も行かなかった。

 昼食時にレインが明日帰ることが決まったというので、ならわたくしも午後には昨夜の結果報告を聞きにお見舞いに行こうかなと考えを軟化させた。

 まぁ、昼になっても何の噂も聞こえてこないとなると、きっとどうにかなったのだろう。ただわたくしが聞こえていないだけということもあるが、明日でいなくなるなら気にすることはない。

 

 そんな午後、わたくしはサイラスの部屋の前で膝をつき、うな垂れる白い熊を見つけた。

 放っておけば灰になりそうなその白熊に、護衛の騎士達も持ち場を離れられないまま忙しげに視線を落としていた。

 手にヨーカンはない。

 ヨーカンは受け取ってくれたようだが、特大の雷でも落ちたのだろう。

 出直そう、とした時だった。

 パチリと護衛の騎士達と目が合った。

 みるみるこみ上げられる期待の目に、わたくしは無言で1度首を横に振った。

 しかし目で会話するのが得意なのか、騎士達の目が必死に何かをわたくしに訴えてくる。

 わたくしはもう1度首を横に振った。

 だが、騎士達はまだ何かを訴えてくる。

 すごいわね、あなた達。その特技ぜひ教えて欲しいわ。

 その後何度か同じような攻防戦を繰り返した後、燃え尽きようとしていた白熊が、最後の力でわたくしに気がついて顔を上げた。

「あ……」

 弱弱しいその声に気を取られていると、騎士達の目が非難めいたものに変わっていた。

 ちょっとあなた達、勝手にストーリーを作らないでちょうだい。

 道端に捨てられ、弱りきった子犬を見捨てるんですか?と言わんばかりの顔だが、わたくしは熊を拾う気はない。

「シャナリーゼ様……」

 しまった、名前を呼ばれてしまった。

 騎士達が勝ち誇った目をしている。

 ……あなた達覚えてなさいよ。

 キッと睨んでそのまま白から灰色に戻りつつある熊を見下ろす。

「行くわよ」

「は、はい」

 あわてたように熊は立ち上がった。

 素直で結構だわ。


 

「と、いうわけなのです」

 しょんぼりした熊を連れてやって来たのは、内庭に面したテラス。同じようなテラスがいくつかあるのだが、ここが1番近かったのだ。

 わたくしには熊を引き連れ城内を歩く趣味はない。

 熊の説明は思ったとおりだった。

 面会に訪れ見舞いと謝罪をしようとしたが、自分が引きこもっていた事実を知ったサイラスが激怒したらしい。しかも部屋に入った瞬間から不機嫌がひどく、エージュにも入室前に覚悟するようにと言われたそうだ。

「で、手土産は受け取ってくれたのね?」

「はい……というか、置いてきたというか」

「その膝は何?」

 ずっと気になっていた。熊の膝の部分が擦り切れているのだ。

「ドゲザをした結果です」

「あぁ、あの最上級の謝罪っていってたやつね。どうなったらそうなるの?」

チラチラと見える皮膚が赤くなっているのは火傷ではないだろうか。

「ドゲザは長い程誠意を示せると聞きましたので、サイラス様を確認しました所から、ほんの少しの助走をもってドゲザで近づかせて頂きました!」

 エッヘンとばかりに胸を張る熊。

 この熊が頭を下げ、床に敷いた絨毯と膝を摩擦しながら近づいてくる姿を想像して……身震いした。

 おもわず両方の二の腕を手でさする。

 だが熊は実に満足そうだ。

 きっとサイラスも驚いただろうが、態度に出さず熊の話を聞いたのだろう。そして特大の雷を落とし、白熊にして放り出したのだろう。

 きっと放り出したのはエージュだ。間違いない。

 にっこり微笑んだ顔で、内心では「余計な手間かけさせるな!」と毒を吐きまくっていたに違いない。

「あぁ、それなのに……!」

 女々しく後悔を続ける熊は、その巨体をどうにか小さくしようとしているようだが、暑苦しい塊になっただけでうるさい。

「わたくしはサイラスをそこまで怒らせたことはないのだけど、あの性格から今謝りに行っても更に怒られそうねぇ」

 興味なさげに内庭の花を眺める。

「わたくしが間に入っても悪化しそうだし、というか、あなたとはそんなに親しくないし」

「えぇ、それはもう、百も承知です。(それがし)が勝手に慕っておりますので」 

「妙な物言いはやめてちょうだい」

「はっ!そうですな。仮にもサイラス様の奥方候補に慕うとは失言でした!」

 熊はサッと姿勢を正して、そのままテーブルに頭をつけた。

「勝手に服従しております」

「あっそ」

 バッサリ切り捨てて、わたくしは立ち上がった。

「丁度いいわ。あなたの隊を見たいの」

「我輩のですか?」

「そうよ」

 スッと右手で口元を隠す。

「一体どんな隊なのかしらねぇえ?」

 口角を吊り上げてニタリと微笑むと、熊は急いで立ち上がった。

「しゃ……シャナリーゼ様、まさか部下を鞭打ちに!?」

「そんな趣味はなくってよ!」

「では足蹴に!?」

「……その口閉じないと次は吊るすわよ」

 低い声で忠告すれば、熊は素直に従った。

 あぁ、もう、こんなところマディウス皇太子に見られでもしたらなんて言われるかしら。考えただけでも身震いがするわ。

「で、ではこちらに」

 やや青ざめた熊が歩き出したので、わたくしもついていった。


 城内の鍛錬場は何箇所かあるらしく、実戦部隊の鍛錬場は各隊での訓練が行われていた。

 鍛錬場へは熊の顔パスで問題なく入れた。

 すれ違う人達に驚いた顔をされたが、それは引きこもりの熊が出て来たせいだ。決してわたくしが首に紐をつけていたというわけではない。

 訓練場の入り口からアーチ上のレンガ作りのトンネルを歩き、その先に広がる広場へと出た。

 広い広場ではあちこちで模造剣での手合わせ、騎馬、走り込みなどの鍛錬をしている兵士のすがたがあった。下が地面なので騎馬の周りではすごい砂煙が上がっている。

「これ全部あなたの隊?」

「班に分かれておりますが、今はここに集まっている……おや?3班がいない」

「まさかその班が問題の愚図じゃないでしょうね?死角になっているような場所はないの?」

「こちらです」

 植え込みの木々の間を歩いて行くと、鍛錬場の隅の隅に彼らはいた。

 休憩スペースと思われる芝と木陰のある場所から程近いところに、20名ほどの姿があった。何人かはその木陰に座って、何人かが立って話しており、あとはボールを蹴って遊んでいるように見えた。

 クワッと熊の気配が殺気だった。

「待って」

 ポンと肩を叩いて声をかけた。

「わたくしが行くわ」

 にっこり微笑んだわたくしを見て、熊はなぜかビクッと怯えた。


 ……まぁ、なぜかしら?ふふふっ。


 わたくしは何でもないように、わざと目につくように歩き出した。

 何人かが気がついて顔をあげれば、あとは釣られるように顔を上げてくれる。

「こんにちは、皆さん」

 いつもより高い媚びるような声に、にっこりと最大出力の柔和な頬笑みを浮かべる。

 実はこれ、ティナリアを真似して見つけた笑顔だ。

 きっかけは今思い出しても泣きたくなるが、初めて孤児院を慰問した時だった。

 お察しの通り見事に泣かれたのだ。ギャン泣きという言葉はその時身をもって知った。

 2度と泣かせまいと、必死に練習した笑顔が全部思うようにいかず悩んでいると、鏡の前で百面相をしているわたくしを心配したティナリアがやってきた。

『お姉様はそのままで充分素敵よ!』

 まず顔で泣かれたことはない妹のその笑顔に、泣かせてばかりのわたくしもほんわかした気持ちになった。

 で、気がついたのだ。妹ということでわたくしがもし(・・・)似ているなら真似できると。

 かなり苦労したが最大限表情筋を駆使することで、わたくしの凶悪な目つきが「普通」と言われる程度に落ち着くことができるようになった。それから努力して出来たのが、今繰り出している最上級の作り笑顔、技名を”天使”という。

 弱点は継続時間。

 更に魔法が切れると”悪魔”となる、すさまじいギャップを生み出す。

 そんな激しく恐ろしい反動があるとは露ほども思わない兵士が次々に釣れる。

 あっという間にわたくしの前に人壁が出来た。

「お友達と一緒に来ていましたが迷ってしまいまして。皆様ご休憩ですの?」

「えぇそうです」

「お時間があるならお話しませんか?」

 などなど、あちこちからいろんな言葉が聞こえる。

「ふふっ、皆様のお邪魔にならなければいいのですが。あら?ボールですわね」

 人壁の向こうに転がっているボールを見つけ、ふふっと思い出して笑った。

「小さい時はボールを蹴って遊んだものですわ。とっても楽しかったんですが、みんなにはお転婆だとたしなめられましたわ」

 この続きに誰か1人くらい釣れないかなぁ、なんて思っていたら……簡単に釣れた。

「昔を思い出して蹴って見られますか?ここにはあなたをお転婆と思うものはいませんよ」

「まぁ、でも……」

 困惑した顔を見せれば、別の誰かが引っかかった。

「ここは少し離れておりますので、誰も見てはいませんよ」

 わかってここでサボっているのね。あなた達確信犯というか常習犯ね。

「では、少しだけ。どなたかお相手してくださる?」

 恥ずかしそうに言えば、我先と立候補の手が上がる。

 この俊敏さ、なぜ戦場で生かせないのだ。

 こめかみがひきつりそうになっているが、きっと背後の植木の隅では殺気を極限まで押さえ込んでいる熊がいるだろう。わたくしが先にボロを出してはいけない。

 結果どうにか1人がわたくしの相手の権利を勝ち取った。

 誰かがわたくしの足元にボールを置いてくれた。

「いきますわよぉ」

「いいですよぉ」

 甘い顔の男に狙いを定める。

 蹴る瞬間の気迫をそらすために、わざと赤い靴、足首とスカートの裾をゆっくり膝下まで長めに上げる。

 そして次の瞬間、思いっきりボールを蹴った。


 ドッ!と、まず女性が蹴って鳴らないだろう音が響く。


 続いて「ぎゃっ!」となんとも言えない悲鳴が上がり、ボールもあらぬ方向へ弾き飛ぶ。

 見守っていた隊員達は沈黙していた。

「あらあら」

 声を元に戻し、ついでに”天使”も解除する。

 ビクッと反動効果を味わった隊員達を尻目に、わたくしはボールの直撃を受けて倒れたまま動かない隊員を冷めた目で見た。

「終わりかしら」

 スッと目線を植木にはしらせる。

「熊!じゃなかった、ナリアネスッ!」

 間違いを訂正して呼べば、憤怒の表情の熊が植木から出没した。

 一気に隊員達の顔色と温度が下がる。

「女の蹴ったボールを受け止められないなんて、一体どういう鍛え方をなさっているのかしら」

「もはや恥の一言に尽きます」

 グッと握り締める拳はブルブルと怒りに震えている。

「あなたが引きこもっていた罰よ。いい?短期間で使えるようになさい。それがサイラスの怒りを解く近道よ」

「ハッ、承知しました」

「ではわたくしは戻るわ」

 隊員達に背を向ける前に、わたくしはそうだと1度顔を上げた。

「勘違いなさらないでね、皆さん。わたくしあなた達の首を繋げる為に来ましたのよ?だってこのままなら、間違いなくマディウス皇太子様かサイラス様の地獄のしごきが待っていますもの。あなた方にとってはこちらのナリアネス隊長からお受けしたほうが、きっとマシだと思いますわ」

 もう1度一瞬だけ”天使”を繰り出し、そのまま「ごきげんよう」と踵を返した。


 わたくしが去った直後に、大部分の隊員がその場にへなへなと座り込んだそうだが、そんなことは知っても知らなくてもいいことだ。


 本当にわたくしが知っておかねばならなかったのは、この時しっかり見られていたということ。


 誰にですって?


 その人は鍛錬場のトンネルをくぐってすぐのところで現れた。


「シャーリーちゃん」

 ビクッと肩を震わせて振り返れば、そこには侍女と護衛を引き連れた王妃様がにっこり微笑んで立っていた。

「浮気はダメよぉおん?」



 勘違いなさらないでっ!王妃様!!

 










読んでいただきありがとうございます。

突撃王妃降臨です。

前半ニヨニヨしてくれましたか?わたしは書きながらしてました。ええ、今のわたしの限界ですかねw


今回は頂いた感想を読んでいて…気づいたのです。サイラスはわたしの代わりに、制裁を受けたといっても過言じゃないなぁ…。

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