勘違いなさらないでっ! 【84話】
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庭師が木の葉を掃除している中庭を見て、ベラートは「冬か」とつぶやい小さく息を吐く。
『ごきげんよう、ベラート。躾のなっていない野良犬がウロウロしているようね。大丈夫かしら? シャナリーゼ様のことは、当家でもお預かりしてもよくってよ』
いつもの優しい微笑みを浮かべつつ、チクリと釘を刺してきたのは、訪問には非常識とされる朝早くに来られたエシャル様。
サイラス様がエシャル様の訪問にはいつでも対応するように、と配慮されているので、こちらもお断りをするわけにはいかない――んですが、その手に持たれている籠の中身はあらためさせてもらった。
『わたくしが仕上げをするわ。アンかマリアはいるかしら。手伝ってもらいたいの。出来たてを召し上がっていただきたいわ! 目指すシチュエーションは『朝食の香りで目覚める朝チュンですわ~』
――一体何を読まれてそれを実行しようとされるのか。まったくもって不思議なご令嬢である。
夜間に来た不埒な輩には、それ相応の報いをもって捕縛した。
屋敷の敷地外をウロウロしている者も、すでに排除している。
この屋敷も王家所有の中では手狭だと言われるが、すべてを完璧に排除したと確認をとるには時間がかかった。
「奥様をお迎えすることが警備の見直し期、とはいえ、これは大がかりな配置変換が必要ですねぇ」
うむ、と一つうなずいてから窓を閉めると、妙に廊下が騒がしいことに気がつく。
「何事か?」
廊下に出てみれば、シャナリーゼ様付きのアンが中身がいっぱいに詰まった灰バケツを、男の使用人に渡していた。
「それは?」
「あ、執事様。そ、それが、エシャル様が暖炉の火加減を間違えたそうで……」
「申し訳ございません! わたしもエシャル様のおっしゃる火加減がわからず、お任せにしたままでした」
「……行きなさい」
「「はい!」」
二人をそれぞれの持ち場に帰して、ベラートは頭を抱えた。
――どうやら、シャナリーゼ様のご友人方に対する対策も必要らしい……。
☆☆☆
「まあ、わたくしったら狙われておりますのね」
食後のお茶を楽しみながら、エシャル様が気ずいたこととやらを問い詰めれば、意外にあっさりと教えてくださった。
「ライルラドに入らっしゃる頃からずっとですわよ、シャナリーゼ様」
「ああ、そういえばそうでしたわねぇ」
「あまり驚かれませんわね」
うふふ、といつもの微笑みを見せるエシャル様に、わたくしは諦めのようなため息をつく。
「サイラスの傍にいると、本当にいろんなことが起きますの。付け狙われることくらい想定範囲内ですわ。ですが、堂々と姿をさらしたので、逆にあちらも大きなことはできませんでしょうね。夜狙うなんて古典的ですこと」
「あちらの方々は剣より投げる武器、がお好みだそうですわ」
ベラートに聞きましたの、と付け加えながらわたくしの答えを興味津々で待つエシャル様。
「……わたくしにも武装しろ、と?」
「うふっ。 シャナリーゼ様の武装姿も凛々しくてきっとすてきですわぁ」
ほぉっと脳内で性別変換と美化をしてうっとりするエシャル様。しばらく妄想の世界で夢見てくださいませ。
このまま静かにほっとくはずだったのだが、部屋のドアがノックされたのでアンに出るように促す。
「お話し中、申し訳ございません」
現れたのは、やけに神妙な顔つきをしたベラートだった。
「……なにかあったの?」
わたくしの問いかけに、ベラートはチラッとアンを見たが、わたくしが「かまわないわ」と言えばようやく口を開いた。
「裏口より、アンバーと名乗る者がレイティアーノ姫と思われる女性を連れてやってきた、とのことです」
「「!」」
さすがのエシャル様も妄想の世界から瞬時に呼び戻され、いつもはおっとりしている優しげな目が驚き丸くなっている。
――さっそく厄介ごとがやってきたわ。
わたくしはスッと目を細くして、嫌々ながら口を開く。
「……アンバーはわたくしを匿ってくれた元兵士よ。その……レイティアーノ姫という女性は間違いないの?」
「瞳の色は確認できませんでしたが、お姿は間違いないかと」
「どういうこと?」
「お気を失っておいでのようです」
「……」
わたくしは右手で額を抑えて目を閉じる。
輪をかけて悪い事態だわ!!
「シャナリーゼ様」
ベラートがわたくしを呼ぶ。
「……そう、ね。とりあえず静かにお迎えして手当を。わたくしはまずアンバーに会うわ」
「いえ、それはなりません」
え? と、言いかけて顔を覆っていた手をどけてベラートの方を向く。
キリッといつも以上に厳しい表情をしていたので、思わず眉をひそめた。
「なぜ、と聞いても?」
失礼ながら、と前置きしてベラートはうなずく。
「レイティアーノ姫を敷地内に入れることは、サイラス様の不利に繋がります。また、アンバーという者が信用なるものだとして、姫がどうしてお一人なのかという疑問から罠の可能性もあるのです」
「……敷地内で姫の存在が発覚すれば、それだけで醜聞ですものね」
「特に今はシャナリーゼ様がいらっしゃるのですもの。尾ひれに修羅場が加算されて、とんでもないことになりそうですわねぇ」
驚きから立ち直って、すっかりいつもの調子に戻ったエシャル様が、にっこり微笑んで「そうですわ」と手を合わせる。
「兄のところへ運ぶのはどうでしょうか? わたくしがこのお屋敷を出て兄のところへ行ったとしても、特におかしいところはないはずですわ」
少しだけベラートの厳しい表情が緩む。
このまま放置するわけにも行かず、かと言って迎えを呼ぼうにもその間にどこで対応するのかという問題もある。下手をすれば弱みになる。
「……姫は今どちらに?」
「外壁と内壁の間の詰所におられます。お目を覚まされたら、すぐに連絡が来るようになっております」
そう、とうなずいてからエシャル様へ視線を向ける。
「わたくしはエシャル様の案が一番良いと思います。ですが、厄介ごとですわよエシャル様」
「うふふ。いまさらですわ、シャナリーゼ様。それに、兄のお屋敷のメイドもシャナリーゼ様が去ってから意気消沈しておりますの。女性の一人や二人連れて行けば、喜んでお世話いたしますわ」
「く……、ナリアネスの許可はどうします?」
「まあ! そんなもの必要ありませんわ。あの女っ気のないお屋敷と本人のそばに、かわいらしい方をお連れするのに何の許しをもらう必要がありますの。感謝されこそして、非難されるなんてありえませんわ。いえ、そんなことを言ったら男じゃありませんわ」
きっぱり言いきって小さく「そんなこと言ったら、ようやく手に入れたという最高級アズキを全部もちさってやりますわ。あと、ワシツにバッタを入れるように頼んでしまいましょうか」と言いながら、ナリアネスが一番ダメージを受ける制裁方法を考え込んでいる。
わたくしは何も言わず短く息を吐き、ゆっくりと顔を上げる。
「サイラスに報告は?」
「すでに」
「そう。ならば急ぎましょう。エシャル様と一緒に出ます」
一礼してベラートが去った後、残りのお茶を一気に飲んでこんどは長く息を吐く。
昨日の今日でお会いするなんて、とわたくしが眉間に皺を寄せると、正妻方法をあらかた考え終えたエシャル様が「そういえば」と何かを思い出す。
「昨夜はペイン侯爵の夜会があったはず。あちらのタヌキ大臣は今日から遠方視察に行くはずですわ。兄がどこかの部隊が護衛に付くと言っていましたもの」
あのタヌキ大臣が昨夜から近くにおらず、足を痛めたために視察の公務も取りやめになっている……。
「まさか、逃げていらした?」
すぅっと部屋の温度が下がった気がした。
エシャル様もアンも、考えるわたくしをじっと見たまま口を閉ざす。
「……あの方、今思えば気になることがいくつかありますの。昨日偶然拾ったという粉薬ですけど、あの時もレイティアーノ姫がジェルマというお目付け役に声をかけたから拾えたのですわ」
それに、帰り際の視線も気になる。
「……追手がいるかもしれませんわ。やはり、シャナリーゼ様はいらっしゃらないほうがよろしいですわ」
「いいえ、参ります。ここまで引っ張りだされて、肝心なところで外されてはたまりませんわ。そんなことをされたら、今度こそサイラスの髪の毛を全部抜いてしまうかもしれませんから」
「え!?」
さっきとは違った意味で目を丸くするエシャル様に、クスリと微笑んで立ち上がる。
「アン、支度を」
「はい」
「エシャル様、すぐに参りますので」
「うふふ。わかりましたわ。サイラス様の髪がなくなってしまったら、こっちも国際問題になりそうですもの」
いつも通りおもしろげにころころと笑うエシャル様だったが、わたくしが結構本気でそう思っているってわかっているのかしら……。
とにかくわたくしは、アンと部屋に戻り急いで支度をする。
アンがクローゼットから手に取ったのは、淡い青のドレス。袖口と襟元をレースが縁どっていて、藍色に近い生地で作られたバラの飾りが数か所付いている。
次のドレスを取り出そうとしたアンの背中に、わたくしは良く見もしないうちにうなずく。
「それでいいわ」
「他にもございますよ?」
「エシャル様をお待たせしているのだもの。それに、どれを選んでもそれはサイラスがかってに用意したものから、着る気分はどれも同じよ」
うんざりした目でクローゼットを睨みつけると、アンは苦笑して同じ色の厚手の生地でできた帽子を取り出す。
軽く化粧を直して、バックを持ち、用意してあった小物ではなく別の場所からソレを手に取る。
それを見たアンがギョッと目をむく。
「お、お嬢様。それをお持ちになるのですか!?」
「もちろんよ。わが身は自分で守らなくてはね。アンがアレを持ってきてくれていたら、きっとそれも持っていくわ」
「あ、あの、さすがに『雪豹』は持ち出せませんでした」
そうそう、そんな名前だったわね。――あの鞭の名前は。
だから、今わたくしが持っている武器は、これまたサイラスが贈ってきた鉄扇のみ。
銀の装飾で作られた、白を基調とした扇。
見た目より重いこれは、このお屋敷に来てすぐにサイラスに渡されたものだ。
前々から軽量改善をしていたらしく、次に贈るつもりだったと言われた。
『必ず守るが、お前はムチャばかりをするからな』
そう言って手を握って顔を寄せて来たので、すかさず頭突きをしてあげました。オホホホホ……。お互い痛かったですが、アレは事故なのでわたくしは悪くないわ。
『いざとなったら、バラしてナイフのように投げるといいぞ』
『……』
扇の中心の宝石を少し強く押して回せばいいらしい。
――あなたはわたくしを何だと思っているのかしらね。
とりあえず冷たく「あっそ」と言っておいたけど、あの一人満足そうな顔を見る限り、実はまだあるんじゃないかと疑っている……。
「アンも来る?」
「ぜひ!」
大きくうなずいたアンは、わたくしをエシャル様の待つ部屋へ送ったのちにすぐさまコートを羽織って戻ってきた。
「ご準備が整いました」
神妙な顔つきでベラートが戻ってきたので、わたくし達も裏手の馬車付き場へと移動する。
その最中にベラートが小声で話す。
「アンバーという者を先に確かめていただけますか」
「いいわ」
裏口の小さなのぞき窓から、そっと外をのぞく。
エシャル様が乗ってきた馬車が横付けされており、その前輪の傍にこのお屋敷の警備兵に両脇を固められて立っている人物がいた。
だいぶ着古して色が薄くなった黒のコートを着て、居心地悪そうに目線をあちこちにさまよわせている。
「いかがです?」
「アンバーだわ。あの人女っ気がない割には、ずいぶんあちこちで拾ってくる天才ね」
はぁっとため息交じりに言えば、近くでアンが「うっ」と声を詰まらせそっと目をそらしていた。
「エシャル様、大変不躾なお願いなのですが……」
「ええ、かまいませんわ」
ニコニコと、エシャル様はわたくしが言い終わる前にうなずく。
「あの人をご一緒に、ということでしょう? お話を聞くには当然のことですわ」
「ありがとうございます」
「では参りましょう」
ベラートが扉を開け、エシャル様についでわたくしが外へ出る。
「あ……」
わたくしに気がついて、情けない声を出すアンバーにフンと鼻を鳴らす。
「あなたねぇ、わたくしはあなたの飼い主じゃないのよ。犬じゃあるまいし、拾ったら全て持ってくるのだから」
「いえ、その、だって……」
おたおたしながらも、それでも拾った人物がどんな人なのかは口にはしない。
ナリアネス、結構いい教育しているわね。
「特別よ。エシャル様が馬車に乗せてくださるそうよ」
「はひ!? いえ、俺は……」
「乗りなさい」
「え、でも」
「乗・る」
「……はぃ」
アンバーを黙らせ馬車に乗せる。
ちなみにレイティアーノ姫は馬車の方椅子の背もたれを倒してできた空間に寝かされており、ベラートから水などが入った籠を受け取ったアンがすぐ横について様子をみることになった。
アンバーもその空いたスペースに居心地悪そうに半分腰かける形で座り、わたくしとエシャル様は並んで座った。
「さあ、話してちょうだい、アンバー。あなた、この方を知っていて?」
馬車が走り出してすぐ問い詰めると、アンバーは勢いよく首を横に振った。
「とんでもないですよ! さっき、あの怖い執事様に言われたばかりで! 知っていたら声なんてかけませんって!! ただ、一人で不安そうにしていて、イイとこのお嬢さんだったとしても、下町にある出会いなんてたかがしれていますから『チャンス!』と思いまして。それでつい声をかけました」
最後は「あははー」と笑って誤魔化す。
わたくしはそんなアンバーを怒鳴りつけたくなる衝動を抑えるため、ぎゅっと右手を握りしめて、ひきつりそうなこめかみを誤魔化すべく目を閉じた。
「……で。どうして倒れてらっしゃるのかしら? そして、な・ぜわたくしのところへ?」
「いや、それがですね。声をかけようとしていたら、いきなり追いかけられ始めちゃって。それからはもう、手を取り合って夢中で走り回って。あ、いろいろ妨害工作はしましたよ。
で、もう安心、と改めて自己紹介をしようと向き直ったら、フッと倒れてしまわれて。
それで焦ったんですけど、よく見たらサイラス様のお屋敷の屋根が見えたんで……」
妨害工作、と言ったあたりではドヤ顔で得意げになり、運ぶのに選んだいきさつについては愛想笑い。
「「「……」」」
――アンバー、あなたやっぱりバカなのね。
わたくし達三人の冷たい目線を受け、アンバーはようやく愛想笑いを引っ込めて「すみません……」と身を縮めたのだった。
読んでいただきありがとうございます!!
かなり忙しくて、こちらのログインさえままならないような状態になっておりました。
また書き進めていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
まら来週にでも更新します。
感想、メッセージほんとうにありがとうございました。




