小話 ~ 94話の裏話 キース、今こんな状態です ~
サイラス何やってるの!? という感想をいただき、私も同感ですと思いました。
最初からこの小話はそんな私のアンサーみたいなもんで書きました。
どうしてこうなったんだろう……。
今朝は、朝日の上らないうちに起きた。
いや、起こされた。
「おはよう、キース」
威圧感のある声にゾッとして目をパッと開けると――俺が俺を見ていた。
いや、違う。
似ているようで似ていない。
俺にお似合いの安宿の一室に、こんなに似合わない俺がいるはずがない。
茫然として寝たまま固まっていると、俺を覗き込んでいたかの方が離れていく。
「エージュ、俺に似ているか?」
「正直に言いますと、大抵の方は誤魔化せます。ですが、サイラス様をしっかり純粋に見ている方には違いが分かるかと」
「シャーリーも分かったと言っていたな」
とても嬉しそうに、でもなぜか悪い笑みを浮かべている。
あ、ヤベェよ、これ。
チラッと窓を見たんだが、ものの見事に間合いに入られて、また間近に俺に良く似た顔があった。
「ちょっと来い」
――はい、俺詰んだわ~。
もう、気分は売られる家畜だな。
結局起きてから、部屋を出るまで一言も声が出せなかった。
しかも最初の一言は「俺、着替えてないんですけど」だった。
「いい、そのまま来い」
と、これまた冷たく言われて泣きそうになった。
あーあ。ご兄弟そっくりでいらっしゃいますな!!
そう心の中で言うだけが、俺にできた唯一の反抗。
それを見透かすように、お付きの方がじっと見ていたのが恐ろしかった。
で、安宿から生きた心地がしないまま馬車に乗せられて、腕を組むサイラス様を見ないようにして視線を下に下げていた。
うわぁ。靴までピッカピカですね。さっきの安宿の廊下の埃はどうしてつかなかったのですか? まさか王族オーラは埃も避けるんですか?
と、バカなことを考えて、この冷たい何とも言えない雰囲気を感じないふりをしていた。
「キース」
「はい!」
サイラス様に呼ばれ、しゃんと背筋を伸ばす。
「お前の次の任務だが、夜会出席で間違いないな?」
「……」
居場所がバレているから、きっとあのお方もご存じなのだろうが、ここはどう答えていいものか、と悩む。
「大丈夫だ。上の方とは話をつけている」
「ああ、そうなんですか。では、その通りです」
じゃあ、いいやとうなずくと、サイラス様はとんでもない極悪笑顔を見せた。
「嘘だ」
「!?」
「身内だからと信じるな」
「……」
「気にするな。事が終わればちょっと小言を言われるくらいですむはずだ」
「!!」
大きく目をみはる俺に、サイラス様は嫌そうに眉を寄せる。
「その顔でその表情はよせ。俺がマヌケに見える」
「そ、そう言われましても……」
はぁ、とサイラス様はため息をついて顔を背ける。
「……兄上も趣味が悪い。お前のその顔を見て、俺を重ねて笑っているのだからな」
エージュ、と顔も見ないままサイラス様が俺を指差す。
「そいつを鍛えろ」
「無理です」
お付きの人は無表情のまま即答で断った。
「じゃあ、ベラートに頼む。適当にそれらしい理由を言っておけ」
「おかわいそうに」
「!?」
憐れみの言葉をもらったが、お付きの人の顔つきは何一つ変わっていなかった。
と、いうわけで連れてこられたのはサイラス様のお屋敷。
しかも正門からじゃなく、裏口から誰にも見つからないようにサイラス様の部屋へと案内された。
あの、靴を脱いだ方がいいですか? と聞いたら無視された。
いや、絶対場違いな格好だからさ、確認しただけなんだけど。ま、いっか。
この先絶対座らないであろう、上等な長椅子に一人座るように言われて緊張しつつも、ここまで来たら逃げられないしなと半分諦めていたら――尋問が始まった。
向かいに座ったサイラス様が、膝に両肘をついて顎の下で手を組んで睨んでいる。
いつの間にかお付きの人によって、俺の前に会った楕円のテーブルは移動させられていて、なんの防波堤もなくなっていた。
「シャーリーとどこで会った?」
「シャーリーは酒場でどんなふうだった?」
「シャーリーに触ろうとした奴がいたな?」
「シャーリーと踊ったな?」
「シャーリーと……」
うざい!
どうしようもなく、シャナリーゼ様のことばかり質問してくる!!
触ろうとしたのは俺もだけど、そこは自然な感じを出すためにノリでやったことだし、俺の名前は伏せておいた。
……確かに伯爵令嬢という肩書は抜きにしても、シャナリーゼ様はモテる女性だった。
あの人は気位が高く、とっつきにくい雰囲気と顔立ちだし、愛想さえ持っていればもっと多くの人を惹きつけるだろう。
でも、あの人はそんなことをしてはいけない人だ。
気位が高く、ツンとしていて、でも面倒見は良い。そして恩を忘れない。
アシドナの宿の夫婦が裏で大騒ぎして、アンバーとかいう奴の弟が飛び上がって喜んでいたのを確認して報告したことを思い出す。
「で、だ」
ハッとサイラス様によるシャナリーゼ様の質問がおわったので、ようやくどこか上の空だった態度を止める。
「お前の役は俺がやる」
「は?」
マヌケにも声が出た後は、サイラス様の威圧感を浴び過ぎて麻痺したのか。それともあの方からの勅令を横取りされて怖い目に合う未来を瞬時に予感したのかわからないが、とにかく一時的にサイラス様への敬意がなくなっていたらしい。
俺はとっさに言い返していた。
「いえいえ、無理ですよ! ご本人が囮役って、意味ないです。だいたい背格好の似ている、しかも顔まで似ている俺が何のために、あの怖い殿下に直接お会いして指示をもらっていたんだと思っているんですか!? サイラス様に悪い噂がたたないように、ですよ? 俺がヘマしても、ニセモノなんですからあっという間に切っておしまいですが、本物が出てきてどうこうじゃ……」
「お前、失敗するつもりか」
「そんなわけないですよ!」
「お前が失敗すると、同行するシャーリーも破滅する。お前、まさかシャーリー狙いか」
「いえいえ、絶対ありえませんよ!!……って、シャナリーゼ様が同行!?」
「おい、絶対ありえないとは本当だろうな」
「ないです、ないです! と、いうかシャナリーゼ様が同行とか何も聞いていないんですけど!?」
ぶんぶん手を顔の前で振った後、思わず腰が浮く。
「そうだろうな。今日、ミス・レジーに会うらしい」
「あの女に!? やめたほうがいいですよ」
ミス・レジーはこの作戦の中核を担う人物だが、貴族嫌いで金の亡者だ。
最初に会った時、ミス・レジーは罪人としてマディウス皇太子殿下の前で跪かされていたが、この作戦を担うにあたっての報酬をちゃっかり強請っていたのには眩暈がした。
あの殿下を前に堂々と自分の要求を言えるなんて、と倒れないように立っているのがやっとだった。
そんな女にシャナリーゼ様が会うなんて……。
「やめさせたほうがいいです!」
「大丈夫だ。すでに数種類に効く解毒剤を渡してある」
「全然大丈夫じゃないですよ! わかっていて行かせるんですか!!」
「あいつが行くと決めたからな。 あいつが俺を信じると言ったから、俺もあいつを信じているだけだ」
「……」
え? 今、サラッと惚気られた……のか? 俺。
勢いをなくして茫然としている俺に、サイラス様が話を元に戻して詰め寄ってきた。
「で、だ。お前はまたシャーリーと踊るような場に行くのだな。俺すらシャーリーと夜会など、片手の数もないというのに!」
「いや、でも、本当に逆らえない任務ですし!」
「大事な任務だ。それにチャンスはこれっきりかもしれない。本物なら相手もよりくらいつきやすかろう。あと、シャーリーと踊るのは許さん」
「本音が漏れていますよ!?」
「お前はずいぶんやかましい男だな。俺のニセモノを務めるには少々経験不足だ」
急に尊大な態度になり、背中を長椅子の背もたれに付けて不機嫌そうに眉をよせる。
「お前にはこれからのこともあるから、今のうちに経験をさせようと思う」
「いえ、身代わりなんてこれっきりですよ!?」
「そう言われたか?」
「……」
言われておりません。
顔色を悪くして黙った俺を見てうなずくと、サイラス様はお付きの人に顔を向ける。
「エージュ、こいつの身支度を。あと、ベラートを呼べ」
「かしこまりました。さ、立って」
こうして俺は浴室へと連れて行かれ、エージュ様に髪を整えられて、これまた着たことない上質な衣服を着せられてさっきとは違う部屋へと戻された。
部屋について俺を長椅子に座らせると、エージュ様は「ちょっと確認してきますから」と言って出て行った。
しばらく俺もぼんやりして――冒頭に戻る。
ぼけっとしていてもしょうがないな、と俺はじっくり部屋を見渡した後、ふと今まで廊下を良く見ていなかったことに気がついた。
ちょっとくらいいいだろうと部屋のドアを開けると、長い廊下が左右に広がっていた。
廊下には名前は知らないが、おそらく名のある画家が描いたであろう絵が一定間隔で飾ってあった。
とくに絵に興味はないが、その絵がイズーリ国の成り立ちを表す、この国の民なら小さなうちから子守唄代わりに聞かされるなじみ深い話の場面であることに気がついた。
なつかしいな、と俺は戦場で王族の方と話をしたという自慢話をしてこの物語をする親父を思い出していた。あ、ちなみに親父は負傷してから武器屋で元気に働いている。
サイラス様やマディウス皇太子殿下とお話したんだぜ、と言えたらどんなに羨ましがるだろうか。しかもオレとサイラス様が似ているなんて言ったら、たぶん拳骨くらって笑われるかもしれないが。
全部終わっていつか言えたらいいな、と思いつつ絵を見て歩いていたら――。
やばい、部屋がわからない。
絵をたどればと思ったが、絵はとっくに終わって目についた庭を見てボーっと歩いていたことに今さら気がついたのだ。
勝手にドアを開けるのも気が引けるな、とウロウロしていると、月当たりの廊下を横切る金髪のドレスの女性が目についた。
なんだ、いるじゃないか。やっぱり危ないことに好きな人を行かせるわけにはいかないよな~、と半ばホッとして「シャナリーゼ様」と声をかけた。
だが、振り返ったシャナリーゼ様は……全然違ウ人デシタ。
お二人して危ない現場に行くなんて、どこまで似た者同士だなぁ、オイ!!
「これはサイラス様。お目汚しを」
そっと顔を伏せる身代わりさんに、俺はあわてて声をかける。
「あ、その、違うんだ。俺も身代わりで」
「え!」
身代わりさんはすごく驚いて俺を上から下まで不躾に見た後、口元に手をそえて「すっごく似ている」と呟いた。
だが、今の俺にはそんな彼女と悠長に話している時間はない。
「あのさ、サイラス様のお部屋どこだ? その近くの部屋に急いで戻らな……」
「反対ですよ、サイラス様」
エージュ様の冷たい声が背後から聞こえた(気配感じなかったんですけど!?)。
俺は冷や汗をかきながら、ゆっくりと振り返る。
「シャナリーゼ様の身代わりの方には、定期的に出歩くようお願いしておりますが、今日こちらに来られたあなた様には、これからみっちりと教えることがあります、と伝えていたはずですが」
「あ、いや、ちょっともの珍しくて……つい」
「そうですか。では、こちらへ」
こうして俺は鬼教官に連行されたのち、徹底的に姿勢とダンスの勉強をさせられるハメになった。
ダンスと剣技じゃ使う筋肉が全然違うんだな! パターン覚えろとか無理。
ああっ! 早く帰ってきて、サイラス様っ!!
読んでいただきありがとうございます。
イケニエが増えました。
キースは短い間ですが、シャナリーゼの身代わりさんに励まされて過ごすことになります。
心が折れそうになったら、エージュが彼女を連れてきます。
シャナリーゼの身代わりなんで、わりと顔立ちもよくキツめの美人さんです。でも性格は真面目。
はい、本編では本物のシャナリーゼとサイラスが夜会へと向かいます。
ではまた近いうちに!!




