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勘違いなさらないでっ! 【19】

こんにちは。

お気に入りが7000件突破して……奇声を上げそうになりました。

「ふくらし魔女~」をメインに更新してましたので、気がついたら二週間!!来週更新頑張ります!!今回は9700文字……どうぞ!


 「ハッピーバースディ!シャナリーゼ様!!」

 

 孤児院で沢山の子ども達と、院長やシスター、それと最近話しただけの近隣の農家の人達。

 そんなみんなに囲まれて、わたくしは嬉しくなって一瞬声が出なくなったけど、でも1度崩れそうになった表情筋は元に戻らずあえなく緩む。

 「ありがとう、みんな」

 今日は沢山お祝いの料理を持ってきたの。

 自分のお祝いの料理を持ってくるなんておかしいけど、でもみんなでワイワイ食べるのが1番いいの。だってそれって幸せだわ。

 今この時はみんな食べるのに夢中で、不安も悩みもその顔に出ていない。

 料理の取り合いだって、食べこぼしだって、洋服が汚れてしまったわと苦笑するシスターも、口周りと手を汚しても笑顔のままわたくしを見てくれる子ども達も、みんな大好き。


 わたくしの宝物なのよ。

  

 …………。



 だから邪魔しないでちょうだい。



 ☆・・・☆・・・☆・・・☆



 「夢……」

 ぽつりと呟いた後、視界に見えたのはここ数日寝泊りする部屋の寝台から見る天井。

 気分が悪いわけではないが、カーテンの隙間から入り込んでくる朝日を恨めしげに見る。

 「ハッピーバースディ、わたくし……」

 呟いた後、はぁっとため息をついて二度寝することにした。

 メイドが起こしにやってくるまで、こうしてもうしばらく丸まっているのもいいわ。

 ただ、ウトウトした頃に起床の時間がきて、メイドが起こしにきたのが残念だった。


 昨日、あれからサイラスは薬湯を飲んだ後、顔色悪く起きていたが、心配したフィリス様に無理やり寝るように言われていた。

 いや、アレは間違いなくチョコレート入り薬湯が原因だったのだろうが、わたくしもエージュも口にしなかったのでサイラスは恨めしい目つきで口元を押さえていた。

 そのせいでお茶会はさっさと解散になったのだけど、あれから夜のお見舞いに訪れたがサイラスは眠ったままだった。

 枕元にクッキーの缶が置かれていたのだが、これは誰の仕業だろうか。

 今朝も朝食をレインと食べる。

 レインは午前中少しだけ自由になるというセイド様に誘われ、ちょっと出かけると言っていた。

 わたくしも誘われたが、うなずけばセイド様ががっかりする顔が見れるという特典があったのものの、ここはきっぱりとお断りしておいた。

 あなた方の惚気に当てられてはたまりませんわ、と。

 レインはそんなことないわっと、顔を真っ赤にして反論してきたが、惚気てないことのほうが少ないというのはわかっていないようだ。

 

 朝食後は恒例のお見舞い。

 1度部屋に戻ると、3人のメイドが新しいドレスを持ってやってきた。

 イズーリで最近流行っていると言うデザインで、1番のポイントはおしりを覆い隠すほどのリボンが付いていること。しかも咲き誇る花のようにふんわりとさせることがポイントらしい。

 ふわふわと歩みに合わせて揺れるのが気になったが、まぁすぐに慣れた。

 起きているかしら、とぼんやり考えながらサイラスの養生している部屋に向かうと、いつもただ静かに立っている護衛の2人が明らかに動揺した。

 いつもならサッとドアをノックするのに、今日はどうしたことか目線でお互い会話している。

 「何かありまして?」

 その言葉に、護衛は動揺するのを止めて軽く頭を下げた。

 「失礼致しました」

 結局右の護衛がドアをノックした。

 中からいつものメイドがドアを開けてくれたが、やはりその顔も一瞬困惑したように曇った。

 容態でも悪化したのかしらと、わたくしは気を引き締めて部屋に入った。

 「失礼致します」

 いつものように礼をして顔を上げると、ふんわりと香りが漂ってきた。

 そしてそれはまっすぐに顔を上げた時に目に入ってきた。


 「おはよう、シャナリーゼ嬢」

 

 サイラスは起きていた。

 相変わらず背もたれにクッションを置かれ、側にはエージュが控えていた。

 ただその顔はほとんど表情がなく、淡々としていた。

 「ご機嫌をお伺いに参りましたが、お邪魔でしたでしょうか」

 にっこり貼り付けた笑顔をサイラス、エージュ、そして側にいる御令嬢3人に向けた。

 部屋に入った時に漂ってきたのは女物の香水だった。その発生源と思われるご令嬢はわたくしと同じ年くらいの方が2人、そして敵意をあらわにしてわたくしを睨んでいる10才前後の少女が1人。

 「いや、ただ少し休もうとしていたところだ」

 「まぁっ!お疲れになったんですね」

 1番近くにいる赤い巻き毛の令嬢が、大げさに自分の口に手を当てた。

 「せっかくお目覚めになったのに、残念ですが早くお休み下さいませ」

 赤い巻き毛の令嬢が泣きそうな顔をして、甲斐甲斐しく掛け布をかけた。

 一方、もう一人の亜麻色の髪をハーフアップして結上げている令嬢は、そっと1歩後退し世話をやく赤い巻き毛の令嬢を微笑んだまま見ていた。

 そして最後の令嬢である少女は、赤い巻き毛の令嬢の行動に思いっきり眉をしかめていたが、やはり気になるのかチラチラとわたくしに視線を飛ばしてきた。

 

 あらあら、わかりやすくてすごくいいわ。


 クスッと知らず知らずのうちに笑みがこぼれた。

 と、同時にどこかで思う。


 ……バカみたい。


 それはわたくしも含めたこの部屋の人達に向けた言葉。


 ただ何の感情もわかず、ただただ眺めていた。


 「全員出て行ってくれ」

 まるで自分は別格、といわんばかりに世話を焼いていた赤い巻き毛の令嬢を見ようともせず、少し強めにサイラスは告げた。

 さすがの世話焼き令嬢もこれにはうろたえ、すぐに立ち上がった。

 「失礼致しましたわ。では参りましょう」

 あくまで取り仕切きる令嬢に続き、控えめな亜麻色の髪の令嬢と、少女がそれに続いた。ただ、少女は不満そうだった。

 「では、失礼致しますわ」

 わたくしは令嬢の御一行が近づいて来る前に、サッと礼をして部屋を出た。

 わたくしが挨拶をしたときのサイラスの顔は見ていない。

 だってそれよりさっさと出て行ったわたくしを、ものすごい形相で睨んでいる赤毛の令嬢の顔が目に入ったから。

 まぁ、こわい。

 クスクスと笑ってしまいそうなのを、必死で押し殺して部屋を出た。

 これが国内なら笑っている。

 ケンカ売ってきたのはそちらよ?とばかりに買おうか買うまいか考えてじらせば、だいたい勝手に相手が自爆する。

 赤い顔、膨らむ鼻、目を吊り上げ、口をひきつらせ、ツバを飛ばして口が動く動く。

 そんな相手を観察していれば、だいたい先に相手が一息入れる。

 そこで笑えば、温存していただろうエネルギーを使って一気に相手が畳み込んでくる。

 あぁ、もちろんその後のケアはしますわ。

 赤い顔を青に変えて、膨らんだ鼻は呼吸ができてるかと心配になるくらいに動きを止め、口は小さくつぐみ、動きつかれた口は痙攣を起こす。

 全エネルギーを口に使った方は、しばらくその場で回復するのを待ってもらうし、予備エネルギーをお持ちの方はご自身で去っていかれる。

 え、わたくし?

 わたくしは別に何ともありませんから、用事があればそこへ参りますしなければ帰ります。

 あぁ、でもここは他国。

 残念ながらあのご令嬢たちの情報は何一つ知らない。

 そうね、知らない相手というのも久々だわ。あの方々もわたくしのことをどこまで知っているのかしら。でも身分はわたくしと同等、いえきっと上だわ。

 だけど言われっぱなしは嫌だわ。どうやりましょうか。ふふふっ。

 「……ふふっ」

 ついに声が漏れた。

 大して焦りもしなかったが、一応顔を上げて周りを確認してみる。

 振り返れば、サイラスの部屋ははるか後方で、後から出てきたはずの令嬢一行の姿はない。どこかで曲がってしまったのだろう。

 もしかしたら呼び止められたかもしれないが、すっかり妄想の世界に入っていたわたくしは聞き逃したようだ。

 残念だわ、とわたくしは正直に思った。

 サイラスの部屋で感じた妙な違和感を、あの赤毛の巻き毛の令嬢ならふっ飛ばしてくれると思っていたのに。まぁわたくしなんて眼中にない、ということなのだろうか。

 あらあら、釣り損ねましたわ。

 意外とがっかりしているわたくしの前に、ふと影がさした。

 顔を上げれば、そこには胡散臭い笑み全開のマディウス皇太子がいた。

 「ごきげんよう、シャナリーゼ嬢。朝のお見舞いかい?」

 「これはマディウス皇太子殿下、御前失礼致しますわ。おっしゃるとおり、先程参りました」

 「今朝はサイラスがだいぶ回復したという話を信じた、彼の婚約者候補達が来ていたようだけど」

 「まぁ、存じ上げませんわ」

 ほほほっと軽く受け流すが、マディウス皇太子にはすっかりお見通しのようだ。

 なぜこんな厄介な方が釣れるのでしょう!

 そんなわたくしの心情が届いたのか、彼は急に傷ついたように悲しげな顔になる。

 「無理はしなくていい。どちらもうちの侯爵家の令嬢だが、サイラスが望んでいるのは君なんだ」

 言われた瞬間、ぞわっと寒気がした。

 ここで「ひとくくりに追い出されましたけど」と言えたらどんなにいいだろう。

 「お気持ちありがとうございます。ですが、今はサイラス様のお体の回復が最優先ですわ。御令嬢方のお見舞いもあるなら、きっと近いうちに回復なさいますわ」

 「確かに。昨日のチョコレート作戦は成功したようだし」

 ぐっと言葉に詰まる。

 知っているとは思っていたが、よもやマディウス皇太子に会うなんて思いもよらなかったから返答を考えていなかった。

 「今度はぜひ呼んで欲しいよ」

 「まぁ、恐れ多いことです」

 胡散臭い笑顔に貼り付けた笑顔で返し、頭を下げる。

 「あぁ、殿下こちらでしたか」

 壮年の男性が足早にやってきた。

 「お忙しい中、お声をかけていただきありがとうございました」

 チャンスだわとサッと淑女の礼をとり、この隙に逃げ出す手順をとる。

 「あぁ、こちらこそ呼び止めてすまなかった。またゆっくりと話そう」

 「お気遣いありがとうございます」

 顔を上げればさわやかなマディウス皇太子の笑顔、そしてこちらをじっと観察する壮年の男性がいた。

 だがそれも一瞬のこと。

 足早に去りたいのを我慢して、与えられた部屋に真っ直ぐに帰った。


 パタン、と扉を閉めてわたくしは長椅子にゆったりと座った。

 最悪な誕生日だわ。

 うんざりした顔で、天気の良い窓の外を見る。

 わたくしの心とは裏腹の良い秋晴れだ。

 「あ、そうだわ」

 それは唐突に思い出した。

 なんだかんだで忙しく、結局忘れてしまっていたものを思い出した。

 「確か寝室に置いてたわよね」

 続き間の寝室へ入り、サイドテーブルの引き出しを開けた。

 そこには孤児院の子ども達から貰ったネックレスの入った小箱と、リボンのついた長方形の箱が入っていた。

 「これ開けてなかったわ」

 イズーリへ向かう日、ティナリアが渡してくれたものだ。確かリンディ様と一緒に用意したと言っていた。

 きっと誕生日プレゼントだ。なんだろう。

 家族や打ち解けた知人からのプレゼントだけは、今でもドキドキして開くことができる。

 リンディ様と一緒に用意したと聞いたが、この細い箱ならあの手の書籍関係ではなさそうだ。

 そんなこともあり、わくわくしながらリボンをほどき、包み紙を丁寧にはがして箱を開けたのだ。




 …………。



 パタン。



 見間違えかしら?

 思わず閉めなおしてしまったけど、疲れ目が酷いのね。

 確かに肩はこってるわ。

 城の中にいるだけで、一応自由にはさせてもらっているけどそれも限られた区域でのこと。ここには我が家のようなトレーニング部屋なんてない。

 だが、あることを思い出してわたくしは納得がいった。

 「リンディ様ね。ティナもイタズラ好きですもの」

 はぁっとため息をついて、わたくしはもう1度箱を開けた。


 中に納まっていたのは…………鞭。


 細い長い持ち手は黒い皮製で滑り止めの凹凸があり、両サイドには白い模様と赤い宝石が左右2つずつ付いている。その先からは同じ皮製の硬いものが、シュルリと先端に向けて徐々に細くなっていく形状でのびている。表面には持ち手と同じ白い文様が刻まれている。

 鞭を持ち上げると、底からメッセージカードが現れた。

 鞭に似合わない、可愛らしい黄色い花柄のカードには、丁寧な小さな文字が並んでいた。

 


 『シャナリーゼ様へ

 さぞ驚かれたかと思いますが、イズーリへ向かわれると言うことで前々からお渡ししたいと思いつつ躊躇していたものを、今回思い切ってお渡しすることにしました。どうか御身に危険が迫りましたらぜひ御活用下さい。ご帰国の際は改めてお誕生日のお品を贈らせて頂きたいと思っております。

 御武運を祈って。  リンディ』

  

 『お姉さまへ

 お兄様とご一緒と聞きましたが、お姉様は1人になることが多いと思います。イズーリは軍事国家と聞きましたので、武器など持たずに参るのは危ないと思いました。リンディ様にご相談し、足に巻けば護身用になるとお伺いしました。お持ち下さいね。 お気をつけて!  ティナリア』



 以上、勘違い娘達からのプレゼントでした。

 

 情報がないというのも、噂を丸呑みだというのも考え物だわと頭が痛くなった。

 あの2人はどうしてわたくしを戦わせようとするのかしら。

 まぁ、心配してるようだから怒るわけにもいかないが、素直に喜んでいいのかはわからない。

 持ち手を持って持ち上げるると、かなり軽い。何となくだが一振りしてみると、シュッと真っ直ぐ飛んでいく。なかなか使いやすい。

 ……でも勘違いなさらないで。こういった鞭を振るうのは2回目ですの。

 馬鞭もそうそう使ったことがありません。

 なのにこんな本格的な鞭だなんて……。

 ピラッとカードをめくると、追伸との文字が。


 『追伸

 わたくしも資料の一環として利用させていただいたお店のイチオシです。商品名は”黒い雪豹”です。リンディ』


 ……黒いのか白いのかはっきりしない商品名だわ。

 それにしてもリンディ様。資料集めとはどういうこ……いえ、詮索はやめておきますわ。あのキャラクター封印したいです。


 はぁっとため息をつきながら鞭をゆっくり手繰り寄せていると、トントンとノックの音がした。

 ドキッと体が震えた。

 手元の鞭を隠さねば、と周囲を見渡すと同時に声がかかった。

 「シャナリーゼ様、マディウス皇太子殿下より使いの者が来ております」

 その声はなぜかエージュだった。

 使いも厄介だけど、エージュも何しに来たのかしら。

 わたくしは1人が好きなので、メイドは常駐していない。

 (仕方ないわね)

 この手に持つものを見せるわけにはいかず、わたくしは咄嗟に腰の後ろに盛られたリボンの帯の中に差し込んだ。

 「今鍵を開けるわ」

 と、返事を返して寝室を出ようとして足を止め、さっと姿見の鏡で見えないことを確認した後足早に歩いて鍵を開けた。

 入ってきたのはエージュと、さっき廊下であった壮年の男性。

 服装からして侍従のようだ。

 簡単に挨拶を交わし、マディウス皇太子の侍従長であるウェルスの話を聞くことになった。

 さも当然のようにエージュがわたくしを長椅子に案内し、ウェルスは立ったまま軽く一礼してマディウス皇太子の用件を述べた。

 「……つまり、説得しろとおっしゃるの?わたくしに?」

 「さようでございます」

 ポカンと口を開けなかったことを褒めてもらいたい。

 このウェルスという侍従長の話をまとめると、サイラスが怪我する要因となったあの愚鈍な隊の隊長を職場復帰させろと言うものだった。

 そんなものもっと上の者が言えばいいのに、と思ったのだが、なんと隊長はサイラスの怪我の責任をとって自主謹慎しているというのだ。本当は首を差し出すだのと大騒動になったそうだが、そこは自身も大怪我をしていたので何とか周囲が押さえ込んだが、今度はサイラスが回復するまで閉じこもっているという。

 「もともと優秀な者です。慕う部下も沢山おりますし、彼に習って謹慎する隊員もいくらかおります。上の者がいくら申しても聞かないのです」

 「……マディウス皇太子様が申されてもダメでしたの?」

 「いえ。殿下は何も申されておりません。陛下もサイラス殿下の配下のことと、一切口出しはされておりませんので、いくら皇太子殿下といえど口に出せないのです。ですがいくら優れた者とはいえ、だいぶ日数も経ちましたのでこれ以上は聞こえが悪い、と殿下はお考えなのです」

 わたくしは頭を抱えたくなった。

 侍従長の前であからさまにため息をつくわけにもいかず、ただ黙って聞いていた。

 「サイラス殿下がもう少し回復しますと事は収まると思いますが、早々の解決が望ましいとのご判断です。そこでこちらのエージュ殿とご一緒に、ナリアネス隊長のもとへお出かけ頂きたいとのことです」

 「エージュと?」

 チラッと側に控えるエージュを見る。

 「サイラス様のお使いでしたら、そのナリアネス隊長という方もすぐご復帰なさりますでしょう?なぜわたくしまでいかなくてはならないのですか」

 「それはエージュ殿がサイラス殿下の使者ではないからです。今回のお話はサイラス殿下はご存知ありません」

 「知らない?」

 訝しげに眉をひそめると、ウェルス侍従長は軽くうなずいた。

 「あまりサイラス殿下にご心配をおかけしたくないと言うことです」

 「そう。ずいぶんと優秀なのね、そのナリアネス隊長という方は」

 今聞いただけで、わたくしの中でその方の印象は悪い。

 「いいわ、行きます」

 どうせ暇だし、エージュの横で黙っていればいいのだろう。

 ここで断ってもどうせ次の手とかで、結局マディウス皇太子がでてきそうだし。あの方のお顔を見るくらいなら、今ここで素直にうなずいていたほうがいい。

 「ありがとうございます。さっそくですが、馬車の準備はできております。お仕度に今人を呼びます」

 「そう。じゃあさっさと行って帰ってきましょう。わたくしはこのままで結構よ」

 「よ、よろしいので?」

 初めてウェルス侍従長がうろたえた。

 あら、おもしろいと内心ちょっとだけ笑えた。

 「お化粧直しにお着替えが必要かしら?ねぇ、エージュ殿」

 「御不要かと」

 敬称の嫌味もサラリとかわし、エージュは淡々と頭を下げた。

 「と、いうわけで参ります」

 「は、はぁ。ではよろしくお願い致します」

 出だしはまだ呆気にとられていたものの、最後はピシッと姿勢を正して一礼した。


 そして言葉通りすぐに部屋を出て、馬車へと案内された。

 「そうだわ。せめてセイド様にはお伝えしたいのだけど」

 「すでにお伝え済みです」

 「そう」

 さすがエージュ。でも最初から仕組んでいたのでしょう、と前を行く後頭部に薄毛の呪いをかけた。


 

 ガラガラと馬車が音を立てて進む。

 護衛は2人、馬に乗って前後を挟むように進んでいる。

 王家の家紋はないものの、それなりに大きく立派な馬車の中で、わたくしとエージュは向かい合って座っていた。

 「申し訳ありません、シャナリーゼ様」

 突然エージュが頭を下げた。

 それをそっぽを向いたまま一瞥し、わたくしは視界の覆われた窓に視線を戻した。

 「どうせマディウス皇太子様に言われたのでしょう。逆らえないのは仕方ないですわ」

 「ですがわたしがシャナリーゼ様をご指名したのです」

 ハタッと動きを止め、わたくしはゆっくりエージュを見据えた。

 「どういうことですの?」

 「マディウス皇太子殿下は、サイラス様のご婚約者候補の方々からお1人を連れて行くようにと言われました。ですからわたしはシャナリーゼ様を御指名させて頂きました」

 「今朝いた方々かしら?あの巻き毛のお嬢様はサイラスのためなら喜んでついて来てくれるわよ。それにもう1人の方は儚げな美人で、いかに頑固者の隊長とはいえあのお嬢様に泣きつかれては従うんじゃないかしら。あの少女は……まさか」

 「いっ、いえ!あの方は儚げとおっしゃられた、侯爵家のエシャル様の付き添いで来られた公爵家の姫君です。サイラス様とは年の離れた従兄弟姫様です!」

 わたくしの凶悪になった目つきに、さすがのエージュもあわてて弁解する。

 「そう、良かったわ。もしあの小さなご令嬢まで候補であったのなら、わたくしはサイラスを深い眠りに落とすかもしれないわ」

 「ご心配なく。サイラス様はシャナリーゼ様一筋です」

 「お世辞は結構よっ!で!?わたくしを選んだ理由はなに?」

 にっこり微笑んだエージュに、わたくしは眉をひそめた。

 「シャナリーゼ様なら、あの(・・)ナリアネス隊長に物怖じせずお話いただけると信じているからです」

 それはどういう意味かしら、とわたくしは更に眉をひそめた。

 「眉間に皺が……」

 「誰のせいよっ!お話ってどういうことっ!」

 おもわず腰の後ろに手がいきそうになった。

 あの鞭でエージュを打とうとした自分に気づき、それを隠すように怒鳴る。

 「ですから、ご説得なさるのはシャナリーゼ様です。わたしは付き添いです」

 「なにそれ。聞いてないわ」

 「ですが侍従長は説得して欲しいと、シャナリーゼ様にお願いしておりましたが」

 確かにそう言っていた。

 わたくしはよぉく、あのウェルス侍従長との会話を思い出してみた。

 

 ……確かに付き添いで行ってくれとは言われていない。


 「詐欺だわ」

 ぼそっとつぶやいたわたくしに、エージュは微笑む。

 「大丈夫です、シャナリーゼ様。きっと勝て(・・)ます」

 「……」

 わたくしは無言でエージュを睨んだ。

 さっきから「あの」とか「きっと勝てます」とか妙に引っかかる。

 聞きたいことは山ほどあるが、聞けば聞くほど頭が痛くなりそうなのでわたくしは黙っていることにした。

 そしてまたしばらく走ったところで馬車が止まる。

 薄暗い馬車から明るい日の光の下へ出て、まぶしくて片手で目を覆った先に見えたのは落ち着いたアイボリーのお邸。振り返れば白い門と壁が見える。前庭は噴水があり、敷地は広いがお邸はそこまで大邸宅というわけではない。

 「ナリアネス隊長は侯爵家の次男で、現在男爵位をお持ちです。独身で現在28才。お見合いするも15連敗記録をお持ちです」

 そんな記録の話いらないわ。

 ジロッとエージュを睨んでいたが、彼は気にするまでもなくノッカーを鳴らした。


 やがて静かに開いた玄関の扉から、かなり年配の男性が出てきた。

 背筋はピンとしているが、細い目と顔には皺が多く、体型も細い。

 「先触れにありましたシャナリーゼ様とエージュ様ですね。お待ちしておりました」

 さぁどうぞ、と案内された客間でわたくしは熊と対面することになる。

  


 勘違いなさらないで?わたくし伯爵令嬢であって調教師ではありませんのよ。


 客間にいたのはがっしりした体型の男性。短いながらもうねった黒髪、角ばった顔には傷もあり、眼光は鋭く飢えた獣のよう。とにかく見える手、首が太く大きく、どれだけ筋肉が発達しているのかと呆気にとられるほどの大男だった。

 そして極め付きはその仏頂面。

 なるほど、お見合い15連敗もだてではないようだ。

 そんな彼がゆらりと立ち上がった。

 エージュがスッとわたくしを庇うかのように前に立った。

 ナリアネス隊長は壁に飾ってある剣を掴むと、そのままブンッ音をたてて振り下ろした。


 「そこの女、只者ではないなっ!」


 いきなりの言い分である。

 

 「いざっ!」

 言うや否や、剣を構えて突っ込んできた。

 さすがのエージュもこれには驚いたようで、わたくしを庇うように身を翻す。

 「旦那様!?」

 主のご乱心で心臓が止まりそうなほど蒼白した執事が叫ぶが、ご乱心中の主は壁の絵画を叩ききった後、鋭い視線をわたし達へ向ける。

 「……エージュ、次で離れなさい」

 「はっ」

 素直にエージュは次の一手をかわす時、わたくしから手を離した。

 もちろんわたくしも避けたが、体勢を立てるときにそのまま腰の後ろからアレを取り出す。

 ビシッと鋭い音がして、剣を持つ手に鞭が絡まった。

 「なっ……あっ!?」

 驚いているその隙にエージュが対格差があるものの、どうにか彼を床に押し倒した。

 だがすぐ彼は起き上がろうとしたので、わたくしは彼の頭を勢い良く踏みつけ、わずかに上がった顔の先に鞭を一太刀振るった。

 そして尊大に睨み下ろしてさしあげた。


 「初めまして。わたくしシャナリーゼ・ミラ・ジロンドと申します。マディウス皇太子様の使いの者ですの。ほほほっ」

 そのままグリグリと全脚力でもって踏みつけた。

 獣は大人しくなっても、油断するとまた暴れることがあると聞いたことがある。

 わたくしはもうしばらく、グリグリと大人しくなったケモノを踏みつけることにした。 

 ……半分気を失った執事が気がつくまで。



 あぁ、もう、勘違いなさらないで?もう1度言いますが、わたくし伯爵令嬢であって調教師ではありませんのよ。










読んでいただきありがとうございます。

感想をいただけるなら……多分くるだろうな、という一文が頭によぎりました。いただけたら嬉しいです。正解は……のちほど。

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