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勘違いなさらないでっ! 【85話】

加筆し過ぎて、長くなったのでわけました。ごめんなさい。

 お屋敷にたどり着き、エシャル様が先に下りて老執事に迎えられるところまで見て、わたくし達を乗せた馬車は裏手にまわった。

 この対応からして、すでに諸事情は伝わっているらしい。

 そして、馬車の扉が開けられた時、そこにはわたくしがいた時にはいなかったはずのメイドの姿があった。



  キラキラキラキラ……。



 これ、何だと思う?


 ――そう、女性のお世話に飢えたメイドの目の輝き。


 でも変ね。このお屋敷にメイドはいなかった気がするわ。


 わたくしが不思議に思っていると、扇を広げたエシャル様がこっそりとささやく。

「女性が滞在した、という噂を聞きつけた母が兄の乳母をメイド長にして数人送り込んできたのですわ。まあ、彼女たちは信用できますので大丈夫ですけど」

 ついでに兄に拒否権はありませんので、とにっこり微笑む。

 つまり、気合を入れてやってきたのに目当ての女性はおらず、気合が空回りしそうなときにわたくし達が女性を連れてやってきた、というわけかしら。

 馬車を下りた途端に嫌悪の視線を向けられる、という経験はたくさんあったけど、ここまで熱烈に歓迎される居心地の悪い視線はイリスのお屋敷以来ね。

 「お久しぶりでございます、シャナリーゼ様。エシャルお嬢様より伺っております。ささ、お早くこちらへ」

 あの枯れそうな老執事ですらハキハキとして、目を輝かせてその時を待つメイドに指示を出した。

 老執事の合図で、メイド達は優雅に、しかし気合を入れて馬車に近づく。

 ――馬車の扉の前で遠慮がちに立っていたアンバーを、有無言わさない気迫で後ずらせて、馬車の中から二人がかりでレイティアーノ姫を運び出す。

「さあ! いざ!!」

「「「はい!」」」

 元乳母というモスグリーンのシンプルなドレス姿の掛け声で、レイティアーノ姫はあっという間にメイド達に担がれてお屋敷の中へと消えた。

「うふふ。アガットったら張り切っておりますわ。ああ、アガットは兄の乳母でもありますが、わたくしの乳母でもありますの。とっても頼りになりますわ」

「そのようですわね」

 わたくしがいる時に彼女がいなくて良かった。

「トーラント、わたくし達を忘れているんじゃなくて?」

「はっ、申し訳ございません。こちらへ」

 メイド達が駆け抜けていった先を見つめていた老執事が、さっと背筋を伸ばして丁寧に腰を折る。

「お兄様には黙って来てしまったから、対応はわたくしがするわ。お兄様が戻ったら教えて」

「かしこましりました」

 それでは、と老執事を先頭に歩き出した。

 そして、通された部屋でようやく一息つくと、レイティアーノ姫が目覚めるまでしばらくの間待つことになった。

 そわそわと落ち着かないアンバーと、それを見てため息をつきそうになっているアン。

 わたくしとエシャル様は向かい合って長椅子に座ったものの、あまり話さないまま静かに過ごしていた。


☆☆☆



 やがて、モスグリーンのドレスを着た元乳母の女性がやってきて、レイティアーノ姫が目覚めたことを告げた。

「アガット、お話はできそうかしら?」

「はい、エシャル様。お客様もぜひに、とおっしゃっておいでです」

「ですって。シャナリーゼ様、お覚悟はよろしくて?」

 なぜかワクワクと何かを期待する目を向け、わたくしに確認をとるエシャル様。

「覚悟、ですか?」

 何のですか、とばかりに聞けば、エシャル様がサッと扇を広げて口元を隠してクスクスと実に楽しそうに笑う。

「いやですわ。横恋慕女狐にガツンとおっしゃる覚悟ですわ。うふふふ」

「……横恋慕も何も、わたくしには関係ございません。それに、あの方の性格からして、エシャル様の満足を得られる修羅場になる可能性は低うございますわ」

「それはわかりませんわ。わたくし修羅場とやらに同席するのは初めてですの!」

 だから楽しみで、とばかりにご機嫌なエシャル様。

 そんなエシャル様を見て、アガットが「エシャル様。なにをおっしゃっているのです」とたしなめるが、まったく聞く耳を持たない。

「とにかく参りましょう。お待ちでしょうし。アン、アンバー。あなた達も来て」

「かしこまりました」

「え、俺もですか~」

 はしゃぐエシャル様とは逆に、アンバーはがっくりと肩を落とし、部屋を出てからも最後尾からトボトボと足取り重くついてきた。


 大きな客間の一つに案内され、エシャル様の後をついて中に入る。

 部屋は二間続きになっていて、寝室は奥のドアの向こうらしい。

「アンとアンバーはここで待っていて」

 二人を待たせて奥の寝室に入ると、寝台の上で上半身を起こし、緊張の面持ちでキュッと口をつぐんだレイティアーノ姫が待っていた。

 普段はきちんと細く縦巻きにしている茶色の長い髪も、今はゆるくほどけており、ややタレ目がちな黒い瞳が不安と緊張でゆれている。

 それでも言わなければ、とばかりに結ばれている口元を見て、わたくしは自然と笑みがこぼれた。


 とってもお元気そうだこと。


 怪我もなさそう、と安心からきた笑みだったのだけど、エシャル様には別の意味にとれたらしい。

 扇で隠しながらわたくしの耳にそっとささやく。

「シャナリーゼ様もう戦闘態勢ですの? 先制攻撃はやはり悪役令嬢の笑みですのね!」

「……違います」


 素、ですわよ、エシャル様。ええ、ええ、そうとしか見えなくって申し訳ございません!


「あ、あのっ」

 意を決したように、レイティアーノが胸元を押さえつつ声を出す。

「あの、わたくしは……その……」

 が、どうにも後が続かない。

 礼儀に反するが、わたくしは軽く頭を下げて口をはさむことにした。

「失礼ながら、わたくし達にはお会いにならない方が良いのかもしれません。今からでも遅くありません。町で迷っていた、ということでお帰りになるのはいかがでしょうか?」

「! それは嫌っ!……あっ」

 自分でも言ったことに驚いたらしい。

 レイティアーノ姫は口元を抑えつつ、そぉっと伺うようにわたくし達を見た。

「では、お好きなだけいらっしゃると良いですわ。ねえ、エシャル様」

「ええ。いていただけるなら、ここにいるメイド達も仕事ができて喜びますわ」

「……本当に?」

 どこか不安気でありながら、気が抜けたようにつぶやくレイティアーノ姫に、エシャル様とアガットは深くうなずく。

 ホッとした表情を一瞬見せたものの、レイティアーノ姫はすぐ目を伏せる。

「……ダメだわ。ジェルマも今頃気がついているはずですもの」

「そういえば、よくあの厳しそうな方からお逃げになられましたわね」

 意外ですわ、とエシャル様がころころ笑うと、レイティアーノ姫は元気のない笑みを浮かべて、ぽつりとつぶやいた。

「今日は、その、大臣もいませんし……わたくしが逃げるなんて思いもよらなかったのでしょうね。どこかに出かけてしまいましたので」

「あら! やはり逃げていらしたのね」

「!」

 びくん、と弾かれたように目を見開いて顔を上げるレイティアーノ姫に、わたくしはニンマリと口角を上げる。

「気になっておりましたのよ。先日のお食事会で、お付きの方が落としたアレを拾えたのは、姫様が気をそらしてくださったおかげですもの」

 その通り、とばかりにレイティアーノ姫の目が泳ぐが、今度はうつむことはせずどうにか頑張っているみたい。

「姫様は、きっと何か言いたいことがあるのではないかしら、と少しばかり気になっておりました。それは、きっと姫様一人にならないとダメなのではないか、と。ちょうどと言いますか、偶然アンバーが姫様をお連れしたので、これは最初で最後のチャンスかもしれませんわ」

「……チャンス。最初で最後?」

「はい」

 茫然とつぶやき返すレイティアーノ姫に、わたくしはにっこり笑ってうなずく。

「わたくしも長居はできませんので、わたくしに言いたいことがおありでしたら、という意味ですが」

「あなたに……」

 不安気に揺れていたレイティアーノ姫の目に、ゆっくりと意思が灯る。

「わ、わたくし、あなたに言いたいことがあるの」

 胸を押さえる手に力を籠め、でもまっすぐ目をそらさずわたくしを見るレイティアーノ姫は、一度呼吸を整えて、意を決したように口を開く。


「サイラス様をくださいませ!」

「どうぞ」


 まるで投げられたボールを返すように言えば、レイティアーノ姫だけでなく、エシャル様もアガットも目を丸くして注目していた。

「なにか問題でも?」

「え、それはっ!」

 わずかに身を乗り出すように前のめりになりつつ、レイティアーノ姫が驚いた表情のまま口を開く。

「それは、わたくしがサイラス様の婚約者候補として正式に名乗りを上げていい、ということですか!?」

「かまわないと思いますが? と、いうかまだされておりませんでしたの?」

「は、はい。王妃様に何度かお会いしたみたいですけど、大臣が言うには、まだその時ではない、とか」

 大臣、といえばあの白髪交じりの茶髪の中年太り進行中の男ね。名前はたしかホードル卿だったかしら。

 前に一度会った時は随分図々しい感じがしたけど、さすがにイズーリ王妃様の前では違うみたいねぇ。

「では、これから姫様側からイズーリ王家に正式な書面がいく、ということですね」

 わたくしの確認に、レイティアーノ姫がうなずこうとした時、横から慌ててエシャル様が割り込む。

「シャナリーゼ様! 何をおっしゃっているのです。サイラス様はあなた様に求婚されていますのよ!?」

「一方的で押しつけがましい求婚もどきでしたら、どうぞご心配なく。常日頃からなかったことにしておりますので」

「そんな笑顔でおっしゃることではありませんわ!」

「貴族籍から廃嫡されそうなわたくしより、メデルデア国第二王女様のほうがサイラスに問っても、イズーリ国にとっても利になることですわ」

「またそんなことおっしゃって!」

 もう!と怒って頬を膨らませるかわいいエシャル様に、にっこり微笑んでいると、か細い声でレイティアーノ姫がつぶやいた。

「は、廃嫡?」

 唖然としているレイティアーノ姫に、わたくしは何でもないようにうなずく。

「貴族籍の者が国境を越えるには多少の手続きが必要なのに、わたくしったらそれを全て放棄してきましたの。家に迷惑がかからぬよう、除籍の書類は残してまいりましたけど」

「それは……わたくし達がイズーリ国に滞在したから、なの?」

「い……」

「そうなのですわ!」

 グイッとわたくしの前に力強く出るエシャル様。

 もちろんわたくしは『いいえ』と言うつもりでしたのよ。もちろんウィコットの為なのですけど、それは言ってはいけないから黙っていますけど。

 わたくしの前に出たエシャル様は、両手を組み合わせて目を潤ませる。

「周囲に不審な影がちらついて身の危険を感じ、そしてサイラス様からの音信普通と数々の噂で不安になったシャナリーゼ様は、わずかな共を連れて参られたのですわ! もちろん道中も危険がいっぱいで……!」

「エシャル様、落ち着いて!」

 なぜか熱弁するエシャル様の左腕をぐいっと引っ張り、どうにか口を閉じさせる。

「止めないでくださいませ、シャナリーゼ様!」

「いいえ、止めます。それにほとんど誤解ですので!」

「少人数で危険を冒してこられたのは間違いございませんわ!」

「サイラスの為ではございません!」

「……そう。あなたにも『覚悟』があるのね」


 はい?


 話を変な方向に向けたエシャル様を止めようとしていたら、急に、静かな声でレイティアーノ姫が割り込んできた。

 忘れていたわ! と顔を上げると、レイティアーノ姫が潤んだ目でわたくしを力強く見上げていた。

「わ、わたくしは、サイラス様とあなたとの仲を引き裂いた悪女、と呼ばれ続ける覚悟がありますわ! 誰になんと言われようと、イズーリ国第三王子妃として職務を全うする覚悟があります!!」

「……」

「まあ」

 思わず口元を押さえるエシャル様。

「それから、サイラス様がわたくしを愛してくれなくとも文句は言いません。我が国には側室制度もありますので、シャナリーゼ様が貴族籍を離れてもなおサイラス様がお迎えになりたいと思われるなら、全力で応援いたしますわ!」

「「……」」


――まあ、どうしましょう。盛大に勘違いされているわ。


 勘違いの原因となったエシャル様も、少し予想外だったのかすまなそうにわたくしを見る。


……いえ、どうしろとおっしゃるの?



読んでいただきありがとうございます。


とりあえず活動報告に書いてますが、サイラスは次話登場です。

ええ、これは間違いなく!!

お待ちの方がいらしたら、言います。

「お待たせしました!!」


ではまた来週。


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