勘違いなさらないでっ! 【86話】
どうして加筆すると…こうなるの…
レイティアーノ姫の理想語りは延々と続く。
メデルデア国では側室制度なる、いわゆる第二夫人、第三夫人の存在が王族ではあたりまえのように存在している。それぞれに屋敷があり、お互いが同じ屋敷に住むことはないらしい。
だから、自分が別邸に住むということでいいではないか、というのだ。
また、第三王子妃としての職務さえ任せてもらえれば、大半の夜会やお茶会などはわたくしが自由に同伴してもらっていい、という。
――そんなわけにはいきませんわ。
心の中で、今日一番の深いため息をつく。
お国がそうであるからと言って、他国でそれが通じると思っているのかしら。むしろこの姫様の前提は『自分は平気です』と、いうことで成り立っているみたい。
あなたは良くとも、わたくしも周囲も大変迷惑なことなのですけど。
「そ、そうだわ! 大事なことが」
胸を押さえていた両手をパンと打つ。
「後継ぎ問題ですけど、これもご心配なく! ただ、産んでいただいたお子様はわたくしの子としてお披露目されることになりますが、きっと周知の事実でうわさは広がることと思います。ですから、養育にわたくしが関わることはきっとないと思います!!」
「……」
「いかがですか!?」
畳み掛けるように言い終えたレイティアーノ姫は、満足したのか最初に会った緊張の強張りもとけて、わずかに赤みがさした頬と笑顔がわずかに見える。
その笑顔が――とうとうわたくしの逆鱗に触れた。
「――何が、です」
「!」
自分でも驚くほど低く、威圧的な声が出た。
身分は上とはいえ、このような考えを『良い提案』として嬉々として語るなど、本当にどうかしているわ……。
冷めた目でじぃっと見れば、大げさともとれるように肩を上下に揺らす。
前のめりだった上半身を起こして、シーツを手繰り寄せるように再び胸の前で握られた両手が小さく震える。
すっかり委縮してしまったレイティアーノ姫を前に、わたくしはしばらく様子を伺う。
エシャル様もアガットも動くことはないので、これはこのままわたくしが発言していいのよね、と確認して再び心の中で深いため息をつく。
「誤解されているようですので、このさいはっきりと申し上げます。わたくしとサイラスの間に、愛だの恋だのという甘い関係は一切ございません。
さらに言わせていただければ、サイラスより見た目のイイ男などゴロゴロおりますわ。まあ、身分は王子よりは劣りましょうが、身分より大事な人間性、つまり性格の面をみてもサイラスは劣悪物件でございます。
どこの世界に好きだと言った女性の失敗談を、ことごとく蒸し返してくる男性がおりますでしょうか? (寝ている)女性の顔にインクで落書きをする男性がおりますでしょうか? 夜会に誘ったのにエスコートをしない、などということを言う男性がおりますでしょうか? 自ら音信不通になったくせに、女性の身辺に密偵を放って行動を監視している男性がおりますでしょうか?
むしろそんな男性をステキだわ、愛しております、なんて誰が思うのでしょうか?」
「……」
予想外のことを言われた、とばかりにレイティアーノ姫の顔が戸惑っている。
きっとわたくしが『バカになさらないで!』と、大声を上げるのだと思ったのだろう。
わたくしが『愛だの恋だの』と言ったあたりで、思わず目を丸くしていた。
まったく、とんだ勘違いですわ。
「「……」」
チラッと確認すれば、エシャル様とアガットも目が丸くなっている。
あら? これは、サイラスの評判が落ちたのかしら? と、いうかここまで驚くほど評判が良かったのも、わたくし的にはかなり驚きなのですけど!?
二人の様子を見て、わたくしの怒りがすぅっと消えていくが、レイティアーノ姫にはまだ言いたいことがあるので、とりあえず口元だけを薄らゆるめる。
「!」
ビクッと体を震わせるレイティアーノ姫は、また最初の頃と同じように不安げに顔を曇らせている。
……嫌だわ、本当に本気でそう思っていたのね。
でもしかたないわ、とわたくしはそのまま取り繕うこともせず、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「姫様、お国が違うというのは作法、習慣も違うことがあるということですわ。メデルデア国では側室も尊重されているようですが、こちらの多くの国々では愛人は日陰の存在ですの。どんなに日の光を浴びたいと思っていても、家名がそれを許しません。
今姫様がおっしゃったことは、わたくしはともかく、イズーリ王家を侮辱するものととらえられかねません」
「そ、そんな! わたくしはお互いの幸せのためにと……」
顔色を悪くして首を横に振るレイティアーノ姫に、わたくしは少し首を傾げる。
「幸せ? 愛のない結婚をして王子妃として公の場に出る。それが姫様の幸せなのですか?」
「そ、それは……」
「お飾りの妻のもっとも悲惨な状況をご存知ですの? 夫に顧みられず、実家に心配かけまいと外では笑顔で振る舞い、屋敷に戻れば使用人からも距離を置かれ、蔑まれ、女主人として振る舞うのは夫の愛を受けた女性。 一人孤独に誰にも頼れず、それでも失敗すれば家名が傷つくと必死に周囲に気を配る。
やがて眠れない日々に体調を崩し、今が朝なのか夜なのかも気にならないほどに気を張り詰めさせて、周囲に気を配り過ぎるあまり、美しかった外見がガラリと変わる。
――そして、最後には『子ができないほど弱っている』と言われ、離縁される」
静かに語り終えると、レイティアーノ姫がゴクリと息を呑みこむ。
……まあ、このお話には続きがありますけどね。その方は今では元夫を手足のように使っておられますし、大変お元気になられております。
そんな稀な結末を言うわけはなく、わたくしはもう一度尋ねた。
「姫様、それがあなたの望む幸せなのですか? 国がそれをあなたに求めるのですか?」
「……」
レイティアーノ姫は返事が出せないまま、ゆっくりと目線を下のシーツに落とす。
そしてしばらく沈黙した後、ポツリとつぶやいた。
「……だって、勝ちたいんだもの。わたくしの元婚約者にも、アリブール姉様にも負けたくないんだもの……」
そう言いながら、こちらには聞き取れないけどぶつぶつと何かを言い続ける。
あら嫌だ。婚約破棄ものの被害者ですの!? 面倒だわ。どうやって切り替えそうかしら。
話題変更の方法をさっさと考え出したわたくしの袖を、グイッとエシャル様が引っ張る。
黙って目を向けると――そこには、先ほどとは打って変わって目をキラキラさせたエシャル様が微笑を浮かべていた。
「……どうしましたか、エシャル様」
「これはアレですわ。婚約破棄による復讐劇ですわね。復讐の連鎖はどろどろとした悪意を生みだし、そして心をむしばんでいくのですわ。それを拭い去るのは『真実の愛』というのが基本ですの」
こそこそと、でも楽しそうに目を輝かせるエシャル様に、わたくしはふっと遠い目になる。
ああ、それはきっと本の世界ですわ。
厚い本でも薄い本でも、突然ひょっこりと出てくる『真実の愛』という言葉。実際は過去より今が大事だから、今みつけた愛情に一生懸命なの! というだけではないかしら。
だって変えられない過去より、変えられるかもしれない今のほうがずっと大事だもの。
「そうよ。トリアス兄様が異国の女性と再婚するから、アリブール姉様があんなことをしたんだわ」
ぶつぶつ言っていたレイティアーノ姫が、急に泣きだす。
「トリアス兄様が、再婚相手にライルラドの公爵令嬢を指名したからいけないのよ!」
ワーッとシーツに顔を埋めて泣き続ける。
人前だけど、とかそういうものを気にすることもできないくらい大きな心の傷だったみたい。
そんなレイティアーノ姫をながめつつ、エシャル様がこっそり教えてくれる。
「詳しくは知らされてはいませんけど、アリブール姫というのはメデルデア国王の正室の姫様ですの。レイティアーノ姫は第三側室の姫で、お母様は何かと姉姫様と張り合っていたそうですわ。まあ、良くある話ですけど。
ちなみにトリアス様という方は、サイラス様も重要視されている王族の方ですの。王位継承権はさほど高くないそうですが、メデルデア国王も頼りにしていて、一目置いているほどの逸材だとか」
そんな方とライルラドの公爵令嬢が再婚。しかも指名。
『彼女の一番年上の従兄弟らしいけど、わたくしより一回り年上で、お子様がいるの』
思い出される彼女の言葉が頭の中に響く。
ワーゴット公爵家令嬢エディーナ様。あなたのことですわよね。
王位継承権は低いから、王族限定の病で不幸が起きない限り王妃は望めないわ、とか言っていたけど、国王陛下から一目置かれているなら、十分権力者じゃない。
しかもサイラスが重要視しているって、どういうことかしら。
でも、ここはとりあえずレイティアーノ姫に落ち着いてもらうことが先ね。
「レイティアーノ姫様。アリブール姫は、そんなにトリアス様がお好きでしたの?」
「ええ!」
がばっと涙にぬれた顔を上げ、手繰り寄せたシーツで口元を隠しつつしっかりうなずく。
「でもトリアス兄様は結婚したし、姉様だって婚約したわ。それなのに、トリアス兄様が死別されてすぐ姉様は婚約破棄して、でも結局相手にされなかったからって、今度はわたくしの婚約者を横取りしたんです!」
過去の屈辱を思い出したのか、ぎゅうっとシーツを握りしめる。
「母は抗議してくれましたけど、結局は正室の娘たる第一王女にふさわしい人物だから、と盗られてしまいました。せっかく好きになっていたのに!」
「そしてホードル卿に声をかけられましたの?」
「えっ」
パチッと目を開いて顔を上げる。
「違いますの?」
「そ、そうです」
今までの勢いがそがれ、全身の力が抜けてがっくりと肩を落とす。
「姉様を唸らせるような方は国内にはおりません。では他国の王子と縁を結べばいいと、わたくしの件で負い目のある父を説得して連れ出してくれたのです。
でも、婚約者がいらっしゃる方ばかりで、全然うまくいかなくて……」
「そうですわねぇ。王族なのに婚約者がいない、ということが珍しいですわ」
どうやら他国でも婚約者探しをしていたらしい。
他国ながらいらぬお節介でしょうが、メデルデア国の外交大丈夫かしら。
「……レイティアーノ姫様」
「はい」
「僭越ながら、申し上げますわ」
「……はぃ」
消え入りそうに肩を震わせ、レイティアーノ姫は顔を上げた。
「『自分は大丈夫、平気です』という考えは、今日限りおよしになったほうがよろしいかと。ご自分は我慢できるから、という考えかもしれませんが、周りがどう受け取るのかということをしっかりわかる方が先でございます。
先ほどの、そう、例えばの話でしたが……」
そう、例えばの話だけど、わたくしは数秒言い淀んで、もう一度強く念を押す。
「『例えばの話』でございますけど、姫様の理想通りになったとして、わたくしが生んだ子を姫様の子としてお披露目することを周囲はどう受け取るでしょうか? メデルデアでは主の家の子として認識されるのかもしれませんが、こちらではそうではありません。
『夫婦』を演じる夫婦と、生まれたばかりの子は周囲から口だけの祝福を受け、裏で嘲笑され続けるのです。それを認めた一族全てが。
きっと姉姫様もお笑いになるでしょう。それともあなたはよくやっているわ、と褒めてくださるのでしょうか?」
「……わたくしが笑いものになれば、きっとお喜びになるでしょうね」
ふふっと自嘲気味にわずかに口角を上げるレイティアーノ姫は、一度大きく息を吐くと疲れ切ったように目を閉じる。
「生まれ持った身分差はどうあっても変えられないわ。だからって幸せまであの方々の下に甘んじる必要はないはずだって思っていたのに……」
ゆっくりと開いた目はわたくしを見ることもなく、ぼんやりと疲労感を漂わせていた。
「「……」」
「……」
じぃっとエシャル様とアガットの、責めるような視線が突き刺さる。
とりあえず勘違いを正してあげたのだから、これでいいじゃない。これ以上何を教えろっていうの? 幸せなんて人それぞれだし――って、コレを言えっていうの?
「……わたくし、どうしたら……。姉様の下で耐えるしか……うぅっ」
どんよりと暗い雰囲気が漂い始めたので、おもわずそれを振り払うように片手を振って頭を抱える。
「言い過ぎましたわ! 訂正いたします!!」
「え?」
キョトンとしたレイティアーノ姫を良く見ないまま、わたくしは話し続ける。
「自分の幸せなんて、自分が幸せであればそれでいいんですわ!」
「え?」
「え?」
エシャル様が違うとばかりに眉を寄せ、きょとんとしたままのレイティアーノ姫が首を傾げる。
「た・だ・し! 自分を取り囲む周囲の反応も見たうえで、本当に自分が心の底から笑顔でいられるか、ということが大前提です!! 一度っきりの人生ですから、楽しい方がイイにきまっていますわ。苦しみながら生きるのがイイのでしたら、それは止めませんけど。
ただ、相手が幸せそうに見えても、自分が同じくらい、いえそれ以上に幸せなら相手の幸せに嫉妬する暇なんてありませんわ」
腰に手を当てとりあえず言い切ると、ぱっちりと目を見開いたレイティアーノ姫と目が合う。
「……わたくし、幸せになれるかしら。今からなんて……」
「『今』を先延ばししても何の得にもなりませんわ。そして、なれるというより『なるの』ですわ、レイティアーノ姫様。他人のものを横取りして笑っているような、幼稚な考えをしている人に惑わされてはいけません。そういう方は、あなた様が心の底から笑顔でいる姿が一番嫌いなのです。
嫌がらせをするなら幸せになる! これが一番ですわ!!」
「!」
堂々と言い切ったわたくしのそばで、音をたてないようにエシャル様が笑顔で拍手をする。
一方レイティアーノ姫は、見知らぬ部屋で目覚めたかのように脱力したまま口をポカンと開けて固まってしまった。
「同感ですわ、シャナリーゼ様。わたくしも気が合わない方がおりますけど、その方が惚気る話をするんですの。でも、その方よりもっといい組み合わせを知っておりますから、なんとも冷めた目で見ていますのよ。あ、もちろんそのすてきな方々は本の中で、ですけど」
自慢できずに残念なのが贅沢な悩みなのですのよ、とエシャル様は微笑む。
そうですね。そういう『幸せの形』があってもいいと思います、エシャル様。
ただ一つだけ言わせていただけるなら、わたくしに自慢しようとは思わないでくださいね。全然羨ましくないですから……。
読んでいただきありがとうございます。
えっと、サイラスは次回……。
説得に時間がかかっています…ね。




