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勘違いなさらないでっ! 【94話】

ご無沙汰してましてすみません。

リアルが超忙し……。



 翌日、マダム・エリアンの店からわたくしと同じ背格好の子と、少しふっくらした針子がやってきた。

 少しふっくらした若いモーテルと言う針子が、マダムから預かったという手紙をわたくしへ渡す。

 内容はモーテルの言う通りにして欲しいという短い文と、注意書き。

「えぇ!? モーテル、あなた…」

 驚いて顔を上げると、しぃっと人差し指を唇に当てて微笑む彼女がいた。

 

 少し鼻にそばかすがあるが、優しい目元と包容力のあるお姉さんのような雰囲気を出す彼女が――三十五才!?

 皺、たるみはどこにあるの!?

 

 正直、働いている平民の女性でここまで年齢不詳なのは初めてだ。

 貴族やらについている女性も貴族社会のつながりがあるから、そこそこ美容に気を使っており、化粧やらで誤魔化しているのが普通なのに、モーテルは布地を汚してはいけないという規定ですっぴんのはず……。

 じっと見ていると、ニコニコしているモーテルが持ってきた大きなかごの中から服を取り出した。

「こちらにお着替え下さい」

 受け取ってみれば、それはモーテルたちと同じ服のようだ。

「どこで監視されているかわかりませんので、入れ替わりと言う方法をとらせていただきます。なお、シャナリーゼ様の身代わりはこちらの者が致します」

「そう、わかったわ」

 アンにも手紙を見せて(やはり一番驚いていたのは注意書き)、さっそく着替えて打ち合わせをする。

 わたくしは三日ほど外で過ごすらしい。

 身代わりの彼女は王族対応も任される針子で、顔さえ見られなければ立ち振る舞いからバレる心配はないとのこと。もちろん髪はカツラで、アンやもいつも通り過ごす。

 当然アンは自分がついていけないことに不満を顔に出したが、モーテルの「では、おやめになりますか?」の一言で押し黙った。

 

 すごいわ、モーテル。微笑みが腹黒貴族夫人より怖い。


 それからしばらくしてお屋敷を出ると、マダム・エリアンの店の馬車でお店へと戻った。

 貴族街の御用達の店が並ぶ中の、重厚なたたずまいの店の裏口から中に入るとそのままモーテルと従業員用の着替え室に入る。

「次はこちらに」

 そう言って渡されたのは、シンプルな黄色のワンピースと茶色のカツラ。そして大きな帽子だった。

「商家のお嬢様になりきり、お昼をいただきに参りましょう」

「え? ええ」

 戸惑いつつ頷き、わたくしはまた着替えた。

 モーテルは驚くほどよく似合う薄桃色のワンピースに着替え、二人そろって今度はマダム・エリアンの表玄関から出て行った。


 下町とは違い、大人の話し声はちらほらと聞こえるが、元気な子供や騒がしさはまるでない。

 そんな貴族街を抜けて少し騒がしさがある通り出ると、モーテルは一件の喫茶店に入った。

「いらっしゃいませ」

 応対に出た店員に、モーテルは手のひらに乗せたカードを見せる。

「かしこまりました」

 店員はどうぞ、と先を歩き、入り口そばの片手扉の鍵を開ける。

 モーテルが黙ってその扉をくぐって、上にあがる階段を上り始めたので、わたくしも黙ってついて言った。

 二階かと思ったのだけど、どうやら三階だったらしく、また扉があって中に入った。

 廊下が現れ、左右ずれた位置に個室がある、あまり見たことがない作りに首を傾げる。

「なんですの、ここは」

「会員制の喫茶店でございます。どうぞこちらへ」

 迷いなくモーテルが左の扉をノックする。

「どうぞ」

 中から落ち着いた女性の声がした。

「失礼いたします」

 モーテルに続いて中に入ると、そこには手ごわそうな雰囲気の中年女性が優雅に座っていた。

 年相応に落ち着いた眼差しは黒で、髪は茶色で一部を赤く染めてきちっと後頭部でまとめ上げている。

 若い女性にありがちな細さではないが、メリハリのついた体型はなんの飾り気もない黒と灰色のワンピースだというのに、十分な色気がある。

「どうぞお座りになって。お名前より先にお聞きしたいことがございますの」

 礼儀は無用、とばかりに女性は自分の目の前の席をわたくしへ勧める。

「くしゅん! 失礼」

 ハンカチで口元を覆って詫びる。

 モーテルは一礼してわたくしをその席へ座らせると、ワゴンに置いてあったお茶を入れ始めた。

 女性は目線を下げてお茶を一口飲んだ後、ようやくわたくしを見た。

「わたくし、罪人ですの。それでもよろしくて?」

 何でもない事のように微笑みながら、妙なことを言ってくる。

 なんだか試されているような気がして、わたくしもつい言い返す。

「わたくしこそ隣国では名の知れた悪女ですの。しかも家出して、今はなんの権限も力もない女ですけどよろしくて?」

 さすがにこんな返しは予想していなかったのか、女性はきょとんと目を丸くした後、片手で口元を覆ってころころと笑い出した。

「悪女と言っても人を殺したことはないでしょう?」

「ええ、ありませんわ。男女の仲を裂くのはお手の物ですの。でも、鞭で打って押さえつけたことはありますわ。あとはほとんど牢送りになりましたけど」

「あらあら。そんなことをしては、その人達が出て来た時に大変でしょうねぇ」

「ご心配いりませんわ。上司一族の弱みを握っておりますので、そんなことがあったら生きていられないくらいの恥をまき散らす予定ですの」

「殺せばいいじゃない」

 微笑みはそのままに、突然声に威圧感が加わる。

「わたくしが上司なら、あなたを殺すわ」

 その声色は冗談のようなものではなく、容赦なくわたくしの耳から入ってきて心を揺さぶるのに十分なものだった。

 けれど、わたくしもいろんなことがあり過ぎて心が麻痺してしまったらしい。

 恐怖心より先に “わたくしが切り捨てられる=役立たず” というレッテルを貼られたように思え、ついため息を漏らす。

「ならばあなたは無能な上司ですわ」

「なぜかしら?」

「わたくしが有能だからです」

 きっぱりと当然とばかりに言えば、再び女性がきょとんとなって顔から凄みが消えた。

 それに気づきつつ、わたくしは何でもないようにお茶を手に取る。

「有能な人材を消すのは簡単ですけど、有能な人材を見つけるのも育てるのも時間と手間がかかって面倒ですわ。それを言っときの感情で切り捨てるなんて、自分の人生の糧をすてるようなものです」

 一口飲んでのどを潤すと、カップを置いて女性に目を向ける。

 彼女はもう元の冷めた微笑みに戻っていたが、目は先ほどと違ってわたくしをじっくりと観察している。

 どうやらやっと認識して頂けたみたい。

「これでもわたくし、いろいろと人脈ありますのよ」

 そう言うと、彼女は小馬鹿にしたように目を細める。

「そう。……例えばこの国の王族、とかかしら?」

「いえ。それはむしろわたくしの不幸の原因ですわ」

 もちろん、とでも言うと思っていたのか、わずかに首を傾げて「どういうことかしら?」と訴えてくる。

「王族に知り合いがいるなんて、これ以上の後ろ盾はないわ。それを不幸?」

「ええ。春の終わりからウンザリすることばかりですの。わずか半年あまりでとんでもないことが次から次へと! わたくし、春まではとても穏やかにこれからの人生を考えることができましたが、今は明日のことすらまったく明るい希望が見出せませんの」

 実際に厄介ごとだらけなので、本当にうんざりさせられる。

 嫌だわ、とばかりに口を閉じると、向かいに座る彼女は敵意を露わにして怒っていた。

 眉をつり上げ、唇を震わせ、頬も紅潮している。

「……絶望の意味も知らない小娘がっ」

 本当はわたくしにカップを投げたり、あるいは掴みかかったりしたかったのかもしれない。

 それをすんでのところで押さえ、彼女は膝に置いていただろう閉じた扇を折り曲げることで怒りを抑えている。

 ミシミシと小さな鈍い音を立てる扇を握ったまま睨みつける彼女を挑発するように、わたくしはカップを手に取りすべて飲み干す。

 カップを置いてから少しして、彼女がふっと我に返ったようにカップを凝視したまま体の力を抜く。

 顔を上げ、睨むようにわずかに目を細めたので、わたくしは意地悪く口角をつり上げる。


「あなた……」

 まさか、と続いた声に重なるようにわたくしはうなずく。

「解毒済みでしてよ」

「……」

「もっとも、多少は手先に痺れがありますので完全ではありませんわ。のこのこやってきた小娘が床に倒れるのを見ながら、優越感に浸りつつこの場を去る未来を予想されていたのでしょうけど。――申し訳ございませんわね」

 ほほほ、と上から目線で笑ったところで、横から鋭い声がした。

「ミス・レジー!」

 お茶をそそいだモーテルが怒っている。

「お話が違いますわ。この件は報告させていただきますから」

 おそらくマダム・エリアンに、ということだろうが、レジーと呼ばれた目の前の彼女はフンと笑い飛ばす。

「こっちは命をかけているのよ。よく知りもしない貴族のお嬢様が入ってくるなんて! 非難どころか感謝されたいわ。危ない道に入る前に守ってあげたのだから」

「あら。これって試験でしたの? それではわたくしは合格ね」

 明るく言って微笑むと、モーテルとレジーは呆気にとられた顔をしてわたくしを見る。

 そんな二人を前に、わたくしは種明かしを始める。

「ミス・レジーだったかしら。わたくしはあなたのことは存じ上げなかったけど、この手の『ご挨拶』はわりと受けたことがあるのよ」

 眉をひそめるモーテルは見ずに、無表情を貼りつけるレジーを見る。

「まあ、確かに解毒剤なんてわたくし一人じゃどうにもならないから、これはあなたのいう『王族の後ろ盾』とやらを利用したわ。それに、あなたの言う絶望とやらは良くわからないけど、わたくしなりの絶望なら経験済みなの。アレさえなければ、わたくしはきっと理想の貴族令嬢のまま、立派な侯爵夫人になっていたでしょうねぇ」

 プッとレジーが軽く吹き出す。

「理想の貴族令嬢? 立派な侯爵夫人? あなたみたいな化け方をするんじゃあ、きっと長続きしなかったと思うけど」

「さあ、どうかしら。あいにくとそうなった未来については考えたことありませんの」

「ふぅん」

 ここで初めて、レジーがわたくしへ興味を持った。

「わたくし、あなたが好きになれそうにないわ」

「まあ、同意しますわ。わたくしもです」

 作り笑顔満点で言われても、別に好かれようなんてこれっぽっちも思っていない。

「でも、一つ言っておくわ。わたくし、罪人だけどこの『お仕事』さえ終われば人生がやりなおせるの。だから、邪魔だと思ったら外すわ。あなたがいなくても、もう少し時間をかければ終わるはずだから」

「時間をかけたくないからわたくしが投入されたのよ。そう思って有効に使ってちょうだいね。上司サマ」

「わたくし、グズは嫌いですからね」

「わたくしも手腕の悪い方は大嫌いですわ」

 うふふ、おほほとけっして穏やかな雰囲気を発生させながら、しばらく意味もなく笑っていた。


「飽きたわ」

「ええ。本当に」


 唐突に不穏な雰囲気を終わらせると、顔色の悪いモーテルがホッと息をついた。

 そんなモーテルにレジーが顔を上げる。

「ねえ、お茶くださらない?」

「……お取替えしてきます」

「茶葉は平気。カップに細工していただけよ。心配ならこちらのお嬢様に出す前に変えてきたらいいわ。変なお嬢様を相手にして、わたくし喉がカラカラよ」

 そう言って、そうだ、とレジーが自己紹介を始める。

「そうそう、わたくしはレジーよ。家名はいらないけど、お仕事中は呼び名が必要だから聞くわね」

「シャナリーゼですわ」

「豪華な名前ね。高飛車そうなあなたにピッタリ」


 そうかしら?


 高飛車なんて自覚しているから反応しないでいると、レジーは特に気にした様子もなく隣の椅子に置いていたバッグを手に取り何かを取り出す。

「『お仕事』の話よ」

 テーブルに広げたのは、王都のどこかを拡大したような地図。

「簡単に言うわね。わたくし、麻薬の密売人なのよ」

「!」

 内心驚いたけど、それでも何でもないようにして顔を上げると、レジーはニッコリ「お見通し」とばかりににっこり笑った。

「でも合法だと思っているわ。賭け事と同じ。日頃のうっぷんを晴らす場所を提供しているだけよ。もちろん命を奪うなんてことはないわ。重度の中毒になる前にさりげなく手を回したりしていたし。

だって、働いて稼いでくれなきゃ、麻薬を買うお金がなくなるんですもの。ちょっとだけ依存させて、しっかり稼がせてもらっていたのよ。」

「なるほど。それで罪人なのね」

「そうよ。今まで大目に見てくれていたのに、いきなり捕まってとっても怖い方の前に連れて行かれたのよ。その方がボスよ」

「……」

「何よその目は。疑っているの? とにかくその方からわたくしが任されたのだから、あなたはちゃんと役に立ちなさいよ」

「何をすればいいの?」

「この夜会に出てちょうだい」

 地図の下から招待状を出す。

「わたくしはすでにあちらと接触したの。いい? チャンスは一度よ」

「出るだけ、ではないのでしょう?」

「ええ、もちろんよ。あ、エスコート役はこちらで用意しているわ。

そろそろ来るはずよ。わたくしが時間通り外に出なければ、ここに来ることになっているから。きっと驚くわよ」

「具体的には何をすればいいのかしら?」

「ホードル卿をわたくしのお店にご招待したいのよ」

 腹黒タヌキを? とは思ったものの、そういえばわたくしを使って麻薬を広めようとしているとサイラスが言っていたことを思い出した。

「……つまり、あなたの仲介人としての株を上げろ、ということね」

「ええ、そうよ」

 話が早いわね、と今日初めて満足げに微笑む。

「できるかしら?」

「やるわ。外相に取り入って約束させればいいのでしょう?」

「そうよ。恋人をデートに誘うように、ね」

「簡単よ」

 そう答えた時、トン、トトンと独特のリズムで部屋のドアがノックされた。

「来たみたいね」

 モーテルがレジーのうなずきを見てドアを開ける。

 レジーの目線がドアの方へ向くと同時に、ハッとモーテルの息を呑む音がした。

「彼があなたのエスコート役よ」

 言われてようやく目線を向けて――目をみはる。

 そんなわたくしの様子を見て、レジーはしてやったり、と上から目線で満足げに目を細めた。

「ボスからお借りしている、囮役のキースよ」

 防寒のコートと大きな帽子を脱いだ彼は、確かにサイラスそっくりのキース……


じゃ、ない!!


「どう? サイラス様そっくりでしょ? 彼にはわたくしのお店に通ってもらって下準備はできているわ」

 優雅にお茶を飲み始めるレジーを見て、彼女は本当に気がついていないと確信する。

「なんで……」

「あら。キースには会ったことがあるのでしょう? そう報告を受けているけど」

「ええ、会ったことはあるわよ」

「ならそんなに驚くことじゃないでしょ。こんなことで驚いていたんじゃ、夜会の方も心配ねぇ」

 わざとらしく大きな落胆のため息をつくレジー。


 え、あなた本気でキースだと思っているの!?


 レジーを見た後、モーテルを見ると、やはり彼女もキースだと思い込んでホッとしているようだった。

 じっと偽キースを見ると、わずかに目を細めて「黙っていろ」と合図される。


「良かったですね、お嬢様。お顔が似ていらっしゃるだけでも、ずいぶん安心できるのではありませんか?」

「いいえ、ありえないわ」

 真顔で言い返すと、モーテルはなぜか目を輝かせて嬉しそうに手を合わせた。

「やはりニセモノより本人がよろしゅうございますものね! ああ、すてきですわ」

 なぜかうっとりと体をしならせる。




 ……勘違いなさらないでっ! 本物だから安心できなくってよ!!


読んでいただきありがとうございます。

はい、キースは身代わり中……(小話にて愚痴祭り開催予定)。

あの屋敷には身代わりしかいない!!


今度こそすぐ更新できるように頑張ります!!


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