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勘違いなさらないでっ! 【88話】

ずいぶんと、ごぶさたしております。

『お前が他の男のところへ行ったかと思ったら、どうにも抑えきれなかったんだ。――すまない』


『まだ怒っているのか?』


『悪かった、とはわかっているんだ』




 そうして、すがるような目で見つめてくる――。




 フンッ! 

 そんなはずはなくってよ、エシャル様っ!!



☆☆☆



 揺れる馬車の中。

 エシャル様とはナリアネスのお屋敷で別れたのだけど、馬車に乗せられるまでのわずかな間に、エシャル様は自分の妄想を短くわたくしに聞かせてくれた。


 いわく、サイラスはすがってくる――と。


 だが、しかし。

 実際に馬車に向かい合って乗って見れば、腕組みをしたまま眉間に皺を寄せ、目もいつも以上に鋭いまま、威圧的な態度で小言王子と化していた。


「お前は本当にどこまで心配かければ気がすむんだ」

 別に心配してもらうつもりはありません。

「ベラートにも言ったが、お前の意見を尊重させろというのは邸宅内だけだ」

 執事に八つ当たりしないでよ、バカ王子。帰ったら今後一切顔を合わせないように、すべての時間をずらしてやるわよ。

「そもそもあの下っ端はなんなんだ。お前を頼り過ぎだ」

 アンバーの件はわたくしもそう思うわ。

「ナリアネスの家に、などと言い出したのはエシャル嬢だな。お前の安全を考えて行動しろと言っているのに」

 チッと舌打ちして深いため息をつく。

「エシャル嬢との距離も考えものだな」

「……エシャル様との時間まで制限されるなら、わたくしだって考えがあるわ」

 なんだ、と言いたげな目に向かい、わたくしも挑戦的に腕組みをして顎をそらす。

「お屋敷を出るわ」

「どうやってだ。絶対許可しないぞ」

「あなたこそわたくしを甘く見ないでちょうだい。あなたの許可なんてなくても、わたくしを外に出せる人はいるわ」

 誰だ、とムッと口を曲げるサイラスに、わたくしは口角をつり上げる。

「あなたのお義姉様――ミティア様に間に入ってもらって、マディウス皇太子殿下に言いつけてやるわ!」

「なんだと!?」

 焦るサイラス。

 おもわず腕組みがとれて、少し腰が浮く。

「お、お前、兄上が苦手なはずだろう!?」

 あなたも十分苦手なようね。

「わたくしは自分を制限されるのが大っ嫌いなの! なんでしたら、わたくしが自力で出ていって見せましょうか?」

「……いや、いい」

 そう言って頭を抱えてうなだれる。

「……どうしてお前に惚れたんだろう」

「何よその物言いはっ!! 失礼ね!!」

 何度もわたくしが言った言葉ではあるものの、サイラスから言われるとカチンとくる。


 そういうところが好きだ、と言って欲しかったわけじゃないけど、あからさまにうなだれるんじゃないわよ!!

 あああ! イライラするわ。

 部屋に入ったら、とりあえずクッションをいっぱい殴ってやるんだから!

 

 口から暴言が飛び出さないうちに、わたくしは話題を変えることにした。

「で? あちらの情報は何かつかめたのかしら? それから、レイティアーノ姫をどうするの?」

「ああ、それは進展したぞ」

 顔を上げたサイラスの口角があがる。

 あいかわらず頭の切り替えが早いわね。

「面倒だった姫の身柄をこちらで『保護』できたのだから、これからは本気でいかせてもらうさ」

 今まで我慢していた分の憂さ晴らしを盛大に行うつもりらしいサイラスの顔は、まるで悪の親玉みたいな悪い笑みを浮かべていた。


 ネチネチいくのかしら。その気持ちはわからないではないけど……。

やれやれ。まだ時間がかかりそうねぇ。 


「サイラス、あなた今の笑顔、とっても良く似合っているわ」

「?」


 ため息代わりにそう言えば、サイラスはよくわからなかったようで少し首を傾げていた。


 その後、とりあえずエシャル様との面会はそのままということで話がつき、馬車を下りれば『恋をこじらせた、面倒な男の感情を逆なでするものではありませんよ』と、言わんばかりのエージュの視線を受けてため息をつく。


「サイラス。わたくしは疲れたわ。あなたに黙って出て行ったりしないから、安心して残りのお仕事をすませなさいな」

「いや、話が……」

「明日も時間があるじゃない」

 そう言って、腕は回さないけどそっとサイラスの胸元に寄り添う。


「おやすみなさい」

「!」 


わずか三秒。さっと離れて、あとは振り返らずにお屋敷の中に入る。


――エージュ、これでお説教はナシよ。


「……」

「……(承知しました)」


 そんなわたくしの心の声を正しく理解し、エージュは呆けるサイラスをなんなく回収して仕事場へと引きずっていったのだった。



☆☆☆



 一人さっさと部屋に戻ったわたくしは、さっそく寝台の上にあった大きな白いレースのクッションを床にたたきつける。

「ったく! どこまで恥ずかしい過保護なのかしら!! 数にものを言わせて制圧すべきよ! 鎖国の国から来た!? だったら黙っておとなしくしていなさい! かってにあちこちで歩いて顔を売ってるんじゃないわよ! どう考えたって外受け悪そうな顔しているくせに、何を偉そうにしているんだか!!」

 バシバシとこぶしで殴りつけ、スカートの裾をたくし上げて思いっきり蹴る。

 ぶわっと羽毛を飛び散らせながら、放物線を描いて飛んでいく。

 力強く蹴った先はドアで、今まさにそのドアをノックしようとしていたアンが廊下から小さな悲鳴をあげる。

「お、お嬢様!?」

「もうちょっとやらせてちょうだい」

「何をですか!?」

「サイラスにぶつけるはずだったのに、急にあのタヌキ大臣の顔がよみがえってきたの。もう一ついくわ!」

「ひぃいい! し、失礼いたします!!」

「束縛、軟禁大反対!!」

 上に放り投げたクッションに右ストレートパンチ!

 床に勢いよく落ちたクッションに、全体重をかけて肘を曲げて落とす!

「自由万歳!!」

 ボフッと勢いよく羽毛が飛び出る。

「フンッ、軟弱ね!」

「……クッションに軟弱もなにもありません」

 そしてアンは部屋を見渡し、がっくりと肩を落とす。

「繕い物ができましたね」

「今度は頑丈にしてちょうだい。手ごたえがなさすぎるわ」

「またやるつもりですか!?」

「ここにいる間は、いつでもそのつもりよ」



 久々に軽い『運動』をしたわたくしは、とってもぐっすり眠れたわ。



☆☆☆



【 小話 ~シャナリーゼ様の言づけ~ 】


 シャナリーゼ様とエシャル様をナリアネス殿のお屋敷へと見送り、サイラス様がどうでるかと楽しみにしていたら、予想外に取り乱していたらしい。

 ナリアネス殿のお屋敷へと直行したサイラス様。

 一人珍しく憮然とした顔をしてエージュが戻ってきた。


「なんだその顔は」

「……やってくれましたね、叔父上」


 一気に裏目がましい目つきになるエージュに、ただ珍しいとしか感想が浮かばない。


 別に何もしていないはずだ。

 ――サイラス様の言う通り、シャナリーゼ様のご意見を尊重しただけだ(と、いうか例外があるのはあえて無視した)。


「シャナリーゼ様を部下とはいえ、異性の屋敷に行かせるなど言語道断ですよ」

「エシャル様もご一緒だ。それに、あの姫をこの屋敷に置くわけにはいかぬ」

「『裏』の者にやらせればいいでしょう。おかげでこちらは仕事がはかどりそうだったのに、いきなり中断です」

 舌打ちしそうなくらい顔をゆがめるエージュは、聞こえるかどうかの小さなつぶやきをもらす。


「……サイラス様の『病気』がこれ以上進行したらどうするのですか」

「それでいい」


 あっさり言ったわたしに、エージュがなぜか動揺する。

 

 もしや、これは再教育が必要か?


「……エージュ、お前はサイラス様に仕えているが、正しくは王家の為だということを忘れていないか? お前こそ妙な『病気』にかかっているのではないか?」

「……いいえ」

「ならばいいが。サイラス様の件はこれ以上ない幸運だ。王家の方々は先祖返りが多いのか、ついあちらこちらへと出奔されることが多い。それを阻止するために我々がいるのだ。『定住』こそを夢見た祖先の努力があって、今のこの国がある」


 そう。『また』王に逃げられては困るのだ。

 この国の裏の歴史は、複雑だ。

 安心して暮らせる家――『国』ができたというのに、一族の長の血筋は『安らぎ』をどんよくに求めてさまようばかり。いつまで経っても、それは変わらないらしい。

 一族のお目付け役を背負う我らの血筋もまた、そんな長の血筋に魅入られて付き従う。


「わたしにも『仕事』がある。そろそろ報告せねばならないのでな」

「……」


 エージュは黙って会釈すると、スッと屋敷の奥へと消えていった。




☆☆☆


 夜が明けた。

 絶対にサイラス様はシャナリーゼ様をお説教されるだろう、そしてシャナリーゼ様はどのように切り返されるのだろうか?

 そうわずかに期待していたのに、 シャナリーゼ様をお迎えに行ったサイラス様は、エージュと遅くまで仕事をされていた。


 シャナリーゼ様は飴も鞭も極端過ぎる……。




 ……。


 話しはそれたが、たしかに年長者にふさわしい貫禄があるはずだ。


 だが、今わたしは目の前の人物に狼狽していた。


「あなたは王妃様か、マディウス皇太子殿下と繋がっているはずよね? わたくしに何を期待しても無駄ですわ、とお伝えしてちょうだい。そして、わたくしをすぐに祖国へ帰してくれるようにお伝えして」

 じぃっと不機嫌そうに見上げてくる力強い日の光のような目力に、わたくしは面食らっていた。

「シャナリーゼ様。わたくしの主はサイラス様でございます」

「ええ、そうね。でも、王妃様方はこのお屋敷のいろんな情報をご存じだわ(砂糖の消費用なんてものも)。で、考えたの。わたくしのカンだけど、あなた相当優秀だと思うの。たとえエージュだって、あなたを出し抜くことはできないでしょう?」

「……」

「あの姫とわたくしが接触すればどうなるか、という課題でも受けたのかしら?」

「……」

「まあ、いいわ。とにかくお願いね」

 無言でいるわたしに特に深く追求することもなく、シャナリーゼ様はさっさと踵を返して行ってしまった。


 ――


 ――ふるふるとわずかに全身が震える。

 うっすらと服の下に汗がにじむような、そして刺すような寒さに似たものが全身を駆け巡る。









 あああああああ!!

 絶っっ対に欲しいィイイイイ!!!!

 なにがなんでも『嫁』になっていただきますゾォオオオオ!!



「……執事長。いえ、あなた。睨みながら笑って小刻みに震えて悶えるのをやめてもらえるかしら」

「ナリー!」

「仕事中よ」

「ナリー! サイラス様の目は神の目だ!!」

「(聞いてないわね)落ち着いて」

「ナリー! シャナリーゼ様に食い込め! とにかく売り込んで(嫁に)来ていただかなくてはならい!!」

「……」

「ヨシッ! 様子見はこれまでだ。わたしも動くぞ」

「……」


 グッと力強く拳を握りしめ、颯爽と去っていく夫。


 ああ……。ちょっと働き過ぎだね。


 遠い目をしながら、妻ナリーは今夜の寝酒に細工をしようと決意した。





読んでいただきありがとうございます。


本職の課題や体調不良でながらく更新できませんでした。

次の話にむけて、今回わざと本文に小話を入れました。


次の話はできるだけ早く投稿いたします。

どうぞよろしくお願いいたします。



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