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勘違いなさらないでっ! 【18】

お久しぶりです。いつもより長めです。

のろのろ更新ですが、どうぞよろしくお願い致します。

 その夜、ライアン皇太子はイズーリ国王陛下主催の晩餐に招待された。

 え、わたくし?

 ほほほ、招待されるわけありませんわ。

 王妃様には末息子を誑かす悪女と思われているでしょうし、マディウス皇太子には食えない女、良くて油断のならない女と思われているでしょうから。

 来賓用の食堂に現れたわたくしを見て、先に夫婦揃って席に座っていたレインが目を丸くした。

 「まぁ、シャーリーどうしたの?」

 「夕食をいただきに来たのだけど?」

 「ライアン様とご一緒ではないの?」

 「いいえ」

 何を言っているの、とわたしはレインの横に座った。

 レインは対面に座るセイド様に視線を送っていたが、セイド様はそんな彼女を安心させるかのように優しく微笑んだ。

 「お邪魔だったかしら」

 「いいや。レインが勝手に決め付けていただけだ。俺も君と少し話がしたかったから丁度いい」

 「お手柔らかにお願いしますわ」

 最近何もしてないから心当たりはないけど、と思いつつ配られた食前酒に口をつけた。

 前菜は生ハムとシャキシャキした野菜の細切りサラダを、少し酸味のあるドレッシングをかけたものと、一口サイズのパイ生地の上に濃厚なチーズをのせたもの、プチプチした食感の何かの黄色い卵をのせたもの、甘酸っぱいピンク色のムースをのせたものが出てきた。

 「不思議だわ。このムースは何かしら?」

 レインの言葉に、控えていた給仕の青年が軽く頭を下げ答えた。

 「こちらはボルボアというベリーのムースです。酸味がありますが、ムースにしますと食べやすくなります。また、お肌に良いと言われ、お菓子に使用されることも多いものです」

  次に出てきたスープはあっさりした黄金色のスープで、魚料理は馴染みのあるムニエルのようなものだった。ちなみにパンが出てきた時にバターの他にクリーム状のチーズが出てきて驚いた。

 「畜産業の盛んな地域がございまして、そちらからの献上品です。固形のものと違い管理が難しく、日持ちもしませんので、まだまだ広く一般的には流通はしておりません」

 「口当たりがいいわ。チーズ独特の臭みも少ないのね」

 濃厚な塩の効いたバターもおいしかったが、わたくしはこっちが好きかも。

 遠慮なく塗って食べると、あっという間に2つ食べてしまった。でもレインも手が止まらないと同じように食べていたのでいいだろう。

 さすが異国、食材もおもしろいわとレインと話していると、セイド様が珍しく割り込んできた。

 「そうそう、これから肉料理がでてくるが、どうか2人とも驚かないで欲しい」

 驚くなと忠告しているが、その顔は驚いてくれといわんばかりににんまりとしている。

 「まぁ、どんなお料理かしら」

 レインが嬉しそうに微笑むが、わたくしはきっとそういう期待はできないのではないかと思った。

 「あぁ、きたようだ」

 セイド様が料理を運ぶドアへ視線を移したので、レインも期待の眼差しを向け、わたくしも黙ってそのドアが開くのを見ていた。

 

 運ばれて来たのは、ワゴンの上に乗った鶏の丸焼きだった。美味しそうな湯気とソース、色とりどりの野菜に囲まれているが、頭がないだけの形そのままの丸焼きには違いない。

 「ひっ」

 おもわず小さな悲鳴をあげたレイン。

 わたくしは昔嫌がらせで見た生の鳥の死骸に比べるとマシだわ、と結構冷静に見ていた。

 新妻の驚いた顔に満足したのか、セイド様はなんでもないように話し出した。

 「イズーリでは最高のもてなしとして、魚や肉をありのままの姿で料理して出す。そして目の前で切り分けるんだ。俺も初めて見たときは驚いた。今回は比較的抵抗の少ない鶏を出してもらったんだが」

 チラッと見た先にはレインが青ざめていた。

 「シャナリーゼ嬢は平気そうだな」

 「鶏なら大丈夫ですわ」

 「……」

 レインの返事はなかった。

 セイド様の話によると、夜会でも丸焼きは出るらしい。しかも何個も。

 もっとすごいのは狩猟会。参加した貴族が狩った獲物を持ち寄り、上位のものをその場で随行した料理人が丸焼きにして振舞うそうだ。ちなみにセイド様が参加した数年前は、自分とサイラスが追い詰めた巨大な角のある野牛が丸焼きになったそうだ。

 切り分けられた肉料理を前に、レインは戸惑っていた。

 そうよね、ちょっと目線をずらすとこちらからはまだ無傷の鶏の丸焼きが見えるものね。きっと裏側を見たらレインは卒倒するだろう。

 え、わたくし?

 おいしく頂いておりますわ。

 丸焼きなんて孤児院ではお祭り騒ぎで楽しむものですもの。見慣れております。

 ただ……研修に来た若いシスターが絶叫したのは見たことあります。子どもにお肉は必要ですよ、と命のありがたさがわかるでしょ、と周りが説得していたのも知っています。

 「レイン、普段食べているお肉はこうして動物から恩恵を受けているのよ。美味しく食べないと命に失礼だわ」

 「え、えぇ。そうね」

 意を決したように手を動かし始めたレインを、セイド様は心配そうに見ていた。

 心配するくらいなら最初から説明しときなさいよ!

 パクッと食べたレインの顔がみるみる笑顔になる。

 「おいしいわ」

 「これどこの部位?」

 それはわたくしの純粋な好奇心からの質問だった。

 給仕の青年は笑顔で答えた。

 

 「首です」

 

 ぽとり、とレインの手からフォークが落ちた。

 笑顔のまま顔色が悪くなる。

 「れ、レイン!」

 あわてるセイド様に、わたくしはちょっと睨まれた。


 勘違いなさらないで、セイド様。悪気はなかったんですのよ。


 「そ、そうですわ。セイド様、明日わたくしとレイン出かけてもよろしいでしょうか?」

 急な話題をふることにした。

 最初に言わなくて良かった。後でデザートを食べながらのんびりと話そうと思っていたが、この雰囲気を壊すには丁度いい。

 「プーリモという有名なチョコレートの店がありますの。そこにエージュが案内してくれるというのです。ぜひレインと行きたいのですわ」

 「まぁ、プーリモへ!?」

 首のショックはどこへやら。嬉しそうに目を輝かせたレインに、わたくしはうなずいた。

 「明日は朝のお見舞い、昼のお見舞い、夕刻のお見舞い、夜のお見舞いの予定ですので、合間に参りたいのです。できたら午前中に」

 まったく、何が悲しくて1日4回もお見舞いに行かなきゃならないのだろう。

 予定を聞かされた時に、一瞬ポカンとしてしまったのはレインも同じ。

 しかも付け加えられた言葉は「の、最低4回。あぁ、上限はないそうだ」だった。

 もういっそ「看病してて」と言われたと諦めよう。話し相手にはなってやろうと思っていたが、今日見る限りじゃ話せそうもない。

 「プリーモか。人気店だが大丈夫か?使いを出そうか」

 「いいえ。自分の目で選びたいんですの。もしご心配ならレインとご一緒するのは諦めますわ」

 「えぇ!?嫌よ、シャーリー。わたしも連れて行って!」

 すがるように見つめてくるレインに、わたくしは困り顔で「でも」と言葉を濁した。

 レインはすぐ正面に座るセイド様を見た。

 「お願いします、セイド様。プーリモはこちらでも上流階級の方々がお買い求めにくるくらいのお店ですから、何も心配するようなことはありませんわ」

 「護衛も付けていただけるなら尚のこと安心なのですが」

 じっと妻とわたくしに見つめられ、セイド様は渋々うなずいた。

 「……わかった」

 パッとレインの顔が輝いた。

 「だが、ライアン様の許可が出てからでないと」

 「わかっておりますわ」

 「嬉しい、あのプリーモに行けるなんて」

 すでに行く気な妻に、セイド様は苦笑していた。


 夕食後、わたくしは言われていたようにサイラスのお見舞いに来ていた。

 相変わらず目を覚ましていなかったが、メイドによると1度目を覚ましたらしい。

 時間的にはわたくし達が夕食をとっている最中だったようで、ちょうど医師の診察をしている時だったそうだ。

 意識があるうちにと薬を服用し、そのまま眠りについたという。

 そんな説明を受けていると、セイド様がやってきた。

 「許可が下りた」

 「まぁ、良かったですわ」

 「エージュには俺から伝える。他に何かあるか?」

 「いいえ、ございませんわ」

 そうか、とセイド様は視線をサイラスへ移した。

 「今はお薬を飲んでお休みだそうです」

 「こうして改めて見ると、ロクに食事もしていないせいかやつれているな」

 「そうですわね」

 確かに頬がこけている気がする。

 ふとその寝顔を見ていると、前にやられたことを思い出した。

 メイド2人さえどうにかすれば、遠慮なく復讐できそうだわ。

 なかなか優秀そうなメイド達は、そつなく控えているようで実はわたくしの手元を見ていたりと、意外に観察されている。さすが王子付きにされるだけのことはある。

 まぁ、下手したら意識のない王子なんてどうにでもされちゃうものね。あぁ、なんだろう。ティナリアにこの話したらなんだか喜びそうだわ。

 「……今ならやれそうですわ」

 「え?」

 ついつい出た言葉に、わたくしはハッと我に返った。

 「何をする気だ?」

 じとっと目を細めて睨むセイド様に、わたくしは強気に微笑んだ。

 「まぁ怖い顔。ご安心なさって。何もしませんわ」

 意識のない人の顔にラクガキなんて子どもじみたことしませんわ。


 ……してもすぐ、そこのメイド達がなかったことにしそうですものね。



 


 翌朝、朝食の席にはレインしかいなかった。

 「おはよう、レイン。セイド様はお仕事?」

 「おはよう、シャーリー。えぇ、セイド様はライアン様のお側にいかれてるわ」

 席に着くとさっそく朝食が運ばれてきた。

 給仕の青年が目の前で新鮮なフルーツをナイフで切り、そのままギュッと絞った果汁に氷と水、シロップを混ぜてジュースを作ってくれた。

 それを一口飲んでから、焼きたてのふわふわのパンに、昨夜も出たクリーム状のチーズを塗って食べる。細かく刻んだ野菜の入ったふんわりしたオムレツは、中からチーズが溶けて出てきた。カリカリのベーコンもおいしい。温野菜のサラダも数種類のドレッシングを選ぶことができ、試しに選んだオレンジのドレッシングは、酸味のあるすっきりしたものだった。ちなみにレインは色が綺麗だからと、おそらくボルボアの使われたピンク色のソースを選んだ。

 こちらも見た目とは反対に酸味があり、あっさりしていたようだ。

 

 朝食を終えて、サイラスを見舞いに行く。

 護衛の騎士は交代していたが、わたくしが行くとすんなりと通してくれた。

 目つきの悪い女が見舞いに来たら通すようにとでも言われているのかしら。わかりやすい特徴でしょう?ふふふ、と内心で笑いながら中に入った。

 「おはようございます」

 メイドではない初老のドレスの女性がいた。

 纏め上げた髪に、首元まできっちりと覆ったドレス、そして優しげな瞳でわたくしを迎えてくれた。

 「あなたは?」

 「サイラス様の乳母を務めておりました、フィセルと申します。しばらくお側を離れておりましたが、この度お召しを受けお世話をさせていただいております」

 「まぁ、そうでしたの。わたくしシャナリーゼ・ミラ・ジロンドと申します」

 お互いの自己紹介を済ませ、わたくしはフィセル様のそばにワゴンと、水桶とタオルが数枚置いてあるのに気がついた。

 「清めていらしたのね。お邪魔してごめんなさい」

 そう言って踵を返そうとすると、フィセル様は「あっ」と小さく声を漏らした。

 「何か?」

 半分反転させた体を止め向き直ると、フィセル様はにこりと微笑んだ。

 「わたくしが申しますのはお門違いとは存じますが、隣国よりわざわざお見舞いにきていただき本当にありがとうございます」

 深々と頭を下げたフィセル様に、わたくしはなんとも言えない居心地の悪さを感じた。

 「お礼には及びませんわ。それにわたくしはご命令があったので参りましたの。ですからフィセル様がお礼を述べるようなことはありませんわ。 そ、それより今から出かけますので、失礼してもいいでしょうか」

 段々と目線が違う方向を向いていたが、この際どうでもいいだろう。

 「まぁまぁ、お引止めしてもうしわけありません」

 「いえ、後はよろしくお願い致します」

 わたくしはそそくさと逃げるように退出した。


 ……あぁ、お礼を言われるのは苦手だわ。




 で、気を取り直してレインとエージュ、護衛2人(片方はお兄様)を連れてやってきたチョコレートハウス・プーリモ。

 町の大通りより一本入った郊外、薄いオレンジ色のレンガ造りの小さな館がそれだった。敷地内をグルリと緑の植木が覆い、見た目は二階建ての館なのだが中に入ると平屋の作りだった。

 両開きの扉から中に入ると、甘い香りがふんわり漂ってきておもわず笑顔になってしまう。

 壁側ではなく、中央に並べられたチョコレートのばら売り。レジの横には透明のケースの棚が並び数々のチョコレートケーキやパイ、タルトが並べられている。レジの奥は厨房のようで、硝子張りで中の様子が伺える。ちょうど硝子から見えるのは仕上げの工程。見るだけでも楽しい。

 すでに狭い、といえるほど人が入っており、しかもほとんどが女性なのでドレスが嵩張り余計に混雑している。

 「まぁまぁ、なんて綺麗なんでしょう!」

 目を輝かせたレインが注目しているのは、中央のバラ売りコーナー。

 一口大のチョコレートの上に、波のように薄いクリーム色のチョコが器用に盛り付けてあり、小さな赤と黄色い粒がのせてある。その横には八重咲きのバラのように、幾重にも薄いチョコレートを囲い込むようにしたものがあり、小さなタルト生地に流し込んだシンプルなものまである。

 「食べるのがもったいないわ」

 「ふふっ、最後の1粒まで見ていて飽きないものね」

 「どうぞお好きなものをお選び下さい」

 エージュがそっと後ろに下がると、代わって進み出たのはチューリップに良く似た花の、プーリモのロゴマークの入ったエプロンをした店員2人。そろってトレイとトングを持っている。

 「悩んでしまうのに待たせるのは気が引けるわ」

 困ったようにレインが笑うと、エージュはにっこり笑った。

 「悩むものをすべてお選び下さい」

 「でも……」

 レインの目には遠慮が浮かんでいる。

 そして1番言いたいことを我慢している。

 チラリと助けを求めるようにわたくしを見上げたレインを見て、わかってるわよとばかりにうなずいた。

 「そうね。悩むのはやめます。これ全種類お願い。あ、レインもそれでいい?」

 「えぇそうね!でも食べる時に迷いそうだわ」

 恥ずかしそうに言うレインに、わたくしはそうねと微笑んだ。

 「ではそのように」

 エージュが店員に指示をする。

 その間にわたくしはすでに箱詰めされている、贈り物用のチョコレートの詰め合わせを見ていた。

 1番大きいものは20種類入っているもので、シンプルな白い箱にプーリモのロゴマークがついている。

 「そちらもご入用ですか?」

 「そうね。家族や友人に」

 数えて手に取ろうとしたら、横からエージュが先に持ち上げた。

 「8、でよろしいのですか?」

 「じゃあ10にして。あとショーケースのタルトもいいわね」

 「かしこまりました。レイン様はいかがですか?」

 「あ、じゃあ」

 遠慮がちに選んでいるレインを残し、わたくしはショーケースの前に立った。

 表面がテカテカに光った飾りのないケーキは、ほぼ黒いチョコレートで覆われているので甘さは控えめそうだ。ホワイトチョコレートでコーティングされたケーキは、上に色とりどりの果物が散らばっていて見た目に楽しそう。他にもロールケーキや二段のものもあり、ホールは見た目に本当に楽しい。しかし日持ちしないので今回はカットを選ぼう。

 「シャナリーゼ様、御滞在中はいつでもご用意致しますよ」

 戻ってきたエージュの言葉に、わたくしはムッと口を尖らせた。

 「そんなに長居するつもりはないわ」

 カットケーキを数個選び、わたくし達はプリーモを満足して出た。

 ちなみに御代は全部エージュが払った。つまりサイラス持ちだった。

 そうね。起きたら御礼は言うわ。

 ……言うだけよ!

 見返りなんか要求したら、本当に傷口に塩を塗りこんでやるわ!


 城に戻ってから、今日ついてきてくれた護衛に詰め合わせの箱を1つ渡した。

 お兄様には「あの方へのお土産も数に入れておりますわ」と、こっそり耳打ちしておいた。

 少しだけ微笑するお兄様を見て、それが「ありがとう」を意味するのだとわかった。

 いくら兄妹でも今は任務中。堂々と話すわけにはいかない。

 昼食は軽めにしてもらった。

 なんせお茶の時間にはプーリモのケーキが待っているのだ。

 「シャナリーゼ様、ご準備できました」

 メイドでも侍女でもなく、エージュが呼びに来た。

 「ありがとう」

 どうしてエージュが?と不思議がるレインを連れて、わたくし達はサイラスが療養している部屋へ向かった。

 部屋の前の護衛騎士はいつも厳しい顔で立っているが、今日はそれが崩れている。戸惑い、チラチラと目線を部屋へと注いでいる。

 「いいかしら?」

 レインとエージュを引き連れたわたくしが前に来ると、一応型通りにドアをノックしてくれるが、好奇の視線がわたくし達にも注がれている。

 そんな視線を無視して中に入ると、わたくしはにんまりと笑った。

 続いて入ったレインはポカンとおもわず軽く口を開けてしまったし、エージュはこれ(・・)を用意した本人なので驚きはない。介護についているメイドも普通に立っており、フィセル様も微笑んでいた。

 場違いなのはどちらだろう。

 奥の寝台で包帯だらけで眠るサイラス。

 手前にはお茶の準備がなされている。

 しかもただのお茶じゃない。わたくし達が座る丸い華奢な足のテーブルの他に、更に3つのテーブルが用意されている。上に置かれているのは今日プーリモから購入してきたケーキやチョコレート。そしてエージュの手配で用意されたプティング、クッキー、砂糖でコーティングされたバウムクーヘン、ナッツたっぷりのフロランタン、濃厚なチーズケーキ、生クリームをたっぷり挟んだフルーツサンドイッチに果物にジャムなど等。

 間違いなくサイラスが場違いだ。

 微かな花の香りの部屋には薬のにおいも僅かだがしていたが、今は甘い香りが充満する菓子店のような部屋になってしまっている。

 「しゃ、シャーリー、これは?」

 どういうことなの、とレインがうろたえる。

 「サイラスを起こそうとするならこっちの方が効果的よ」

 「まったくです、シャナリーゼ様」

 同意するエージュ。用意するようには頼んだが、想像以上に甘いものをそろえている。ずいぶんはりきったようだ。

 「ふふふ、驚きましたわ。まさかこんなことになるなんて」

 フィセル様が嬉しそうに微笑む。

 「レイン、こちらはサイラスの乳母のフィセル様よ。ご一緒にとお誘いしたの」

 「まぁ、始めまして。レイン・アナ・ハートミルでございます」

 レインとフィセル様の顔合わせも終わり、わたくし達は早速席についてお茶を始めた。

 わたくしの前にエージュがチョコレートタルトを持ってきた。レインの前にはプーリモのばら売りされていたチョコレート。ちなみにやっぱり悩んでいたので、エージュに選んでもらった。フィセル様の前には濃厚なチーズケーキ。テーブルの真ん中には3段のティースタンド。クッキーやフルーツサンド、プーリモのチョコレートが置かれている。

 「サイラス様は甘い物が本当にお好きなのね」

 「見てるこっちが胸焼けするくらい好きよ。だから花を飾るより、こうして甘いお菓子をたくさん並べたほうがいいのよ」

 「ふふふっ、お菓子をお贈りするくらいなら思いつきましたけど、まさかお部屋をお菓子だらけになさるなんて。たとえ思いついても実行はできませんわ」

 「そうですわね。わたくしも反対があると思っていはいたのですが」

 言葉を切って、チラッとエージュに視線を飛ばす。

 「反対はなかったの?」

 「はい。ございませんでした。もとよりマディウス皇太子様より、シャナリーゼ様から何かご指示があれば従うように、と控えておりますメイド、並びに護衛騎士には通達されておりましたので」

 「そう」

 ちょっとだけ不機嫌になった。

 最初から見透かされていたのかしら。まったくここまでされていると、正直気味が悪いわ。

 もしこの部屋でパーティを開こうとしても許されるのかしら。

 ……やったらマディウス皇太子まで参加しそうね。

 ついでにイズーリ国王夫妻からの評価は地に落ちるでしょうね。ふふふ……、まぁ、外交問題にならなかったら別にいいけど。

 フィセル様からサイラスの幼少時代の話が少し出ると、そこから自然と子どもの話になった。

 レインが新婚と聞いたフィセル様は赤ちゃんのお世話について語った。レインは手を止め、頬を軽く染めながら聞き入っている。そういえば手紙でイリスが懐妊したと言っていたわねぇ、とわたくしは思い出したくらい上の空。

 思いのほか気があったような2人を尻目に、わたくしは行儀悪くも食べかけのチョコレートタルトが乗った皿を片手に、ゆっくりとサイラスの様子を見に行った。

 寝台の横から覗き込むと、気のせいか血色が良かった。

 花の匂いが悪臭と化し、しかめっ面をしていた顔も今は穏やかだ。

 「セイド様のお話ですと、予定通りライアン皇太子様は公務を終えておりますの。話によりますと明後日には帰りますわ。とっとと起きてちょうだい。さもないと甘ったるいチョコレートソースを口に流し込みますわよ」

 起きない相手が聞いているわけがないのだが、今なら聞こえるかと思って話しかけた。

 でもやはり反応はない。

 「失礼致します」

 エージュがイスを持ってきてくれた。

 「ありがとう。ねぇ、本当に何も言われなかったの?」

 「……正直に申し上げますと、メイド長から報告を受けた女官長が苦情を言いに来ました。しかしマディウス様の許可があると跳ね返しましたら、ものすごく睨まれました。あれはきっと王妃様にご報告に行ったと思われます」

 見ず知らずの女官長からも嫌われたようだ。

 今頃王妃様も頭が痛いと悩んでいらっしゃるのだろう。でもあと2日したら消えますわ。

 「ふふふっ、明日は何をしようかしら。小規模な演奏会でも開こうかしら」

 「マディウス様は楽団を所有されておりますよ」

 「やめるわ」

 あっさり諦める。

 あのサイラスより腹黒真っ黒常闇皇太子に関わりたくない。いえ、むしろ関わってはいけない気がするわ。

 「……っはぁ……」

 妙に色っぽい吐息を出して身じろぎしたのはサイラスだ。

 うっすらと左目が開き、それがわたくしの方に向けられると徐々に黒い瞳が現れる。

 「……ャーリー?」

 かすれた小さい声が驚いていた。

 「あらあら、ずいぶん可愛らしいお姿ですわね。まるで眠り姫のようですわ」

 いつものサイラスならここで憎まれ口をたたくのだが、よほどわたくしがいたのが不思議だったのか、左目がキョロキョロと動いて目的の人物を見つけて止まった。

 「エージュ、これは?」

 「ライアン皇太子殿下がお見舞いに来られております。シャナリーゼ様もご同行されたのです」

 「断れなかっただけですわ」

 ふんっと鼻をならして笑って見せた。

 だがサイラスの表情は固いままだ。

 「しかし……今日は何日だ?」

 「28日でございます」

 ゆっくりとサイラスは自分の口で繰り返した後、ハッとしたように目を見開いてわたくしを見た。

 「なんですの?」

 「お前、明日た……」

 ムギュッとそのたどたどしい口調の口に、皿の上のチョコレートタルトを押し付けて黙らせた。

 もちろんフョークで刺している余裕はなかったので、大変行儀が悪いが手で掴んだ。

 うぐっとかあぐっとかうめいているサイラスに、わたくしは口角だけ上げて見下ろした。

 「覚えて……いいえ、知っていらしたのね。でもそれは口にしないでちょうだい。考える暇があったら、とっとと回復していただきたいわ」

 ぐいぐいと残り少ないチョコレートタルトを押し込み、サイラスの口周りはもとより、右半分の包帯も汚して食べさせた。

 「うまいな」

 「プーリモのケーキよ。もう1ついかが?」

 サッとエージュが差し出したハンカチで、わたくしもチョコレートで汚れた手を拭きつつ背後を振り返る。

 テーブルではサイラスの様子に気がついたレインとフィセル様が、手を止めじっとこちらを見ていた。

 「のどが渇いた。ホットチョコがいい」

 よけいにのどが渇きそうなものをリクエストする主人に、エージュは黙って頭を下げ立ち上がった。

 「まぁっ!その前に薬湯ですよ、サイラス様!」

 フィセル様がとんでもない、と勢い良く立ち上がった。

 「血が足りないんだ。なんでもいいだろう」

 しかめっ面に戻ったサイラスに、フィセル様は首を横に振った。

 「なりません!お食事をとってからでないと」

 「目の前にそれがあるのに我慢しろだと?拷問だ」

 「大の大人がなんですっ!血が足りないならお食事と薬湯ですっ」

 今までの物静かなフィセル様の雰囲気からは一変して、それは見事な教育者の顔になった。

 「お待たせしました」

 いつの間にかエージュが温かいホットチョコが入ったカップを持ち、サイラスの側に控える。

 少しだけ上半身を起こすと、エージュが背中にクッションを置いた。それから左手でカップを受け取ったサイラスは、フィセル様の怒声も無視して飲む。

 「俺の血はチョコでできているといえば黙ると思うか?」

 「バカなこと言ってないで、あなたは栄養学でも学びなさい」

 呆れた目で見れば、サイラスは面白そうに目を細めた。

 「ありがとう、シャーリー」

 え?とわたくしは目と耳を疑った。

 今の声があまりに気持ちよく頭に入ってきたので、わたくしは一瞬何の音も聞こえなかったくらいだ。

 

 しかし、わたくしは相当偏屈のようだ。


 「かっ勘違いなさらないでっ!わたくし心配なんてしておりませんし、ここに来たのだって陛下のご命令ですの。来たくて来たんじゃありませんわっ!」

 最後にふんっと盛大に鼻を鳴らして立ち上がり、そのまま席に戻る。

 「何でもいいわ、ケーキちょうだい!」

 なぜか微笑むメイドにイライラして注文すると、渡されたのはピンクのハートの薄いチョコレートが乗ったフルーツロールケーキだった。

 「さぁさぁ!お飲み下さい!」

 わたくしが立ち去った寝台の側には、薬湯を持ったフィセル様がサイラスに迫っていた。

 チラッと見えた薬湯は濁った濃い緑色で、飲むには勇気がいる色だなと思った。

 「そんなにチョコレートがいいのなら、こうして溶かします!」

 フィセル様はホットチョコのカップを奪うと、薬湯の入ったカップにどぼっと注いだ。

 「さぁ、どうぞ!」

 「…………マジか……」



 ……薬湯は史上最悪の味だったそうですわ。



お気に入りが6600件超えてました……。

恐ろしいですが、喜んでおります。

ストレスを爆発させて打っております。誤字もいっぱいです。

ご指摘いただいて感謝しております!!

*11/8店名プリーモとなっていたので、プーリモに修正してます。

そしてもちろん読んでいただいて感謝しております!!

ありがとうございますぅううううう(絶叫)!!

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