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勘違いなさらないでっ! 【87話】

遅れました。


「……幸せが嫌がらせ……」

 つぶやくレイティアーノ姫に、わたくしはうなずく。

「そうですわ。だからこそ、レイティアーノ姫様は姉姫様に勝ちたかったのでしょう? あなた様の元婚約者を侍らせて、いかにも幸せです、といったふうに笑ったのではないですか?」

「まあ! どうしてわかるの!?」

 パッとレイティアーノ姫の目に生気が戻る。

「悪役の基本ですわ」

「悪役?」

「その罠にみごとにはまってしまったのですね。しかも、もっと悪い者にも目をつけられて」

「……」

 いろいろ思い当たることがあるらしく、目線をさまよわせた後に素直に黙りこむ。

「レイティアーノ姫様、この国の王室はツワモノ揃いですの。害があるとわかれば、笑顔で駆逐していくそんな恐ろしい国ですわ」

「し、知っているわ。い、一度お話させていただいた、お、王太子様が……」

「その方が義兄になるのですよ?」

「……」


 とうとうレイティアーノ姫は、両手で頭を抱えてシーツに倒れ込んだ。


「……大臣も、あの方の妾にはならなくていい、と……」

「「「!」」」


 マディウス皇太子殿下にも接近させたの!? バカだわ。バカ過ぎるわ、あの大臣! 対談したショックで、ガリッと痩せ衰えてしまえばよかったのに!!

 ……なんだかレイティアーノ姫がかわいそうになってきたわ。

 鎖国の国から連れ出されて、あちこちで媚を売らされて、友好どころか周りから警戒と疑惑の目でしか見られてこなかったのではないかしら。


「姫様、つかぬことを伺いますが、幸せになりたいですか?」

「い、嫌がらせをしたいかってこと?」

「それでもかまいませんが」

「なら幸せになりたいわ! どんなめにあっても、やはり姉様には一度悔しいって睨まれてみたいの!」

 体を丸めたままでも、しっかりした声で叫ぶ。


 ただ、ちょっと言い方は変だけど、まあいいか。


「ちなみに、どのような方がお好きですか?」

「え?」

「背が高いとか、体は鍛えているとか?」

 いくつか条件を言ってみるが、レイティアーノ姫はそんなことを考えたり思ったりもしたことがないらしく、少し考えてから首を傾げた。

「そう、ね。見たらピンとくる方、かしら?」

「……」


 ――その選び方は非常にまずいですわ。


 どうやらレイティアーノ姫は、そういった観点から異性を見たことがないようだ。そのうち機会があれば兵の訓練場にでも連れて行き、ゆっくり観察すれば多少の好みくらい出るだろう。


「ちなみに、サイラスは『ピン』ときたのですか?」

「……」

 そぉっと横に目を泳がせるレイティアーノ姫。

 どうやら姫のお眼鏡にはかなわなかったらしい。

「良かったですわね、シャナリーゼ様」

 こっそり嬉しそうに耳打ちしてくる、エシャル様。

「なにがですか?」

「うふふ。いいのよ、今は言えないのはわかっていますわ。あとからゆっくりと」

 うふふ、と頬を染めるように笑顔で顔を離していく。


 ……本当になにもありませんけど、ね。


 さて、と気を取り直して再びレイティアーノ姫と向き合う。


「人それぞれに幸せの形があるといいますが、レイティアーノ姫様の場合は少々異なります」

「え? どんなふうに?」

「あなた様の嫌がらせによる幸せは、相手を『忘れて』しまってからになります」

「忘れる?」

 どういうこと? と訝しむレイティアーノ姫に、わたくしはゆっくりうなずく。

「要するに『ああ、あなたなんていたわね。でも、もう忙しいからなんでもいいわ』と、心の底から思えるようになることです」

「……わたくしは姉姫様の悔しい顔が見たいのよ」

「そんな醜い顔を見ても、別に何の得にもなりませんわ。もっともっと、と相手がやり返して、そしてやり返しての繰り返しになります。楽しみはご自分の私生活の中で十分味わう、というのが、最大の嫌がらせなのです。それは相手には手に入らない『極上の幸せ』なのですから」

「……極上の幸せ」

 目からうろこ、とばかりにつぶやくレイティアーノ姫。

「はい。なかなか維持するのが難しいかもしれませんが、相思相愛の相手と手を取り合って家庭を築くのですわ。我が国の皇太子殿下も、周囲の問題を長くかかって解決してご結婚されました。とても幸せだとお見受けいたします」


 間違いないわ。リシャーヌ様の下で幸せそうですもの。

――上下関係は本当に大事だわ。


「相思相愛、とは難しいわ」

「そうですわね。外見に惹かれてみれば、中身で異常な趣味をお持ちの方もおりますし……」

 はあ、とわたくしもなんとなく浮かんだエンバ子爵の二面性を思い出し、一体アレのどこが好きなのですか!? と何度マニエ様聞いたかわからない。

 イリスもそう。あの実はかわいいもの好きの筋肉夫で本当にいいのかしら。 

 まともなのはリシャーヌ様……だけね。レインもちょっと難ありだし。


友人たちのことを考え、無意識に頭を抱えたわたくしを見て、レイティアーノ姫がハッと息を呑む。

「まさか……」

 絞り出した声に顔を上げると、レイティアーノ姫の顔色が悪い。

 一瞬エシャル様と顔を見合わせ、体調が悪くなったのかと思って声をかけようとした瞬間、レイティアーノ姫が片手を頬に当て、シーツを握りしめて叫んだ。


「サイラス様も何か特殊なご趣味があられるの!?」

「「「!!」」」


 興奮気なレイティアーノ姫を前に沈黙するわたくし達。

 それを是ととって、レイティアーノ姫は「なんてこと!」と一人勘違いを始めた。


「……で、どうなのですの? シャナリーゼ様」

「……何がですか」

「サイラス様の趣味ですわ」

「知りません」

 こそこそと話しかけてくるエシャル様は見ないで、絶賛勘違い中のレイティアーノ姫をどこで止めようかと見定め中のわたくし。

「武器や防具の改良がお好きですわよね」

「よくご存じではありませんか。おかげでまともな贈り物をもらっておりませんわ」

「そのうち鞭なんてお渡しになりそうですわね」

「鞭! 鞭ですって!?」

 わたくしをからかうために言ったのだろうが、しっかりレイティアーノ姫に聞こえていたらしく、なぜか思いっきり反応してきた。

「鞭がお好きなの!? わたくし打てないわ。

 あ、でもあなたなら打てそうね」

 困惑から一転、なぜかわたくしを見上げて納得したように何度もうなずく。

「! ち、違います!」

 確かにもらいましたけど、アレは妹からです、とはさらに言えない。

「少し嗜虐的なところがあるかも、と印象ありましたけど、まさか逆なんて……!」

「逆じゃありませんわ!」

「まあ! じゃああなたが打たれるの!?」

「打たれるぐらいなら打ち返してやりますわ!!」

「じゃあやっぱり!?」

「……」


――もう、いいわ。


 わたくしは遠い目をして、あっさり諦めた。

 サイラスに対する勘違いはとりあえず放っておこう。大した影響はないでしょうし。


 と、そこへなにやら騒がしい人の声が近づいてきた。

 サッと部屋の中に緊張がはしり、レイティアーノ姫もシーツを口元まで引き上げ、身を小さくする。

「……見つかったのでしょうか」

 そうエシャル様に聞く。

「たとえ見つかったとしても、あんな大騒ぎはしませんわ」

 エシャル様が首を傾げると、ドアの近くに待機していたアガットが動く――と、同時にドアが乱暴に開け放たれる。


「シャーリー! これは一体どういうことだぁ!!」


 鬼の形相、と言わんばかりに怒ったサイラスが怒鳴り込んできた。

「ひっ!」

 思わず短い悲鳴をあげて、寝台の上で後ろへ下がるレイティアーノ姫。

「あらあら」と、いつもの笑顔のままのエシャル様。

 そして「……」と、思いっきり呆れ顔のわたくし。

 そんな三人を見て、サイラスの顔から少し怒気がなくなる。

「ん?」

 思っていたのと違ったのに気がついたのか、サイラスの顔からこわばりがなくなる。

「三人だけか? ナリアネスはどうした」

「あなたこそどうしたのよ。部下のお屋敷だからといって、怒鳴っていいわけじゃないでしょう」

 呆れ顔で言えば、サイラスの眉間に皺が寄る。

「お前がナリアネスに会いに行った、と……」

「勘違いなさらないで。情報は正確に、しっかり最後まで正しく聞きなさい。王妃様に言いつけてやるわよ」

「!」

 ヒクッとサイラスの頬がひきつった。

 いい弱点を見つけたわ。でも、現実的には使えない技ね。王妃様には……おほほほ。


「と、それよりレイティアーノ姫だが……」

 分が悪いとわかり、サッと話題を変える。

「あちらで驚いていらっしゃるわよ」

 サッとてのひらで示すと、驚いて縮こまっているレイティアーノ姫が見えたらしい。

「ああ、これは失礼しました」

 一瞬でキラキラ王子スマイルを繰り出すサイラス。

 いまさら取り繕っても遅くってよ、とわたくしはあきれ顔で黙っている。

「お怪我などないようでよかったです。おおまかな話は聞きましたが、それはのちほどに。今は落ち着いて考えて話せるように、お体を休めるのが先決です」

「……」

 戸惑いつつ、助けを求めるように目線をわたくしへ向けてくる。


 ……なぜわたくしを見ますの!?


 どうしたものか、と考えていると、ツンとエシャル様がわたくしの右腕をつつく。

「……」

「……」

 エシャル様に促され、わたくしは渋々口を開く。

「サイラス、レイティアーノ姫様はお休みになる直前だったのよ。それをあなたが邪魔したの(出ていけ)」

「それは申し訳ないことを」

 大げさに驚き、笑顔を交えて軽く頭を下げる。

「では、レイティアーノ姫は安心してお過ごしください」

「!」

 こくこく、と無言で素早くうなずくレイティアーノ姫。



「……」


 部屋に妙な無言が生まれる。



「――シャーリー、一つ確認したいことがあるんだが」

 キラキラ王子スマイルを取り払い、神妙な顔になりわたくしのほうを向く。

「なあに?」

「……姫の俺を見る目が180度変わっている気がする。前は無理にでも愛想を見せていたんだが、今は……」

「あら、本当のあなたをお話してあげただけよ。腹黒真っ黒王子様。もちろんわたくし視点からのお話でしたけど、エシャル様も別に否定なさらなかったから正しいのではなくて?」

 ほほほ愉快だわ、と笑えば、サイラスは何とも言えないように額に手を当て目をつぶる。

「複雑な気分だ」

「あら、意外に『《・・・》その気』だったのかしら。今からでも取り持ってあげてよ」

 片手で口元を隠し、ニンマリ笑って見上げると、サイラスの顔があわてて一変する。

「ちがっ! そういう意味じゃない!」

「うふふ。じゃあどういう意味かしらね。四六時中キラキラ王子モードでいれば、わたくしの言ったこともお忘れになってくれるわよ」

「だから違うと言っているだろう!」

「違わないわ。『複雑』なのでしょう? 向けられた好意を好ましく思っていたのにようやく気がついた、というところかしら。

 ああ、そうだわ。今夜からわたくしがこちらにお世話になるから、あなたはレイティアーノ姫を連れて帰って誤解を解くとよろしいわ」

「お前をここに!? 冗談じゃない!!」

「あら、だってレイティアーノ姫から警戒されるのは『複雑』なのでしょうぉ?」

「蒸し返すな!! 言葉のあやだ!」

「フン。どぉ~かしら」

 思いっきり鼻で笑って、腕を組んだまま背を向ける。

 踵を返した視界の先にあった開きっぱなしのドアから、眉を寄せて口だけで『言い過ぎです!』と鳴きそうな顔をしているアンの姿が見えた。


 まあ、何を言っているの、アン。全っ物言いたりなくってよ!


「とにかく帰るぞ、シャーリー!」

 そう言ってしっかりと腰を抱かれる。

「ちょっと!? どこ触っていますの!?」

 容赦なくその手を叩く。

「ッツ! お前が残るなどバカなことを言うからだ!」

 腰に回した手を引っ込めて、今度はしっかりとわたくしの肩に手を回す

「行くぞ」

「ちょっと、かってに決めないでちょうだい! いつもいつもかってね!!」

「うるさい! 少しは言うことを聞け!」

「んまっ! 聞いて欲しければ、先にあなたがわたくしの言うことを聞くことね!」

「聞いているだろうが」

「どこが!?」

 なにを言っている、とばかりに真顔で返してきたから、わたくしも大げさに驚いて反射的に言い返す。

「「……」」

 そしてそのままの顔のままお互い無言で歩き続けて、先にわたくしが目をそらしてため息をつく。

 

 あら?


 いつの間にか廊下に出ており、ずいぶん進んでいるのに気がつく。


 そういえばエシャル様はどこ? ああ、レイティアーノ姫に挨拶もしてこなかったわ。


 ――まあ、いまさらですけど。



☆☆☆



 騒がしく二人が退出すると、緊張から解き放たれたかのようにレイティアーノ姫が大きく息を吐いた。

「わたくし、すっぱりと諦めます」

「うふふふ。それがよろしいかと」

「だって、あのお二人の間に入り込める隙間なんてなさそうですもの。ふふふ」

 そう言ってコロンと横になるレイティアーノ姫は、顔までシーツをかぶる。

「……少し休みますわ」

「はい。あとはお任せください」

 エシャルがメイドも連れて寝室を出る。

 ドアが閉じる寸前、少しだけ押し殺した声が聞こえた気がした。


「アガット、あとはお願いね」

「かしこまりました」




読んでいただきありがとうございます。

最近PCやネットの調子が悪く接続がうまくいかないなど、限られた時間で修正できないことがあります。


ご指摘は読んでおります。

本業が忙しくなり、なかなか対応できずすみません。

来週は更新できるよう頑張ります。


また、昨日になってしまいましたが、熊本地震により被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。


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