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勘違いなさらないでっ! 【97話】

年の瀬お忙しい中失礼いたします

 二日後の夜。

 昼過ぎから刺激臭を落とすための湯あみ、支度、そして食欲は出なかったけど軽く食事をしてその時を待った。


 まずは王都内にある時間的に閉館している美術館へと向かい、門のところで黒い羽根を見せて迎えの馬車に乗り換える。

 そして上等な馬車に揺られて連れて行かれたのは、王都の郊外にある貴族のお屋敷だった。

 馬車が止まってドアが開くと、顔色の悪い不健康そうな男が手を差し出す。

 イヤイヤながらにその手を取って降りると、そこは薄気味悪いほど明かりの少ないお屋敷だった。

 周囲を見渡そうとすると、手慣れた動きでわたくしの視界をさっきの男が塞ぐように移動する。

「どうぞ、中でお待ちです」

 早く行け、と言わんばかりに近づくので、不機嫌な顔をしたままツンとして扇と小さなバッグを手にして中に入った。

 ちなみに、わずかな間に盗み見た感じの庭は、わりと手入れがされているようだった。きっと日頃は普通に生活しているんでしょうね。

 まるで留守を装うような薄暗い玄関ホールは、先導され歩くたびに無駄にカツンカツンと音が響く。

「ずいぶん暗いわね」

 心なしか、わたくしの声も少しだけ響いて聞こえる。廊下の装飾品が少ないのかしら。

「はい。皆様すぐに慣れるように、配慮しております」

「慣れる?」

「……会場は地下になりますので」

 少しの沈黙はわたくしを疑ったのか、チラッとこちらを振り向いた彼の目線はすぐにわたくしの持つ手紙へとはしって消えていく。

「お足元、お気を付け下さい」

 左右に伸びる廊下の突き当りまでくると、わずかに絵画をずらして中の仕掛けを起動させる。


 ゴトン、と音がしてカタカタと何かの音がする。

 すぐに床からわずかな土煙あがって、床の一部が横にずれていく。

「この中に入れと言うの?」

「……失礼ですが、お客様はどなた様のご紹介でしょうか?」

 どろっと濁ったような目で、疑いを持って睨んでくる。

「待て、ビー」

 横からカツカツと足早に音を立てて、スーツ姿の男がやってきた。

 わたくしを睨んでいたビーと呼ばれた男が、静かに一歩下がる。

「ご無礼を、お嬢様。わたしめがご案内させていただきます」

 どこにでもいそうな若い男が丁寧に頭を下げ、手で自分が来た左側を示す。

 ビーはすでに仕掛けを元に戻そうと、何も言わずに自分の仕事に戻っていた。

「申し訳ございません。アレはああいう男でして。罰は後程受けさせます」

 無言のわたくしが謝罪がないと腹を立てている、と思ったのだろう。

「そう。番犬のような男ね。さっきの地下の入り口は?」

「あちらは一般の方用でして。まず地下にて選んでいただくのです。地下は保管場所に最適ですので」

「ふぅん、選ぶほどあるのねぇ」

 わたくしがそう言うと、案内役の男は自慢げにうなずいた。

 廊下を歩いて通された部屋は、大きな布が幾重にも重なるように垂れ下がっており、明かりも色ガラスを通して赤や黄色といったものが、淡くいくつか灯してあるだけだった。

「ようこそ」

 垂れ下がった布のカーテンの向こうから、うっすらクマのできたホードル卿がでてくる。

「お招きしたつもりでしたのに」

 そう皮肉を言えば、ホードル卿は大げさに頭を振る。

「申し訳ございません。ですが、あなたにお見せしたい我が国最大の秘薬は、とても持ち運びに手間暇がかかるのです」

「そうなのね。楽しみだわ」

「そう、楽しみなのです! あなたにこの快楽を知っていただければと、昨日からわたしめが直接調合しておりまして!!」

 声鷹高に熱弁するホードル卿の様子から、きっと今も薬が効いているのねと理解する。

 問題はドアに張り付くように立っている案内役の男。

「興奮型は統制に影響を与えるわ。体を動かすことをきっかけに興奮作用が出るなら問題ないのだけど、持続性に長けて依存度は中程度がいいわ。あと無味無臭で」

「おお、おお! もちろんですとも。この香りは女性向けにと調合したのですが、いやはや、あなたはビジネスパートナーとして大変すばらしいですな」

 さあこちらへ、と馴れ馴れしくわたくしの背中を押す。

「おや? 足をどうかされましたかな?」

 案外鋭いのか、わたくしがちょっと右足を庇って歩いているのに気が付いたらしい。

 そっと、閉じたままの扇を口元に当てる。

「少し前に、そちらの姫様とお昼をご一緒させていただきましたでしょう? その時に、あのお付きの方とぶつかってしまいまして、痛めてしまいましたの」

「ああ、ジェルマですね。何の報告もしないとは……あとで叱っておきます。しかし、先日の夜会ではそのようにお見受けできませんでしたが」

「痛み止めを少々。特別な夜会でしたので、無様な格好は見せられませんわ。今日は痛み止めを飲んでいませんの。服用すると……楽しみが半減するかもしれませんし」

 意味ありげに微笑めば、にたりとホードル卿も笑う。

「ええ、ええ。もちろんですとも。痛みも快楽に帰る魔法をご体験下さい」

「まあ、楽しみだわ」

「さあ、こちらへ」

 差し出された丸い手に心の中で舌を出してから手を乗せ、布のカーテンをかき分けて部屋の中央までやってくる。そこには丸いテーブルと、大きな一人掛けのイスがありそれに座らされる。

 テーブルの上には火がむき出しのランプがあり、ゆらゆらと揺れていた。

「まずはこちらを。軽くあぶってみてください」

「……」

 にこにこと気味が悪いほどの笑顔を見せるホードル卿を見て、わたくしはその紙を手にとり火にかざす。

 ふわりとわずかに甘い匂いがした。

 目を閉じ、ゆっくりと吸い込むふりをする。

 そんなわたくしの様子を見て、ホードル卿が図々しくも距離を詰めてくる。

「どうです? 甘い香りを存分に吸ってください。頭の中がふわっとしてくることでしょう」

 得意気なホードル卿は、片手で香りを扇ぐ。

「ああ、もちろんこれはお試しですからあまり強くはありませんよ。ですが、子どもはこの程度の香りで気絶してして記憶がなくなってしまうようです。なかなか興味深い資料になりました」

「……子ども?」

 薄ら目を開くと、ぐふぐふと気持ち悪い笑みを浮かべたホードル卿がうなずく。

「我が国は閉鎖的で保守的な国ですからね、なかなか改良したものを試すことができなかったのです。いくつかの改良品を試してきましたが、このイズーリで試した改良品が最も上出来でしたよ。

 これをもっと濃度を上げて調整すれば、簡単に記憶を奪うこともできるでしょう。まあ、子どもの後遺症はだるいだけのようですが、大人の実験はこれからですねぇ」

 舌なめずりしそうなその嫌悪感満載の顔を鞭打ちたくなったが、ぐっと我慢して吸い込んだ香りを吐き出すように深く息を吐く。

「これは“黄金の羽”と良く似ているわ。この程度ならライルラドにごろごろしているわ」

 期待外れ、とあぶっていた紙を床に投げ捨てる。

「え、ええ。確かにこれは“聖杯”に“黄金の羽”を混ぜて薄めたものです」

 少し焦るホードル卿に、わたくしは冷たく一瞥する。

「記憶を奪うなら、わざわざ改良することはないわ。そうねぇ“人魚の抱擁(ほうよう)”を濃い目にして試すといいわ。まあ、アレは少し神経毒が強いから、記憶以外にも失うものがあるかもしれないけど」

「……それは希少なものです、おいそれとは」

「バカね」

 クスッとわたくしは口角をつり上げる。

「あるところにはあるのよ。何のためにわたくしがここにいると思っているの?」

 そう言ってバッグから小さな小瓶を取り出すと、ヒクッとホードル卿の頬が引きつる。

 それは怒り――ではなく、歓喜のために起こったものだった。

 ふるふると震えながら目を開き、信じられないとばかりにまるでわたくしを抱くように両手を差し出す。

「す、すばらしいですな! なんとあの“人魚の抱擁”を手に入れられると?」

「公には製造方法もそれを知っていた者も処刑されたけど、密かに持ち出されて培養されているわ。有事には、毒には毒を持って対抗しないといけないのよ。ただ、それが機密事項であることは間違いないけど」

「それが本物だという証拠はありますかな?」

「そぉねぇ。水にまぜるとわずかに輝く作用があるでしょう?」

 ごくりとつばを飲み込むと、ホードル卿はドアの前に張り付く男へ目配せをする。

 すぐに案内役だった男は出ていき、水を持ってきたのは白い仮面をつけた男だった。

 用意された水にわたくしはほんの少し小瓶の中身を垂らすと、目を見開いているホードル卿の前でキラキラと小さな輝きを見せて混ざっていく。

「すばらしい!! 本物だ!」

「うふふ。信じていただけて?」

「もちろんです! ああ、“聖杯”と“人魚の抱擁”を掛け合わせると、いったいどんな奇跡が起きることやら!」

 くだらない幻想を思い浮かばせ、伸ばしていた腕を引っ込めて体をよじって喜んでいる。

 そんな気持ちの悪いものを見せられているわたくしが浮かべる冷笑も、ホードル卿にとっては自分の理想を応援する要素にしかなっていないらしい。

「我が国は血を重んじるのです。決して血の交代、反逆は許されません。それは王族が神の一族だからです。これは本当ですよ。実際に時々『白い人』が生まれるのですから。

 ああ、でも奇跡が起これば、わたしはその神の一族の上に立つことができる!

 多くの者に頭を下げられるのは神の一族であっても、その神の一族がすがりつき頭を下げるのはこのわたし!! ああああ!」

 さらに身をよじらせるホードル卿に、わたくしは嫌悪感が限界まで募る。

 

 一体何をどうしたら、そこまで飛躍した考えが思い浮かぶのかしら。

 まずどうやって王様へ持っていくつもりなのよ。すでにエディーナの婚約者で王族のトリアス様が動いているというのに。まさかそれすら知らないの?


「ねえ、ホードル卿。あなたはそんなに国での信頼が厚いのかしら?」

「どういうことです?」

 歓喜が一転、水を差されてややムッとしたようにホードル卿が首をかしげる。

「いえね。どこの王族にも毒見がいるはずだわ」

「ああ、そのことですか。もちろんわかっています。だからお渡しはいたしませんよ。すでに幾人か買収しておりますから、焦らず寝所の交代の者に仕込ませるのです」

「信用できるかしら」

「もちろん、と言いたいですがね。まあ、ちゃんと大事な人質は抑えておりますし、そのための監視役もおりますのでご安心下さい」

「そう」

 

 やっぱりそういうのがいるのね。ちゃんとトリアス様にご報告しておくから、こちらこそ『安心して』ちょうだい。


 そう思ってにっこりとほほ笑むと、ホードル卿も自分の思想に酔いしれて気味が悪い笑顔を見せた。

「でも、この程度じゃご協力は無理ね」

 わたくしは手の中の紙を見て、残念そうに小瓶をバッグに戻す。

「! ああ、それは……そう、お待ちください」

 カーテンに隠れるように控えていた白い仮面をつけた男に何かを言いつけて、ホードル卿はバタバタと重そうな足音を立てて、わたくしが入ってきたドアとは別のドアを開けて出て行ってしまった。

 白い仮面の男はわたくしが持て余すように持っていた紙を受け取ると、またカーテンの奥へと消える。

 やがて静かに戻ってきたホードル卿の右手には、大事そうに布に包まれた箱が握られていた。

「お待たせしました」

 再び姿を現した白い仮面の男がランプをテーブルの上から遠ざけると、ホードル卿が箱を置いて包んでいた布を開いていく。

「どうにかこれだけ移してまいりました」

 そう言って木箱の箱を開けると、中には綿に包まれた陶器に入った白い粉が少量あった。

「火に近づけるとたちまち毒と化します。どうにかわたしは希釈濃度を知ることができましたが、部屋の湿度も影響することがあり固まってしまうと砕くのが困難なものです。これだけで百人を超す人々に幻覚を見せることができます」

「まあ、全部でどれほど所持していらっしゃるの?」

「ははは。さすがに全部はお見せできませんな」

「そう。これが本物だという証拠は?」

「……お試しいただければわかるかと。ああ、ただし快楽に抵抗なさると痛みがでますので、それが証拠となるやもしれません」

 白い仮面の男が、水をたっぷり入れた大きなグラスを持ってくる。

「では」

 そう言ってわたくしに背を向けて何かを始めた。

 棒に見えるほどの小さなスプーンで白い粉をすくって、目をギラギラさせてわたくしを振り返る。

「さあ、入れますよ。わたしも単体で使うのは、とても久しぶりなのでワクワクします。ご一緒に夢の世界へ」


 あなただけでイけばいいわ!!


 スプーンが傾けられ、シュワッと音を立てて粉が見ずに溶けていく。

 わずかに白い煙が上がって消える頃には、白い仮面の男は姿を消していた。

 わたくしにはあまり感じられないけど、今この部屋に異変は起きているのかもしれない。

 中和剤が効くこと願いつつ、ホードル卿を観察して怪しまれないようにしなければならない。

「……ぁああ、いいぞぉ」

「……」


 ムリだわ。見るに堪えない。


 白目剥きそうなくらいうっとりして、口も半開きで肩の力も全部抜いたようにだらんとして歩き回っている。

「わたしが……神だ」

 どうやらさっき語っていた妄想を、そのまま幻覚に見ているらしい。

 他人事のように呆れてみていたから、気が緩んでいたみたい。

「!」

 ピリッとした痛みが手先に出た。

 じわじわと痛むそれに舌打ちしたい気持ちを堪え、とりあえず背もたれに力なくもたれかかり、肘置きに肘をついて顔を隠して目だけ動かして観察を続ける。

 

 ああ、さすがまがい物の中和剤ね。これをさらに薄めて作ったというから、やはり完全には効かないみたい。


 イズーリ下町で起こっていた甘い匂いのおじさんや、子どもの行方不明の原因はわかった。このホードル卿の仕業だ。

 子どもの命を何だと思っているのかしら。

 トリアス様がどんな方かわからないけど、そこはしっかりと厳しい罰を与えて欲しいわ。


 余計なことを考えるのも、どうやらいけないらしい。ピリピリと痺れに似た痛みが全身あちこちで起こってくる。

 頭痛もするので、どうやら神経作用は伊達ではないらしい。


 ――しかたないわね。


これ以上は無理ね、と見切りをつけてわたくしは体を丸めるようにして、グッと前に体重をかける。

と、同時にわたくしの左足に鋭い痛みと激痛が走った。

「~~くっ」

 奥歯を噛みしめて痛みを堪えると、今まで体のあちこちで起こっていた痺れも痛みもほとんど気にならなくなる。

 ずいぶん前に、失敗して変な薬を嗅いでしまった時、抵抗して割ったガラスを踏んで正気を取り戻したことがあった。まさかまた同じようなことをするだなんて……。

 わたくしの左足裏は、見せられたものじゃないわね。

 痛みで細めた目で周りを見て、誰もいないことを確認してドレスの下で靴からガラスの欠片を放り出す。

 布で巻いておいたとはいえ、なかなかの痛さだったわ。そうでなかったら効かなかったかもしれないけど。

ぬるりとした感触のまま靴を履きなおすと、傷口がズキズキと痛んだ。

 ふぅ、と浅く息を吐きながら頭痛と足の痛みに耐えつつ、テーブルの上の小箱に目を向ける。


 アレね。


 ゆっくりと立ち上がろうとした――その時。


「お嬢様」

「!」


 すぐ後ろから引き留められる。


「お座りください」

「……」


 さあ、どうしようかしら。

 

 グッと唯一の武器である扇を握りしめ、どれくらい体が自由になるかわからないけど、グッと手足に力を入れた。


「何をしている」

「!」


 今度は別のところから声がした。

 ハッとしてその方向を見れば、ふらふらしながら、何かを噛みしめて口を動かしているホードル卿がいた。

「誰が入っていいと言った?」

 どろりと濁った目は、先ほどわたくしに声をかけた男に向けられている。

「……」

 わたくしのすぐ近くにいる男は無言で遠し、その様子がホードル卿の(しゃく)に障る。

「お前……ドムではないな?」 

 そう言って、ハッとしたようにテーブルへと目線を向け、自分が少し離れた距離にいることに気が付いたらしい。


 今だわ!!


 痛みに怯む間もなくバッと素早く立ち上がり、わたくしはテーブルの上の子箱に手をかけ抱き込む。

「なにを! 返せっ」

 汚いつばを吐きかけそうなほど醜く歪んだ顔で突進してきたホードル卿の頬に、わたくしは体をひねって勢いをつけた扇を叩きつけた。


 バシィイイ!

「ぐばっ!?」


 腕が重く痺れるくらいの衝撃と、つぶれた声が聞こえてホードル卿が横に倒れる。


 さすが強化仕様改造版ね。サイラスが自信を持って勧めてきた理由が分かった。


 それからわたくしは、すぐ後ろにいた男に扇を突きつける。

 そこにいたのは思った通り、先ほど部屋にいた白い仮面の男だった。

 ぐうう、と唸るホードル卿も気になりつつ、わたくしは黙って立っている白い仮面の男を睨みつける。

「おどきなさい。お前の主人がこれ以上痛い目に合わないうちに」

「……」

 仮面の男は無言で一歩近づくと、スッと白い手袋をした手を差し出した。

 差し出された手に載っていたのは、何かの葉っぱを乾燥させたものだった。

「無茶をなさいますねぇ、シャナリーゼ様」

「!」

 白い仮面がとられ、見知った顔が見える。

「エージュ!」

「お早くお口に。中和剤です」

「もうらうわ」

 パクッと口に入れて良く噛むと、酸っぱいような苦い味がした。

「これどうしたの?」

「先ほどあそこで呻いている方の跡をつけまして、無事にいろいろ入手してきました」

「さすがね。でも、もっと早く助けてくれても良かったのに」

「こちらが本物かどうかの区別は、さすがにつけられませんでしたので」

 はい、とエージュに小箱を渡した時、怒声を吐きながらホードル卿が立ち上がった。

「おのれ、騙しおったな小娘! 貴様など薬漬けにして王城に送りつけてやる!!」

「ずっと思っていたけど、あなたって本当に浅はかで高慢ね。あなたのような人が国の代表として外交を担うなんて、メデルデアも大したことないわね」

「なにをっ!? 王子に媚を売るしか能のない女が偉そうに!! お前も売人の卑しい出自の女と一緒だ……ぁああああああ!?」

 言い終わる前にズカズカと歩み寄り、とりあえず口をふさぎたくてその辺りに思いっきり扇を振り下ろす。


「ぎゃふ、あっ!」


 顔面を押さえてうずくまるホードル卿を、わたくしは冷めた目で見下ろした。

「卑しい出自? 能がない? あなたと一緒にしないでくれるかしら。虫唾が走るわ」

 汚れを振り払うように、パッと勢いよく扇を開く。

 さすがサイラスの改良品。あれだけ力一杯叩いたというのに、ゆがみもない。

 鼻血を出しながらホードル卿が奥歯を噛みしめてわたくしを睨みあげると、外の方からピィーッと甲高い笛の音が鳴り響く。

「!」

 サッと顔色を変えたホードル卿が、這うように立ち上がって逃げようとする。

「お待ち!」

 さっきまでわたくしが座っていたイスを蹴飛ばすと、ホードル卿の足に当たってさらに盛大にコケた。

「ぎゃあ! き、貴様無礼だぞ! たかが伯爵令嬢など、すぐさま首をはねてやる!!」

「やれるものならやってみるがいいわ。――これを見た後でも同じことが言えるなら、ねぇ?」

 無様に倒れながら喚くホードル卿に、わたくしは腰に手を当ててずいっと扇を突きつける。

 扇は雪の結晶をモチーフにした刺繍と小さな青い宝石で飾られ、周りは黒のレースに縁どられている。

 問題はそこじゃない。見せたかったのは、扇の両端に金糸で刺繍された三本の剣が一点で重なり合った紋章と、飾り紐に付いている同じ形の金細工だ。

「そ……それは……」

 ああ、さすがにわかったみたい。

「使えるものは何でも使うわ。今のわたくしは、そういうこと(・・・・・・)なの」

 にやりと無意識に口角が上がったが、きっと悪い笑顔になっていると思う。

「ヒッ、ぁ……し、知らん。わたしは……にげ……行かねばっ」

 血だらけのホードル卿の顔が面白いように動揺しているので、わたくしはゆっくりとわかりやすく教えてあげることにした。


「逃げるですって? バカな勘違いはなさらないでちょうだい。あなたがケンカを売っているのは――イズーリ王家なのよ?」


 わたくしの後ろでエージュがイイ笑顔で捕縛用の縄をパンと鳴らせると、ホードル卿は今度こそ失神した。


 あらあら、気絶しておしまい? 冗談じゃないわ。

 わたくしが甘いだなんて、勘違いなさらないでね。一部始終全部その醜い頭に記憶させてあげるわよ。 

 ホーッホッホッホ!! 


「エージュ、縛ったら目を覚まさせなさい」

「かしこまりました」


 涼しい顔をして生き生きしているわね、エージュ……。




読んでいただきありがとうございます。

本年も大変お世話になりました。

結局完結できませんでしたが、今少しお付き合いいただけると幸いです。

また来年もどうぞよろしくお願いいたします。


上田リサ


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