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勘違いなさらないでっ! 【96話】

ちょっと遅刻しました。

メリークリスマス!!


 夜会の次の日は、いつもより遅く起きる。

 わたくしは着飾った次の日は体を休めると決めているから、簡素でもいいから楽な服を着て、時間を気にせずのんびりと支度をする。

 モーテルが軽めに食事が用意されている、と言うのでとることにした。

 案内された食事室は、冬の柔らかな日差しが入る大きな窓と、赤や黄色の葉を茂らせた観葉植物が飾られたバルコニーのある部屋だった。

「すっきりしたいの。ハーブティーをお願い」

「かしこまりました」

 控えていたメイドに伝え、案内された席に座る。

 温かいハーブティーを飲みながら窓からの眺めを楽しんでいると、テーブルに卵と甘いミルクをたっぷり含ませ、表面をカリッと焼きあげたフレンチトーストと、カボチャのスープ、温野菜のサラダ、ドレッシング、カットフルーツが並ぶ。

 それらをゆっくり食べていると、ガチャリとノックもせずドアが開いた。

「遅かったな、シャーリー」

 書類を持ったサイラスが入ってきて、そのまま正面にどっかりと座る。

「おはよう、サイラス。邪魔よ」

「はいはい、おどきいたします」

 そう言って座りなおしたのは、なぜかわたくしの隣。

 他にも席があるでしょう、と言いたかったが、メイドがお茶をサイラスの前に持ってきたのでやめた。

 片ひじをテーブルについて、持ってきた書類を読み始める。

 わたくしはその横で黙々と食べ続け、最後にフルーツを口に運んでいた時に、ようやくサイラスが顔を上げた。

「そうそう、これに目を通しておけ」

 すいっとテーブルの上を滑るように渡された書類には、何やら小瓶の絵がいくつか描いてあり、矢印で細かい補足が書いてある。

「……これって」


 そこに書かれていたのは、全て麻薬だった。


 小瓶の絵はあくまでもイメージ。ただ、そこに書かれている説明は詳細に分析されたものだった。

“女神の微笑み”・“天井の音楽”・“神々の憂い”・“黄金鳥の羽”・“暁の空”……等々。

「いくつか知っているわ」

「へえ。興味でもあったのか?」

 からかってくるので、ええそうよとでも言ってやろうかと思ったが、正直に答える。

「あなたのお友達のお手伝いをしていた時に、嫌でも知らなきゃならない情報だったのよ」

「なんだと」

 サッと真剣な顔になるサイラスに目もくれず、わたくしはいくつか指差す。

「……以上は知っているわ。ああ、これはライルラドでも、粗悪品を含めて流行っていたものだわ」

 わたくしが指をさしたのは“黄金鳥の羽”――略して“羽”とも呼ばれた。

 原液を等しく割ると筋肉弛緩および判断能力の著しい低下、そして高揚感が半日続くとされ、ぐったりと動かないまま幸福感に浸れるらしい。最初は貴族に流行し、のちにさらに濃度を薄めたものが平民の間に出回った。しかも深い睡眠で体力が回復するというバカみたいな歌い文句付きで。

 とある貴族傍系の所有地で、元になる植物が見つかり摘発。

 さらに群衆地も吐かせ、ライアン様自らが指揮して完全に焼却した。

 その後は鳴りを潜めているが、完全になくならないのがこういった悪い薬の特徴ね。

 書類を読み終わり顔を上げると、サイラスが手で給仕のメイドを下がらせた。

 誰もいなくなると、サイラスがもう一枚書類をテーブルに置く。

「これは?」

 見たことがない知らないものだった。

「メデルデア国の神聖な儀式に使われるという幻の秘薬。通称“聖杯”だ。中和作用のある別のものと一緒に、容量を守って薄めて使用することで、使用者は軽い幻覚と高揚感にとらわれて神がかりのような状態になるらしい。 

 王族縁の神官が代々製造しているそうだが、持ち出し厳禁であるはずのこれの管理不正が発覚し、その捜査責任者としてトリアス公が動いているそうだ」

「つまり、ホードル卿はコレを持ち出しているってこと?」

「原液は強力な神経毒だそうで、一滴で死ぬより辛い目に合うらしい。薄めても、中和剤を同時に服用しなくては、体に重大な後遺症が残るそうだ」

「中和剤っていうのは?」

 サイラスは黙って首を横に振る。

「……今は手元にない。“聖杯”の厄介なところは、症状に抗おうとすればするほど全身に痛みがでるところらしい。痛みを伴う苦痛から逃れるには、薬のもたらす快楽とやらに身を任せるしかないそうだ」

「悪魔の薬ね」

「依存性も高い。やはり効能が切れてくると痛みで知らせてくるらしい。メデルデアでは儀式を行った神官は一週間かけて治療し、完全に抜くそうだ」

「そんな儀式をまだしているの? 信じられないわ」

「だからこそ特別な儀式なんだろう。長く続いているからこそ、治療法が確立している」

 そんな怪しい儀式をする意味は解らないけど、きっと『伝統』ってことなんでしょうね。

「そういえば、これはトリアス公からの資料なの? ……まさか」

 そおっとサイラスの方を見れば、コクッと一つ頷く。

「そのまさかだ。トリアス公が秘密裏に訪問するようになっている」

「いつ!?」

「三日後だ。それまでにホードル卿を始めとした奴らのしっぽを掴み、早々に解決したい」

「トリアス公爵にお任せしたら?」

「うちでいくつか奴の被害がでているんだ。賠償の話を優位に持っていくのと、何よりうちの王太子殿下からの命令は『捕えろ』だ。トリアス公に手柄を取られたら、俺が無能扱いされるだろうが」

 サイラスは苦々しい顔をして腕を組む。

「奴らは薄めて改良したまがい物を作っている。俺達が手に入れたいのは、大元である本物(・・)のほうだ」

 本物、と口の中で反芻して、わたくしは書類をじっと見た。

 ああ、確かにあの王太子殿下なら冷たい目で鼻で笑って「バカだな」くらいは平気で言うだろう。そしてことあるごとに能無しレッテルをつけられそう。

 と、そんなことを考えている時だった。

 バタバタと廊下が騒がしくなり、バンとノックなしでドアが開かれる。

「いたわね!」

 息を切らせて入ってきたのはレジーだった。

 ずいぶん慌てたのか、きれいにまとめあげた髪がやや乱れている。

 ズカズカと入ってくると、最初にサイラスが座った場所へと座る。

「やったわよ、お嬢様。あなたやるじゃない!」

 手にしていた封筒と、黒い羽根をテーブルの上に置く。

「今朝届いたの。『青の時間』の時間と日にちはそのままだけど、さすがにわたくしの店にはこられないみたいね。それで、ご招待ってわけよ」

 あの合言葉には、レジーの店に二日後の夜九時に、という意味があった。

 黒い羽根は了承の印。

「さあ、これで」

「ちょっと待って!」

 レジーの言葉に被せるように言い、わたくしは眉を寄せる。

「あなた、この手紙がここに届いたと言ったわね?」

「ええ、そうよ。わたくしが教えたもの」

 何でもないように言う。

「どういうこと?」

「ああ、言ってなかったわね。ここのお屋敷も、ちゃんと前からこのために用意していたものなのよ。つまり、悪い事をする時に、あなたとサイラス様はここにいますよってわけ!」

「なんなの、それ!!」

「だって、堂々とお屋敷で悪い事なんてできないでしょ? 一応、サイラス様はあなたと組んで王太子殿下暗殺を目論んでいるってことになっているんだから」


 ――は??


 あまりの突拍子もないことに、ポカンと開いた口がふさがらない。

「ホードル卿ってば典型的な悪役よね。なんで飛躍した考えしか持たないのかしら。普通、あの王太子殿下をどうかしたいなんて、絶対思わないわよね!」

「できるわけないわ」

「でしょ!? それを出来る人間はサイラス王子だけだーなんて思っているわけよ。それでお姫様あてがってなんとかしようとしたら、ライルラドで悪女と言われているあなたが国を越えてやってきたものだから、あ、これは何かあるなと間違った方向に深読みして勘違いして――ってとこよね。おかげで笑い堪えるのに大変だけど」

「あの方に何かするなんて、恐ろしすぎて鳥肌ものよ!」

 妙な悪寒がして、思わず両腕をさする。

「ま、ホードル卿は外交でほかの国を渡るうちに、ずいぶん丁寧な対応をされてきたみたいなのよ。それで自分は特別な国から来た代表で偉いんだ、みたいな妙な野心が出たんじゃない? ま、周りの国は、きっとそれが普通の礼儀だったからそうしたんでしょうけど」

「でも、お屋敷にはわたくし……の身代わりがいるけど?」

 チラッと横を見ながら、一応わたくしの隣には本物のサイラスがいるけど、と心の中で付け足す。

「それでいいのよ。ホードル卿の常識では、何か悪い事をする時は必ず身代わりがいるものだって思っているもの。最初は身代わりを捕らえようとして失敗したらしいの。でも、そのおかげでサイラス様がわたくしの店の常連だってわかったんですって。うふふふ。おバカよねぇ」

 クスクスとレジーは笑い続ける。

「ま、そんなわけで、最後の仕上げよ」

 チラッとテーブルの上の資料を見たレジーは、テーブルに肘をついて顎の下で指をからませると、一気に目つきが鋭くなる。

「正念場よ、お嬢様。あなたには本物の(・・・)“聖杯”を彼の手から手に入れて欲しいの」

 サイラスの眉間にしわがよる。

「待て。それは俺の仕事のはずだ」

「あーん、残念。ご指名はお嬢様だけなのよぉ」

 ごめんなさいね、とわざとらしく両手を合わせて見せるが、全然かわいくないわよレジー。

 だってその目が、すぅっと細められたんだもの。

「――ね? 引き返せないところにきたわよ」

「あら、何の確認かしら」

「フン、かわいくないお嬢様ね!」

 そう言いながら、レジーは胸元から小さな小瓶を取り出す。中には丸められた紙のようなものが入っている。

「これ、どうにかあちらから手に入れたの。“聖杯”と何かでたっぷり薄められた噂の薬よ」

「「!」」

「本来はあぶるんですって。使うふりしてこっそり持ってきたの。温めておいたから、フタを取ると危ないかもよぉ」

 温めたって、どこでよとはあえて聞かない。そこは無視する。

 わたくし達が何の反応も起こさないので、レジーはつまらなそうに鼻をならす。

「まったくかわいげがないんだから! これはもう鑑定に出してあったやつから作られた中和剤よ。夜中に連絡して取り寄せたんだから」

 はい、とわたくしに差し出される。

「完成品じゃないらしいけど、無いよりマシでしょ」

「まあ、わたくしのために?」

「――未来の王子妃を麻薬中毒にしたら、今度こそわたくしの首が飛ぶからよ」

 なぜか少し顔を赤らめ、そっぽを向いて小瓶を受け取るようにと小刻みに振る。

「いらないの!?」

「王子妃は訂正させていただくけど、コレはありがたくいただくわ」

 横でサイラスが何か言いたそうにしていたけど、黙っているので「なによ」とは聞かない。

 小瓶をわたくしが受け取ったのを見ると、ニヤリとレジーが意地悪い笑みを浮かべる。

「その中和剤の使用方法だけど、これからまる一日その瓶の中身を嗅ぎ続けるのよ」

「……ウソでしょ」

「本当よ。これは絶対本当。その香りを嗅ぎ続けて、嗅覚とかなんとかを鈍らせるんだって言っていたわ。ウソだと思うんだったら、下に持ってきた人がいるから聞けば?」


 で、呼んでもらったのだけど、結果的には本当だった。

 無表情で「とにかく嗅ぎ続けてください」と言われてしまった。


「~~! わかったわよ。嗅げばいいんでしょ!」

 きゅぽんと音がしてフタを取ると――。


「「「!!」」」


 レジーは立ち上がってハンカチで鼻を押さえた。

 サイラスは立ち上がりはしなかったが、体勢を崩してわたくしから少し離れた。

 わたくしは……至近距離で嗅いでしまって、目がしみた。


 ツンとした刺激臭が部屋を襲う!!


「臭いわ! なんですの、コレは!!」

 涙目で怒鳴ると、先ほど説明しに来た人物はやはり無表情で答えた。

「中和剤です」

 

 わかっているわよ!!


 怒りのまま睨みつけるが、やはり刺激臭のせいでそれも長続きしない。

 わたくしはフタをして、できるだけ遠ざけて小瓶を見る。

「最初は圧縮された匂いがでますが、しだいに弱まると思われます」

「……早くちゃんとした中和剤を完成させてちょうだい」

「なお、温めますと刺激臭が強くなります」

「あなたのせいじゃない、レジー!!」

 キッと睨みつければ、レジーは焦りを隠すようにツンと横を向いた。

「知らなかったんだから、しょうがないじゃない」

「……」

 しばらく睨みつけてから、中和剤を運んできた黒ずくめの怪しい男に聞く。

「一日でいいの? それとも、長く嗅いでいればいるほど効果が上がるのかしら?」

 男は少し黙った後、うなずいた。

「確かに二十四時間までが効能が高いのですが、その後の時間にしても、一定の濃度を保てば緩やかにですが効果が上昇します」

「そう。体に害はないのね」

「ございません。ただ、しばらく鼻が利きにくくなります」

「問題ないわ。今日から使うわ。一定の濃度とやらを保って欲しいのだけど」

「かしこまりました」

 恭しく腰を折り、それではまた伺いますと出て行く。

「おい、シャーリー」

 心配気なサイラスを見上げ、わたくしはふっと笑う。

「何を弱気な顔をしているの? この程度がわたくしに耐えられないとでも思っているのかしら? バカげた薬に負けてたまるものですか!」

 それでも心配するサイラスは黙ったままであったが、レジーも何やらポカンとしている。


 わたくしの覚悟とやらを甘く見ないでほしいわ!


 わたくしはもう一度フンッと鼻を鳴らし、機嫌悪く食事室を出て行った。

 そして、部屋に戻って人払いをしてから中和剤のフタを開けた。


 ――!!


 片手を思いっきり伸ばして鼻を押さえたけど、これしか中和剤がないと自分を暗示にかけて、わたくしは涙目になりながら耐えた。

 で、しばらくすると鼻が利かなくなったのか、不快な匂いはそのままだけど、最初ほどの刺激はなくなっていく。

 だけど、部屋に用事でやってきたモーテルはさすがに驚きつつ、断ったのにご一緒しますわ、と付き合ってくれることになった。


「そういえば、サイラス様が怖い顔をして何か思案なさっていますよ」

「怖い顔はいつものことよ」

「あ、いえ、そうではなくて。きっとシャナリーゼ様がお一人で行かれると聞いて、いろんな手を考えてくださっているのでは?」

「……そぉねぇ。確かに俺を信じろ、とは言っていたわね」

 言ってから、あの時抱きしめられたことを思い出して思わず顔が火照る。


 嫌だわ。なんだってこんなに顔が熱くなるのかしら。


 目線を下に向けていると、モーテルがそばにいたことを思い出して顔を上げる。

 すると、なぜかモーテルが両頬を両手で押さえてニコニコと微笑んでいた。

「うふふ、影ながら守るってことですねぇ。すてきです。言われてみたいものですわぁ~」

 きゃっきゃっ、と恋する乙女のように恥らいつつ何かを妄想しているらしい。


「か、勘違いしないで、モーテル! サイラスがわたくしを守るのは当然のことですのよ!!」

「んまぁ! 『愛されています』 宣言ですね!!」


 だから、勘違いだってば!!




読んでいただきありがとうございます。


あれ? 前話で予告したのにあんまり進まなかった…。

なんか、ぴょーんと話を飛ばすの苦手なんです。

妙に説明臭いですよね。コレがわたしの作品の特徴になりつつあります。


次回、絶対すすみます!!

年内あと一回更新します!!


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